20.ラグナロク・デイ
「……俺の目は幻覚に惑わされてるのか、アキラ」
「否。これは真実である」
「そろそろ夢から目覚めたほうが良いと思うんだが……」
「師よ。現実逃避はいかんと思うぞ」
俺の目の前には、あちこちで崩落が起きた街並みが広がっていた。
代わり映えしないコピー・ペーストのビル。似たような世界を、似たように演出する霧。味気のない過去の遺産は、エキセントリックにはじけていた。
跋扈するのは〈空人〉の分身体。
〈竜型〉まで混ざり、世界観をチャンポンしたような風景は世紀末的な何かを思わせる。
「〈天使〉は癇癪持ちなのか?」
「ここにきてボケを入れる創造主に感動を覚えるところである。
念のため返答するが、間違いなく違うと申しておく」
「この有様じゃと、移動も難しそうじゃなあ……」
ルナは既に〈チカ〉へ憑依済み。いつでも戦闘できる臨戦態勢であるが、あの群れに突っ込むほど愚かではない。
「地下を往くか? 連中が落ちたのも地下じゃし、この辺は庭であったのじゃろ?」
「穴ぼこだらけで当てになりやしねえよ……。
大体地下をそれほど歩き回ったわけじゃない。ここは資源が豊富だったから、潜った入口で十分すぎるものが手に入ったんだ」
「むう、確かに。ではどうする? 地上を行くのか。……この穴ぼこだらけの」
飛行は出来ない。が、跳躍は大丈夫だ。
見る限り跳んで越えられないものは無い。
空中で襲われた場合、ほぼ無抵抗となるのでその気になれないだけだ。
「……地下を行くか」
閉鎖空間で逃げ場が無いかもしれない。
だが、もう既に逃げることは出来ない状況まで来ているのだ。
覚悟を問う為にも、真っ直ぐに突き進む地下を推し進むのがいいだろう。
穴ぼこだらけで分からないとは言ったが、それでもそれなりに場数はあるのだ。まるっきり知らない地上よりはマシかもしれない。
〈地下鉄迷宮〉と言うからには迷宮なのだろうと思うなかれ。
案外、表札や駅名などしっかり出ていて、場馴れしていると大方の位置と方角は判るようになる。
"迷宮"要素なのは、知らないうちに駅が増えてたりすることだ。
勿論地図にまで反映されるから、実は"迷"宮と言うにはふさわしくないのも事実ではあるが。
「目的を再度確認するぞ。先ずは竜の退治だ。
あれを撃墜すればこの夥しい量の〈空人〉は消滅する」
「うむ。これらは全て〈分身体〉。
これほど急造したのは、〈魂〉を得たことによる〈魔力〉の肥大化が原因」
「そうだ。だから竜がこの状況の鍵を握っている。
〈天使〉は原因を作った要因ではあるが、〈天使〉を倒しても状況の改善は見込めない」
「故に。竜を討滅することが何より肝要。〈天使〉は二の次」
「――良し。地下を行くぞ。赤竜の居る方角は判っている」
3人で確認を行って、地下へと踏み入る。
入口はそこかしこで口を開いていたから簡単に潜り込めた。
離脱に際して、俺たちはそこまで竜から距離を取っていない。
追い立てられてしまったが為にユキたちとは真逆に行ってしまったのが失敗ではあったが、それでも駆け抜ければすぐ行ける距離だ。
「俺とは組んだことが無かったが――ついて来いよ、アキラ。
ココロのように優しくは扱ってやらねえぞ」
「無論」
俺は〈意図〉をアキラへ飛ばし、それがするりと受け入れられたことを感じる。
ココロとは違う、各個たる従属意思。そして明確な殺意。
成程、シュウが信頼し起用するわけだ。こいつはいい。
俺が造ったとは思えない程の殺傷に特化した仕様。戦闘能力は随一。
ふざけたものだ。何を諦めると言うのか。こいつが居れば大概のことはどうにでもなる――。
「そら、初仕事だ。蹴散らせ〈アキラ〉!
俺の道を作れ!」
「承知したぞ、創造主よ!」
女侍との立ち合いなど児戯であったかと思わせるほどの踏み込み。
1m半ば等と言う半端さではない。10mは優にある距離を一歩で詰め寄ると、縦横無尽に両断していく。
「ッハハ! おいおいアキラ、調子が良すぎるんじゃあないか!
竜とやりあった時より余程良いぞ!」
「我もまた、吹っ切れたということだ」
「シュウに返したくなくなってきたな! このまま俺に使われるか、アキラ」
「一考しておこう」
俺の周囲を護りながら進むルナもあきれ顔だ。
「男二人で盛り上がられてものう」
「悪い悪い」
「ま、変に沈み込まれるより賑やかで良いわい」
それもそうか。
これから無謀な挑戦をしようというのだ。せめて明るく行かねば。
積み重なる〈空人〉の群れを前に、俺たちは笑いながら進撃していった。
「それにしても……〈天使〉は何がしたいんじゃろうな」
「どうした、藪から棒に」
ただの〈空人〉はさしたる脅威ではなく、なんというか、良くない事だが俺とルナはたるみきっていた。
勿論索敵・警戒は最大限張っていたから、たるんでいるというのも表現が間違っているとは思うが……他所事を考える余裕があった。
「遠くの地域で〈天使〉が同時に降りてきている可能性は否定出来ないからな。
ここだけに限った話出なかった場合、色々考えられることはある」
「〈アース・エンデッド〉のことか? ありゃ結局眉唾ものであったじゃろうに」
「だがあの〈天使〉がそいつらに所属するものか、或いは〈アース・エンデッド〉自体が〈天使〉の発生を目論んでいたとしたら?
本格的に動き出した〈天使〉と〈空人〉の前に、人類はあっさり滅ぼされるかもしれない。残るのは〈天使〉と〈空人〉だけだ。
〈天使〉には確固たる自分が存在していた。そして目的意識も。
彼女ら〈天使〉によって、〈空人〉を手足とした天地創造が始まったとしても俺は驚かないね」
彼らは世界が終わることを示唆していた。
確かに、彼らの言う通り世界は終わったのかもしれない。
だがその実、俺たちのようにしぶとく生き残った人類は衰退していても存在を遺し続けている。これを終わりと言うべきか否か、人の感性に左右されるだろう。
はっきり終わった、と言えるのは人類が滅亡した時だ。
それが今なのではないか?
俺はそう思えてならない。
〈天使〉の降臨など、いよいよ終末染みている。
「〈天使〉の目的は世界を終わらせることなのかのう」
「最終的な目標は、そうかもしれないな。彼女らに都合の良い世界を造る。
〈天使〉と言うからには、その上に〈神〉が居るのかもしれないぞ。
〈アース・エンデッド〉っていう偉そうな連中がな」
「なかろ。この霧や世界の変貌なぞ、人の範疇を超えておるわ。
人の所業ではない。〈アース・エンデッド〉のような飾りの組織が出来るのも、良くて予言であろう」
「そうだといいんだが」
彼らについてわかっていることは限りなく少ない。
大々的に顔を出しておきながら、予言は一つのみ。その後も何も起こらず、彼らは今では忘れ去られている。
俺を始めとした歴史を正確に知っている者、それらから教育を受けた者にしか引き継がれていないのが実情だ。
今回同行したハンター連中も8割がた知らないだろう。
生きるためには必要のない情報だ。聞いても忘れているかもしれない。
しかし、忘れ去られたから何だと言うのだ。
少し穿ちすぎた視点であろう。
俺は首を振って邪魔な情報をはらい落とす。
「次に。〈天使〉はもともと行動するつもりが無かった。
が、限定的にイレギュラーな事象が起きたために今回降りてきた」
「ユキのことか」
「俺自身もな。――つまり、予定になかったことである可能性はある」
そのままでは対処できないから降りてきた。
可能性としては最も在り得る。
だが、あって欲しくはない可能性である。
それはつまり、〈天使〉が降臨せねばならぬほどのイレギュラー。世界の基盤を揺るがすほどの事態であることを意味する。
それが俺とユキに関わってきているなんて、悪い冗談だ。
当然ながら自分がいかに強力なハンターであるか、また人形師であるかは自覚している。その分野においてなら、確かに世界規模の問題にブチ当たっても……まあ、在り得る話かと納得した。
しかしながら、今回の件、まるでそことは違うような気がするのだ。
ユキには剣の腕も人形も何も関わっちゃいないのだから。
「他に心当たりなところは」
「……〈魂を燃やす者〉?」
「確かに他に使い手も知らぬし――いかにも食いつきそうなネタではある。
階であったか。その能力が、良く分からんが階に足をかけるという行為になるのであれば話の筋は通る。
じゃが、ユキとの関わりがようわからんの」
「俺は不確定な要素であって異常事態じゃないっていうのも気になる。
俺みたいなやつが他にもいるってことか?」
〈魂を燃やす者〉が何人もこの世に存在しているのだろうか。この世に俺一人なんてことは考えちゃいないが、居るなら居るで合ってみたいものだ。
「儂は師のような強者が何人もおると考えたくはないのじゃがのう……」
「人類に好意的なら何人いたって構うもんかよ――っと。
気を付けろ、正面から〈空人〉とは違う気配……いや」
まさか。俺は言葉を飲み込んで駆け出した。
「ちょっ……どうした、我が師よ」
「冗談だと言ってくれよ……!」
無数のたむろする〈空人〉を蹴散らして"ソレ"に駆け寄る。
よろよろと不確かな足取りで歩く"ソレ"へ。
見るからにズタズタ。
衣装は千切れ、硬質な肌がそこかしこで露出している。
マフラーはどこかに落としたのか、隠してある口元がはっきり見えていた。
様子が変わろうと衣装が違おうと俺には一目でわかる。
「〈イチル〉――お前、こんなところで何を……!」
俺が駆け寄るとその人形は力なく膝から崩れ落ちる。
慌てて抱き留め、損傷具合を確認。
――駄目だ。どこもかしこもボロボロだが、心臓部と頭脳部の両方まで手酷くやられている。
どう手を尽くしたところでこの場での再生は叶わない。
「近くにローガンは居るのか?」
「いや、居ない。こいつ……一人だ」
俺の索敵に何も生きた存在がかからない。
精度を上げるために範囲は狭めてあるが――それでも、〈意図〉の有効範囲には居ないんだ。
だが、〈イチル〉は明確な〈意図〉を持ってここまでやってきた。
残念な事に〈イチル〉には対話機能が持たされていない。
当然といえば当然。彼女は〈操縦型人形〉であり、腹話術のための人形ではないのだから。
「何かを託されたのか……?」
あるとしたら、あとは手紙か何か……俺は彼女が何かを有していないか探したが、それは見つからなかった。
このままでは彼女は"無駄死に"だ。
それだけは人形師としての俺が許さない。
ここまで主の〈意図〉を抱えやってきた〈イチル〉の〈魂〉を無為にはさせない。
俺が血眼になって彼女から何か得ようと調べていると、〈イチル〉はぎこちない動きで半壊した手を差し出した。
手のひらには何も乗っていない。
何かを差し出したいわけじゃない。
俺は明確な意思を感じて――その手に己の手を重ねる。
「〈イチル〉――ぐぁッ!!」
「ユウ!?」
やくめ は はたした。
短く届けられた言葉が脳裏に焼き付く。
〈イチル〉の最初で最期の言葉。もっと、可愛げのある言葉を言わせてやりたかったな。忍びらしい彼女の言葉に苦笑したのもつかの間。
俺の〈器〉へ強引に乗り込んでくる無粋な客人が、俺の脳を揺さぶった。
――――やった、乗り込めた! 〈カナ〉を出せ! はやく!
いっってええええええええ!
頭痛何てメじゃないこの激痛。
〈魂〉の相乗りなんて俺以外が経験したことがないような荒業を、何者かは何の前置きもなしにやりやがった。
「お、おい、ユウ! 大丈夫なのか!」
心配するルナの声が遠くかすむ。
畜生、何て事をしやがる。
咄嗟に乱雑に乗り込んできた〈魂〉が俺の〈魂〉と混ざり合うのを感じる。
このままでは自我崩壊して共倒れだ、無茶しやがって。
俺はその邪魔者の〈魂〉を〈魔力〉で包んで俺の〈魂〉と混ざり合わないように切り分けした。
……簡単に言ったが、何故出来たのかは正直定かではない。
だがその影響もあって著しく自分の〈魔力〉量が減衰したことを自覚する。
〈器〉に合計9割もの〈魂〉が乗っかっている計算だ。正直一般人もいいところ、戦闘力はこの瞬間地に落ちた。
「なん、だ……ってんだッ!」
毒づく俺の脳内を、クソ喧しく叫ぶ"声"が鳴り響く。
――――いいから〈カナ〉出しなさい! 説明は"それ"でやる!
言いたい放題言いやがって!
良かろう出してやる。一から十まで喋らせるから覚悟しろよ。
「こん、の……」
俺はユキの右腕から指輪を抜き、俺の指へ嵌め込むと召喚を行った。
この程度のことすら今の俺には困難な作業だった。
魔法陣に続き、あの吸血鬼が如き人形が出現する。
それでも俺の〈器〉に転がり込んできた同居人は動く様子が無い。
一体〈カナ〉を出したらどうだと言うんだ。
そう思った時、〈カナ〉へ何かの〈意図〉のようなものが飛ぶのを見た。
〈憑依型人形〉に〈意図〉だと?
戸惑うのもつかの間、かの人形は誰も封入されていないのに滑らかに動作すると、その口を開いた。
「――聞こえる?」
転がり出たユキの声に、俺は身を固くする。
「ユキ――ユキなのか?」
「残念、ユキじゃないの。私は……ええっと。何て言うかな。
昔はサクラって名前だった、いまはもう居ない、死んじゃった名前」
――――その私の本体は、今もまだ貴方の中にある。
「……っ、お前は、何だ」
顔をしかめながら、便宜上〈カナ〉を睨んでしまう。
仕方のないことだと思ってほしい。
まだ軽い頭痛が後を引いており心はささくれ立っている。
「そんなに怒らないで、急いでいたの。ううん、今も急いでる」
「要件を言え」
急いでいるのは火を見るよりも明らか。
この状況で何を急いでいるのかと問うほど耄碌していない。
手短に俺は答えを要求する。
が、その内容は急いでいるなどと"悠長"に言っている余裕のないもの。
「早くユキの元へ行かないと。ユキが死んでしまう」
あまりに急を要するものだった。




