二十七、魔女は祝福される
「あの……僕、いるんだけど、これ、どうしたら?」
ドアの隙間からキースが顔を覗かせている。
「え、どうしてキースが、――ってあのキースが外出しているですって!?」
メレが激しく動揺すればノネットが申し訳なさそうに告げた。
「それはその、キース様も一応メレ様を幸せにし隊のメンバーですから」
「え?」
条件反射のように鋭い視線を向ける。もはや誰が敵かわからない。
「ち、違うよ、メレディアナ! 俺、計画なんて知らない! ここへ来れば、幸せになるメレディアナが見られるって……だから来た」
「メレ様、本当なんです! キース様はメンバーですが何も知りません。この方に罪はないんです! 事前に計画を洩らせば情報漏えいが危惧されたので、最後まで黙っていた僕の責任なんです」
確かにキースは嘘や隠し事は苦手だ。賢明な判断と褒められなくもない。自分が当事者でなければの話だが。
メレは急いでキースに駆け寄る。
「キース、その……。わたくし何を言えば……、たくさん振りまわしてごめんなさい。まさかこんなことになっていたなんて!」
「いいよ。君も振りまわされたんだろ? 貴重なメレディアナ、見れた。君の役に立てたなら、俺は嬉しい」
キースにしては珍しく前向きな発言である。多分明日は雨だ。祭りが晴れのうちに終えて良かった。いざとなれば天気など魔法でどうとでもなるけれど。
「伯爵、ちょっと……顔貸して」
キースはゆるく手招きする。珍しく自発的な行動だとメレはまたも驚かされた。何が変わったのだろうと考えて、真っ先に彼が手招きしている存在が思い浮かんだ。
「どうした?」
「伯爵。メレディアナ、好き?」
まるでいつかの問いと逆だ。オルフェもいつかと同じように迷いなく答えた。
「愛してるぜ」
恥ずかしいことを平然と言わないでほしい。だが反論できる雰囲気ではなかった。それだけキースの瞳は真剣さを帯びている。
「そう……。よかった、安心。でも、友達不幸にしたら許さないから。呪いの儀式、得意だよ」
不健康そうな赤い瞳が妖しく光り、紛れもない魔の気配を帯びている。にっと弧を描いた唇から覗く鋭い牙は、彼が吸血鬼であることを実感させた。
「肝に銘じるよ」
それを聞いたキースは良かったと力が抜けたようにもたれかかる。
「メレディアナ、良かったね」
既に本人の了承を無視した結婚前提の発言であった。
「……キース。わたくし言いたいことがあり過ぎて、なにを言えばいいのか、今とても混乱しているの。でも、そうね……ここは、『ありがとう』というべき場面なのよね。きっと」
嬉しそうにキースは頷いた。
「ありがとう。わたくし友人に恵まれたのね。……あなたは健康にね」
キースは無言だった。そこは返事をしてほしい。
「幸せにね。俺の、初めての……友達」
感動的な発言もまずは返事をしてからにしてほしい。生き倒れず自宅まで帰れるだろうか。後で確認しておこう。
「キース様、ご立派でした!」
涙ぐむノネット。
「これにてめでたしハッピーエンド、でしょうか? 何よりです」
エセルを役人に引き渡し終え、入れ替わりのように帰って来たばかりのラーシェルが祝福を告げる。
「ラーシェルにも苦労をかけたな。感謝する」
「勿体ないお言葉です。私は無事、お二人の仲を取り持てたのですね。ということは……。ある時はランプの精、ある時はイヴァン家当主の秘書にして給仕、またある時は恋のキューピッド。作られて日が浅いというのに忙しいものです」
もういっそ職人にでもなればいいとメレは投げやりだ。
「その割に貴方、楽しそうに見えるけれど」
「私もメレ様を幸せにし隊のメンバーですから」
「どこまで手広いの謎の組織!」
このままでは最後まで謎の組織とオルフェの思う壺。まず落ち着こう。メレは自らの主張を告げるべく頭を振った。
「確認したいのだけど。……つまり貴方はわたくしを愛していて、生涯を共にする妻に望んでいると。わたくしに伯爵夫人になることを望むのかしら?」
「一言一句、違いない」
「魔女であるわたくしに永遠の愛を誓えるというの?」
「もちろんだ」
先ほどの答えとなんら変わりない。
「わたくし、貴方より長く生きているのよ」
「それがどうした?」
「それがどうしたですって!? わ、わたくし……百年生きているのよ!」
「それがどうした」
メレにとっては一世一代の告白だった。それすらも変わらぬ口調が返ってくる。
「貴方もいずれ老いを忘れた女を疎む。家族ですら、そうだったもの……」
言葉で言うほど簡単なことではないとメレは知っていた。
「それは違う。彼はお前を疎んではいない」
「随分と知った風に言ってくれるのね」
(何も知らないくせに――)
「俺が家族に挨拶もしていない間抜けと思うか?」
家族――
それが示す相手はメレにとって一人しか残っていない。瞬時にオルフェの胸倉を掴み上げる。
「弟に何をしたの!?」
たとえ嫌われていようと大切な弟に危害を加えようものなら誰であろうと許さなかった。
「人聞きの悪いことを言うな。ご挨拶に伺って結婚の許しをもらった。あとは、むしろ協力してもらったくらいだ」
宥めるようにオルフェが肩に手を置けば首を傾げるしかない。
「心良く姉上の好物を教えてくれたぜ。味見役まで引き受けてくれた」
それはつまりパンケーキのことか。確かにあの味を知っている人間は少ない。どうして気付かなかったのだろう。
「だって、わたくし……嫌われているとばかり……」
だからこそ弟の存在を失念していた。
「誤解だろ。義弟君が言ってたぜ。自分は姉の孤独を知りもせず傷付けてしまったと、後悔してたよ。だからせめて影からでも幸せを願いたいと協力してくれたんだ」
義弟?
(ねえまさか義弟って言った?)
それはまあ今は置いておくとして。
「そんなの、早く言ってくれれば……直接言いなさいよ、馬鹿……」
馬鹿と連呼しながら涙交じりの笑みを浮かべるなんて子どもじみている。そうとわかっていても長年のわだかまりが解消されたのだ。やめられるものではない。
すかさずノネットも身を乗り出す。
「メレ様、安心してください。だってご当主様も立派なメンバーですから!」
何のとはあまり聞きたくなかったけれど、誰がメンバーと知れた時よりも嬉しかった。初めて隊の名称が心に沁みる。
「長く生きていようと意外に子どもっぽい一面もある。そんなお前が良いんだ」
「うるさくてよ、この女たらし!」
「心外だが、仮にそうだというのなら、お前にだけだ」
きっとレーラは知らない。知ろうともしなかった。だからこれはメレだけに向けられたオルフェの心。
「気持ちは嬉しいと、思って、いなくもないわ。そんな風に言ってくれた人……初めてだから」
「お前の戸惑いも察しよう。本来ならば俺が完勝し、ランプともども問答無用でお前を手に入れる計画だったが、やってきた女性が思いの他手ごわくてな」
「ねえ、わたくし褒められているのよね?」
「当然だ」
放っておけばいくらでも話は脱線していきそうだ。オルフェのペースに巻き込まれる前にメレは自らの意見を通そうと試みる。
「……婚約なら、してさしあげても、構わないわ。ただし条件があります」
「ほう。言ってみろ」
「勝負しましょう」
「何だと?」
「妻になるには三つ、条件があるわ。結婚に至れるかは、つまり貴方次第ね」
「また三つ、ね。面白い、訊かせてもらおう」
意趣返しの意味も込めて、メレはあえて三つの条件を選ぶ。
「一つ、わたくしの願いを叶えて」
「確か叶えたい願いがあると言っていたな。婚約祝いだ、なんでも願えよ」
使用者の許可を得てメレはラーシェルに願う。
「ラーシェル、わたくしの寿命を彼と同じになさい」
「メレ様?」
命じられたラーシェルは戸惑った様子で主の判断を仰ぐ。そのオルフェすら戸惑っているように見えた。
「何故ランプを作ったか訊いたわね」
「死ぬためか」
「結論を言えばそうかもしれないけれど、元々は弟へのプレゼントだったのよ」
強くなるためなら人生すら惜しくなかった。でもふと思うのだ。もう、いいのではないかと。
守りたかった弟が、自分という存在によって苦しんでいる。その事実がメレの人生を変えた。
「わたくしが傍に居なくても守れるように、後を任せられる信頼できる人物を選ばなければと思ったわ。わたくしは一つだけ願いをかけ、後は弟に託しブラン家を去るつもりだった」
「一つ? 欲がないな」
「いいえ。わたくしとても欲張りだわ」
叶えたい願いがたくさんあった。魔女になったのも、ランプ作ったのも、全部自分のためなのだから。
「大切な人がいなくなるのはもう嫌。老いない体を疎まれるのも……まあ、それについてはわたくしの勘違いだったようだけど!」
何年もの苦悩はいったい。ここで多少脱力しても罰はあたらないだろう。
終わりが見えてきました。完結させられそうです。




