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真実の噂話  作者: 桜辺幸一
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4.学校の怪談1、2

一、校庭の隅に見知らぬ生徒が立っていても話しかけてはいけない。その生徒は幽霊で、仲間を欲しがっている


学校の七不思議、その1番目。

その言に従うならば、校庭のどこかに生徒の幽霊が居るはずだ。

星明りだけを頼りに目の前に広がる校庭を見渡してみるが、少なくとも見える範囲にはそれらしき影は無い。


「十六夜は、どう?見える?」


僕は念のため十六夜に確認してみる。


「えっと・・・・・・いえ、ここからは何も。」


ならば、もし居るとすれば校庭の隅、物陰になっている場所だろう。

僕たちは校庭の外周をぐるりと回るように歩き出す。


僕は持っていた懐中電灯を点けようと、手の中でスイッチの感触を探す。

しかし、十六夜はそれを慌てて制してきた。


「先輩!駄目ですよ!私達は今、学校に不法侵入してるんですから。もし見つかったら大変です。」


「あ、そっか。」


十六夜の言うことはもっともだ。

僕自身は見つかった所で特に痛手はないが、十六夜は優等生で通っているだろうから見つかるのは避けたいところだろう。

もちろん、単純にこの学校探索が中止になるのが困るという面もある。


「でもこうも暗いと何も見えない気がするんだけど・・・・・・。」


「大丈夫ですよ。本当に真っ暗というわけでも無いですし、近くまで行けばちゃんと見えると思います。」


しり込みする僕に十六夜はそう言うと、先に立って歩き始めた。

普段の繊細な雰囲気からは想像出来ない度胸の据わり方だ。

僕は自分自身の情けなさに嘆息しつつ、十六夜の後を追いかける。


夜の校庭は昼間とはうって変わって静かだ。

部活動に励む生徒の掛け声やおしゃべりの笑い声で溢れる空間は、今この時間においては無人の廃墟を想わせた。


そしてその相対的な静けさが、虫の鳴き声や木々のざわめきをいっそう大きく引き立たせる。

静寂の中にありながら、人間ならざるものの気配が満ちているように錯覚させられる。


だが今はもう、そのざわめき惑わされることは無い。

理由は明白。

すぐ傍に十六夜が居るからだ。


十六夜の足取りに迷いや恐れは見られない。

だから僕も安心して彼女の後について行ける。


「・・・・・・十六夜は凄いね。」


素直な感想が口から漏れる。

十六夜は「何がですか?」と振り返った。


「正直に言って、僕ひとりじゃ夜の学校に忍び込むなんて出来なかったよ。でも十六夜は先に来て鍵の確認をしてくれたり、今もこうして先を歩いてくれたり・・・・・・。」


僕のその言葉に、十六夜は微笑む。


「なんとなく危なそうな場所は分かりますから。」


そしてそう言って、得意げに人差し指をピンと立てた。


「以前、危険な怪異と無害な怪異の見分け方については説明しましたよね?」


僕と十六夜が出会って間もなかった頃の話だ。

怪異への対処法を知らずに困っていた僕に、彼女はそのあたりの事を色々レクチャーしてくれた。


「その時話したのと同じですよ。さっき私が挙げた学校の怪談についてよく思い出してください。全部が全部、ただ怖いだけか、それでなくとも自分から飛び込まなければ危険は無いものばかりですよね?」


僕は十六夜が言っていた学校の怪談を思い出す。


校庭に居る生徒の幽霊は、確か、話しかけてはならないという話だった。

と言う事は、裏を返せば自分から話しかけなければ危険は無いという事だ。

音楽室のベートーベンや特別棟の鏡、理科室の人体模型については、そもそも怖いだけで何か具体的な危害を加えられるわけではない。

確かに階段や屋上、第七番目の怪談については、"向こう側"に連れ去られたり、死ぬ危険がある。けれどそれだって、こちらから手を出さなければ良いだけの話だ。


「なるほど・・・・・・言われてみれば確かに。」


僕は納得する。


「まあ、私が言った7つの怪談が有名だというだけで、学校の怪談自体はこの7つだけじゃありませんから。その中には向こうから危害を加えてくるものもあるかもしれませんけど。」


しかし、納得した先から相反する事を言われ、思わずガクッと来る。


「あっ、す、すみません。つい・・・・・・。で、でも、安心して下さい!先輩は私が守りますから!」


僕があからさまに不安そうな・・・・・・というより残念そうな反応をしたからだろう。

十六夜は取り繕うように言った。


「・・・・・・それに私だって独りだったら怖くて仕方なかったと思います。でも、今は先輩が一緒に居ますから。」


そう、独り言のように言う十六夜を見て、僕はなんとなくむず痒い気持ちになった。

僕が十六夜の存在に心強さを感じているように、僕の存在も十六夜に安心感を与えているのであればうれしい。

恥ずかしさからか、それきり会話も無く校庭を歩く。


「・・・・・・。」


校庭の粗い砂を踏む二人分の足音が、僕たちの間を流れていく。


月姫を見つけるのが目的の僕たちにとっては幸か不幸かの判断は難しい所だが、校庭の暗がりに何かが居る事は無かった。

夜の学校・・・・・・昼間とは全く違った雰囲気に引き寄せられて、さぞや奇奇怪怪、魑魅魍魎が跋扈する世界になっているかと思っていたが、そういう訳でも無いらしい。

そのまま何事も無く、10分程で校庭を回り終えてしまう。


最後に、月姫を最後に見た校舎裏へと続く小道ものぞく。

しかしそこもただ暗がりが続くだけで特段目を引くものは無かった。


「……何も無かったね。」


僕は失望の気持ち半分、拍子抜けした気持ち半分で言った。


「そうですね。それらしい幽霊の一人でも居れば良かったんですけど……。」


そう言う十六夜の頭越しに、歩いて来た校庭を振り返る。

けれどやはり、そこには動くもの一つ見当たらない。


「で、でも、気落ちする事は無いと思います。学校の怪談は校庭だけじゃないですし……。」


僕の気持ちを察したらしい十六夜が、言い訳するように言った。


「じゃあ、次は校舎の中に入りましょう。こっちです。付いて来て下さい。」


そう言って、特別棟の方向へ歩き出す。

僕は大人しく十六夜の後を付いていった。


事前に聞いた話では、特別棟にあるトイレの窓の鍵が壊れていて、そこから中に進入出来るという事だった。

僕達は正面玄関の辺りから校舎の壁に沿うようにぐるりと半周し、特別棟に辿りつく。


「えーっと・・・・・・あの窓ですね。」


十六夜は無数に並ぶ窓の中から一つを指差すと、その前に立つ。

そして、窓に手を当てて何回か揺すると・・・・・・ギシッと音がして窓が開いた。


「・・・・・・。」


トイレの中は、当然ながら今まで以上の暗さだった。

僕が中に入るのを躊躇っていると、十六夜が何やら言いにくそうな様子で呟く。


「あ、あの・・・・・・先輩から中に入ってもらえませんか・・・・・・?」


「あ、ああ。別に良いけど・・・・・・?」


そう返しながら、ふと、十六夜が自分の制服のスカートを押さえている事に気付いた。

・・・・・・なるほど。確かにこれは男が先に上に上がるべきだろう。


窓枠に手をかけて一気に身を乗り上げる。

やはり、トイレの中はほぼ何も見えない状態だった。

窓から月明かりは差し込んでいるが、その光が当たらない場所は全くの暗闇だ。

僕は慎重に床を探りながら足をつける。

続いて外に居る十六夜に手を伸ばして彼女を引き上げた。


ここからは室内だから、土足で歩くわけにはいかない。

その場で靴を脱ぐと、床タイルのヒヤリと固い感触が靴下越しに伝わってきた。


「流石に懐中電灯使って良い?」


あまりの暗さに、僕は十六夜に聞いた。

このままではトイレから出るだけでも一苦労しそうだ。


「仕方ないですね・・・・・・少しだけなら。」


僕は了解を得て懐中電灯を点ける。

光に照らし出されて、トイレの個室のドアが浮かび上がる。


「・・・・・・って、これ、女子トイレ――。」


「・・・・・・先輩、変なこと考えちゃ駄目ですよ?」


「考えないよ!?」


普段は絶対に立ち入らない場所なので少し驚いただけだ。

僕達は奥に見える扉を通ってトイレの外に出る。


「・・・・・・。」


トイレのドアが閉まる音が、廊下に響き渡った。

建物の中なので、虫の鳴き声も木々のざわめきも聞こえない。

しん・・・・・・と静まり返った廊下は、外とはまた違った恐ろしさを湛えていた。


「先輩。懐中電灯を消して下さい。」


「あ、ああ・・・・・・。」


確かに、ここからでは窓から光が漏れてしまう。

僕は言われるがままに懐中電灯の光を消した。


「う・・・・・・。」


とたんに、眼前に闇が迫ってきた。

窓からの星明りで僅かに視界が確保出来るとは言え、それでも外よりも格段に暗いのは変わらない。


「・・・・・・。」


忘れていた不安感が再び頭をもたげる。

しかし、そんな中でもやはり十六夜は冷静だった。


「ここからだと・・・・・・音楽室か理科室が近いですね。どちらからにしますか、先輩?」


「あ、ああ・・・・・・こっちからだと理科室の方が近い・・・・・・かな?」


「そうですね。じゃあ、そっちから見て回りましょうか。」


理科室は今居る特別棟・・・・・・その2階の中央。音楽室は同じく2階の端だ。

階段を登れば、まずは理科室の隣に出ることになる。


僕達は早速階段へ向かう。


「・・・・・・そう言えば、14段の階段が13段になってるって怪談もありますから、気をつけてくださいね。」


階段の前まで来て十六夜が言う。


「・・・・・・それって教室棟の話じゃなかったっけ?」


教室棟は僕たちが普段授業を受けている教室が集まっている校舎だ。

位置的には、今居る特別棟からは反対側になる。


「それはそうですけど、それが本当に教室棟でしか起こらない怪異とは限りませんから。あの類の怪異は階段があればどこでも起こり得ます。」


「怖いこと言うな・・・・・・」


若干緊張しながら階段を見上げる。

案の定、真っ暗で踊り場まで見通すことは出来ない。

僕は十六夜に断ってから懐中電灯を点けると、階段の段数を数える。


1、2、3、、、、、14段。

大丈夫。13段では無い。


念のため、足場を確かめるように1段上ってみたが、それで段数が減ったりする事も無いし、その他の異常も特には感じられない。


「大丈夫そうだ。行こうか。」


僕は十六夜にそう言うと、一歩一歩確かめるように階段を上り始めようとした。

そこでふと、気付く。


「あ、ごめん。僕が後ろから照らさないと十六夜の足元が見えなくて危ないか。」


そう言って、後ろの十六夜を振り返る。



と、その瞬間。



眩い光が、僕の視界を塗りつぶした。


「っ・・・・・・・!?」


あまりのまぶしさに目を細める。

誰かに見つかったのか。

そう思って身構えたが・・・・・・数瞬後に、その光の正体に気付いた。


「・・・・・・なんだ。鏡か。」


ほっと息を撫で下ろす。

なんの事は無い。

階段前に設置された、僕の身長ほどの姿鏡。

それが僕の持つ懐中電灯の光を反射させていた。


懐中電灯の光を下げると、鏡の中に僕と十六夜の姿が浮かび上がる。


「っ・・・・・・。」


十六夜も驚いたのだろう。

振り向いて鏡を見たまま固まっている。


しかし、それを見て僕は思い出した。

たしか、この鏡も学校の七不思議――怪談の舞台では無かったか。


「ねえ、十六夜・・・・・・確か、ここにも怪談があったよね・・・・・・?」


僕は恐る恐る十六夜に聞く。


ここでの怪談の内容は、たしかこうだ。


曰く、"深夜2時に特別棟の1階にある鏡の前に立つと自分の死んだ姿が映る"。


「え、ええ・・・・・・。先輩、もしかして何か見えますか・・・・・・?」


十六夜は鏡を見つめたまま言った。

正直に言ってすぐにでも目をそらしたいが、既に見えてしまっているものは仕方が無い。

僕はその場に立ったまま、鏡の中に何か異常が無いか確認する。


懐中電灯に照らされた廊下に、階段の前に立つ僕と十六夜。

その後ろには二階へと続くであろう空間が闇に塗りつぶされて存在している。

どことなく、暗闇の中に僕たち二人の姿が浮かび上がっている様子はぞっとしないものがある。


・・・・・・とは言え、特に異常らしい異常は無い。

鏡に映る僕と十六夜の姿はいつも通りだ。

とても死んだ姿が映っているようには見えない。


「・・・・・・いや、特に、何も。」


僕がそう答えると十六夜はホッと安堵のため息をついた。


「怪談によれば、怪異が現れるのは午前2時です。時間が早すぎるのかもしれませんね・・・・・・。」


腕時計を見れば、時間はまだ12時前だった。

確かに、時間が早すぎたのかもしれない。

もっとも、鏡に自分の死んだ姿が映る、なんて怪異が本当だった場合の話だが。


「でも、十六夜も実は怖いんだね。」


緊張から開放された反動から、僕は軽口を叩く。


「え?」


「だって、鏡を見た時の十六夜。すごく驚いた顔をしてたから。」


そう言って僕はいつもの仕返しとばかりにクスクスと笑った。

そんな僕を十六夜はむ~っと睨む。


「せ、先輩だって驚いてたじゃないですか!それを棚に上げて・・・・・・」


「ごめんごめん。冗談だよ。」


まあ確かに、自分のことを棚に上げるのは良くない。

僕は気を取り直すと十六夜に先に階段を登るよう促した。


懐中電灯で十六夜の足元を照らす。

十六夜は確かな足取りで階段を登っていく。

僕はそれを追いかけながら、なんとなく先ほどの鏡を振り返って一瞥し――



そうして。



鏡の端。



こちら側で言えば、階段の踊り場にあたる場所。



本当に一瞬だけ。



そこを、白い何かが横切った気がした。


「・・・・・・!」


僕は慌てて振り返る。

階段の先を照らすも、そこには何も無い。


「先輩?どうかしましたか?」


僕の様子を察した十六夜が振り返る。


「十六夜。今何か、階段の上に居なかったか?」


「・・・・・・?いえ?別に何も。先輩、また私を怖がらせ――」


「違う!」


思わず、叫ぶ。

僕の叫びに十六夜は身を強張らせた。


「あ、いや――ごめん。でも――。」


何も居なかったなんて、あるはず無いんだ。

一瞬だけ。

一瞬だけだったけれど。

あれは――。


「ごめん!十六夜!」


僕は一言十六夜に謝ると、彼女を置いて階段を駆け上がった。


「先輩!?」


後ろで、十六夜が僕を引きとめようと叫ぶ。

けれど僕にはそれに構っている余裕など無かった。


だって、間違いなく、あれは。


僕が見間違うはずも無い、あの白い影は――。




上代月姫。





その、後ろ姿だったのだから。



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