恋を禁じられた神官~それは叶わざるものか
ああ、忙しい忙しい。
まったく神官である私がなぜ針仕事をしなくてはならないのかしら。
せっせせっせとひたすら花嫁衣装を縫う。
「ねえシュンヒ、マクスヴィユ王子とエグラダ姫の婚礼の儀まで、もう一週間とないわね……」
「そうだねミヴ」
千年ごとに一度生まれるという幻の神の補佐。それが私たちだ。
「なんで高神官の私たちが、花嫁・花婿衣装を縫っているのかしら」
結婚もできない私達に、こんな幸せなアイテムを作らせるなんてムカつくわ。
「それは仕方ないよ。千年ごとにこの国の姫皇子<みこ>の祝言の手助けする。これも役割のひとつだ」
ぐうの音も出ないため、作業を再開した。
しばらくして……ガツン。隣で花婿衣装を縫うシュンヒと腕がぶつかった。
「……ごめんなさい!」
「いや、気にするなミヴ」
針は手に刺さっていないようで、安堵した。私は左に移動し、彼は席を右隣に場所を変える。
はじめからこうしていればよかった。ついいつもの癖で、右側に座ってしまうのよね。
他の者は特に決まった手など使わないが、私は生まれつき左手を使いやすく、シュンヒは右手を使う。
彼と私は立場上、共同で作業することが多く、立ち位置も細かく決まっている。
彼は私の右に、私は左に立つから、互いの利き手を握らない。
手を握ることは心を握ること。それはたとえ神にも心を許さぬことを意味している。
こういうとき神の誓約は不便だわ。それが高神官に選ばれた条件でもあったのだが。
女の神官は闇と左下を、男の神官は光と右上をそれぞれ守護している。
千年ごとに生まれる私たちが世界を保たなければ、世界は崩壊してしまうのだ。
―――――――
無限の楽園ミーゲンヴェルド。かつては神の住まう国であった。
世界がまだ産声を上げぬとき、ミーゲンヴェルドの神によってつくられた二人の女男<めなん>がいた。
闇と世界の下方<かほう>を司りし女人<めひと>、名をハクツモヌルハ。
光と世界の上方<かみかた>を司る男人<なびと>、名をマリクテヒンダ。
中方<なかがた>をおさめる神に代わる両者は、世界を創りし神の使いたるものである。
―――――――――
「神官殿、準備どうだ?」
宰相クリアルが私達の作業を確認にきた。彼は父から引き継いで日が浅く若い。
私達は彼が生まれる何年も前から見ていた。神の加護を持つ私とシュンヒは1000年生きる。
だから皆、私達より先に死んでいく。いつかクリアルや彼の子、その孫の死を弔う日がくるのだ。
一度近くにいた人間の死んだとき、ひどく悲しんだ。
しかし、人間の死というものを三度ほど経験していくとそれは避けられないと割りきっていく。
1000年という区切りは、神から見ればせんなきことであろう。
人間からすれば、それは果てしなく長いのだ。
私達は衣装を縫いながら、幸せというものを考える。私達も、時がくれば死ぬ。
そのとき、私は彼と、同じ時。共に死ねるのだろうか?
肉体が死んだとき、私と彼の魂は解き放たれる。神のつかいの役割もなくなるのだ。
そのとき、私は彼の傍にいられるのだろうか?
――――ミーゲンヴェルドの神よ。