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六、ランプ争奪三本勝負

 怖ろしいことに、女三人が揃えば会話に終りがない。かわるがわる提供される話題に、紅茶一杯で時間も忘れて夢中になれるのだから……


「――で、貴方は何をニヤついているのかしら」


 和やかな空気を振り払い対戦相手を見据えたところ、当の相手はニヤついてばかり。なるほど、まずは精神面から余裕を失わせる作戦かもしれない。


「そう嫌そうな顔をするな。意外だと思っただけさ。俺に対しては言いたい放題のようだが、母や妹相手には普通に接してただろ?」


 覗かれていたへの不思議はないし不満もない。敵が家族と慣れあっていれば監視するのも当然だ。


「貴方は罪深いけれど、この家の人間に非はなくてよ。わたくし八つ当たりするほど心は狭くないの。それにお得意様のようだし」


「寛大な魔女殿に感謝するね」


「世辞は不要、とっとと勝負について話しなさい。決めあぐねているようならわたくしに決めさせることね」


「謹んで遠慮させてもらう。お前に任せると殴り合いになりそうだからな。決めたぜ、三本勝負でどうだ」


 メレは即座に顔をしかめる。


「三回も勝負を? ずいぶん回りくどいのね。わたくしが一勝して終わりではいけないのかしら」


「俺が一勝して終えてはお前に悪いだろう」


「自信家なことで」


「褒め言葉として受け取るぜ。そうだな、手始めに料理対決なんてどうだ?」


「料理、対決?」


 質問することもないほど明確な対決内容だが、料理対決で賞品が魔法のランプとは滑稽だ。


「お前とカティナの会話を聞いて思いついた」


「盗み聞きとは良い趣味ね」


「余計なことを話されても困るからな」


 わざと嫌味を口にしても堪えた様子は見られなかった。


「物事を言うべき相手はわきまえているわ。何度も言うけれど、イヴァン家の方々に罪はないの」


「お前……案外良い奴だな」


「案外が付く時点で気に入らないわね。話を戻しなさい」


「いいぜ。テーマは、そうだな……。カティナとも話していたが、お前菓子作りが得意なのか?」


「得意と豪語するほど大袈裟ではないけれど、貴方よりは優れているはずよ。かつて王族の生誕祝いにメインのケーキを納品したことがある、とだけ言っておくわ」


「へえ、そうまで言うなら披露してもらおうか」


 メレは耳を疑った。確かに『勝てる』と宣言したつもりだ。しかも王室御用達とまで付属して。


「エイベラの地鶏が産む卵は良質だぜ。これを生かした菓子を作り、互いの舌を納得させた方の勝ち。食材の持ち込みは各々の自由、場所は我が家の厨房、無論人払いはしておく。どうだ? 血を見ずに済むシンプルな対決も良いだろう」


 一体どれだけ血なまぐさいと思われているのか疑問が残る。


「……異論はないけれど、負けて泣かれても困るわよ?」


「それは楽しみだ。明日十時にまた来い。案内しよう」


「はっ!? 意味がわからないのはわたくしだけ?」


 対決の日時ではなく何の集合時間だ。


「お前も材料を調達するだろ? 不慣れだろうから市場を案内してやる」


「ご親切に感謝して、心から遠慮させていただくわ。買い物くらい一人で出来てよ。何より貴方と出かけるなんてごめんだわ」


「いいのか? 俺は領主、色々と融通が利くぜ。対決は料理で、なら材料選びの段階はあくまで公平にしたいと思っただけだ。負けた時の言い訳にされても困るだろ」


 メレは融通の意味を正確に汲み取った。例えば安く買うことも、良い品を流してもらうことも可能である。


「……いいわ」


 苦渋の決断だった。

 了承してしまえば悔しさは捨てるのみ。後はせいぜい利用してやろうと画策するメレは大人びた魔女の顔へと変貌していた。どんな勝負にだって負けはしない。


「決まりだな。明日、十時に」


「仕方ないわね。癪だけれど、本当に! お茶に招かれただけでこんなに疲れるなんて初めてよ、まったく……。フィリア様とカティナ様によろしく伝えてくださるかしら。ここで失礼させていただくわ。カガミを使って帰るから上手く誤魔化しておいて。あと、そこの鏡を借りるわ」


 ドア付近の壁に取り付けられた鏡を示す。手鏡は所持しているがこれを使えば手鏡自体が残ってしまうので手近なイヴァン家の鏡を借りるのが妥当だ。

 鏡の前に立ち精霊を呼び立てる。カガミはようやく穏やかに呼び出されたことに安堵していたが、メレとて人様の家の鏡を殴ったりはしない。


「キースのところへお願い。……貴方、後悔させてあげる」


 振り返ることもなく宣言する。


 鏡に映る対戦相手――オルフェは澄ました表情で答えた。


「それは楽しみだ」


(その顔、すぐに屈辱に歪ませてくれるわ!)


 メレは鏡に消えた。



「帰ったわ。ノネット?」


 健気なことにノネットは鏡の前で正座待機していた。


「お帰りなさいませ! よかった、メレ様使い魔軍対ランプの精が実現しなくて本当に! それで……どうでしたか?」


 言葉で刺激しないよう、慎重に対応されているのがわかった。手ぶらで帰宅し拳を振るわせているメレである。主人が荒れ狂っているのを十分に察しているのだ。


「ちょっと、聞いてくれる?」


「あ、はい……」


 反論なんて出来るはずもない。出来ることなら逃げ出してしまいたいと、ノネットは自分が悪いわけでもないのに身震いさせられた。


 一通り話終えたメレは、苛立ちのあまり鏡に爪を立てる。


「ちょ、メレ様! カガミさん壊れちゃいますよ!」


 ノネットは仲間の危機に焦りを覚えた。


「え、ああ、いけない。……オルフェリゼ・イヴァン、よくもぬけぬけと!」


 口では「いけない」と自らを窘めるが行動はちっとも変っていなかった。


「わたくしに喧嘩を売るとはいい度胸、一生後悔するがいい! ノネット、作戦会議よ」


「イエス、メレ様! 僭越ながら僕もお手伝いします!」


「ありがとう。あなたがいてくれて心強いわ。……ねえ、ところでキースはどうしているの?」


 これだけ騒いだというのに家主の存在感すら感じないことをいぶかしむ。既に挨拶の一つも終えていそうなノネットに確認してみたところ。


「決まってるじゃないですか!」


「寝ているのね」


「はい……」


 返答が予想通り過ぎて乾いた笑いが零れる。いつになったら家主と会えるのか。

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