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九、最初の勝敗

 テーブルマナーの良さを見せつけられながらの評価タイムが訪れた。


「文句のつけようがない。上手かったよ」


 ナイフとフォークを揃えて置いたオルフェが告げる。


(勝った――)


 メレは密かに拳を握った。


「不戦敗で負けを認めてもよくてよ」


「いや、せっかくだ。お前にも味わってもらいたい」


 オルフェに焦りの色は見えない。それどころか余裕たっぷりに返される始末。


「構わないけれど、わたくし正直な口しか持ち合わせていないわ」


「それでいい。さあ、食べてくれ」


 ここで負けても一敗、まだ先があるという余裕なのか。だとしたら呆れたと、メレは大した期待をすることもなくナイフで切り分けたものを口に運ぶ。

 そうして一口食べ終え――


 言葉を失くす。


「わたくしに、何を……」


 信じられなかった。そう告げるだけでやっとという有様で、あまりにも茫然としていたのか、気が付けば力なくフォークを置いた後だ。


「そんな……いくらランプの精でも、こんなこと……」


「メレディアナ?」


 異常な様子にオルフェの声も自然と固くなる。


「俺は、誓って何もしていない。その上で訊こう。不味いか?」


(……わかっているわよ! 貴方が何もしていないことくらい)


 メレは傍で魔法が発動すれば感じ取ることが出来る。まるで風のように空気が騒ぐ。だからこれは――心を操られているわけじゃない。


「……どうしてこれを作ったのか、聞かせてもらえるかしら」


「お前、好きだろ」


 さも当然のように言い切られ、その瞬間メレは全てにおいて敗北を悟った。

 飾り気もない質素なパンケーキは貴族の好物にしては不相応かもしれない。けれどメレにとっては家族との思い出溢れるものだった。かつて母が子どもたちのために作ってくれたパンケーキ。初めて食べた時のことはもう思い出せないけれど、年を重ねるごとに薄れていた母の記憶が蘇る。

 メレは魔法の鏡を持っているが心の内側までは覗けない。それをオルフェはランプを駆使して有利な情報を得てみせた。いったいどんな手を使ったというのか、もはや驚きを通り越し感動さえ生まれる。


「どうしたらっ――」


 慌てて口を抑える。

 どうやって、どうしてこんなことが出来た? みっともなく声に出すところだった。それを口にすれば勝負だけでなく魔女としても負けたことになる。


「わたくしの負けよ」


 完敗だ。あくまで今回の勝負は。魔女としての敗北を認めることがあるとするのなら、それはランプを諦める瞬間だ。


「へえ、潔いんだな。てっきり――」


 強気な瞳は自尊心が高そうに見えるらしい。だが商会の代表を務めるメレは傲慢ではない。己の立場は常にわきまえている。


「敗北を認められないほど愚かではないの」


 それはまるで我儘な子どもだ。たとえ屈辱的でもメレは愚かではない。こうして素直に敗北の屈辱を噛みしめることが出来る。

 人間相手だからとどこかで侮っていた。見た目だけ豪華なケーキを用意した自分が恥ずかしいとさえ思える。


「それから……パンケーキに罪はないわ。最後まで食べさせなさい」


「ご自由に」


 強気な発言で取り繕おうと好物なのは既に見透かされているわけで。してやったりという作り主の視線が痛い。ナイフに力が入るもマナー違反を犯すわけにもいかずやるせなかった。


 食べ終えるとナイフとフォークをそろえて皿に置き、最後にナプキンで口元を拭う。


「ご馳走様」


「全部食べてくれるとはな」


「何か問題でも?」


 不機嫌全開で言った。実際、勝負に負けたことから感心させられたことまで、何から何まで不機嫌だ。


「いや、素直に嬉しかったぜ。ありがとな!」


 だからそんな屈託のない表情で感謝を告げないでほしい。ランプを使う才能に、みっともなく嫉妬していた自分がよけい惨めになる。


「空腹だっただけよ。貴方も、全部食べてくれたのね」


 審査用にとオルフェへ切り分けた皿にはクリームすら残っていない。


「上手かったからな。残りは屋敷の者に分けても構わないか?」


「それは、構わないけれど……。褒め言葉は素直に受け取っておくわ。ありがとう」


 けれど明らかに負かされたのはメレである。オルフェの美味いはただの感想でも、メレの美味いは感動なのだから。


(だからって、このまま終わったりしないわ!)


 たとえ勝負で一度負けても、魔女として二度と負けるわけにはいかない。慢心を捨て全力で叩き潰すことを新たに誓った。


「それじゃ、二戦目の提案といこうか」


「早くなさい」


 冷静に告げながらも心はちっとも穏やかではない。たとえどんなおかしな勝負を持ちかけられても毅然と対応してみせよう。


「実は明後日、我が家でパーティーを催すことになっている。白薔薇祭りの開催で各地から貴族が集まっているんでね。メレディアナ、お前も招待させてほしい。ただしもてなされる側ではなく、もてなす側としてだ」


 ……前言撤回。


「わたくしに何をさせたいの?」


「簡単なこと、パーティーで余興を披露してもらおう。俺とお前、どちらが多くの称賛を得られるか、勝負だ」


「つまり芸を披露しろと? 相変わらずおかしなことを言いだすのね」


「どんな勝負なら出しぬけるか悩み抜いた結果だ」


 そしてまんまと出し抜かれてしまったわけで……悔しさに歯を食いしばる。彼はわかっているのだろうか、そう言われてはプライドが刺激されることを。今度こそ相手の土俵できっちり負かしてくれる。


「勝敗は招待客の反応に委ねるというわけね」


「目の肥えた奴らが多い。半端な余興じゃ満足しないぜ。どうだ?」


 この説明だけでは不明点が残る。いくつか確認してから判断すべきだろう。


「……出席者の名簿はいただけるかしら? 貴方が知る範囲で構わないけれど、情報開示を要求するわ。主催者ばかりが客層を把握しているのはフェアじゃないもの」


 顧客の好みを把握するのは重要なことである。商売対決をするわけではないが商売同様、客層を把握しておくのは必要なことだろう。


「手配しよう。ラーシェル、すぐに頼む」


 命令が下るや、主に礼をして控えていたラーシェルは消える。


「余興にルールは?」


「観客を楽しませられるなら、なんなりと。せいぜい得意な芸を披露することだな」


 オルフェにはよほど得意な芸があるのか。


「その挑戦受けてあげる。魔女なんて引き籠っていそうな相手に遅れはとらないと思った? 特技は魔法薬調合とでも考えたのかしらね、わたくし得意だけれど! とにかく後悔すればいいわ。完膚なきまでに叩きのめして敗北の味を教えてさしあげる」


 言い切ったメレは厨房の扉に手をかけた。


「おい、今日は門から帰るのか?」


 てっきり鏡から帰ると思っていたオルフェが引き止める。


「フィリア様が外にいらっしゃるでしょう? 帰る時に声をかけると約束しているの」


イヴァン家を訪問すれば庭園を歩くフィリアに遭遇し、時間が迫っていると告げれば酷く残念そうな顔をさせてしままった。だからつい、帰りにまた寄りますなどと口走ってしまったのだ。自業自得である。


「それは、母が迷惑をかけて悪いな」


 本当に申し訳なさそうな顔をしたオルフェに見間違いかと二度見した。自分のことでは不遜な態度しか見せないのに、家族が絡むと別人のようだ。それはきっと愛されて育った証、家族を大切にするのは良いことだとメレは思う。


「迷惑なんて、そんな……。フィリア様と話すのは嫌いではないから。というか、わたくしに一番迷惑をかけている張本人が何を言うの!」


「そうか、良かった」


「良くないわ。今すぐ改心なさい」


 どうせ都合よく聞き流すのだろう。意味のない会話は早急に切り上げフィリアの元へ向かうことを決めた。


 メレが拠点とするエイベラの出口、またの名をキース邸。

 本来別の住人が暮らしているのだが、名義はメレにあるので真の持ち主が自由にしても問題はない。その一室では明後日に向けての作戦会議が執り行われていた。


「いきなりパーティーに出席しろ、それも余興を、しかも明後日?」


 現状をまとめたところ、どう考えても普通は何日も前から綿密に計画すべきことである。さらに悩ましげな声が漏れるのはそれだけが原因ではない。


「なんなのこの量! わたくし出席者名簿を頼んだだけよ!? この図鑑のような分厚さ……疲弊させるためにわざと間違えてよこしたのかしら……」


 ちらりとページをめくれば間違いなく人の名が並んでいる名簿だった。

 その瞬間、どこからともなく「どうした読めないのか?」という声が妙にリアルに再生される。憎きオルフェが嘲笑っているような気がしてならない。


「へえ、ふうん……。全部読んで完璧に暗記してやるから、見ていなさい!」


 どこに何のヒントが紛れているかわからない。その一心でメレは読み進めた。

まだまだ行きます!

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