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二十四、魔女と元親友

「もういいわよ。個人的にお話してみたかったけど、この方つまらないわよ。貴方、こんなのが欲しいの?」


「そう言ってやるなよ。彼女が可哀想だろう? 彼女は最高さ」


 不満げな顔をしたレーラのためにエセルは「もちろん君の次にね」とつけ足している。


「もう、しかたのない人ね。でも正妻はわたくしの約束よ?」


「もちろんだよ」


 勝ち誇ったように高笑いするレーラに何がおかしいのか問い正したくなる。彼女も利用されているだけではないのか。


「随分とわたくしを追いまわしてくれたようね。ご用件があるのなら手短にお願いしたいわ」


 メレは毅然とエセルの前に立ってみせた。


「随分と嫌われてしまったようですね」


「わたくし忙しいのよ」


「どうせオルフェの差し金だろ。なら単刀直入に言わせてもらうが、僕の妻になるといい」


 実に明快な要求だ。口調には丁寧さがなくなりこれが彼の本質だと感じさせる。


「隣にいる方、貴方の婚約者ではなくて?」


 耳を疑う発言に視線を移すがレーラは動揺もしていない。


「確かに正妻は彼女の約束だが、別に一人でなくとも構わない」


「わたくしに妾になれと言うのかしら」


 侮辱もいいところだ。


「言葉が気に入らなければ契約と呼んでもいい」


「契約?」


「侯爵家との繋がりは君にとっても有り難い話だろ? それに君は美しい。伯爵家の出身で大商会のオーナー、僕にとっても利益がある。完璧だ!」


 まるで物のように扱ってくれる。


「オルフェは君を気に入っているようだが、あいつには勿体ないよ。イヴァン家はじきに没落する。その時君が巻き込まれては可哀想だと思ってね」


「何をするつもりかしら?」


「簡単なこと、不正を押し付けるつもりでいる。今後のためにも僕についた方が賢明だ」


 温かく迎え入れてくれたフィリア。姉のように慕ってくれカティナの顔が浮かぶ。エセルは優しい彼女たちも苦しめようというのだ。


「随分と余裕なことね。わたくしが断るとは考えていないのかしら」


 下卑た眼差しに晒されるなんてごめんだ。


「侯爵家を敵に回すなんて愚かな真似、聡明な君はしないだろ? ブラン家のご当主は随分と高齢のようじゃないか。養女の分際で余計な不安を与えたくないだろ?」


「そういうこと……」


 脅すつもりなのだ。

 本物の、ブラン家に生まれたメレディアナは死んだことになっている。表の世界で老いないまま何年も生きることは難しい。だからメレディアナ・ブランは病気で死んだ。

 身寄りのない少女がいた。彼女は当主の亡き姉によく似ていたことから同じ名を与えられ幸運にも貴族の養女にされた。それが世間の知る今のメレディアナ・ブランの肩書である。


「人質まで用意して周到なことね。言っておくけれど、ブラン家に手を出したら容赦しないわ」


「そう毛嫌いしないでください。僕なら君の欲しい物を何でも与えてやれる。あいつとは違うんだ」


 レーラも同じ手口で誘惑したのだろうか。


「ねえ、貴女彼の婚約者なのでしょう! こんなことに手を貸していいの!?」


「あら、何か問題でも?」


 メレの思惑は外れていた。すべてを知ってなお、レーラは悪事に加担している認識がないのか首を傾げている。彼女は婚約者よりもエセルを選んでしまった。この場にはメレの話が通じる相手がいそうにない。


「僕はあいつが嫌いだ。才能、人望……憎いとさえ思っている」


「ええ、それはわたくしも同意見だけれど」


 不覚にもエセルに共感してしまった。何度も苛立ち反発し憎いとさえ感じてきた相手。まさかの返答にエセルも「え?」と呟いたきりである。

 だがメレとエセルの感情は決定的に食い違っていた。


(わたくしだって彼の才能に嫉妬した。魔女でもないくせに、完璧にランプを使いこなしてみせるら!) 


 嫌いでも、憎くても、メレはオルフェを認め尊敬している。信頼に値する相手だと思っている。言動に理不尽はなく、認めざるを得ないと最終的に折れるのはいつもメレで、だからこそ憎かった。そんな人をメレが裏切ることはない。

 ところがメレの発言を聞いてエセルは勝利を確信し酔いしれている。


「ああ、親友が裏切ったと知ればどんな顔をするだろう。そしてまた女に逃げられたとなれば……想像しただけで楽しみだ」


「可哀想に」


 妬みばかりの暗い瞳に同情する。


「はっ、あいつがか?」


「いいえ、貴方がよ。イヴァン伯爵はあなたのことなんてとっくに親友ではないと言い切っていたわ。そうとも知らず可哀想なことね」


「何だと?」


「思い上がるのも大概になさい。わたくしの欲しい物を与えるですって? 貴方には無理よ。わたくしの欲しい物はイヴァン伯爵でなければ与えられないの!」


 お金では買えない魔法のランプは彼の手の中だ。



「田舎貴族風情が思い上がるな!」


 田舎の何がいけない。両親が愛し、託された領地を守るのが娘の務めだ。メレはブラン領を愛している。それすらこの男は踏み躙ろうというのか。


「貴方イヴァン伯爵が羨ましいのかしら? なんて器が小さいの。幼稚なことね」


「口を慎め」


 それに比べて彼は大きすぎるというか、おおざっぱというか、豪快というか……メレが魔女でも気にしない。


「婚約者を奪って没落を画策して、貴方たちは揃いも揃って大馬鹿よ。イヴァン伯爵の良さを知りもしない!」


 これでもう穏便には済まないだろう。相手はエセルとレーラだけ、気絶させてしまえば目撃者はいなくなる。部屋中の家具をひっくり返して驚かせてやろうか。


(こんな人間が彼の傍にいたなんて。それも一番近く、親友と婚約者だったなんて!)


「わたくしだったら彼にそんな思いをさせたりしない」


 彼が裏切らない限り、メレが裏切ることはない。

 想像して苦笑する。

 あるはずのない末来だ。

 自分は魔女でランプを取り戻せば故郷に帰るのに、祭りの空気に当てられ浮かれてしまったのか。


(そうよ、ランプ!)


 大切な勝負の途中だった。あれからどれくらい時間が経ったのだろう。もう、遅いかもしれない……

 初めて敗北について考えた。そしてラーシェルになら託せると思った。


(たとえわたくしが負けても彼になら……)


 どうやら負けても悔しいだけで済みそうだ。世界が亡ぶことはない。


「侯爵家を敵に回してただで済むと思うのか? お前の家も、家族も路頭に迷うことになるぞ!」


「わたくしが人生をかけて守ってたものは貴方が踏み躙れるほど安くないのよ。馬鹿にすることは許さしません!」


 家族と家族が愛した土地を守れるのなら身体の時間が止まっても良いと思った。その覚悟をちっぽけな言葉で蹂躙されたくない。


「だから貴方はイヴァン伯爵に勝てないのよ」


 今度こそ激昂したエセルが腕を振り上げる。その手を逆に捻り上げるか、流れに身を任せて背負い投げるのも有効だ。あるいはもう全部ドアごと吹っ飛ばしてもいい。

 結果として、あれこれ考えた計画を実行する必要はなかった。

 壊れる寸前の激しい音をさせ扉が開く。蹴り開けたのだろう、足癖悪く立つオルフェがエセルを睨みつけ一言。


「やめろ、俺の妻に手を出すな」

次回からタネ明かしが始まります。

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