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五、敵陣へご招待

連続更新タイム続行中です。

 メレは前を歩く二人を眺めていた。

 ランプの精とその主、見れば見るほど似ている。特に背後から見つめていれば尚更で、髪や肌の色は違えど、兄弟と言われれば納得してしまう。

 穏やかな表情の似合う儚げな顔立ち。すらりと伸びた手足、細身の体躯にあつらえたスーツ。指摘された通りメレの好みである。だがしかし、憎き敵相手に恋情は募らない。


 通されたイヴァン家の客間にて――

 ふわりとした心地の良い椅子を勧められ、見計らったように紅茶が運ばれる。入れたての紅茶から香る上質な香り、高価な家具に囲まれた部屋。そして傍らには目麗しい給仕。

 普通ならもてなしに酔いしれてもおかしくはない。もちろん同じ貴族であり心穏やかではないメレは普通から外れている。


「何故わたくしは敵の家に招待されているのかしら……。しかも奪還予定の精霊から給仕を受けているなんて、貴方執事にでも転職なさった!?」


「これはこれは、随分と気が立っておられますね」


 誰のせいだと元凶を睨んだ。


「性格についても綿密に計算すべきだったかしら。どうしてこんな、捻くれ者になるなんてがっかりよ。よく付き合っていられるわね」


 その主人に矛先を、ついでに視線も向ける。


「そうか? こいつは使えるし、良い奴だぜ」


「なるほど。捻くれ者同士お似合いというわけね」


「そうつんけんするなよ。綺麗な顔が台無しだぜ、メレディアナ」


 当然のように名を呼ばれ瞬時に眉が吊り上がる。


「だからっ! わたくし呼び捨てを許可した覚えはなくてよ」


「俺のことも気軽にオルフェと呼んでくれ」


 まず話を聞けと言わせてもらいたい。


「遠慮、というより拒否させていただくわ。貴方も敵と慣れ合う趣味はないでしょう? 失礼、イヴァン伯爵様」


 あえて一番堅苦しそうな呼び方をすればお手上げだとため息が零れる。


「別に、敵じゃないだろ」


「いいえ、まごうことなき敵。敵以外の何者でもなくてよ」


「わかったよ、俺が憎いのは伝わった。だがこれは聞いてくれ。ランプのことは周囲にバレないよう立ちまわっている。こいつはラーシェル、祖父の名を借りた。設定は俺の秘書ということになっている」


「貴方の命に従うのは癪だけれど、ランプの存在を隠す行為については賛同よ。ラーシェルも苦労するわね。秘書に給仕にお忙しいことで」


「とんでもないことです。これが私の役目ですから」


 こともなげにランプの精改めラーシェルは言う。女性なら蕩けてしまいそうな微笑を添えて。けれどそんな仕草もメレにとっては憎らしいものに変換されていく。

 再度勝負について急かそうとすればどこからか声が聞こえていた。


「オルフェ、どこにいるの?」


 おっとりとした女性の声だ。それもあまり声を張り上げることに慣れていない上品さを纏っている。 

 主人の目配せに一礼しラーシェルが部屋を出て行く。


「奥さま、こちらでございます」


「まあラーシェル、ありがとう。お客様かしら?」


 この部屋へ通すつもりなのだろう。足音が近づいている。

 ラーシェルが奥様と呼ぶ相手、さらに声音の雰囲気から察するに。


「母上、こちらは――」


 メレは不要だと遮るように前に出た。


「お初にお目に掛かります。わたくし『賢者の瞳』にて代表を務めております、メレディアナ・ブランと申します。この度はご利用いただき誠にありがとうございます。どうか急な訪問をお許しください。実はこちらの不手際で誤った商品を発送してしまいました。誠に申し訳ございません。謝罪をしたく赴いた次第です」


「まあ!」


 怒鳴られることも想定していたメレの耳に飛び込んだのは歓喜の声である。顔を上げれば女性は花が咲いたように顔を綻ばせ、その拍子に金色の髪が揺れた。


「間違い? ということは、もう届いているのね! オルフェったら、そういうことは早く教えなさい」


「すみません」


 和やかな親子の会話にメレだけが追いつけていない。


「メレディアナ様、謝罪など不要です。わたくし荷物のことは今知ったばかりですもの、気に病まれる必要はございません。それよりも都合がよろしければ、ご一緒にお茶でもいかかでしょう。せっかくお越しくださったのですから、ゆっくりなさってください」


 憎い対戦相手の母親とはいえ、こちらに非があるので断りにくい。それがお得意様であれば尚更だ。


「そうしてやってくれないか? 例のことはその間に考えておく」


 男性陣は早々に退散し、なんだか見捨てられたような気分だ。とはいえ顧客を無下にしてはならない。打算のない笑顔で誘われてしまえばなおさら断りにくいもので、メレは宿敵の母親とテーブルを囲む羽目になる。


「挨拶が遅れてしまったわね。わたくしフィリアというの、よろしくね。本当に若い頃から『賢者の瞳』の大ファンなのよ」


「勿体ないお言葉です。これからもご愛顧いただけるよう、誠心誠意努めてまいります」


「あら、そんなに固くならないでちょうだい。まさかこんなに素敵な方が代表だなんて驚いたわ。でもさすが、とても綺麗なお肌! ああ、もちろん肌だけじゃなくて瞳も髪も、何を取っても魅力的な方だわ」


「恐縮です」


 出会い頭に何から何まで褒められてはさすがに戸惑う。さて何と言ったものか、考え込めば軽快な足音が響く。どう考えても彼らのものではないだろう。逆に彼らだとしたら驚きだ。


「お母様ー! ねえ、お母様!」


 ノックも無しにドアが開く。同時に顔を出した少女はメレの顔を見るなりしまったという表情で固まった。


「こらカティナ、お客様の前ではしたない!」


 おっとりとした印象のフィリアだが、しっかりと口調を強め娘を窘めた。


「あの、ごめんなさい。来客中だと思わなくて……」


 申し訳なさそうにフィリアに謝り、少女はメレに向き直る。


「初めまして、カティナ・イヴァンです。失礼をお詫びさせてください」


 少々お転婆ではあるが令嬢としての品格は持ち併せている様子。

 良い家族だと、メレは思った。本当に、あの男のような子息がいる点さえ除けば。


「気になさらないでください。約束も取り付けずに訪問したのはわたくしです。急ぎの案件がおありでしたら、お暇しますので遠慮なさらずに」


 顧客の意見を聞ける機会ではあるが、それをはるかに上回るほどにはイヴァン家から退散したいと思っているところだ。


「カティナ、この方は『賢者の瞳』のオーナーで、メレディアナ・ブラン様よ」


 さらりとメレの情報がもたらされカティナの目の色が変わる。


「わ、私、ファンです!」


 兄と同じ色の瞳だ。けれど彼と違って無邪気という印象を受ける。フィリアとは違うのでおそらく父譲りなのだろう。髪の色はフィリアと同じ金色で、大きくつぶらな瞳にレースがふんだんにあしらわれたドレス。緩く後ろで髪を結んでいるピンクのリボンは見るからに十代前半か。

 なるほど若い世代にも評判は良好――そっと脳内メモに書き留めた。


「どうか今後ともご愛顧のほど、よろしくお願い致します」


 無難な微笑を浮かべておく。


「そうだ! 良ければメレディアナ様も召し上がってくださいませんか?」


 どうしてそうなったのか、まるっきり脈絡のない返しに戸惑った。


「私お菓子作りが趣味なんです。ねえお母様、お兄様を見なかった?」


「オルフェなら席を外しているわよ」


 それを聞くなりカティナはムッと頬を膨らませた。


「もう! 久しぶりに私の作ったケーキが食べたいなんて言うからせっかく作ってあげたのよ。それなのにどこかへフラフラと行ってしまうなんて、冷めてしまうわ! だから食べ手を探しているんです」


「カティナ、いきなり失礼よ」


「いえ、構いません」


 あれほど警戒していたはずが自分でも驚くほどすんなり了承していた。 

 断れなかったのだ。目の前でキラキラと瞳を輝かせる少女相手には。


「やった! ありがとうございます!」


 飛び上がらんばかりに全身で喜びを表現する。

 どこで見ていたのか、なんてタイミングのいいことにオルフェがケーキを運んできた。生クリームでコーティングされたケーキには小ぶりの苺がたっぷり飾られている。


「……ありがとうございます」


 カティナの歓喜に対して、メレは引きつった棒読みである。


(まさか妹を使って毒殺を企てたりしないでしょうね?)


 そんな意図を込めて視線を送れば「なんなら毒見しましょうか」と耳打ちされた。

 メレの杞憂など知りもしないフィリアは既に食べ始めている。


「カティナったら、また腕を上げたわね。とても美味しいわ」


「やった! お母様、ありがとう」


 冷静に考えてみれば母親も食べるつもりでいたのだ。毒が入っているわけもない。普通に美味しいケーキだった。


「わたくしも美味しくいただいております」


 けれどカティナは浮かない顔をしている。


「でも私、もっと上手くなりたくて……」


「僭越ながら、もっと空気を入れるように混ぜたほうがよろしいのではありませんか?」


 クリームで誤魔化されてはいるがスポンジの膨らみが足りないように思う。そう考えて自然と言葉を発していたのだ。

 メレの発言に驚いたのか、親子揃って目が丸くなっている。やがて立ち直ったカティナは嬉々として叫んだ。


「メレディアナ様、博識なのですね!」


「いえ、それほどのことでは……。わたくしも嗜む程度ですが作ることがありますので」


「まあ! 他には、他に直すところはありますか!? 遠慮なくおっしゃってください。ああ、なんて頼もしいのかしら!」


 メレが親身になって答えれば、親子は真剣に聞き入ってくれた。

 彼女たちとの会話に裏は感じられず、ついうっかりメレも楽しい一時を過ごしてしまった。

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