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5.Princess


 ここいらで周辺の環境と、世の中について語っておこう。


 俺の拠点は東京を中心に見て南東方面に存在する。

 この辺りは霧の濃淡が極端で危険な場所と安全な場所がまだら模様のように広がっているのが特徴的だ。一寸先は闇だが、安全な場所はそれなりに安全で人が住みやすい。

 ハンター業も活発だ。何故かといえば、危険地域に潜んでいる〈空人〉がテリトリーを広げてくると簡単に集落に引っかかるからだ。

 反面、クリエイター業に勤しむ人形師たちは集落に少ない。俺も、集落から外れた場所に拠点を構えている。

 大半が俺のように人里離れた場所に籠って人形とよろしくやっている。

 自分も人形師なのだからブーメランなのだが、人形なんか作れるのは性格が歪んでいるか、〈魂〉がぶっ壊れている奴だけだ。円滑な人間関係なんて成立させにくい。


 現に俺も、〈器〉と〈魂〉がかみ合っていないし、性格は隠れたところが歪なことになっている。俺のことがマトモそうだと思う奴は、俺の外見と言動に騙されているに違いない。


 何度か話にのぼっていた集落についても説明しよう。

 集落、或いはコロニーと呼ばれるそれは、〈空人〉の被害から身を守るために出来たグループだ。小さな村と思ってもらえれば間違いない。

 この辺りには確か4つほどあったはずだ。1つあたり大体200人から300人程度が寄り集まっている。

 もっと小さい集団も存在するが、集落のように腰を据えた拠点を持たず遊牧民のように生活しているため、正確な数は分からない。その多くは、〈魂〉を壊され過ぎて〈空人〉寄りになってしまったり、脛に傷をもっていて大きい集団に入れないやつらだ。


 ちなみに、俺みたいな完全に孤立して活動しているぼっちも居る。

 ハンター業を営んでいる奴も案外とコレが多い。

 強すぎる力は弾きものにされやすいのだ。もちろん、集落に溶け込み用心棒と化しているハンターも存在する。あやかりたい反面、その分自由もなくなるわけだし、俺は別にいいかなとも思う。

 婚期を逃す独身の気持ちがわかろうというものだ。

 今や結婚など死語なのだが。

 戸籍管理なんて上等なものはとっくの昔に無くなったので誰と添い遂げるかなんて気持ちの問題で、子を産めるならとにかく増やせという世の中である。

 知り合いのハンターに10人ぐらい女を侍らせたヤツがいたが、あいつは枯れてないのだろうか。精々背中には気を付けろと助言するほか、俺にしてやれることはなかった。


 そんなことを考えていると、目的地にたどり着いた。

 例にもれずぼっち生活を営む〈姫〉の屋敷だ。

 いかにも金持ちと言わんばかりの豪奢な屋敷、といえば雰囲気は伝わるだろうか。俺の目の前には重々しい鉄門が佇み、その向こう側に荘厳な2階建ての屋敷が見える。

 車を転がせるほどのふざけた敷地はないが、それでも一般のお宅が10個はくっついてる規模なだけに、小市民的な感性である俺のライフポイントは危うい。


「姫、居るか? 姫ー?」


 残念なことに過去の遺産は軒並み天に召された為、電子機器は壊滅の一途をたどっている。インターフォンなんかも機能していない。

 俺に出来ることは、箱と化したインターフォンの横に後付された獅子を象ったドアノッカーを打ち鳴らすことだけだ。


 ガン、ガンと数回打ち付ける。

 ややあって、ひとりでに鉄門が開いた。誰も居ないままに、だ。

 先も語った通り、電子機器は存在しない。つまり自動ドアなどではないのだが、〈魔法〉があれば再現できなくもない。

 要は俺の来訪を知った〈姫〉が、〈魔法〉による遠隔操作をドアに施したということだ。


「こういう演出好きだよな、アイツ……」


 凝り性、というのだろうか。ゴスロリで身を包んでいる彼女は変な趣味が多い。

 こういう演出も彼女の趣味の守備範囲である。


 敷地へ踏み入ると鉄門は開いた時とは逆回しに閉まり、今度は屋敷の大仰なドアがバン、と開かれた。

 入って来い、と言わんばかりの演出である。

 嫌いではないので思わずニヤリとしてしまうあたり、同じ穴の狢であろう。

 降り積もった、踏み荒らされていない白い絨毯が雰囲気を盛り上げてくれる。


 初めての来訪者という名誉を足跡として残しながら、俺は開かれた扉をくぐった。


 最初に目に飛び込んできたのは、しかし豪奢な内装でも高価な家具でもなく、金色の頭だった。


「っごふぅ!?」


 高空から飛来してきたそれは、鳩尾より上の固くもない胸に突き刺さった。

 ぐりぐりと猫がすり寄ると表現するには過激なボディタッチが何とも痛い。

 小柄な身体の腕を背中に回し、死んでも離すものかといわんばかりにホールドしてくる。勢い、足まで背中に回すかと思ったが、今日はロングスカートだった。なるほど納得するのだが、抱き付いてずり落ちないように普段の倍以上の力でハグするのはやめてほしい。


「お、い、姫! 毎回毎回、勘弁してくれ!」


 力の限りで彼女――踏み入った瞬間に俺へダイブをかましてきた姫を引きはがした。

 そうしてようやく彼女の全貌が俺の視界に収まる。


 金色の艶やかな髪は暗色のリボンで二つにまとめられ、快活なツインテールに仕上げられている。身を包むのは普段通り黒基調のゴスロリ。今日は落ち着いた雰囲気の露出が少ないデザインだ。

 時折、俺の目のやりどころに困る露出狂といわんばかりのミニのドレスを着ていることもあり、目の保養を通り過ぎて精神衛生が危ういことがあるのが問題だろう。


 体躯は小柄で、華奢だ。

 背丈で言うとココロが最も高く、僅差で小さい俺。その俺よりやや小さいユキと続くが、そのユキにして頭一つは小さいのではないかというサイズだ。

 そのくせ体は女性らしくまとまっており、彼女がきちんと大人の身体になっていることを示している。胸のサイズに照らすと、ダントツでユキが独走状態だが、次にくるのは姫なのだ。脅威である。胸囲だけに。



 ……ン、ン。

 失言だった。

 ちなみに、底辺争いを行くのが俺とココロだが、俺はそんな争いになど参加したくない。今ぐらいなら俺の精神が持つが、これ以上育ったら自我が危うい。


 ともあれ、眼前の姫である。


「いい加減、所構わず出会い頭にタックルかますのはやめてくれ。

 俺が受け止めきれなかったらどうするんだ」

「クク。我が師がその程度できぬはずがあるまい。

 のうユウ。こんな矮躯、支えきれずして男は名乗れないであろ?

 大体、こんなになるまで儂を待たせるのが悪い」


 彼女は外見に見合わぬあくどい笑みをニヤリと浮かべ、子供らしい甲高い声でやたら演技ぶった口調でしゃべった。

 聞きなれてしまったその口調は俺に特段感慨を与えることも無く。


「はいはい、そうだな。だから男に抱き付こうとするのはよせ」

「いやいや。我が師につれない態度など取れるものではない」


 ひらりとスカートを翻して屋敷の奥へ。

 ようやく視界に収まった屋内風景は、まあ予想を裏切らないデザインだった。

 赤茶色の木造を基礎として、やたら高そうなシャンデリアや絵画が飾られている。そのくせ押しつけがましくない。要所で飾られた、飾られてるくせに着飾っていない質素な花瓶に生けられた花が主張を押さえているのだろうか。

 こうした、飾る飾っていないの矛盾は日本語の難易度と言うべきか、表現技法の秘奥と言うべきかは悩むところだ。


 俺は彼女に続き、2階まで吹き抜けになったロビーの正面階段を上がる。

 ぎしぎしと悲鳴を上げる木造階段は耳に心地よい。

 危険地帯で発生した建造物の大半は木造ではなく鉄筋のコンクリであるだけに、この言い得ぬ温かみは捨てがたいものだ。


「ところで我が師よ。基本的に時間には誠実だったと記憶しているのじゃが、今日は妙に遅かったではないか。

 何ぞ危機的状況でも、と飛び出す直前であったぞ」


 歩みを止めず、俺を案内しながら彼女は肩越しに言う。

 良かった。間に合ってよかった。

 姫の言いようは別に誇張表現ではない。出る、といったら本気で出る。


「ああ。一人拾ってな。そいつの人形を用意してやるのに時間を食った。

 その分埋め合わせはするからさ」

「埋め合わせは当然じゃが。……また拾うたのか」


 姫の声音には呆れの色が濃い。


「善行、善き哉。じゃが身の丈に合うことをせよ。

 儂とて我が師に助けられた身の上じゃ。野暮は言わぬ。

 じゃが、そう言うても言いたくなるようなことをしておることは自覚すべきじゃろう」

「またと言われる程拾った覚えは無いんだが……」


 自覚が薄いと良くココロに言われるが、それほどだろうか。

 それに、善行と思ってやっているわけではない。あのままじわじわと野垂れ死にされるほうがよほど俺の精神衛生に良くないじゃないか。拾うことになったのは、彼女が記憶を無くしている上に〈銀化〉が目立つからだし。

 助けられないと分かったら首を落とすつもりだったわけだし、良い行動かと言われると首を傾げる。


 拾って面倒見て、適当な集落へ送ってやった人数も二桁に届くかどうか、というところに収まっている。

 そこらのハンターのほうが、よほど誰かを救っては助けているのではないだろうか。

 そんな風に考えていると、姫はくりりとした目を半眼にして睨み付けてきた。


「のう。ハンターのほうが救うておるなどおもっとりゃせんか?」

「いつからお前もエスパーになったの?」

「ダダ漏れじゃ」

「マジかよ……」


 呆れの色が濃くなる会話。

 ため息交じりに姫が俺へ断った。


「言っておくが。ハンター連中は人助けなど基本せぬよ。

 精々、戦場で拾ったヤツを依頼主か集落へ棄てて仕舞いじゃ。

 そんなどこの馬の骨とも知らぬ輩を世話するほど、脳内花畑なハンターはおらぬ」

「そこまで言うのか?」

「勘違いしておるようじゃが、儂とてそうじゃ。

 無論、人らしからぬ扱いはせぬ。声をかけ手を貸し集落へ送るぐらいはしよう。じゃが、お主のように手を貸し懐を貸し、自立を促すべく人形を手配して訓練してやるほど人が良くないわい。

 常人に言わせれば、親切過ぎてその胸中を疑うほどじゃ」

「ボロクソに言われてるな。

 だがなあ、俺は少なからず関わり合ったヤツを無下に扱うのは後々精神的に引きずりそうだからなんだ。結局、自分の為なんだよ。

 今回拾ったヤツだって、〈銀化〉が激しくて集落に放り込んだら即処刑だ。

 集落外の流れ連中に任せれば或いは、と思うが、接触自体が困難だしな。

 そういう奴は放っておけなんだよ、見かけちまったらな」


 目の前に居るから問題なのだ。

 知らぬところで死ぬヤツまで俺は気にしない。だが、目の届くところで死なれるのは困る。知ってしまうと捨てられない。結局、面倒だと思いながらも手を貸してしまう。

 特に〈銀化〉の進んだヤツは駄目だ。

 あれは世界から排斥される存在だ。集落にはなじめない。それが原因でさらに〈魂〉を壊し、〈空人〉になる。

 そうならないよう、集落に入れるどころか、近寄ったら極力殺すようなところの多いこと多いこと。


 なんというか、自己満足以上に酷い自衛のための行為なのだ。

 気持ちの問題というのは今の時代において最大の理由足りえる。気持ちが沈めば身が沈む。気持ちよく生きるというのは、今や必須事項なのだ。


「まあ、我が師がそう言うならいいのじゃがのう。

 野暮は言わぬと云うたばかりであるし……」


 彼女はモゴモゴと口の中でしゃべっていてよく聞こえない。

 聞こえないことを拾ってやることは難しいし、何よりこの話題は面白くない。

 俺は辿り着いた馴染みの部屋のドアへ、姫より先に手をかけて仰々しく開いた。


「――さ、今日のお勉強を始めるとしよう。

 今日は人形の構造と作成手順についてだ」




次回投稿は1日開くかもしれません。

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