三、あいまみえる
ようやく伯爵の登場でございます!
わき目もふらずカガミの案内に従い、細い路地に身を潜める。メレとノネットはターゲットが潜んでいるであろう豪邸を監視している最中だ。
メレは鏡に向かって呼びかけた。
「はいはい、お呼びでっと! ターゲットについてかい?」
「ええ、まずは顔を拝ませなさい。あの映し絵では後ろ姿しか見えなかったわ。正面からの姿もあるでしょう? 顔を確認して迅速に対応しないと。……ちなみに留守のようなら忍び込んでかっ攫うのも良しとするわ」
非常事態ですものと言葉に笑顔を添えて。もちろん本来の品を納品したうえで詫びの品も丁重に置かせてもらうつもりだ。
それはもはや対応ではないような――
ノネットは喉元まで出かかった言葉を抑えることに成功した。
「随分と熱烈だな」
そう、ノネットは賢明だった。つまり反応したのは彼女ではないということになる。
そもそも声は男のものだった。不審者として通報されないよう警戒していたにもかかわらず、容易く背後を取られるなんて失態だ。
「……どなたでしょうか?」
怪しい行動をしている自覚はあるが、彼の発言は常套句の『そこで何をしている!』ではなかった。
「熱い視線を向けられて気になってね」
路地から顔を出すのは見ず知らずの人間。そのはずなのに、どこか見知っているような印象を抱くのは何故か。まるで似た誰かを知っているような感覚に近い。
「俺の家に用かい?」
一目で上質だと感じさせる服装は貴族のようだが口調には粗さを感じる。
興味深そうに見つめるのは吸い込まれそうなほど澄んだ蒼。対照的にそれを濃くしたような深みのある蒼い髪は儚げな印象を与えた。
そこに添えられるのは、まさに人の良さそうな笑顔で、十人に聞けば十人ともが認める完璧なもの。だからこそメレは警戒心を強くする。自分がいつも浮かべている営業スマイルと同じ匂いがしてならない。
つまり何が言いたいかといえば、見た目詐欺である。優雅に微笑みそうな顔つきでありながら不遜な空気を纏っているのだ。何より鏡に映し出されたシルエットと完全一致しているわけで、警戒するほかない。
「失礼致しました」
先手を打ったのはメレだ。とはいえ先にターゲットに発見されては先手どころか後手……手間が省けたと思うことにする。無理やり納得させて、まずは穏便なプランを実行すべく頭を下げた。
「不躾な態度、どうかお許しくださいませ。わたくし、ご愛顧いただいております『賢者の瞳』のオーナーことメレディアナ・ブランと申します。貴方様はイヴァン家の方に相違ございませんか?」
「ああ」
背筋を伸ばし申し訳なさそうに眉を寄せる。意図して重々しい声音を作った。
「誠に申し訳ございません。既にお気づきかと思いますが、先日発送させていただいた荷物の中身が間違っておりました。この度は謝罪と、正規の品を納品させていただきたく参りました」
「それでわざわざオーナー自ら足を運んだと?」
最高責任者が年若いことをいぶかしんでいるのか、それともオーナー自らが出向いたことを不審がっているのか、なんにせよ探るような眼差しは変わらない。
「こちらの不手際なのです。誠意ある対応を、わたくし自ら出向くことは何もおかしくありません。ご依頼主のオルフェリゼ・イヴァン様はご在宅でしょうか?」
容姿が若いため、あるいは女だからと侮られるのは慣れている。そもそも相手も青年と形容するに相応しい外見であり、メレが怯むような相手ではなかった。
「オルフェリゼ・イヴァンは俺だ。わざわざ足を運ばせて悪いが、残念なことに取り替えには応じてやれない」
「はい? 申し訳ございませんが……なんて?」
聞き間違いか、そう信じて再度問いかける。
「美人の澄まし顔が動揺して崩れるってのも悪くないな」
「なっ!」
その瞬間、メレの被っていた仮面にヒビが入る。
メレの仮面が外れたように、彼からも人の良さそうな印象が消えていた。完璧な微笑はどこへ? 一転して不遜な気配を漂わせ、男の唇が意地悪く歪む。
「貴方……いい性格をしていてね。穏便に済ませようとしていたのに、初っ端から台無しにしてくれるなんて」
営業仕様で取り繕うことは早々に切り上げ、自然と声が低くなる。
「仕方ないだろ。よっぽど良い物を受け取ったんだ」
この口ぶり、悪い方の予感が当たっているのかもしれない。
「どうすれば交換に応じてくださるのかしら?」
「無理な要求だ」
「しかるべき品を納品すると言っているのよ。違約金を払ってもよろしいわ」
損失は痛いが、それくらいの財力はある。
「これは金より素晴らしい。世の中には金で買えない物もある。だろ?」
指輪に口付ければ、その手にはどこからともなくランプが現れた。
見間違えるはずがない。磨き上げられた黄金色、その表面に刻まれているのは古き時代に使われていた文字。丸みを帯びたシルエットはそれだけで見惚れてしまうのに、そこに映る姿はメレではない。
ご丁寧にランプ本体を隠し、指輪に機能を移すという小技まで習得済みとは恐れ入る。ランプを奪われることは所有権を放棄するも同じ。それを用心しての行動となれば、彼はメレの目的を理解している。
「わざわざ取り返しにやってくるとは、お目にかかれて光栄だ。麗しき魔女殿」
「何をおっしゃるかと思えば……」
軽い口調で受け流すも、手の内どころか正体もバレている。
ということはやはり――
「戦争?」
「おやおや、随分と物騒なことですね」
からかいを含んだ口調の出所を探せば、まるで影のようにオルフェリゼ・イヴァンの背後から現れる。
二人の青年、並ぶと兄弟のようにも思えた。髪や瞳の色は違っているのに纏う雰囲気がよく似ているのだ。
(オルフェリゼ・イヴァンに見覚えがあると感じるはずね。この二人、よく似ているもの)
ようやく最初に感じた違和感の正体に納得する。
「……わたくしを覚えているわね」
「世の中には『君どこかで会ったことある?』的な誘い文句があると存じておりますが、これはお誘いなのでしょうか? 美しい女性からお誘いいただけるとは光栄の極みにございます」
「おふざけに付き合ってやるつもりはないわ」
「そう怒らずに。そうですね、知識としては存じております。私を作った魔女、つまりは我が母でもあらせられる」
「既にランプは使用済みというわけね」
「お察しの通り。先ほどから貴女様の睨みつけている方こそ、我が主にございます」
(遅かった……。今頃そう呼ばれているのは本来わたくしのはずなのに!)
屈辱に唇を噛みしめる。
「ランプの精、大人しくわたくしの元へ戻りなさい。契約など破棄しておしまい」
「それは無理、不可能というのもですよ。そういうルールですから」
「わたくしに作られておきながら背こうというの? 身の程をわきまえなさい」
「主人の命令には絶対服従、そういうルールにしたのは製作者の魔女様ですが」
まったくもってその通りです。
ランプの所有権は呼び出した人間にある。絶対服従すべきは主というルールを作ったのはメレ本人だ。
「ああっ! こんなことなら主人のさらに上に製作者を加えておけばよかった! わたくしの馬鹿愚か者! 次はそうする、絶対そうしてくれるんだから! 世の中最強は製作者にすべきなのね!? 真理を学んだわ……」
「落ち着けよ、メレディアナ」
「気易く呼ばないでいただける!?」
極上の笑みで呼びかけられようと、頭に血の登った女に効果は見込めない。照れるどころか「この野郎、今すぐランプ返せ!」と口汚い発言を押し止めるのに理性総動員だ。
「こいつに聞いた。お前が自分を作った魔女だってな」
「このおしゃべり!」
非難を込めて睨むが、ランプの精は心外だと顔をしかめる。
「私は主の命に従っただけです」
「ああ、こいつは命令に忠実だった。感謝するぜ。それにしても、そうか……。ということは、これがお前好みの顔か? 良い趣味をしている」
褒められた。
そして嘲笑われた。
馬鹿にされた!
いずれも事実なので返す言葉がなく喉を詰まらせる。
「あ、メレ様言い返せませんね」
まさかのノネットからの指摘。敵ではなく己の見方からの攻撃である。
「貴女どちらの味方なの!」
効果は抜群だ。
「す、すみません! つい口が滑りました!」
「……少し黙っていてちょうだい」
前にも後ろにも見方はいない。最後に頼まれるのは自分だけである。
魔女と伯爵あいまみえる――
というお話でした。閲覧ありがとうございます!
せめて伯爵が登場するところまではと思い、無事更新することが出来て良かったです。
彼らの戦いはこれからなので、お時間ありましたらまた読んでいただけると嬉しいです!