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二十六、狼狽える魔女

「情報漏洩にもほどがある!」


 真相を知ったメレ渾身の叫びである。

 味方のはずが、一番の腹心が、最初から敵と共謀していたという事実。これが狼狽えずにいられようか。

 命令されてもいないのに、語り終えたノネットは両足を折り曲げ座っている。


「それで、ですね。同じくお嫁さんを探していたオルフェ様と意気投合しまして……カガミさんにも協力してもらって、ちょっと魔法のランプを発送して、出会いのきっかけを作ったといいますか……。見事オルフェ様のお眼鏡に適ったメレ様は、晴れて妻に迎えられるといいますか……」


 ノネットは怯えながら語る。本来ここはオフレコのはずだったと。

 メレ様を幸せにし隊? 何その集い初耳だ。

 ぼうっと聞き入っている間にエセルとレーラは連行されていた。


「最初から全部やらせ、カガミも共犯? わたくし一人で滑稽にも踊らされていたなんて……」


「違います! そんなつもりは……」


「貴女たち、わたくしに黙って何をしているの!」


「だってメレ様が一人ぼっちだから!」


「はい!? 何を言って、貴女がいるじゃない」


「嘘だ!」


「う、うそ? 嘘をついてどうするのよ」


「僕は嬉しかった。見える人と会えて。でも、僕が話しかけたから……。僕は一人じゃなくなったけど、メレ様が一人ぼっちになった!」


 今にも泣き出しそうなノネットは心からメレのためを思って行動したのだろう。その点については怒る気力が失せてしまう。


「ノネット、貴女誤解していない? わたくし後悔したことはないのよ。貴女のおかげで何も捨てずにすんだ。それに、ずっと貴女がいてくれたじゃない」


「メレ様……本当にお人好しですね」


「ノネット。わたくし後悔はしていないし、恨みもしないけれど。今回の件について怒りはするのよ?」


「だ、だって! メレ様が誰かの幸せを願うように、僕らだってメレ様の幸せを願うに決まってます! メレ様も、そろそろ身を固める時期だって!」


 主の身を案じて行動してくれた使い魔たちに感謝すべきか、余計なお世話だと非難するべきか。何が敵で味方なのかもはや判別がつかない。混乱するメレを諫めるようにオルフェが前に出る。


「彼らを責めないでやってくれ」


 いやお前が言うなと眼を剥いた。


「わたくしの使い魔が迷惑をかけて申し訳なかったとは思っているけれど、人間の婚活にわたくしを巻き込まないでいただける! 妻が欲しいのならランプにでも頼めばいいでしょう。いいわよ、特別に使用を許可するわ。おめでとう、お幸せに!」


 衝撃に息継ぎもままならず叫び通す。


「おい。本当にそれをやったとしたら俺はどれだけ惨めな人間だよ」


(……確かに)


 ランプに頼って理想の妻を用意してもらう男……もし実行していたら距離はこんなものでは済まないだろう。


「お前に恋して、愛情という感情を見出すことができて良かった。俺はこいつらとの約束を果たせそうだ」


「な、何を勝手に、話を進めているの!?」


 それどころかまとめにかかっている気配。


「俺はイヴァン伯爵家の当主、そのためには妻とて利用するつもりでいる。その辺の女じゃ駄目なんだ。お前でなければならないし、お前が良い」


「ちょ、ちょっと!?」


 相変わらず話を効かないけれど、捻くれ者の真摯な言葉ほど心を揺さぶるものはなかった。オルフェの言葉には熱が込められメレを揺さぶりにかかる。


「お前さっき『わたくしだったら』と言ってくれたろ」


「貴方本当にどこから訊いていたのよ!?」


「嬉しかったよ。というか痺れたね。お前だったら、俺は幸せだ」


 勝負の前に見せる不敵なものではない。朗らかな表情は効果絶大である。


「あんなもの言葉のあやで、深い意味は、上げ足とらないで! 全員ぶちのめして記憶喪失させるわよ!?」


 なんて恥ずかしい、もう鏡の中にでも消えてしまいたい。……カガミがいるので今のはなしで。

 盛大に気まずい状況を打破するため、メレはオルフェに詰め寄ることを選ぶ。


「だいたいからして! ど、どこに……わたくしのどこに惚れたというのよ。言えるものなら言ってごらんなさい!」


「全部だな」


 どうせ言えるわけがないと高をくくっていたのだが。さすがにその回答には沈黙する。投げやりな回答で丸めこまれるほど甘い女だと思われているのか、器が大きいのか判断に困った。


「まず、顔は文句のつけようがないな」


「褒めたって騙されないわ」


「お前を家に招いた時、俺の家族と仲良くやっていただろう。こういうの、良いなと思ったんだ」


 メレは火照る顔を両手で覆う。概念ではなく心の問題だ。この状況では温度のない掌が心地良い。


「ちなみに一つ目の勝負、お前の手料理が食べてみたかった。ついでにいうと家へ招いたのは家族と引きあわせたかったからだが、さっそくデートまでできるとは我ながら名案を思いついたものだ」


 自画自賛である。しかもそんな理由で料理勝負を提案したとは呆れる他ない。


「二つ目の勝負では貴族としての技量を図りたかった。正直余興には期待していなかったんだ。ここで俺が二勝する展開を想定していただけに驚かされた。ドレス映えも文句のつけようがない。社交性もあり語学も堪能。さらに友人にも慕われている。伯爵夫人になる資質は十分だろう。安心してパーティーの際は余興から客のもてなしまで任せられそうだ」


 メレは黙って聞き入っていた。というより口を挟む余裕がない。


「三つ目の勝負だが、貴族だけではなく民にも愛される人であってほしかった。そしてエイベラを好きになってもらいたかった」


 オルフェが微笑む。これは勝負のたびに見せられてきた不敵なものだ。


「全てにおいてお前は予想を上回ってくれた」


「自分で自分の首を絞めていたなんて……」


 掌の上で弄ばれていたなんて辛すぎる。

 けれど本当に胸にあるのは辛さだけだろうか。

 ノネットがもたらした真相はメレに激しい動揺を与え、はらわた煮えくりかえって暴挙に出てもおかしくない。それが大人しくオルフェの告白を聞いているのだから。


(わたくし何を考えているの?)


 嬉しくないと、拒絶出来るのか。


「それと勝負の結果だが、二勝一敗でお前の勝ちが決まったぜ」


「わたくしが、勝った?」


 一戦目はオルフェが、二戦目はメレが勝利した。だとしたら残る一戦でメレが勝利したということになる。


「たくさんもらっただろ? ラーシェルに数えさせたが、水面に浮かぶ花も合わせて俺に勝利してみせた。完敗だ」


 これは夢? それとも嘘? あれほど固執していた勝負のはずが、喜ぶ暇もないなんて!


「なあ、俺たちが組めば無敵じゃないか? この先俺一人でできないことも、お前一人でできないこともあるだろう。だが二人なら乗り越えられると確信した。だから俺と生きてくれないか」


「わたくし……」


「お前の大切なものも俺が守る。お前が必要なんだ」


(嬉しくない、わけがない)


 それはメレにとって幾千の愛の言葉より重い。

 どう答えればいい? どうすれば見合う言葉を返せる?

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