二十三、魔女と元婚約者
タウンハウスに着くまで。到着してから着替えが終えるまで。さらには温かいお茶を差し出されてもレーラとの会話は最小限である。息が詰まりそうだ。
「レーラ様も祭りに参加されていたのですか?」
メレが問うも視線が重なることはない。
「ミゼリス家としてはチャリティーに参加していますわね。でもわたくし、お祭りってあまり好きではないの。立ってばかりでしょう? それなのに舞踏会のように着飾って楽しむこともできないし、庶民に紛れて人ごみを歩くのも苦手。どうしてこんなことをしなければならないのかしら……。朝からイベントに駆り出されて疲れてしまったわ」
またしても話題選びに失敗した模様。一方的にまくし立てられ言葉の続く余地もない。
「そうですか……」
「メレディアナ様は随分と楽しまれていらっしゃるのね。オルフェとのダンス、見ていましたわ。まさか噴水に落ちるとは思いませんでしたけれど」
レーラは口元を隠すように笑う。そう、これこそが本来あるべき令嬢の姿。それをあの失態と合わせて大笑いから見られていたなんて、仮にも同じ令嬢として思うところはあった。
「ねえ、メレディアナ様。わたくしお聞きしたいことがありましたの」
「なんでしょう」
そっけなかったレーラからの疑問に事態の好転を求めたい。
「貴女オルフェが好きなのかしら」
(どんな質問……)
メレはがくりと首を垂らす。
「あの、レーラ様。どうしたら、そのような質問に至るのでしょうか」
「オルフェが女性を傍に置くなんて珍しいからよ。パーティーからずっと気になっていたの。でもね、一つ忠告。彼ってつまらない男よ」
「つまらない?」
退屈とは無縁の日々を送らされたのでメレは疑問を抱く。
「そうでしょうか」
「だって、わたくしのお願いを叶えてくれないの。宝石もドレスも、ちっとも買ってくれないわ。そんな人の妻になったって退屈でしょう」
同意を求められても頷く気になれなかった。
「そのお顔、ご自分の気持ちがわからないのかしら。でしたら聞き方を変えるわ。あなたオルフェの何?」
まるで物のような言い方で嫌になる。けれどメレもその答えを探したいと思っていた。
愛を囁かれるような恋人ではない。
親しげに語り合える友人でもない。
だとしたら何なのか……これだけは言える。ただの憎い宿敵ではなくなっていた。
彼と出会い、競い合いうことで信頼に値する相手と認めた。彼から学び、教えられることがあった。だとしたら『好敵手』を連想しよう。自覚して、誇らしかった。
レーラに話して聞かせることはない。話したところで理解されないだろう。だから二人だけの秘密でいいとさえ思った。
それをどう解釈したのか、レーラは勝ち誇ったような笑みを見せる。
「もしかして、わたくしたちの関係を知って遠慮していらっしゃる? そうね、わたくしのお下がりだけれど顔は良い男よ。譲ってあげてもよろしいわ」
その言い方はオルフェに失礼だ。レーラに対しての憤り芽生えるも、何故と残った冷静な部分が問い掛ける。たとえ彼が貶されようと怒る義理はないのに、まるで自分のことのように反論したくなるのは何故か。
(そうよ、だって……このわたくしの好敵手ですもの。わたくしが貶されたと同じことだわ!)
「見る目がないのね」
メレは自分でも驚くほど自然に声を発していた。
意地悪な口ぶりをしていても心には優しさがあった。誠実で家族を大切にしていて、民からも愛されている。そんな姿を何度も見せつけられてきたというのに、レーラは知らないというのか。
「なあに、わたくしに嫉妬しているの?」
オルフェに対しては不遜な態度を取り続けていたメレだが、言葉を向けるべき相手は選んでいた。彼がただのお得意様であったなら、もっと違う関係を築いていたかもしれない。レーラに対しても貴族のお嬢様という体で接していたのだが、もう必要ないと腹を括る。
「いいえ、呆れているの。あなたに嫉妬することは微塵もないわね。せっかくなのでわたくしからも訊かせていただける? レーラ様はエセル・シューミット様を愛していたからイヴァン伯爵との婚約を破棄されたのでしょうか」
レーラは目を丸くしていた。彼女にとって予想外の発言だったのだろう。
「メレディアナ様って……潔癖でいらっしゃる? 結婚に愛は不要でしょう。地位と身分があればそれでいい。愛はわたくしを着飾ってはくれませんもの」
「でも彼は!」
(貴女を愛そうとしていた!)
伝えてもいいのだろうか。はたして伝わるのだろうか。
「わたくし贅沢していたいの。綺麗な宝石も、ドレスも、美しい物に囲まれていたい。彼と結婚したら侯爵夫人になれるのよ。ああ、なんて素敵な肩書かしら!」
「そんな……」
夢を見るように語るレーラ。けれど彼女が語るのは身分との結婚だ。こんな人がオルフェの婚約者だった。その事実が――悔しい。
「貴女も貴族の出身ですし同じかと思ったけれど、違うみたいね。残念だわ。庶民に混じって祭りを楽しむなんて、オルフェと同じ」
まるで違う存在だとレーラが吐き捨てる。
(それの何がいけないというの?)
立場が違う者が同じ目線で楽しめる。たとえそこにいるのが魔女だろうと、噴水に落ちるような失態を犯そうと笑って受け入れてくれるのだ。
(それがいけないこと?)
つくづくレーラとは話が合わないと思わされた。そんな声も次第に遠ざかっていく。
酷い味、それに見合った酷い人。いっそ口に出して言ってやれば良かった。
彼の良いところを知りもしないで切り捨てるなんて、自分だったらそんなことをしないのに。彼の良いところならたくさん知っているから――
そんな考えは無意味だ。今日が終われば二度と顔を合わせることのない関係へと戻る。
でも、今日って――
今日?
今日はいつ終わったの?
どうして、暗い……
「あら、もうお目覚めなの?」
甲高い声に思い当たるのは一人だけ。この声で目が覚めるとは夢見の悪さも重なって気分が悪くなる。ソファーに倒れていたせいで体も凝り固まっていた。
「たくさん入れたのにおかしいわね。不良品なのかしら、効きが甘すぎるわ」
そう思っていればいい。メレは薬には強い体質だ。そもそも分量というか……酷い味だった。あれはお前が入れたのかと非難めいた視線を送る。社交辞令で飲み干すのにどれだけ苦労したことか。こんなことなら正直に言っておけばよかった。
「薬まで使って何が目的?」
「貴女が姿を消したらオルフェが困るだろうって。上手くいったらエセルが宝石を買ってくれるの! だからわたくし頑張ったのよ」
人に薬を盛っておきながらレーラは無邪気な子供のようだ。楽しみだと、しきりに手を合わせてはしゃぐ姿に共感するのは難しかった。
「真っ赤なルビーの首飾りも、空のように蒼いサファイアのイヤリングも、夜空を閉じ込めたようなパールのブローチも全部! そうよね、エセル?」
背後の扉を開けたのはエセルだった。
出来れば完結まで突っ切りたいと思っています。




