柚子の心情
「ただいま、昭利さん。」
私は昭利さんに返事をして、家を出る前に沸かしといたお湯を冷まして赤子を洗うた。
「昭利さん、この子は大人しゅうてとても良え子やと思うよ。」
「昭利さん、この子には名前をつけるん?」
「昭利さん、明日は野菜を買いにいかなあかんわ。」
返事は返ってけぇへん。
昭利さんは私の声を聞くことがでけへんのやから当然やわ。
分かってるけど話している気分に浸りたい。
それが私の今の一番の楽しみやから。
昭利さんと私は、意思疏通をするんが難儀する。
私が近くへ寄ってってぽんと肩を叩くと、昭利さんが私の口に手を当てる。
私が話す言葉を、唇の動きを手から感じて、私に声で返事をするっちゅう流れ。
昭利さんの柔らかくて優しい手はとても暖かい気持ちになれて、ずっと話していたいって思うねん。
けどやっぱり昭利さんは神経使うみたいで、話した後はすごい疲れてはるから申し訳ない気持ちになる。
やから私は一人で喋る。
昭利さんが返事してくれとる気分に浸る。
洗うた赤子は綺麗になった。
昭利さんと目が合った。
私の姿はよう見えてへんって分かってる。
けど目が合った、ただそれだけで少し胸が高鳴ってどぎまぎしてしまうのは何でなんやろう。
「その赤子、名前は添えられてたかい。」
「あれへんかった。」
私は大きく首を降りながら返事をした。
大きい身振り手振りでも昭利さんとは意思疏通できる。
「そうかぁ。」
少しだけ残念そうに昭利さんが呟く。
気を取り直したように続けて明るく昭利さんが言う。
「ほなら、名前決めなな。」
そう言った昭利さんに僅かに向けてしまう殺意。
私はそれを隠すのが上手になった。