Mr.Astro So-And-So
「…であるからでして、つまり、人の認識が世界を創造するというわけです。世界があるから認識されるのではなく、共通認識が世界を作るというわけです。その考えでいくと、昔の妖怪などの伝承伝などは、そのような伝承伝が信じられていたときは妖怪が実在しており、逆に今、認識がされなくなったからこそ、いないということになります。我々の世界がどうなっているかすべてを把握している人はおりません。誰かしらも見えない部分があり、他の部分は自らの想像で補っているのであります。我々人間は世界を支配しているように、ふるまっておりますが、実際のところ、井の中の蛙とでもいいますか、何にも知らないのであります」
普段つまらん話をしている先生だが、今日は何とも興味深い話をしていて、つい聞いてしまった。
なるほど、認識が世界を作るか。なんか記事の言葉に使えそうだ。そんなふうに考えていたら肩で小突かれた。
「珍しいじゃん、オールスリープのあんたが起きて講義を受けてるなんて」
オールスリープってなんですか。
変な称号を私に与えたのは、ジーンズに薄手のライダージャケット、髪もバッサリと短くして、何ともボーイッシュな女の子、都賀みなみだ。
「失礼な、毎回の講義中30分は起きて授業受けてるよ」
「いやいや、それほぼ寝てるようなもんだから」
人差し指を立たせて私に突っ込んでくる。その指には銀の指輪がしてある。というか両手10本に全部指輪がある。本人曰くそれぞれに意味があるらしいが、五月蝿いだけだ。
「別に、講義なんて30分受ければ内容把握できるじゃない。ってかほぼ教授の雑談なんだし」
「けっこーその雑談がおもしろいよ。でもさっきの話、あんたも珍しく聞いてたじゃない」
「まぁさっきのは…ちょいおもしろかったケド。まぁあういう考えは私は勿体無いと思うけどね」
「どしてさ」
「だって、それじゃあ想像の中だけで世界が成り立ってるってことでしょ。そんなんつまんない。想像を超えるものが私はほしいの」
「その想像を超えるものってのが、あんたが必死になってるブログってわけ?UMAとかオーパーツとか」
「まぁ、そうね。みんな望んでるのよ。自分の世界を壊してくれる何かを」
みなみが言うように私はUMAとかそういう未知で人によっては胡散臭いような情報やニュースを日々取り上げるブログをしている。そこそこの収入も稼いでいるから一端のプロブロガーと言ってもいいと思う。これで生活費とか学費とかもろもろを稼いでいるから必死である。
「自分の世界を壊してくれる、ナニカ、ね…」
「何?なんかいい情報でもある?いい値だすよ」
「ん?別に。ただ聞きたいことはあるかな」
「そういう系でみなみが聞きたいことあるなんて珍しいね。全然興味なさそうだったじゃん」
「なんつーかさ。…まぁ最近S市って物騒じゃん?ちょい噂を聞いてさ」
「物騒なのは最近になってからでもないけど。噂か。もしかしたら記事になるかも。聞かせてみ?」
「講義終わってからな。今はこっちの方が大事だ」
と、前を向き、ノートを取り始めるみなみ。
かー、優等生ぶっちゃって。都賀みなみはこのように見た目とは違って案外真面目である。パンクな見た目とは違って勉強熱心なのだ。顔も整っていて、ちゃんとしたファッションをすればモテそうなのになと思う。パンクな見た目で綺麗系の顔だとどうしてもヤンキー感が出てしまい、男に避けられやすいのだ。と言ってもこいつが惚れるような男はいないだろうな。カリカリとノートを取るみなみを横目に私はまた机に突っ伏した。
S市は最近物騒である。それはみなみが言うように、最近になってあちこちで噂が出始めている。人喰いとか、10m垂直飛びする超人とか、頭部だけを奪う殺人鬼とか。いつかS市の記事もブログに載せることにもなるかもしれない。まぁ、血なまぐさい話は多いとしても噂が多いのは私好みだ。しかし、噂がないとしても私はこの街を気に入っている。S市。W県にあるこの街は東北の中では最大級の都会である。最大級の都会と言っても、私が前住んでた関東に比べれば大したことはないのだが。例えるならワンランク落ちた大宮みたいな感じ。都市の人口は100.1万人。なんともギリギリの100万都市である。都会ではあり、高層ビルがいくつもあるとはいえ、7年前から「自然と共に生きる」をスローガンとしてからは都市の中心部にも緑が多くなり、「進緑都市」と呼ばれている。とはいえ、自然が多い都会というのもなんとも微妙である。時代に停滞しているようにも見えてしまう。東北一番の都市ではあるものの、それ以上の発展は望んでいない都市なのである。
ただ、私はこんな白にも黒でもないグレーな領域にいる都市が好きだ。別に緑が好きでもなければ、都会を好んでいるわけでもない。ただなんとなく好きなのである。S市を説明すればするほど、なんともとらえどころのない、ともすれば悪い内容が頭に浮かぶが、私の第6感みたいなものはこの地を好きだと言っている。
「……ってあんた聞いてる?」
窓から目を離して正面を見るとみなみが私を睨んでいた。
「ごめん、ごめん。なんか今日の空綺麗だなぁと思ってさ。でもダイジョブ。話は聞いてたよ」
今、私とみなみは大学の食堂で昼食を取っていた。私はタマゴのサンドイッチ。みなみは豚マヨ丼に唐揚げポテトといった肉だらけ昼食をとっていた。
疑わしい目で私を見ている。私はあわてて、さきほどみなみが話していた内容を思い返す。思い返すよりも前にみなみが口を開いた。
「これだから飛行少女は。あんた空見始めるとなんも頭に入ってこないんでしょ」
「いやー、へへ。空っていいよね。で、なんて言ってた?」
「だから、最近聞いた噂の話」
「さっきの講義でも言ってたやつね。大抵の噂なら私の耳に入っているはずだよ」
私はない胸をはる。みなみは箸をおき、一呼吸した。
「なんつーか別に広まってる噂って感じでもないんだけど。最近変な事件とかあるじゃない?ふつーそういう事件は警察が請け負うでしょ」
「ふつーはそうだね。時には探偵の場合もあるけど。でもそんなの当たり前でしょ?」
「当たり前なんだけど…それを別の特殊な機関が請け負っているらしいのよ。警察よりもさらに上の組織」
私は記憶を探ってみた。記憶力には自信がある。しかし、S市にも、日本にも、そんな組織があることは私の情報にはない。私はメモを取り出す。
「それは私も知らないな。もっと聞かせてくれない」
みなみは目を少し伏せた。いつになく真剣な表情をしているように見えた。が、すぐ顔を上げた。
「いや、これで終わり」
「え」
「だからこれくらいのことしか噂で聞いてないんだよ。ちょっとしかわからなかったから気になってたんだよね。まぁあんたが分からないんじゃ何処でもわからないっしょ」
そう言って、またパクパクと丼を食べ始めたみなみだった。
「いや、ちょっと待ってよ!すごく気になるじゃない!」
「ん?気にしないで気にしないで。私その噂についてなんも気にしてないから」
「私が気になるの!!今日寝れなかったらみなみのせいにするからね!」
私は気になったことがあると調べずにはいられない性格なのだ。おのれ、みなみ。飄々と丼を食べおって。
「とりあえず、その噂って何処で聞いたの?」
「…ゴクン…どこだっけかなー」
あらかた丼を、食べ終わり考え始めるみなみ。その手は唐揚げポテトに向かっている。しかしこいついつも思うけどよく食うな。
「大学だったか、どっかの喫茶店だったか…何も覚えてないや」
「んーなんて情報提供者…」
怒りでペンがわなわなと震えてしまう。
「もーいいわよ。自分で調べるから」
「そうしてくれ」
そう言って唐揚げポテトをパクパクと食べ始めるみなみだった。そんな細い体のどこに食べ物が入るんだ。
「なんでそんな油ものコンビをペロリと食べちゃうかねぇ」
「んーあれかな。ストレス?」
「へぇ」
ストレスなんていう神経質なものをみなみも持ち合わせていたのかと感心する。
「おーっす!ソラちゃーん!!」
デカイ声にそちらを向く。私を下の名前で呼んだのは、同じ学科の釘塚だった。
髪は金髪に染めていて、紺色のカーディガンにベージュのチノパンを来ている。
「ちゃんみなもいんじゃん。おーっす」
「…」
みなみは釘塚の方は見ないで、唐揚げポテトを食べている。
「相変わらずちゃんみなは俺にきついなぁ。ところでさ、ソラちゃん!今度飲みに行かね?」
「えー、釘塚くんとー?そんな私軽い女じゃないんだけどなぁ」
しょーじき釘塚と2人で飲みに行くのはめんどくさそうで嫌だ。
「や、でもさー、けっこう男と2人で飲みに行くこと多いんしょ?噂で聞いたぜ」
「その噂何よ。まぁ飲みに行くことも多いけど、男だけじゃないし」
情報収集にお酒を使っていることは認める。けっこう隠してたりすることを聞けたりするのだ。
「俺もその男たちの1人に入れてよ。奢るからさー」
「えーそんなこと言われてもなぁ…」
と、私はさっきのみなみの話を思い出す。
「じゃあ1つ聞くけどさ、S市の平和を取り締まる特殊機関って知ってる?」
「あぁ、なんだっけ。あれでしょ。『鉄腕ナニガシ』だっけか」
「ーーーーえ、知ってるの?」
「夜分町の呑み屋街で聞いたんよー」
「そこもっと詳しく!」
口を開きかけて、釘塚はニヤッとする。
「これ以上は言えねぇなぁ。もし聞きたいなら、一緒に飲みに行ってくれたらいいぜ」
このやろう。だが、気になる。その情報が私の心をちくちくと刺激する。
「分かったよ。オケ、行こう」
よっしゃぁー、とガッツポーズする釘塚。うぜぇ。
「今日でも良い?暇なんだよね」
「おお!今日か!俺はソラちゃんのためならいつでもホリデーだぜ!」
「あーはいはい。んじゃ19時にS駅待ち合わせで」
「りょす!んじゃまたな!」
釘塚は軽く小走りしながら、去っていった。私はみなみを見た。みなみは考えごとをしているようだった。唐揚げポテトがまるで落ちたようにテーブルに置いてある。
「どうしたの、みなみ?」
「…あぁ、別に、何でもない」
「ふーん。みなみって釘塚のこと嫌い?」
「嫌い」
「即答だね」
みなみははっきりとものを言う。
「でも、嫌いとは違う気がする。受け付けないって言った方が正しいのかな」
「そんなに?彼見た感じチャラいけど人当たりが良いって聞くけどねぇ」
「そういうあんたは?2人で飲みに行くって言ってたけど、釘塚に気があるの?」
「あー全くない。どっちかっていったら嫌いの部類だし」
「なんだ。まー知ってたけど」
ひどい言われようの釘塚だが、今夜はあいつと飲みに行く。情報収集のためだ。仕方ない。
「釘塚ってさぁ、人間研究科では珍しいよね。ほら、人間研究科って言ったらコミュ症の集合って言われてるじゃない?」
「まぁな。みんな心の中で探り合ってるのさ」
釘塚が大学で属しているのは人間研究科。もちろん、みなみと私の所属学科である。人間研究科とはその名の通り人間の研究を主とした学科だ、大きく分けて3つの学問に分かれる。心理学・人類学・社会学だ。文系・理系どちらも混合の学科である。何故かこの学科は、心理学を専攻する学生が多いせいか、人への壁が厚い。1人でいることが多いし、グループでいたとしても、そのグループが他のグループと関わることはほぼない。別に人嫌いではないが、グループになることを嫌う私は、こうやってみなみとつるんでいる。みなみ自身はどちらかといえば1人の方が好きそうである。
「でもこれで、みなみが言ってた噂も明らかになりそうだよ」
ジロリとみなみが睨んできた。
「な、なによ」
「いや、別に…」
たまにみなみの目は怖いぐらいキツくなる。殺気を肌で感じるくらいのこわさなのだ。
「私3限目あるから行くわ」
パッとみなみは立ち上がった。そのまま、私に背を向けたが、ふと思い直したようにこちらを見た。
「気をつけなよ。最近は大学も物騒だからさ」
みなみはそう私に告げて去っていった。机の上には散らばったままの鳥の唐揚げとポテトがあった。黄色い油が白い机をじっとりと汚していた。
「え、これ私が片付けんの?」
私は呟いた。
◆
4限を図書館で過ごし、5限を受け終えた私は大学のバス停で待っていた。6月だというのに、雲ひとつない綺麗な夕焼け空だった。梅雨入りはまだなのかなーと思っているうちにバスが来た。カードを通し、乗り込む。この時間のバスは人が少ないが、今日はさらに少なかった。私一人なんじゃないかと少し貸切気分になったが、先客がいた。そいつは窓に肘をかけて空を見ている。どっかで見たことがある顔だ。
「え、と。人間研究科だよね?」
私が話しかけると、無表情に私を見上げた。私は彼の逆側の座席に座った。となりも空いているが、あんま仲良くないのに隣に座るのは気が引けた。
「前にみなみと話してたよね?仲いいの?」
私が言葉を続けても無表情は崩さない。なんとなく私を見定めているような視線を感じる。
えっと、私話しかけたことがそんな不快?戸惑っているとやっと相手が口を開いた。
「そっち側から話しかけてくることもあるのか」
私に対しての言葉ではなく、独り言のようだった。そっち側?
「え、どういうこと?」
「いや、別に何でもない。で、なんだ都賀みなみの知り合いなのかアンタ」
初対面の癖に乱暴な言葉を使ってくることは一応スルーしといた。
「知り合いなのかって、私がみなみといるところ講義とかで見てない?」
相手は少し考えているようだった。
「あれか、都賀の隣で突っ伏してる奴?」
・・・そういう形で覚えられているのかよ。
「そうーその突っ伏しているやつー」
苦笑いで答える私。いらつきとか全く感じてませんよホント。
「それで、前みなみと二人きりで話してたけど仲いいの?」
基本群れることを嫌い、一人で過ごすことが多いみなみ。そんな彼女が男と二人で話すなんてことは珍しい。私がみなみとこの目の前のやつが二人で話しているのを見かけたのは大学始まってすぐ。私はそれからも何回か二人が話しているのを見かける。
「別に。ただ用が有るだけだ」
「そっか・・・」
会話が終わってしまった。なんだこいつ人間研究科でも珍しいくらいのコミュ障だ。もう外の景色見始めてるし。まあいいや。
バッグからスマホを取り出し、ツイッターのチエックをする私。ツイッターでは、いつも以上にコメントが散乱していた。内容は分かりづらいが大学近くの八坂町で何かあったようだ。八坂町とは大学の裏門を出てすぐの土地で、多くの学生がそこでひとり暮らしをしている。ツイッターには「八坂町やばい!」「どうなってんの八坂??」みたいな言葉がタイムラインに上がり続けている。
どうしたんだろう。なにか嫌な予感がする。
「都賀は最近変わった様子はないか?」
突然、話しかけられた。私の反対側の座席に座ったそいつは相変わらず無表情で話しかけてくる。私はスマホの画面を切り、少しどぎまぎしながら答える。
「何も・・・」
「そうか」
と、一言だけいい、そいつは立ち上がった。私の横を通り過ぎるとき、ある匂いが鼻を刺激した。なんだろう・・・鉄臭いような。後ろ姿のそいつを私は呼び止めた。
「ねえ、名前なんていうの?」
そいつは振り返り、注意しないと聞こえないくらい小さい声でこういった。
「式波衛輝。別に覚えなくていいぜ」
そのまま式波はバスを降りていった。しきなみ、えてる?珍しい名前だ。
式波が座っていた場所を見る。
そういやあいつ、なんで手袋してたんだろう。
式波衛輝は黒いパーカーにジーンズ、そしてなぜか黒い革手袋をしていた。スーツに革手袋ならわかるけど・・・別に寒くもないし。
「?」
今気づいたが、式波が座っている席には赤いシミが付いていた。少し近くによって見てみる。触ると赤い色が指についた。血のように見える。
式波の血、なの―――?
ティッシュで指についた嫌な感触をとる。席に戻り、先ほどのツイッターが気になったのでもう一度開く。ツイッターはさらに荒れていた。「ホント無理」「住む場所変える」「これガセだよなオイ!」といった言葉が上がる。更新は狂ったように鳴り止まない。
―みんなに悪いけど、大学に通っている奴らにはすげー関わってくるんで俺画像あげます
―オイ!ふざけんな!
―早くあげて!めっちゃ気になる
―本当にグロいんで、そーゆーの無理な人は今日はもうツイッターいじらないでください
―久しぶりにキツイのくるわーww
―え、八坂何あったん?
そしてついに画像が上がった。震える指で画像をタッチする。
そこには真っ赤な血の海に横たわる女性の姿があった。白いワンピースであったのだと予想はできるが大半は真紅に染まっている。その画像にはある違和感があった。女性の体には頭部がなかったのだ。まるで乱暴に噛みちぎられたように、首からは骨が飛び出ていた。
私は震える手をでスマホの画面を切り、式波衛輝が座っていた場所を見る。夕日に照らされ、そこにあった赤いシミはぬるりと光っていた。