竜王の娘と半竜
「ああ、すまないね。だいぶ時間を無駄にしてしまったようだから歩きながら話そうか。ついてきて」
そう言ってガロウ校長は机の引き出しから眼鏡をかけると廊下に出てしまった。
なんで眼鏡なんか? エルフは目がいいと思っていたが違うのかな?
それにしてもこの学校の竜騎士は人を待つことはできないのかな?
せっかちなんだよぉ
急いで追いかけようと部屋を出て扉を閉めようとした時、机の上で丸くなってこちらを見るマグニフィカトを見た。まだまだ話したかったが今は無理だ。そのまま扉を閉めて廊下を走る。
ガロウ校長としばらく歩きながら通りすがる人を見ていてた。
男の竜騎士は白を基調としたカエルム竜騎士学校指定の服を着ていてるが、女の竜騎士はこれがまた自由すぎる服装だった。
白を基調としているのは変わらないが、ズボンの人もいればドレスみたいな人もいるし、布面積が極端に少ない人もいる。
全く目のやり場に困るぜ。
そんな竜騎士の中に白の服を着ていないのもたまにいる。多分、人化しているドラゴンだろうな。ドラゴンの服の色は鱗の色と同じ。だから自然と多色になってくる。
パーティーか何かのようだ。
「生徒の服装が気になるかい?」
そんな俺にガロウ校長が話しかけてきた。
「それはそうですよ。いくらなんでも自由すぎる服装じゃありませんか?」
「それなんだけどね、竜騎士の訓練はとても辛いものでね、肉体的にだけではなく精神的にも疲れていくんだ。だから、服装の自由くらい認めてあげないといけないんだ」
やれやれと首を振るガロウ校長。
「それはそうと、君には呼び出した訳をどこまで話したかな?」
「えーっと、まだ何も聞いてないんですけど」
あなた寝てましたよね——!
なに、「すでに話したよな?」的な感じで話を進めようとしてんの。
「これはうっかりした。実はね、君のお母さんから手紙が来てね、『クロエに他の生徒より先にドラゴンを見せてやれ』って書いてあってね」
「えっ!? 母さんが……手紙を……」
母さんとは五年前からあっていない。あの人のことだから死ぬなんてありえないとはわかっていたけど、やっと生きてることの確証が得られた。
まぁ、あの人を倒せる人なんてこの世にいないだろうね。
それに、お願いをする側なのに命令口調なのは母さんらしいや。
だけど、ガロウ校長と面識があったとは知らなんだわー。過去に何があったのやら。
「母さんとどこで知り合ったんですか?」
そう聞くと苦笑いをされた。
「昔のことでね、エルフの国をでてすぐの頃の私は、自分が一番強いと思っていたんだ」
何を考えていたんだこの人。
「それでね、ある日君のお母さんの噂を聞いて、『この人を倒せば自分の力が証明できる』と考えたんだ。そして何ヶ月か探し回って君のお母さんを見つけた。私はさっそく剣を抜いて斬りかかったんだけどね、気づけば剣を持っていた右手の肘より下がバッサリ斬り落とされていたんだ——不意打ちをしたつもりだったんだけどね」
そう言って自分の右手を左手で叩いてみせるガロウ校長。
まだ竜騎士になっていない時とはいえ、エルフよりも圧倒的に早く動いて防御の隙も与えず腕を斬り落とす母さんってやっぱり凄すぎ。しかも、不意打ちなのにも関わらず。
「その後降参した私の腕を君のお母さんは何も言わずに治してくれたんだ。不意打ちされたのにね。その時私は自分の愚かさを知ったんだ。それからは真面目に修練に励んだよ」
「それはまぁ、大変でしたね」
つい、呆れた声で返してしまった。
「あはは、全くその通りだよ。だから手紙が来た時は何も考えずに君を呼びに行かせたんだ」
「そうでしたか……。それで俺に先にドラゴンを見せろ、ってのはどういうことですかね?」
俺は明日、ここに入学する。その時には一人一人に絆の契約を結ぶドラゴンが待っていてくれる。だから今日見に来なくとも問題無いはずだ。
それを何故今日に?母さんの考えることはわからん。
「それは私にもわからない。それでも君にはドラゴンを見せてあげるよ。それがあの人のお願いならなおさらね。さぁ、少し急ぐよ」
首をすくめたガロウ校長はそう言って俺の腕を掴むと走り出した。
そこから竜舎までは一瞬だった。ビュンビュンと風を切る音が聞こえるくらいの速度で引っ張られて、腕がもげるかと思った。
母さんでもこんな無茶しないよ……
「はぁはぁ……少しは加減してくださいよ……」
膝に手をつきながらガロウ校長を睨む。
「すまないね。少し大人気なかった気もするよ」
少しどころじゃねえよ! なにしてくれとんじゃ!
そんな言葉を飲み込む。
「ここで、いいんですよね?」
とりあえず確認しておく。というか、息を整える時間を稼ぐ。
「そう、ここだよ。ついてきて。すぐにドラゴンを見せてあげるから」
時間稼ぎ失敗。やっぱりせっかちなんだよぉ
◇◆◇◆◇◆◇
俺はいま竜舎の廊下を歩いている。
両端にはいくつもの洞窟的な入り口があってドラゴンが休んでいる。
「俺のドラゴンはどんな奴ですか?」
ふと気になったことを聞いてみる。
「んー、物静かだけど毒舌だったような」
「それはまたユニークなドラゴンですねぇ」
今更何を言われても驚かないよ。
この人が衝撃すぎたんだよ、もう。
「…………おっと、お客さんが来たようだ。悪いけど先に進んでおいてくれるかい? すぐに戻るよ」
そう言ってガロウ校長はさっきと同じように走り去ってしまった。
先に行けと言われてもねぇ。
とりあえず歩いておくかね。
しばらく歩いていると、ふと部屋の奥でうずくまるスカイブルーのドラゴンが目に映った。
怪我でもしているのかな?
そう思った俺はなんのためらいもなくドラゴンに近づいた。
「お前大丈夫か? 怪我でもしているのか?」
背をさすりながら声をかける。
その時俺は、このドラゴンの意識が話かけてくるのを感じた。
〔お前……私が……怖くないの?〕
それは、マグニフィカトの不思議な意識の声とは違い、痛みや苦しみ、何より寂しさのこもった声だった。
「怖い? 俺はお前ことを何も知らないんだ。だから怖いとは思わない」
〔不思議な人間だ……私は今まで……人間に虐めらていた。……ドラゴンにも、な……〕
その声は全てを諦めたような声だった。
それを聞いた俺は怒りを感じた。
「何故だっ! ここは竜騎士を育てるための学校だろ? それなのに味方のドラゴンを攻撃するなんて馬鹿げてる! このことはガロウ校長は知ってるんだよな?」
つい、声を荒げてしまう。
〔……あの人は知っているよ……。私のことを必死に守ろうとしてくれる……。でも注意の届かないところでやられる〕
「お前は何もしていないんだろう? それなのに何故?」
〔………………それは、私が竜王の娘だからだよ〕
俺は絶句した。
竜王。それは、ドラゴン族を束ねる最も気高きドラゴンの称号だ。
しかし、ある事件の時、一族を見捨てて逃げたと言われて罵られているのを何度も見たことがある。
その娘がこのドラゴン……
「そうか……。でもさ、それはお前には関係無いことだよな。第一本当に竜王が逃げたかはわからないし、娘のお前にはなんの関係も無いだろ?」
優しくなだめるように声をかける。
その時、俺はこのドラゴンの意識に喜びが混じったのがわかった。
〔……嬉しいな……私はいつも一匹だった……一匹で寂しかった……でも、初めてわかってくれるものにあった〕
そこで俺は吹っ切れた。
「俺は明日からこの学校に入学する! だから、これからは俺と相棒でお前を守ってる! 相棒がお前のことを憎んでいてもなんとかしてみせる! だから、前を向いてろ!」
あー、スッキリした。勢いで言ってしまったけどこれで良いような気もする。
竜王の娘と半竜。まぁ、似たようなもんでしょ。
〔……ありがとう……私の名前はレイン・エンペリアル。君の名前は?〕
俺はニカっと笑った。
「俺は、クロエ・ドラグーン。よろしくな、お姫さん」
これが俺とレインとの初めての出会いだった。
メリークリスマスですね
今年も、もうすぐお終い
年末ラストスパート頑張ります
しばらく月曜日以外もどんどん更新していきますよ