4.Are You?
〈憑依型人形〉。
読んで字の如く、〈魂〉を憑依させて動かす人形のことだ。
〈意図〉の技術も磨かれず、〈魂〉付加による自立化もままならなかった最初期において作られたタイプである。
現在においては他2種人気に押され気味だが、それでも存在は消えることなく残っているほど、その有効性は認められている。
「こいつの特徴は、憑依中は肉体が保管される点にある。
例えばユキがこの人形に憑依した場合、ユキの肉体はそこらに転がされるのではなく、この人形内に格納されるんだ。
人形が稼働不能になるまで大破した場合、ユキの〈魂〉ごと弾き出されるけどな」
「他にも、操る、ということの技術を求める人形とは必要とされるものが異なります。
この場合、あたかも自分の手足を動かすかのように操作しますので……剣術ひとつにとってみても、自分自身が出来ることでないと再現は難しい」
その他の特徴として、人形の大半が女性型であるためか、憑依型を扱う人間も女ばかりだ。男の憑依型使用者を俺は知らない。
男は〈操縦型人形〉、女は 〈憑依型人形〉。
この構図は、3種類揃った時代から根強く残っている。
「メリットは、身体能力の拡張。それから、生身に出来ないギミックを体に仕込むこともできる。
また燃料になる〈魔力〉を大量に持ってるユキなら、阿呆のような運用だって夢じゃないだろうさ」
「最大のデメリットは、痛覚ですか。
憑依中、人形に与えられた痛みが〈魂〉へ直接与えられます。
これは〈魂〉の欠損などに直結するものではありませんが、高負荷にはなりますので結果的に摩耗することはあるでしょう」
「痛覚自体をカットすることは不可能じゃないんだが……操作が難しくなるんだよな」
「都合のよいものだけとりあげられないということでしょうね」
ユキは分かったのかわかってないのか、ただ首を縦に振った。
「本当は〈魂〉総量の少ないユキに進めるモンじゃないんだが……痛覚も〈魂〉の活性に役に立つかもしれないし、〈意図〉を扱わせるのも難しそうなんだよな」
「私に〈意図〉は使えない?」
「ああ。何かをさせたいという気持ちを外に出す必要がある。
……これは俗説だが、"させたい"という思考は男性、"したい"という思考は女性に、という傾向が強いらしい。
正直眉唾だし、俺は〈意図〉を扱える女も知っているからあまり信用してないんだが……お前は出来るか?」
「……」
両手を突き出したなんだかよく分からないポーズを2、3回決め、最終的に「無理」と彼女は言った。
今の、手のひらから〈意図〉を出そうとしていたのか?
なんだか可愛らしいことこの上なかったが、一体お前はどこに〈意図〉を伸ばそうとしていた。
一応、彼女をフォローしておくと。
ンな挙動でやれるものではないので、訓練次第ではやれるかもしれない。
この様子だと期待薄だが、〈意図〉、というよりは〈魔力〉の放出を勉強してからもう一度教えてやることとしよう。
「お前専用の人形を一つ作ってやる。
それまでは、この型落ちオンボロ人形を使ってココロと一緒に自分の身体を動かす訓練を済ませておくといい。
お前のことは預かって保護しているが、ただ飯喰らいにするつもりはないぞ。
いつでも独り立ち出来るように常識を身に着けつついち戦力になれるように頑張れ」
「わかった」
そう。そうなのだ。
俺はしばらく、この娘を保護するつもりでいる。
その姿をこの目に収め、彼女の意思を感じた時点で連れ帰る気ではいた。
だがその……なんだ。
口付けまでしてしまった相手を、適当な組織に放り込んではいおしまい、というのは俺にはできなかった。
ある程度落ち着いたら、あの行為の意図を聞かなければならない。
それまでは、俺自身がこいつを保護して、教育していく必要がある。
俺は先ほども言ったように、クリエイターだ。
資材さえ揃っていればこの拠点から出ずとも仕事は出来る。
が、ハンター業をやらないわけでもないのだ。
〈空人〉の討伐を集落から受けることもある。その時の戦力として、〈ココロ〉一体だけではなく、彼女を人形遣いとして連れまわせれば、成功率はグンと上がるだろう。
「さて……駆け足で説明したが、こんなところか。
今日の勉強はこの辺で終わりにするが、質問はあるか?」
「勉強内容に関しては無い」
聞きたいことがあるような口ぶりだ。
「ユウの事が知りたい」
「ん、俺の事?」
「そう」
言われてみると、俺自身のことの説明をすっかり忘れていた気がする。
説明するほどの事もない、と思っていたのかもしれない。
とはいえ、どんな身の上なのか彼女に説明する義務はあったはずだ。
相手の視点が抜けている。まだまだ未熟だな。
「そうだな。俺はユウ。改めて言うが、〈ココロ〉をはじめとした〈戦闘人形〉を多数保有するクリエイターだ。
ここ、元東京の南東部あたりを拠点にしている。
そこらじゃ、一応名は売れているはずだ。人形師はそう数が多くないしな」
「一応なんて付けているのは、人付き合いに気疲れするからあまり情報収集をされないせいで俗世に疎いからです」
「俺がまるでコミュニティ障害のような言い方じゃねえか」
「間違っていましたか?」
「……まあ、そういうわけだ。あんまり世の中を知る気もない。
俺はこの狭い家の中でゆっくり後生を暮したいのさ。その為に仕事はあまり引き受けずに、危険地域で〈魔力結晶〉を採掘したりして生計を立てている」
このなんちゃって一般家屋は、内装や外装こそ普通だが結界・罠などが仕込まれておりそうそう不法侵入できない造りになっている。
〈魔力結晶〉を取りにいかなければ完全に引きこもりの様相を呈していることは、言ってはいけない約束だ。仕事がしたくないわけではない、断じて。
「質問」
「何だ?」
ユキが俺の顔をじ、と見つめてくる。
透明感のある銀の瞳に射抜かれると、身動きが取れなくなる。
整いすぎて人形感のある彼女は、しかしどこか生命の息吹を残していて引き込まれる。
〈空人〉になりかけなんて言われても信じられない。
無表情は極めているが、端々に滲み出る仕草や言動が、どこか感情を感じさせる。
美しい外見や、どこか神秘的な雰囲気に加え、俺は"何か"に引き込まれるような錯覚を覚えた。
そして、知らず凝視していた彼女の薄紅の唇が何を紡ぐのかと思えば、
「ユウは男?」
「……あー」
一番答えにくい質問を、直球で放ってきた。
そりゃそうだ。
聞きにくいことだから、普通だともっと躊躇うものだが彼女はそういうことに頓着しない。ま、見た目だけで言うと口調が痛い女にしか見えないから、疑問は覚えるのだろうけれど。
自分の首から下を見下ろす。
やや凹凸の目立つ身体をブレザーで覆い隠し、しわの寄らないよう丁寧に尻で押しつぶしているのはチェック柄のプリーツスカートだ。
髪は背中にかかるところまで伸ばしてあり、どこからどう見ても"女"だった。
「何で男かどうかって聞くんだ?
この口調か?」
ユキは首を左右に振って否を返す。
あるとしたらそのぐらいだと思っていたのだが、違うらしい。
俺の外見は完全に女だと思っていたのだがそうでもないのか?
「わからない。
でも、私は男だと思った」
「わからないって……」
「違うの?」
「……違わ、ないが」
とある事情から、俺はこんなナリをしている。
女装とか、そういった表面上の男女ではない。
この〈器〉だけ見るならば、俺は完全に女だ。
逆に、〈魂〉は男かと問われれば、そうだ、とやや躊躇いながら返すだろう。
ひとくちに、この微妙なバランスで出来上がっている俺を説明することは難しい。
ともすれば崩れ落ちる砂上の楼閣に似ている。
俺という個人は、あまりに不安定で、不可解だ。
思わず難しい顔を浮かべて続く言葉を探している俺を見て、ココロが茶化しにかかった。
「男の子はアタッチメントですけどね」
「おい、ココロ何言ってんの!?」
「違うのですか? 私、知っているんですよ。
マスターの所有する玩具の中に、神経レベルで接続するアレがあることは」
「真偽を言ってんじゃねえ、言ってる内容を咎めてんだよ!」
「失礼。無垢なユキの疑問に応えるべく」
「無垢を穢してんじゃねえよ!」
茶を濁すにしても、もうちょっと話題を考えろよ!
俺は胸の内で叫んだ。
大体なんでそんな物を知っているんだ。ああいう道具はしっかりと隠してあったはずなのに。
これがメイドというものの真骨頂なら、俺はそれをへし折ってやりたい。
「ええ。そういうわけなので、暫くはマスターは変態、と覚えておいてください。
妄想癖のある女装紳士です。ええ、紳士ですから突然押し倒されることはありませんが、是とすれば即行動ですのでお気をつけて」
「わかった」
「わかった、じゃねえ!
何ドヤ顔で胸張ってやがる、OK出たって押し倒さねえよ!」
「私よりひとつランクが上のマスターが胸を張るなどと表現を使うと殺意を覚えます。もぎますよ?」
「怖い! 真顔が怖い!」
背筋に悪寒が走った。思わず両腕で胸部を隠す。
もぐほど大きくない、と言いたいが、掴めるならもげる、と言いかねない。
いや、別にココロのが掴めないというわけでは――これ以上はいけない。洒落にならない殺意を感じる。
「私、ユウよりみっつは上」
「ック……憎しみで人が殺せたら」
「やめろ人形。洒落にならない」
吹き荒れる殺意を物ともせず、ドヤ顔するユキにどこから取り出したのかハンカチを噛むココロ。ユキにまで殺意を飛ばすほど見境なしではなかったようだが、今度は憎悪が滲み出ている。
というか、呪う人形なんてマジで洒落にならない。
やめろよ髪とか伸ばすの。ココロの頭髪は別に成長で伸びたりしないからな。
……全く、ココロに気遣われたようだ。
とりあえず俺についてのことはうやむやになっている。
死ぬまで墓にもっていくほどの身の上話じゃないんだが……ここはこのまま誤魔化されておこう。
会って数日のユキに事細かに語るような内容ではない。
じきこの家に馴染んでからでも遅くはない。
馴染むだけの間、彼女が彼女で居られるなら、だが。
参考に出していた人形を片付けて手を叩く。
「とりあえず、ここらで座学は終わらせておこう。
俺は〈魔力結晶〉の確保と、ユキに作る人形の素材やネタを貰ってくる。
ココロ、悪いがユキに戦闘訓練を頼む。
この〈クズ〉で訓練しておいてくれ。コレはまだ動くはずだ」
そういうと、ココロは意外そうな顔で俺を見返してきた。
「戦闘訓練ですか? まさか、もうユキを実戦に連れていくつもりで?」
「ただ飯喰らいを家に置いとくほど、俺たちは余裕があるわけじゃない。
大規模戦闘も起きてないから周りの集落で人形の損耗もない。仕事でどうにかしようと思ったって、仕事が無さそうなんじゃどうにもならない。
こないだ〈魔力結晶〉を拾いもせずに撤収したのも痛いな。
地下鉄迷宮にツルハシ担いで探索に行けるぐらいには、ユキを使えるようにしたい」
「……はあ。知りませんよ、どうなっても」
「どうなろうと、お前がどうにかしてくれるだろ。頼むぜ相棒」
ココロはほほを膨らませてふて腐れた顔をする。
「相棒とお呼びにならないでください。私は貴方の刀です。
隷属した人形と主たるマスターを、対等の間柄にしないでくださいませ。
そういう些細な誤りから誤解を生み、錯覚を作るのですから」
「お前の言いたい事はわかるんだけど、なあ」
「……はあ」
嘆息が聞こえる。
まあ俺の考え方が悪いというか、誤っているのは否定しきれない。
人格を有していようと〈魂〉が欠片ほどあろうと、人形は人形。壊れたら作り直せる存在だ。
逆に、俺やユキは生きた人間で、作り直しなんてできやしない。
線引きを間違えるな。ココロはそう言いたいのだろう。
とはいえもう年単位で付き合い続けているパートナー相手に、さらりとした態度をとるのも人としてどうかと思うのだ。
何度も助けてもらってきた身としては、粗雑になど扱えない。
別に、人間同然に扱っているわけではなく、きちんと区別はしているのだから、咎められるほどではないと思っている。
「マスターの意識改革はまた。
一先ず、〈クズ〉でしたか。本当にコレでよいので?」
「コレというが、あの筐体はお前の姉にあたるものだぞ。
自分の身体の具合ぐらい自分が把握しているだろう。
あれより性能が良くて、かつ憑依型として製造した人形は他にもってない」
「分かっているからこそ、です。
筐体が良すぎて振り回されませんか? 魔力強化による身体能力のブーストもまだ覚えていないルーキーですよ。
確かに余計な機能を持っていない、私と同系の設計思想で作られた〈クズ〉はある意味で初心者に向くのかもしれませんが……」
ユキは、分かっているのかいないのか、ただ俺たちの会話を横で聞いている。
記憶が残っていないだけに、彼女は〈魔法〉の運用方法も知らなかった。
昨今、〈魔法〉を使用しないで実戦に参加するとなると、〈憑依人形〉を用いた肉弾戦が主体になるだろう。
憑依するだけなら、教えればすぐだ。至って簡単である。
〈魔法〉のようにごちゃごちゃと覚える必要もない。
「その辺は心配していない。気兼ねなくやってくれ」
俺はある種の確信があった。ある程度の戦闘なら問題なくやれるだろうという確信が。
本棚に置いてあった本のうち、薄く古ぼけたノートを一冊取り出す。
「ユキ、これを読んでおけ。
〈クズ〉って人形の運用法と、〈引き金〉だ。
〈魔法〉は通常、人間の脳で構成して〈魔力〉を乗せて発動させるんだが、〈戦闘人形〉の場合術式が筐体にインストールされている。
だから、引き金になる〈引き金〉さえ口にすれば、勝手に魔力を吸い上げて思うように発動してくれるだろう。初心者向きだ」
人間におけるものと、人形におけるものの〈引き金〉は用途が若干異なる。
人間の場合は、意識付けのための"宣言"だ。口にすることで、〈魔法〉を形にしやすくする補助具にすぎない。熟達したハンターなどは、〈引き金〉を必要とせず無詠唱で〈魔法〉を行使できる。
これが人形となると勝手が違う。
〈引き金〉を宣言しなければ〈魔法〉を使うことは難しい。
これは、術式構築が行われる脳が人形に格納されている為だ。故に、予め〈魔力〉を流せば〈魔法〉を起動出来る術式基盤を人形体に埋め込み、〈引き金〉で起動させている。
〈憑依型人形〉に限っていえば、さらに制限がある。
例えば背中に腕の生えた人形があるとする。
その背中の腕は人間にないものだ。故に、憑依した人間には無い器官であるそれを動かすことは叶わない。
ではその腕をどう動かすか。
〈引き金〉である程度決められた挙動をさせるのだ。
色々言ったが、人間にとっては補助なのに対し、人形にとっては必須のスイッチだと覚えれば間違いない。
「あと、最後のページには〈奥義の型〉も載ってるから参考にするといい。
この辺の説明は、ココロに任せた」
さっきから専門用語が多く飛び交いすぎている気がしてきた。
これから訓練を始めるルーキーには過ぎた情報量だっただろうか。
「わかった」
こくり、と小さく頷いて本を受け取ってすぐに開くユキ。
その様子は困ったところもなく、読解も問題ないようできちんと読み解き始めている。この調子なら、〈奥義の型〉は説明しないでも習得できそうだな。
余計な感情の部分が削ぎ落ちているせいで、かなり最適化されているのだろうか。まあ、問題ないならそれに越したことは無い。
「じゃ、俺は出てくる。
アイツのご機嫌を損ねる前に行かないと」
「アイツ?」
「彼女のところへ行くのですか?
確かに家庭教師するだけで〈魔力結晶〉がもらえるのはボロい商売のような気もしますが、彼女のところへ行くのですか?」
「何で二度言った。別に、それも目的ではあるけど、たまには顔を出してやらんといけないだろ」
どこか不満そうにココロが唸っている。ユキも表情こそ変わらないが、訝しげだ。
「だれ?」
「ユキに分かるように説明すると、ユウの良い人です」
ド直球だな。間違いじゃないが、どこか悪意を感じる。
「私のような女性型人形を前に欲望を発露しないくせに、よそ様の女のところに寝に行くマスターがいけないのです」
「トゲしかねえぞ。大体、お前はそういう用途に作った覚えは」
「そういう機能をきっちり持たせたのはマスターですよ。お忘れですか?
それは何故か、という"理由"は理解していますが、それでもこういうことは言いたくなるものです」
腕を組み、それこそ本物の女性のように不貞腐れて見せるココロ。
稼働して幾年、ずいぶんと表現に膨らみが出たようだ。どうも俺が望んでいた膨らみ方とは違うのが難点なのだが……頬ばっかり膨らませている彼女を見ると脱力してくる。
「ユウ」
ふと気付いて振り向くと、そこには無表情のまま俺の傍に佇むユキが居た。
纏う雰囲気はまるで捨てられた猫のようで、一度目を合わせてしまうと逸らし難い引力を持っていた。