四、白熱口喧嘩
この二人はケンカップルのようなイメージです。主人公が一方的に敵視してふっかけている感じですが、お相手も素直に負けるタイプではないので……
ぜひ読んでいただきたい場面まで先が長いので、どんどん更新いければと思います!
「実力行使に出てもよろしいの。誤って発送してしまったのは悔しいけれど……わたくしの非だと認めざるを得ないけれど! わたくしにはランプを作った責任がある。危険な物を人間の手に預けておけないの。貴方にそのランプの価値が理解出来て?」
「色々と実験済みだ。実力行使と言っていたが、さて……お前はランプの精に勝てるのか?」
「なん、ですって?」
挑戦的な質問だ。もちろんそれに見合う眼差しを向けられ、メレは信じられないという表情で硬直していた。
「まさか、わたくしに喧嘩を売っている? わたくし喧嘩を売られているの?」
「面白いことを言う女だ」
この発言には苛立ちを覚えた。そんな様子を面白そうに窺っている精霊と、その主人にはさらに腹が立つ。
驚きに戸惑い、苛立ちを重ね――
先の発言を頭が完璧に受け入れた頃。沸き上がるのは高揚感だった。
「面白い? それはわたくしの台詞。喧嘩を売られるなんて久しぶりで驚いたわ。身の程知らずは、もう身内にいないものだから」
身内、すなわち魔女。メレの才能を知って喧嘩を売るような相手は少ない。そもそも身内自体少ないのだが、親切に説明してやる必要つもりはなかった。
「そんなに返してほしいのなら、勝負をしないか?」
「勝負?」
「お前、このまま引き下がるつもりはないだろう」
「当然ね。回収する義務があると言ったでしょう」
「俺だって渡すつもりはない。さあ、どうする?」
「決まっているわ。実力行使で取り戻す。わたくしにはそれだけの力があるもの」
すぐにノネットを下がらせた。実力行使を宣言した以上、次の瞬間には何が起こるかわからない。たとえ光の雨が降り注ごうと、メレは自分とノネットを守りきるつもりだ。
「強気な瞳、苛烈なことで。怖い女だな。辺り一面火の海にして撃退してもいいんだぜ?」
物騒な発言が飛び出すにもかかわらず、メレは想定内だと落ち着き払っていた。
「やって御覧なさい。大洪水に陥る雨で鎮火してさしあげる」
「そんな雲、直ぐに吹き飛ばせる」
「その風で竜巻を起こそうかしら。吹き飛んでしまいなさい。背後のご自宅までさぞボロボロになることでしょうね」
「家くらい一瞬で直せるが」
お前の作ったランプでな――
皆まで言わずとも感じ取れるのが憎らしい。
なおも口頭魔法合戦は止まらない。
「なんて嫌味な人間なの! 悪いのはわたくしだからと謙虚に出た自分が馬鹿みたい。水、いいえ温い! 氷水でも浴びて心を入れ替えなさい! もしくは今すぐ海に突き落としてやりたい。無論深海まで沈めてくれるわ!」
「遠慮しておくが、なんだ俺と海に行きたいのか? それなら絶景のポイントを確保してやらなくもない。気候も程良く南国に変えてやろう」
「氷河期にするからそのおつもりで。氷に頭でもぶつけて考えを改めることね」
「氷山見物とは風流だな。よし、観光名所に仕立て上げよう。領地がさぞ潤うだろうな、感謝するぜ」
「随分と耳が悪いのね。あまりにも可哀想だからわたくし特製の薬を処方してあげてよ。代金はランプで結構」
「親切感謝するが、健康は俺の取り柄だ」
もはやただの口喧嘩。だが怖ろしいことに、彼らは実行に移す力を持っている。
「ほらな、埒が明かない。いくらランプの力で追い払おうと、お前も同じことができるわけだ。だからといって取り返そうと付きまとわれても迷惑だ」
「迷惑? それはわたくしの台詞よ取らないで。貴方が素直に返却すればよろしいの!」
口を尖らせ反論すれど、内心では同じ考えに至っている。そう、埒が明かないのだ。
「だからこそ、勝負で決着を付けないかと提案したい」
「それは、わたくしを偉大な魔女メレディアナ・ブランと知っての発言? ランプはきちんとわたくしのことを教えてくれたのかしら」
たとえ背の高い相手だろうとメレは負けずに見返した。
「もちろんだ。メレディアナ・ブラン『困った時はぶち壊せ』の破壊系魔女。この世にお前に並ぶ魔女はいないらしいな」
まず紹介の前半部分、速やかに忘れてほしい。そして本来賛辞とは心地良いもののはずが、相手によっては嫌味にしか聞こえないようだ。
「お前が勝てば従ってもいい」
挑発的だが確固たる自信に溢れている。自らの勝利を疑いもしない。そんな態度で宣言している。気を抜けば相手に呑まれてしまうだろう。
ただの人間が魔法のランプを手にして浮かれているなら簡単なこと。自信をへし折ればいい。けれどもし、そうでなかったとしたら? これが生まれ持っての資質だとしたら厄介だ。
とはいえ気圧されて終わるメレではない。彼女も負け劣らぬほどの自信を持ち合わせていた。
「……いいわ。そこまで言うのなら、わたくしと貴方 (のランプ)どちらが優れているか見せつけてさしあげる」
互いの意見は初めて一致を見せた。
「わたくしが勝てばそのランプ、大人しく返却なさい。その時は跪いて許しを請うのね」
「いいだろう。だが俺が勝てばランプの使用にとやかく言わせない。有り難く頂戴させてもらうぜ」
互いに要求を突きつけ合う。
一歩も引かずに睨みあう。
彼らには自身の敗北など見えていないのだ。
「その条件、呑んであげる。わたくしにも魔女としてのプライドがあってよ。敗者となれば大人しく諦めましょう。ただし約束なさい。ランプに他人を害する願いを与えないと。それができなければ、わたくしには不毛だろうと戦争を起こす覚悟がある。条件を呑まなければ……命がけでランプを破壊することも厭わない」
一度ランプを擦り主となった人間は無敵だ。願いに制限はなく、無尽蔵の奇跡を手に入れたことになる。まるで己が魔法使いになったように、使用者が放棄するまで主従関係は続く。
主従関係を解約させる方法は大きく分けて三つ。
一つ、持ち主からの譲渡。
二つ、持ち主の死。
そして最も強制的かつ強引な方法が三つ、ランプを奪い契約の上書き。
取り返すよりいっそ破壊するほうが簡単だ。いわずもがな、メレの得意分野である。
けれど同じものをつくるのに何年かかるやら……それでは困るのだ。もう一度作り上げられる保証もない。世紀の大発明を作って数日で破壊、しかも製作者未使用では涙が止まらない。
「いいぜ、なんなら今ここでランプに願ってやるよ」
(口だけなら何とでも言えるわね)
すぐに否定的なことを考えた。人間なんてみんなそう――けれど反論する暇は与えられなかった。
「他者を害する願いを与えたなら、お前は拒否しろ」
「かしこまりました」
(軽いっ!)
ちょっとアレを取ってくれレベルの軽さ。願われた方もあっさり受諾してしまう。これでランプが他人に危害を加えることはない。危惧していた世界を滅ぼすこともなくなった。
憂いが一つなくなったところで今度は新たな不安が芽生える。
「どういうつもり?」
憂いが消えようと警戒心を解くべきではない。
「これが俺の誠意だ」
「驚いたわ……貴方、誠意という言葉を知っていたのね」
「おい、素で驚くな」
「これまでの発言をよくよく思い返すことね」
「信じるってのは難しいことだろ? それに俺から提案したことでもある。これくらいの条件は呑んでやるさ。そのためには譲歩も必要だろ」
「……その通りね」
人間の手に渡れば欲望のままに行使されると思った。
だからこそ急いで追いかけた。
口先だけでなら何とでも言えると思った。
でも、彼は違った。
率直に言って見直した。不覚にも、なかなかの器だと感心させられしまった。たとえほんの少し見直したところで、わざわざ本人に教えてやるつもりはないけれど。
「メレ様」
ランプの精が呼ぶ。主以外に様を付けるとは、一応製作者として敬っているのだろうか。
「貴方もわたくしの名を知っているのね」
「はい。そこの精霊友から聞きましたので」
長く美しい精霊の指先はノネットが胸元に抱える手鏡を差していた。
精霊友……まさか精霊友達の略!?
「いつのまに……」
「いやいや、彼気の良い精霊だね」
カガミなんてケラケラと笑っている。
「貴方向こうの肩を持つつもり?」
「それは言いがかりというものだよ。それとこれとは話があー!」
話が逸れる前に鏡を閉ざす。たとえ精霊同士が仲良くしていようが知ったことか。
「それで、どう決着をつるのかしら。物理的に白黒つけたいなら少し時間をいただける? わたくし穏便に済ませる体で訪れているの、このドレスは脱いでくるわ」
「脱いでどうする。誘惑か?」
「馬鹿にしないで、決まっているでしょう。動きやすくて破れても困らない服に着替えるのよ」
それでも意味が解らないという顔が並んでいる。
「腕っぷしだって、それなりに自信はあるつもりよ。剣、槍、それとも鎌かしら? 拳でも可、なんでも受けて立ちましょう」
片手で拳を作り、反対の掌で力強く受け止めて見せる。
「悪いがそういう野蛮なのは好みじゃない」
「野蛮で悪かったわね。ならどうするというのかしら?」
「そう急くな、少しくらい考えさせろよ。おあつらえ向きに俺の家は目の前だ。寄って行け、歓迎する」
メレは盛大に顔を歪ませた。
「敵の家に? 何か盛るつもりじゃないでしょうね。おあいにく、わたくし研究の副産物で毒には強いのよ」
「勝負を取り付けた後で卑怯なことはしない。正々堂々、俺は約束を守る」
「どうだか」
そっけなく言い放つも、約束をするに相応しい相手だとは認め始めていた。あくまで少しだけ!
「お前、誠意ある対応をしに来たって言ったろ。名義は俺だが、楽しみにしていたのは母と妹だ。頭を下げるべき相手は俺じゃない。違うか? オーナーのメレディアナ・ブラン殿」
わざとらしくオーナーの部分を指摘する皮肉ようだが、効果は絶大で反論の余地もない。してやったりという表情が憎らしく、拳をお見舞いしてやりたいところだが悪いのは発送を誤った己であり、事実を言われては抗うわけにもいかず。メレの良心が、経営者としての誇りが敗北を認めさせた。
「……ノネット、先に帰っていなさい。日没までにわたくしが戻らなければ一斉攻撃を許可しておくわ」
失敗した魔法薬、あれは苦い。尋常な味じゃなかった。何度も何度も苦渋の味見をしてきた。苦々しいというのはこういう事なのだと、メレは学ばされる。
せめてもの脅しだが、面白いやってみろという表情を浮かべた相手にはあまり効果がなかったことだろう。