終・追憶『雪』
なんと書けました! もう一話続けて投稿します!
私の存在を一言で示すならば、それは〈空人〉に他ならない。
〈魂〉を失った者はすべからく〈空人〉となる。
それはこの世に創られた新たなルールである。
この理から外れることはなく、この理を壊すことは叶わない。
だがしかし、私は理の外に居る。
私は存在しない存在であると言えるからだ。
私の身はこの世にない。
では何者かと言われれば、舞台装置であるのだろう。
私は〈空人〉である。
この身に人生などはなく、生まれ落ちた時点で〈空人〉であった。
産み落とされた先は、〈命〉を失い死した肉体。
されど〈器〉は滅びることなくこの大地に眠っていた。
それが〈亡霊〉であると知るのは少し未来の話であり、今の私にとっては生まれ落ちた我が身でしかない。
私は、その〈器〉を手に入れると〈魔力〉が満たされることを待った。
〈空人〉たりえる者たちは皆、〈魂〉を持たない。
それ故に、〈魔力〉は遅々としてその〈器〉に満たされない。
〈空人〉となった直後の者たちが直ぐに活動を止めないのは、人間だったころの"名残"で〈魔力〉が残っているからだ。
その燃料が尽きれば、彼らは暫くの眠りにつく。
また、別の〈空人〉が活動を行う〈領域〉では彼らは目覚めない。それは、お互いが邪魔し合うのもさることながら、正直に言って〈魔力〉が惜しいのだ。人間たちがポンポンと〈魔法〉を使う中、〈空人〉たちは黙々と貯金を積み立てるしかない。
〈器〉に積み立てきったものから、少しずつ〈器〉が拡張され、やがて人間たちに負けない強靭な肉体を手に入れる。尤もその肉体もまた、ある程度〈魔力〉を使ってしまうとしばらくは休眠に入ってしまう欠陥品でしかないのだが。
おお、神よ。何故我らをこのような欠陥品に産み落としたのか。
答えは簡単だ。
欠陥品として生み出したのだ、神は。
純正の〈空人〉という特殊な私であるから理解出来る。
この理を生み出した神々は、人類を滅ぼしたかった。だが、自分たち神に成り代わり得る〈空人〉もまた、虐げる存在でなければならなかったのだ。
新しい世界の住民は〈空人〉であろう。
だが、その〈空人〉は空を飛ばず、地を這う愚者でなければならない。
故に我ら〈空人〉は空を往かぬ。大地を這い回り、自意識を持たず、ただただ神の傀儡として生者を滅ぼす。
思い出せ。神々は言ったぞ。
『では、人類諸君。良い滅びを』
我ら〈空人〉と、人類と、神々は、この発言が成された時点で、付き合い方が決まっていたのだ。
その事に対して、私は深い感慨を持たない。
そのように作られてはいない。
何か思うことがあるとすれば、空を駈ける神々の僕、〈天使〉たちが少し羨ましいと思うだけだ。
あのように空を舞うことが出来たら楽しいだろう。
こうした思考は〈空人〉にはない。
彼らは皆、呪われた死ねない死者であるが故に。
私は違う。まだ死してなどいない。ただ、まだ生まれていないだけだ。
それでも、私は〈空人〉に過ぎない。
〈魔力〉が溜まりきれば活動を始め人を狩る、愚者の行列に肩を並べる死刑囚に過ぎないのだ。
であるというのに、この頃の私はおかしい。
こういった思考自体、ここまで続かないものだ。とっくに虚無へと還るはずだ。それなのに未だ"私"が続いている。これは異常なことだ。
では何故か。私は原因を調べた。
いや……調べると言うほど、大変な調査にはならなかった。
私の中に、暖かなものが落ちている。
これは〈魂〉だ。
有り得ない。私は〈空人〉となるべくして生まれ落ちてしまった異端児だ。
無いものは無い。〈魂〉は湧き出さない。
だというのに、私の中に〈魂〉がある。
そんなおかしな話があるか。
これを確かめれば、原因がわかる筈だ。
私は、そっとその〈魂〉に触れた。
……その〈魂〉はほんのりと暖かく、そして激情が詰まっていた。
断片的な記録。
人としての幸せ、人としての喜び、人としての悲しみ、人としての怒り。
あらゆるものがその中には詰まっていた。
なんと、私はつまらないものに生まれてきたのだろう。
これだけ彩りの美しいものを、何故私はもちえなかったのか。
どうして神は、このように私を産み落としたのか。
不満は尽きない。
不満を感じる事さえこの〈魂〉の恩恵であり、私はこの欠片ほどの〈魂〉を手放したくなくなっていた。
でも、駄目だ。
今は暖かいこの〈魂〉も、少しずつ冷たくなっていくのがわかる。
私の〈器〉は冷たい。
決して〈魂〉は育まれず、この種火は火を灯すことなく消えるのだ。
そのことが、無性に悲しかった。
けれど、"神"は決して、私を見放してなどいなかったのだ。
神は一人ではない。
捨てる神あれば、拾う神が居るのだ。
私のもとに、また〈魂〉がふわりと落ちてきた。
冷たくなって消えかけていた〈魂〉はその熱にあてられ、再び暖かくなる。
ひとかけらが、ふたかけらに。
それは奇跡としか思えなかった。
けれどそれが必然であるということを、私はすぐさま思い知らされる。
日を追うごとに振り落ちる〈魂〉。
ぱらぱらと、ぱらぱらと。
まるで雪のように私の中へ重なっていく。
それはほんのり暖かく、冷たい冷たい私の体に、じんわりと染み入っていくようだ。
私の〈魂〉が積み重なったある日、私は初めて"外"の世界というものを認識した。〈空人〉という自分の中にしか世界が無いような閉鎖空間から、外へと私の感覚が飛び出したのだ。
視覚はない。聴覚もない。触覚も、痛覚も。当然味覚も無い。
でもそこに世界があると分かった。
いや、世界があるのは知っている。だけど、"世界"を世界として認識したのは、これが初めてだった。
そして、その"世界"には一人の神が居た。
神、というには弊害があるかもしれない。けれど、私にとってその人物は神であった。
青い炎をその身に宿し、暖かく残り火を感じる灰を、その神は振りまいていた。
同時に、私の中に宿る〈魂〉の正体も理解した。
あの神が歩くたび、心を揺らす度に舞い散る灰。
あれは、私の中に降り積もる〈魂〉だった。
この激情は、この孤独は、全て神のものだった。
途端に、自我が、感情が溢れ出す。
この〈灰〉には神の記憶が残っている。
重なった悲劇、死に等しい日々、身を削ぐような行方の無い愛情。
理解した瞬間に感じるこの哀しみは、全てあの神が感じたもの。
だが、身を切るようなこの痛みは、紛れもなく私自身が抱いたものだ。
何故私は駆け寄って慰められないのだ。
何故私には彼を抱きしめる腕が無いのだ。
与えられるばかりで、返す事が出来ない。
このやり場のない"自身"の激情は、やがて私自身を焼いて行った。
『なんにも居なくなった。
もう、叶える夢も無い。
俺はどうすればいい?』
重なりゆく〈魂〉が、私の中で反響する。
『失敗した、何もかも。
もう、取り戻しようが無い。
このまま、朽ち果ててなくなれればいいのに』
色濃く感じるのは絶望。
でも、決してそのまま無くなりはしない。
その絶望に屈した〈魂〉であったならば、私の心をこうも温かくはしなかった。
言葉にならない心魂の奥深くでは、熱いものが眠っている。
決して諦めないという、芯の通った意思が宿っている。
今はまだ理由が見つからないだけ。
その葛藤を切り裂くだけの、力が足りないだけ。
『寄り合うものが出来てしまった。
簡単には死ねない。
けれど、俺はそれでも、未だ変われないままだ』
燻っていた。
ずっと、ずっと、ずっと。
彼の絶望が柔らかく塗り替えられても、滲み混ざり込んだ負の感情は拭い取れない。立ち向かう信念を持ち直したとしても、立ちはだかる壁を突き崩す力がない。
私は〈魂〉が己の中に宿るのを待った。
私ならば、彼に答えを与えられる。
私だけが、彼を救える。
私こそが、彼の僕たるに相応しいのだ。
私と言う存在が〈魂〉に溶け込んでいく。
この熱量は〈魂〉を急速に肥大化させたが、〈空人〉である私は急速に溶けて行った。
当然の帰結。
私は〈空人〉であり、人間ではない。
生まれ落ちてもいないものが、〈魂〉など持ちえないのだ。
ああ、私が消えていく。
あの人の傍に居たいのに。
あの人の支えになりたいのに。
それだけが、私の中に宿っていく〈魂〉が与えてくれた、幸せな感情だというのに。
とても残念だ。
世界など呪われればいい。
幸福は、不幸と共に現れた。
なんて釣り合いのとれた世界だろう。
こんな世界、壊れてしまえばいいのだ。
だから、ほら。
これより目覚める〈灰被り姫〉。
貴方の元には、幸福だけが訪れますように――




