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3.ヒトガタ


 ……頬が熱くなってきた。

 思い返すと、一体何をやらかしているんだ、俺は。

 口元に手を当てて目を泳がせた。


 その後風穴が空いた彼女を抱えてそそくさと撤収した。

 彼女という荷物を抱えた状態で採掘へ行く気にはならなかったし、何より今まで出会いもしなかった〈空人〉がワラワラと出現し始めた為、正直逃げ出すことすら大変だった。


 どうにか今の拠点へ転がり込むと、彼女を風呂へブチ込んだり家のルールを説明したり、事情を伺ったりと……嵐のような2日間だった。

 今この時凪いでいることが、俺には驚きである。

 本日3日目となる今日、ようやく教育に入れると意気込んだのだが、この様だ。


 目の前の勉強机に座っている少女が、無表情のままどうしたのかと俺を見る。

 いつまでも回想に浸ってるわけにはいかない。

 何をしていたんだったか……。


「〈ココロ〉」

「お邪魔しますよ、ユキ」


 油をさしている為、音も鳴らずに開いたドアから〈ココロ〉がやってきた。

 ポニーテイルの美人なのだが、どこで人格調整を間違ったのか、自宅内だとやたらメイド服を着たがる残念美人になってしまった。

 つまり、今はメイド服だ。どうもお気に入りらしい。

 しかも生地など素材こそ〈魔法〉で生成したものの、後はすべて手縫いという徹底ぶり。全て〈魔法〉で仕上げても出来栄え自体は誤差レベルなのだが、機械と手作業の差というか、温かみや厚みが出る。らしい。

 ミニスカなど邪道ですと言わんばかりのロングスカートが様にはなっている。が、そこまで徹底するならポニーテイルも結い上げて団子にでもすべきではないのだろうか。疑問は尽きない。


 手には盆があり2つのカップと、ビスケットの籠が乗せられている。

 こちらは全て俺の手製である。ビスケットは当然として、籠、カップからその中を満たす紅茶まで俺の〈魔法〉製だ。

 ここまで便利だからこそ、人は〈魔法〉に依存し、そして衰退したのだろう。


 と、思い出した。

 歴史の勉強の末に〈ココロ〉の話題が上り、結果的にあの出会いについて回想する羽目になったのだった。


「ユキ、勉強は進んでいますか?」

「ばっちり」


 表情のないまま自慢げにばっちりと言われても、本当にばっちりなのか? と疑いを持ってしまう。

 ココロは勉強机の端に、ビスケット籠を置いて、紅茶を満たしたカップを俺とユキに手渡しする。

 ほのかに届くダージリンの香り。

 この香りを出せる茶葉を〈魔力〉で生成するのには苦労したものだ。


「まあ過去の話はうろ覚えで全然、問題はないんだけどな」

「教えてもらった歴史は覚えた。

 次は〈ココロ〉のことを教えてもらう番」

「私ですか?」


 不思議そうに首を傾げるココロ。

 まあ、突然自分の事を教えてもらうと言われたら戸惑いもするだろう。


「構いませんが、スリーサイズは乙女の秘密ですよ?」

「俺は完璧に把握でき――」

「マスター、死にたいようですね」

「――てなかったみたいだ。すっかり忘れちまったよ」


 人のセリフに割り込むとはいい度胸だ。無いくせに。


「あらあら」

「知性あるもの同士、ここは語りあいでケリをつけないか?」


 やめろ。無造作に襟裏あたりから刀を抜くのをやめろ。

 俺は平和的解決を試みるため、話題を引き直した。


「正しい話題は〈戦闘人形(ドール)〉のこと、だ。

 ちょうどいいし、お前が一通り解説してやれ」

「マスター。面倒だからといって私に全て投げないでいただきたいのですが?」

「そういうな。お前の記憶状況も確認できる。

 そんな機能はない筈なのに、お前は積極的に記憶を忘却し過ぎる」

「期待」

「……仕方有りません。誤りがあったら訂正してください、マスター」

「分かってる」


 俺はカップを手に勉強机の横をココロへ譲り、ベッドへ腰かけた。

 決して立っているのが辛くなったわけではないし、刀を収めた瞬間に緊張が切れたから弛緩したわけではない。聞き手に回るからこその行為である。


 コホン、とそれらしい仕草を見せてからユキに向き直るココロ。

 対するユキは無表情のまま、それを見つめている。


 ……改めてみるとすごい絵面だな。

 ユキの服装は至って普通というか、シンプルなセーターにミニスカート。

 寒そうだったからニーソックスを作ってやった。この仕上がりにはとても満足している。俺の製造技術は、ニーソックスの為に在ると言っても過言ではない。

 対するココロは、由緒正しいメイド服である。

 ガーターベルトは外せないとはココロの談だが、あれは果たしていいものなのだろうか。一度着用してみたが、ただ落ち着かないだけで視覚的にも面白くなかった。

 ちなみに、俺は愛用しているある学校の制服である。チェック柄のスカートに、紺色のブレザー。純白ではない、僅かに桃色の沁み込んだようなシャツ。

 頑なにこれだけを着続けている。俺のクローゼットを開けたココロは絶句していたな。7割この制服だったのが、そんなにインパクトの強い光景だったのだろうか。


 それら3人が一般家庭風の小さな部屋、しかも勉強机に向かっているのだ。

 シュール。それに尽きる。

 ああいや、メイド服を排除すればギリギリセーフか?


「マスターも着用しませんか?」

「謹んで遠慮する」


 いい加減人の頭の中を覗くのはやめてほしい。

 〈ココロ〉と名をつけたのは、別に心を読むからじゃあないんだぞ。


「ユウは後で。今は私」

「そうですね、申し訳ありません、ユキ」


 後で、というのは、後で着せるという意味か?

 違うよな。そうだよな?


「さて。〈戦闘人形(ドール)〉について……でしたか。

 一般に、私たちは対〈空人〉用の兵器として開発されました。

 特性は〈魂〉を削る〈空人〉の直接攻撃の無効化。もちろん、物理的には破損しますから、付属効果の無効であって斬・打・突に対する絶対防御ではありません」


 彼女ら〈戦闘人形(ドール)〉は〈魂〉を欠片だけ持っている。

 道具に〈魂〉は宿る。その概念を実現したのが、今の技術だ。

 〈魂〉を宿すことで、彼女たちは自我を得た。機械的なAIなど話にならないほど、高度な知性を持った。

 当然ながらあくまで機械のようなものだから、主人には忠実で反抗しない。

 また、彼女らによる反逆もあり得ないように設計されている。

 でなければ、安っぽい映画のような〈戦闘人形(ドール)〉と人類の戦争が始まっていたことだろう。


「〈魂〉にダメージを負わない、心臓部が破損しないかぎり修復できる、というのは〈空人〉に対して大きすぎるメリットです。

 私たちが生み出される前の人間は、それこそ〈魂〉を削りながら戦っていましたからね」

「〈魂〉が減るのは、ダメ?」

「ええ。〈器〉を満たす〈魂〉は急速には回復しません。

 長い年月を置いて、ようやく癒されるものです。

 また、精神負荷の多い環境では〈魂〉は摩耗しますから、一筋縄ではいかないでしょうね」


 余談だが、〈植物人間化〉した人間がほぼ確実に〈空人〉になるのは、〈魂〉衛生上回復しえない状況だからだ。〈植物人間化〉していない前段階であれば、数えるほどだが社会生活に復帰したケースも存在する。


「そんなわけですから、私たちが重用されるのです。

 今では〈空人〉を狩るハンターたちすべてが何らかの形で〈戦闘人形(ドール)〉を保有しています。

 というか、〈戦闘人形(ドール)〉を持っていないのは自衛能力を持たない一般人ぐらいでしょうか。正直、ウチのマスターのように、〈戦闘人形(ドール)〉を生産しては売り払っている外道のおかげで、ハンターでなくても保有しているぐらいです」


 外道とは失礼だが、否定は出来ない。

 人格のある人形は人とどこまで違うのか。線引きは、非常に難しい。

 それこそ、奴隷を売っていると表現されてもそう間違いではないのだろう。

 反逆できない従順な道具というのは、奴隷そのものだ。販売されている多くの人形たちが性交渉の機能を有しているのも、そういった側面を印象強くしている。

 まあ……機能を有していても、近年利用されない事のほうが圧倒的に多いのだが。


「何故?」


 ユキが俺を見た。

 何故、というのはどうして作っては売っているのか、ということだろうか。


「俺のように〈戦闘人形(ドール)〉を作れる人間は、数が知れている。

 〈魔法〉を運用するだけなら、近頃じゃ出来ないヤツのほうが珍しいんだがな。

 〈戦闘人形(ドール)〉は〈人形師〉にしか作れない。

 そして〈人形師〉になるには、どうやっても感性だけじゃなく技術と知識が必要になるんだ」

「売っているのはつまり」

「〈人形師〉を保有してない集落は〈空人〉に対する自衛力がない、ということだ。

 俺はそういう連中へ、〈魔力結晶〉やらを対価に〈戦闘人形(ドール)〉を作っては売ってるのさ。

 まあ、そんだけじゃ足らないから、自分で採取しに行ったりもするんだが」

「マスターのような、ハンター稼業ではなく製造・販売を行っている職人をクリエイターと呼んでいます。その中でも、人形をメインに取り扱っている者を〈人形師〉と呼びます。

 大抵の場合クリエイターはハンターを兼ねていますが、本職ハンターほど戦闘力はありませんね。あくまで自衛力に偏っていることが多いです」


 ハンター連中に俺たちクリエイターが勝てないのは、単純な話経験の違いと、そもそも戦闘に向いた性格かどうか、だ。

 クリエイターが拠点に籠ってせっせと人形を作っている間、彼らは〈空人〉を狩っている。それだけで差が出ようものだ。

 逆に言えば、経験の差が無ければ彼らハンターとは対等だ。

 〈戦闘人形(ドール)〉を深く理解している俺たちクリエイターは、彼らハンターよりよほど上手に扱えることだろう。


「〈戦闘人形(ドール)〉にも種類があります。

 良い機会ですし、一通りご説明しておきましょう」


 彼女は自分の無い胸に手をあてて説明を続ける。


「私、〈ココロ〉は〈自立型人形(オートマタ)〉と〈操縦型人形(マリオネット)〉の混成型です。両方の長所と短所を持ち合わせています。が、マスターは〈人形師〉としては優秀ですので、短所は緩和されていますね」

「詳しく」

「〈自立型人形(オートマタ)〉は、自我を持った人形です。

 操り手を必要としないタイプですね。命令しておけば、勝手に考えて勝手に行動します。

 長所は、操り手が同行する必要がなく、人的危険を冒さずに済むことです。危険な場所への先行偵察などもこなせますね。

 欠点らしい欠点がない、とよく言われますが、誤りです。

 なんというか、人間にほど近い存在ですので、人間の枠組みに収まってしまっているのが欠点ですね。人以上のことはできない。〈魂〉の保護を抜けば、人間と同列ですよ。

 それどころか、〈魔法〉も人より上手く扱えませんので、ある意味では人より劣る部分もあるでしょう。

 ちなみに、〈戦闘人形(ドール)〉は対〈空人〉用の兵器であり、対人間用ではありません。人間対〈戦闘人形(ドール)〉と言う構図では〈戦闘人形(ドール)〉側に勝ち目がないことも把握しておいてください」


 ここで言っている人より劣るとは、対〈空人〉戦闘時のことです、と付け加えた。

 ココロの言は正しい。

 人間は〈魔力〉の存在によって強固な生物へと変貌した。

 ……詳しく語りだすと長くなりそうだ。ここはココロの人形講座に耳を傾け、次の機会としよう。


「わかった。それで、〈操縦型人形(マリオネット)〉のほうは?」

「そちらは、操り手必須の自立しない人形ですね。

 〈意図〉という特殊な魔力糸を通わせることで操り手が行動させます。

 有効距離はさまざまで、5mから100mぐらいですか。有視界内であることも必要です。

 短所はすぐにわかりますよね?

 操り手が近くに居る必要があります。危険と隣り合わせということです。

 その上、〈意図〉を手繰っていると操縦者は大がかりな〈魔法〉は使用できません。自衛力が試される戦法ですね」

「みんなオートマタにすればいいのに」


 もっともらしいことを言う。

 だが、そうしないのは理由が付随しているからだ。


「ええ。ですが、それを補って余りあるメリットもあるのです。

 〈操縦型人形(マリオネット)〉は、強い。

 それこそ、〈自立型人形(オートマタ)〉では勝ち得ません。

 オートマタ側を2体とマリオネット1体と相対した場合、流石にオートマタに辛うじて軍配があがるでしょう。ですが、そこに操縦者の人間一人が加わるともう勝てないでしょうね。2対2の構図では、オートマタに勝利はありません。

 それほどの脅威です」


 俺は化け物のようなマリオネットを知っている。

 例えるなら呂布だ。

 止めに入ったオートマタ3体が、まとめて吹き飛ばされたシーンは目に焼き付いている。あんなものを相手にするぐらいなら、俺は逃げを選ぶだろう。


「両方の側面を持つ私はメリットデメリットも両方持っていますが、どちらかといえばいいとこどりした仕上がりになっています。

 詳しく語るのは、ユキがもっと人形知識を得てからにしますが……このマスター、変態ですが変態みたいな実力の持ち主だということを覚えておいてください」

「おい」

「何か?」


 くそ、あたかも俺が間違っているかのような眼差しを向けやがって。

 強気で違うと言いにくい。

 一体このメイドを教育したのは誰だ。


「人形はその2つ?」


 そんな俺とココロの火花散る……いや、一方的な侵略戦争を全く無視し、無垢な瞳を向けるユキ。

 俺はココロに視線をやって、俺自身が口を開いた。


「いや。もう1種類ある。

 お前に使ってもらおうと思っているのも、それだ」

「使う?」

「ああ。基本はワンオフだし、お前専用の物をこれから作るもんだから、少しばかり待ってもらうが……」


 言いながら、〈魔法〉による召喚で、サンプルの人形をこの部屋へ呼び出す。

 基礎骨子と要所の擬態皮膚しかない、球体関節がむき出しになった人形。

 頭髪もなく、服を飾るマネキンに近い様相のそれは、人間と見紛う完成度のココロと比較するのもおこがましい。

 だが、その在り様はココロとは違う方向性に突き抜け、完成されていた。


「〈憑依型人形(リビングドール)〉。

 人間が中に入って操る、一風変わった人形さ」


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