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真実の噂話  作者: 桜辺幸一
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8.役割

昨日の混乱が収まった分、その夜は僕もある程度冷静に会話が出来た。


僕の近況。

月姫が消えてしまった後の出来事について。

皆が月姫を探し回った事。

それでも見つからなかった事。

そして、十六夜に助けてもらった事。


「・・・・・・ふーん。その十六夜ちゃんって子、可愛いの?」


と、真面目な話をしていたはずなのに、月姫は突然そんな事を言い出した。


「え・・・・・・?あ、ああ。まあ、可愛い方なんじゃないかな・・・・・・?」


「へええええ。ふーーーーん。ほーーーーーーーう。」


「な、何だよ・・・・・・。」


「べっつにーーーーー?」


全く「別に」なんて思っていない顔で月姫は言う。

長い前髪を弄りながらこちらに視線を合わせようともしない。

いや、僕だってそう鈍感ではないので意味は分かる。

月姫が知らない女子と僕が仲良くしている事に対して野次馬根性を出しているのだろう。

今まで、お互いの交友関係は親戚から友人に至るまで全て把握していたのだ。

確かに"僕だけの"友人が居るというのは今までに無かったパターンだ。

月姫が興味を持つのも頷ける。


「・・・・・・今度、紹介するよ。」


「いや別に?私はケーシが誰と遊んでいようが?気にしてませんけど?」


つーん、と分かり易い態度でそっぽを向く。

僕はその態度に苦笑するばかりだ。

もしかしたら、自分の知らない人と僕が一緒に居るのが寂しく感じるのかもしれない。


「さっきも言ったけど、怪異についてもよく知っているし、良い奴だから月姫とも話は合うと思う。」


月姫の態度は特に気にせず、僕はそのまま話を続けた。

こういう月姫の悪戯っぽい、あるいは子供っぽい言動には慣れている。

逆に僕は、ようやく月姫が普段どおりの態度に戻った気がして安堵すらしていた。

彼女の性格は元からこういうものだ。

今までは、真面目な話ばかりしていたから、月姫もずっと神妙な様子だったのだ。


そんな僕の内心を知ってかしらずか、月姫はしばらくそっけない態度をとっていたが、それでもおずおずと僕に問い返してくる。


「・・・・・・その十六夜ちゃんって人が、ケーシの事を助けてくれたんだよね?」


「うん。」


「・・・・・・その人が、私の事も見つけてくれたんだよね?」


「うん。見つけるきっかけをくれたのは、十六夜。」


「・・・・・・そっか。じゃあ、お礼くらいは言わないとね。」


そこでようやく月姫は素直な笑顔を見せた。

僕は「そうだね」と微笑み返す。


「・・・・・。」


会話が途切れ、一瞬お互いに沈黙した。

気まずい空気ではない。

良く知る者同士が持つ、穏やかな会話の間。

けれど、僕は緊張からゴクリと唾を飲み下す。

今日の夕方から気になっていたこと。それを聞くならば、今こそがベストタイミングだと思ったのだ。


「・・・・・・ねえ、月姫。」


「ん?」


僕の内心などしらず、月姫が小首をかしげる。


「そう言えば、その十六夜が言ってたんだ。月姫には、何か"役割"があるんじゃないかって。」


「・・・・・・?どういうこと?」


僕が気になっていたのは、それだ。

十六夜は言っていた。

僕は今日の放課後に聞いた話を説明する。


「あ~なるほど・・・・・・・。」


僕の話を聞くと、月姫は視線を宙に彷徨わせた。

上を見たり、下を見たり。けれど結局、彼女は頷いた。


「・・・・・・うん。確かに、あるよ。役割。」


月姫は僕と視線を合わせないまま言う。


「学校の怪異、その七番目。それが詳しくはどういう怪談なのかは私もわからない。けど、その性質(・・)の様なものははっきり自覚してる。」


「・・・・・・性質?」


「私は、"怪異を払う怪異"。学校の七つの怪談、その最後のストッパー役。『怪談は結局怪談でしかなく、現実にそんなものは無かった』というオチをつけるための存在。つまり、私の役割は今も昔も変わっていない。怪異を祓う事こそが、私の役割なの。」


「え・・・・・・それは――、」


おかしい。僕が聞いていた怪談の内容と全く違う。

七番目の怪異、それは「校長室にある本を読むと死ぬ」というもののはずだ。

それを彼女はなんと言った?「怪談を祓う?」


明らかに戸惑っている様子の僕を見て、月姫が怪訝そうな視線を送ってくる。

僕は頭の中でなんとか話を整理しながら説明する。


「いや、僕が教えてもらった七番目の怪異は「校長室にある本を読むと死ぬ」っていうものなんだ。でもそれだと月姫の話と全然違うから・・・・・・。」


その僕の言葉に、月姫は顎に人差し指を乗せて「ん~」と考え込む。


「・・・・・・まあ、学校の七つの怪談って言っても、実際は七つ以上あったりするんじゃないかな~。ほら、学校の怪談自体は七つどころかもっといっぱいあるでしょ?だから、どの怪談が"代表となる七つ"になるかは、噂によって変わってっ来るんじゃないかな?」


月姫のその考えに、僕は「そうかもしれない」と頷いた。

確かに、この学校にある怪談話が七つしかないという事は無いだろう。学校の七つの怪談というのは、あくまで代表される七つというだけだ。ならば、人によって、あるいは噂話の流れによって、どの怪談が選ばれるのは違うのかもしれない。

恐らく、月姫の"役割"になっているのも、僕の知っている校長室の話も、数ある怪談のうちの一つなのだろう。


「月姫が知ってる学校の怪談ってどういうものなの?」


「ん~、私が知ってるのは人体模型が動き出すとかベートーベンの肖像画が血の涙を流すとか――」


月姫が知っている学校の怪談。

しかしその内容は、七つ目を除き、僕が知っているものと大差無かった。

ベートーベンの肖像画が「目が動く」のではなく「血の涙を流す」だったり、屋上の幽霊が「突き落してくる」のではなく「引きずり下してくる」だったり、詳細に違いは見られるが、違いと言ってもその程度だった。


「そうだ!」


と、突然。学校の怪談について説明していた月姫が何かを閃いたように手を打った。


「ねえ、ケーシ。よかったら、手伝ってくれないかな?」


「え?手伝うって、何を・・・・・・?」


「怪異を祓うの。良いでしょ?」


省略し過ぎって何を言っているのかわからない。

単語をつなげれば、怪異を祓うのを手伝ってほしいという風に聞こえる。


「い、いや・・・・・・ちょっと待って・・・・・・。怪異を祓うって、何の事?」


戸惑う僕に、月姫は「ごめんごめん」と小さく舌を出して謝る。


「あのね、私の役割は怪異を祓う事だって言ったでしょ?私、実際に夜の学校に出る怪異を祓ってるんだ。でも、ちょっと問題があって・・・・・・。それを、ケーシに手伝ってもらえたらうれしいなって。」


「――。」


絶句。

何を言っているんだ。この幼馴染は。

僕にそんな事は出来ない事は、月姫が一番よく分かっているはずだ。

夜の学校に来るだけでも冷や汗ものなのだ。

それなのに「怪異を祓う」なんてこと――。


そんな僕の様子に気付いたのだろう。月姫は慌てて手を振って弁解する。


「べっ、別にケーシに怪異を祓ってもらいたいわけじゃないの!ケーシがそんな事出来ないのは私も良く分かってるし・・・・・・。でも、ちょっと困ったことがあって・・・・・・。」


「困ったこと?」


「うん。別に怪異を払うこと自体はなんでもないの。でも最近、学校に忍び込む生徒が居るの。そういう人が居ると、私も自由に動けなくて・・・・・・。一度、わざと脅かして追い払ったんだけど、逆に私の事が噂になっちゃったみたい。だからきっと、また来るわ。」


十六夜の話では、夜の学校に忍び込んだ生徒が月姫の幽霊を見たのだと言っていた。

月姫が言っているのは恐らくはその生徒の事だろう。


「私が追い払ったんじゃ、本当の怖い話になっちゃうでしょ?でも、ケーシが脅かしてくれたなら、『学校で出た幽霊は、本当はただの人間だった。』って話にもっていけると思うんだ。」


月姫はやや上目遣いで僕の顔を伺ってくる。

頼みづらい事を頼むときの彼女の癖だった。

そして、どうしてもやって欲しい事を頼む時の癖でもある。


「・・・・・・・・・。」


僕は長く、長く沈黙した。いや、絶句した。

けれど最終的に、僕は深く溜息をついた。


「それ、僕が学校に忍び込んでる事がバレてめちゃくちゃ怒られない?」


僕は、そう言って苦笑する。

少なくとも、苦笑しているように、振る舞う。


「あはは、そうかもね。」


僕の言葉は、遠回しな了承だった。

それをよくわかっている月姫は、ホッとしたように笑って返した。

・・・・・・月姫の頼み事、という時点で僕に拒否という選択肢は無い。

月姫には返しきれないほどの恩がある。

物理的に無理なものでない限り僕は彼女の頼みを聞いてあげたいと思っているし、実際にそうしてきた。


だから、これも同じだ。

・・・・・・例え、それが――。




それが、月姫の正気を疑うものだとしても。





・・・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。


そうして。

結局、その夜はそれで解散となった。

月姫に付き合うのはまた明日。

ここから吉と出るのか凶と出るのか僕には全く分からない。

僕は静かに溜息を零し、無言のまま夜空に浮かぶ月を見上げた。



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