二十五、使い魔語る真相
「無事かメレディアナ! 悪い、遅くなった」
どれほど絶妙なタイミングで登場されようとメレが不思議に感じることはない。ラーシェルやノネットがいれば容易いことだろう。
そんなことよりも、聞き捨てならない部分がある。
「オルフェ!? お前、どうしてここに!」
「妻を迎えに来ただけだ。それと興味深い物を手に入れてね」
オルフェが手にした紙をちらつかせればエセルは蒼白になっていく。
「どうして、どこでそれを!」
「祭りで手薄でね。拝借させてもらったぜ」
「それは金庫に保管して、どうして、どうして番号を知っている!?」
崩れ落ちるエセルを見る目は冷ややかだ。
「簡単だったぜ、なあ?」
隣のラーシェルに目配せしている。彼の手に掛かれば金庫なんて容易いことだ。ただ一言、金庫を開けろと命じれば済む。
「お前、寄付金にまで手を付けるとはな」
呆れたように一瞥する。エセルのサインが記入された紙はおそらく不正の証拠なのだろう。
視線にも入れてもらえなかったレーラは慌ててオルフェに縋りついた。
「オルフェ、違うの! わたくしは、貴方のこと愛していたの。でも彼に脅されて仕方なく従うしかなかったの! わかるでしょう? なんなら彼の悪事を証言してもいいわ。だからわたくしを助けて、ねえやり直しましょう!」
「おい、レーラ!」
さらっと婚約者を見捨てたどころか復縁宣言にエセルも絶望している。ただ一人、オルフェは表情を変えることなく言い放つ。
「悪いな、お前のようにつまらない女は俺に釣り合わない。俺の隣が相応しいのはメレディアナだけだ」
それは彼女自身が言い放った言葉であり、みっともなく追いすがっていたレーラは自身の敗北を悟った。
つまり、一体、どこから見ていた?
侯爵家の長男であるエセル・ューミットの横領が露見したとか、一大事件なのだろうがそんなことはどうでもよかった。目の前で起きている出来事全て現実味がない。
メレは確認するように、現実を理解しようと必死に口を動かす。
「イヴァン伯爵、ごきげんよう。ところで先ほど何を言ったのかしら。もう一度確認したいのだけど、まさかとは思うけれど、わたくし以外に発言相手に相応しい者が見当たらないのだけど……妻って何事!?」
「お前のことだが」
「ふざけるのも大概になさい!」
「大真面目だ」
聞きたいことが色々あり過ぎて、どこをどうしていいかわからないのは初めてだ。告白どころかプロポーズすらもされた覚がない。大前提として甘い関係ではなかった。それをいきなり妻呼ばわりされる状況のどこが大真面目なのか。
ところがメレの困惑などそっちのけで周囲は歓喜している様子。ラーシェルとノネットがドアの外でハイタッチしているのを目撃してしまう。
「いや、実に素晴らしい。さすが我が主、オルフェリゼ様であらせられる」
「さすがオルフェ様、素晴らしいタイミングです! メレ様も心を射止められたこと間違いなし。あれでもロマンチックな場面に弱い方ですからね。作戦は完璧! 結果も完ぺ――、あ……」
ノネットと目が合えば、まずいという心の声が聞こえるようだ。
「ノォネットぉー」
有無を言わさぬ迫力にノネットは全身を震わせる。こんな時にこそ破壊系魔女の凄味が発揮されると彼女は知っている。
「貴女何を知っているのかしら。一から十まで全部説明なさい」
悪い事をした自覚があるのか、観念した使い魔の自白タイムが始まろうとしていた。
場所:ブラン家地下研究所
時間:深夜
ブラン家の地下深くにはメレが研究に使う部屋が多数存在する。光の届かぬ場所、さらに時間帯は深夜。秘密裏にかつ定期的に行われている集会があった。
「みんな、集まってる?」
燭台の灯りが揺れ、薄暗い部屋に雁首そろえているのはメレディアナという魔女と契約を交わした者、あるいは彼女を慕う者ばかり。獣、精霊、人、種族は様々だ。メレディアナを中心に集まる彼らにとって異種族という壁は存在しない。
「それじゃ、メレ様を幸せにし隊、定例会議を開催するよ」
進行役は彼女と尤も付き合いの長いノネット。体の年齢こそ十九歳で止まっているが、最近ピーッ回目の誕生日を数えた主に浮いた話の一つもないことが悩みの種である。
「このままではメレ様が、我らの主が行き遅れてしまう! メレ様に幸せを! 僕たちで手助けをしてあげないと。合言葉はぁ――」
『メレ様を幸せにし隊!』
一斉に台詞が重なり部屋中が沸く。
「賛成だ!」
「ええ、わたくしも!」
「メレ様に恩を返したい!」
飛び交う歓声をひとしきり堪能してから静粛にとノネットの手が掲げられる。
「僕たちで良い人を見つけてあげよう」
一同は重々しく頷いた。それが容易ではないことが即座に想像出来たからだ。
そこからはメレの好みの異性はという話題が延々と続いた。
「メレ様の好みは、先日つくったランプの精のような顔立ちに違いない。あとカガミの奴とかな。線が細くて、濃くない顔たちが好みと見た!」
「確かに、ああいうのが好みなんだろうね」
納得したノネットはカガミを見遣る。尤もらしい理由をでっちあげて主から使用許可を得てきたものだ。
「特別顧問のカガミさん。どこかにあんな人いないかな?」
すぐに険しい表情が浮かべられた。
「うーん……。ちょっと見てくるけど、あんまり期待するものじゃないよ? あのメレに釣り合うって大変なことだから。見た目だけじゃない、障害は山積みだ」
「わかってる。それでも僕たち覚悟の上なんだ!」
力強い発言はカガミに衝撃を与えるには十分だった。まるで鏡が震えるような衝撃だったと後に彼は語っている。
「お前らっ、……惚れたぜ!」
「え、あれ、カガミさん? なんか口調変わってますけど、そんなにテンション高い精霊でしたっけ?」
「どうやらこのカガミも覚悟を決めないといけないようだ。特別顧問? いや、このカガミもメレ様を幸せにし隊に入れてくれ! 全力で探してくる。お前らちょっと待ってろよ!」
それは時間にして十分ほどだった。その間にも会議は白熱し、ああでもない、こうでもないと議論が交わされる。
「待たせたな」
進展しない議論に差した光。一筋の希望にノネットは詰め寄った。
「カガミさん! なんか、随分疲れきってますけど大丈夫ですか?」
「カガミのことは気にするな。今はメレの幸せだけを考えろ!」
「カ、カガミさん!」
ノネットは目頭が熱くなった。
「かっけー! 兄貴!」
そんな野次が飛ぶ。
「朗報だ。一人、いいのを見つけた」
無論、そのカガミの発言が騒動の発端である。




