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真実の噂話  作者: 桜辺幸一
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1.上代月姫

「もう。こういう事には慣れてるくせに、ケーシったら頭固いんだから。」


月姫の呆れ声が夜の闇に静かに広がった。

周囲はしんと静まり返っている。

当然といえば当然だ。僕の他に夜の学校に忍び込む様な人間が他にそうそう居るはずも無い。

普段は生徒達の活気に溢れるこの中学校も、今は夜の闇に沈んでいる。

真夏の夜。周囲の空気は生温く汗ばむ程なのに、手足は凍え切った様に震えている。

玄関前の小広場に設置された街灯が、佇む僕たちを切り取る様に照らしていた。

まるで、劇場の舞台のようだ。

そう、僕は思った。

登場人物は僕と月姫だけ。

しかし、その認識さえ誤りだ。何故なら月姫は――。


「だから、私はね――。」


「ちょ、ちょっと待った・・・・・・!」


僕は、放っておけば一方的に喋り続けるであろう月姫の言葉を遮った。

頭の中は相変わらずぐちゃぐちゃのままだ。ひとまず落ち着かなくては話の整理も出来ない。


「――。」


見上げれば、そこには夜天に浮かぶ月。

何もかもが異常なこの場において、月だけが変わらずそこにあった――。





さて、まずはこれまでの話の整理をしよう。

事の発端はおよそ3ヶ月前。春、新学期が始まり、新しい学年の雰囲気に皆が慣れ始めた頃にその事件は起こった。


上代月姫が行方不明になった。


例えば誘拐に代表されるような、何か明らかな事件があってそれに巻き込まれたわけでもなく、山の中で遭難したでもなく。

ありふれた日常の延長線上から、彼女は忽然と姿を消した。


僕が最後に彼女を見たのは、彼女が行方不明になる直前だった。


僕と月姫は同学年で同じクラス。

その日はなんでもない平日で、本当にいつも通り授業が行われて。

僕も月姫も、普段と変わらず同じ教室で授業を受けて。

放課後になって、僕は月姫と一緒に帰るべく、彼女の元へと向かったのだ。

一緒に帰ろうとするのだって、ほぼ毎日のこと。

僕は幼いころに家庭の事情で月姫の家に引き取られ、それ以来彼女とは一つ屋根の下で暮らしていた。

クラスメイトの中には僕と月姫の関係を囃し立てる人達も居るけれど、僕にとってはいつも一緒に居るのが当然で、それを外野からのやっかみ程度でどうこうするつもりもなかった。


本当にいつも通り。

強いて何か普段と異なる事があったと言うのなら、その日、「一緒に帰ろう」と誘う僕の言葉を、月姫が保留にしたことだった。


「ゴメン!ちょっと用事があるから!」


彼女はパチンッと手を合わせてそう言った。


「でも、すぐに終わるから。教室で待ってて。先に帰っちゃダメだゾ?」


僕が一人で帰らない事なんて彼女は重々承知していただろうに。

茶目っ気を出してバチコーン!と音がしそうなウィンクをする彼女に、僕は苦笑しながら頷いた。

そして、ポニーテールを揺らして小走りに教室を出て行く月姫を、僕は当たり前のように見送ったのだ。


月姫が教室から出て行ったあと、僕はなんの気なしに窓から校庭を見下ろしていた。

まだ夕方までは少しある時間帯。少しだけ傾いた春の日差しが校庭を照らしていた。

僕達の教室は二階にあるので、校庭の様子が一望できる。

早々にランニングを始めている野球部。まだ顧問が来ていないのか、それぞれにストレッチやパスの練習をしているサッカー部。僕の中学校は部活を強制していないので、鞄を背負って気だるそうに歩いている生徒もパラパラと見られた。

僕も部活には所属していない……と言うより所属出来なかったので帰宅組。

別に運動が得意なわけでは無かったし、秀でた芸術の才能も持っていなかったから、部活が出来ないこと自体には何の未練もない。

ただ、なんとなく……友人と一緒に何かに必死になるという事に対して、憧れのようなものはあった。

きっと、同じような感情を抱いている人も僕の他にいるだろう。

時折、足を止めて部活をしている人に声をかける帰宅部の男子や、木陰に佇みながら部活の様子をじっと見守っている女子生徒を見かけることがある。

事情はそれぞれだろうが、僕もそんな彼らの一人だった。

もし、僕が部活動に所属していたらどんな学生生活を送っていたのだろうと……そんな事を考えながら、僕はサッカー部員達の間で転がるボールを目で追っていた。


そんな時だ。

ふと、視界の隅に見慣れた姿が映った。

なんの事はない、先程別れた月姫が校庭に出てきたのだ。

月姫は玄関前の小広場で一旦立ち止まり、何かを探すように校舎の隅の方を伺っていた。

やがて、探していたものを見つけたのだろう。小走りに見ていた方向に向かっていった。

月姫が向かっていく方向は校庭の隅、校舎裏へと続く小路がある場所だ。

僕が月姫を目で追っていると、彼女はちょうど校舎の隅でその足を止めた。

そこには、誰も居ない。

いや、校舎の影になって僕からは見えていなかっただけで、実際そこには誰かが待っていたんだろう。

月姫は一言二言、その誰かと言葉を交わす仕草を見せると、校舎裏へ続く小路へと消えていった。


その時、確かに僕は。

校舎の影から伸びる青白い腕に、月姫が手を引かれていたのを見た。


月姫の手を引いていたのが誰だったのかは今でも分からない。男なのか女なのか。何年生のどのクラスの人だったのか。または教員の誰かだったのか。

少なくとも僕のクラスメイトでは無い事は確認している。

いや、そもそもこの学校の関係者だったのかどうかも怪しい。

この学校の生徒ほぼ全員に、あの時月姫の手を引いていた人物について聞き取り調査が行われたけれども、心当たりがある生徒さえ居なかった。

僕も、必死になって友人達に聞いて回った。


そうだ。必死になって。手当たり次第に。

何か手がかりはないかと探し回ったのだ。


だって、それが。月姫が手を引かれて消えたその時が。


月姫が目撃された最後の瞬間だったのだから。


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