19-20.天使
「先ずは君の事に付いてだ。
記憶はまだ戻らないのか?」
すれ違いざま、シュウは鮮やかに危うげなく〈空人〉を切り捨てて問う。
「厳密には違う。私には思い出すべき"記憶"が無い。
だから、戻るも何も最初からない」
私もまた、手近に湧いた〈空人〉の頭蓋を打ち砕く。
「てーと、ユキちゃんは生まれたての赤ん坊ってこと?」
ローガンだけは〈空人〉と接近せぬよう器用に立ち回っていた。
〈イチル〉の投擲するクナイでは即殺とはいかない。
飽くまで援護に徹し、シュウと私の間を逃げ回る。
「……分からない。でも、ユウに助けられた時に生まれたわけじゃない。
私はユウを知ってた。ユウの悲しみも、ユウの孤独も、全部」
脳裏に焼き付いているのは、彼の寂しげな背中、泣きそうな表情。
はっきりと残る映像に、かえって私が戸惑ってしまう。
「それに……」
貴方のこと、はっきり話してもいい?
私は私に住む何かの存在へ問いかける。
これまでは明確に伝えることを恐れていた。
1、2度ほど声が聞こえるのだと話したことがあるが、今一つ本気にされなかったこともあり、それ以降黙っていたのだ。
――――そうだね。今なら信じてくれる。
「それに声が聞こえる。私と色んなものを共有した、別の存在が私の中には在る」
「別の存在だと……?」
訝しげに首を捻ったが、丸ごと否定するわけではなく、シュウの中でなんとか咀嚼して飲み込もうとしているようだった。
「――多重人格の君ではないんだな?」
「うん。私とは違う感性と、意思を持ってる。
繋がっている、みたいな感じ」
――――私としても、自分の存在を器用に説明は出来ない。
声は多弁になった今でも長くは喋り続けられないことを口惜しそうにしながら、私に訴えた。
――――はっきり言えることは、私はもう死んだ存在。この世のものではない。
その言葉を私はオウムのように繰り返す。
それだけのヒントで、驚くことにシュウは答えを弾き出した。
「まさか……ユキ、君はユウを知っていると言ったな。その映像も。
その時の背景は何だ?」
「背景……?」
変な事を聞く。
彼はいつも廃墟の中を歩いていた。雪の日も、雨の日も、炎天の日も。
彼の傍らに誰かいたかは思い出せないが、兎に角そんな場面しか記憶にない。
「では、発見時君は鉄骨に貫かれていたと聞いたが……その被害にあった時の記憶は?」
「無い」
――――それは、ユキの出会った出来事ではなかったからね。
妙な言い回しに私は違和感を覚える。
では、誰が出会った出来事なのだ。
「シュウの旦那。妙に確信的な事を聞くみたいだが……何か分かったのか?」
「ああ。物事はかなり複雑に噛み合っていた。
騒動の発端である竜の出現すら、ユキの登場と一枚噛んでいる」
……たったこれだけの情報から、彼は何を導き出したのか。
むしろ、私と竜に関わりがある?
私はあんな存在を知りはしないのだが。
「順を追って説明するぞ。先ず最も問題となる〈天使〉のことだ。
〈天使〉は常に天空に存在し、降り立つことは無かった。故にその存在がどのようなものなのか知られていなかったが……はっきりわかったことがある。
あの〈天使〉は〈魂〉を蒐集しているのではないか?」
「〈魂〉を……?」
天へと昇る、なんて言われる〈魂〉を集めるのなら確かに天空を舞うのは合理的な話だが、そこだけ聞くと突飛な発言である。
「根拠はある。あの〈天使〉は〈魂〉を落とし、竜へと与えた。
これは、〈魂〉を保有していることの証明になっている。ここはいいか?」
「まあ、直接見たんだし、当然だな」
「次に〈空人〉へ〈魂〉を与えた、ということはやはり〈天使〉は〈空人〉と深い関わりがあるということ。一般には〈天使〉も〈空人〉であるとされていたが、厳密には誤りだった。
〈天使〉は〈空人〉を従えていたのではないか?」
シュウは熱の入った口調で語る。
世界の心理を説く高僧というよりは、世界を暴く研究者といった様相。
彼は今、世界に反逆していた。
「〈空人〉を従えてるってのが真実だとして、〈天使〉は一体何を考えてるんで?」
「狙いは一つだ。〈魂〉を持つ者を襲わせ、〈魂〉を得る」
「……ッ、〈空人〉によって犠牲になった人間は、〈天使〉に蒐集されてるっていうのか、旦那!」
「そう考えるのがもっとも筋が通る。
さながら〈戦乙女〉だな。〈空人〉は〈死者〉といったところか……神話は詳しくはないが。
そちらは〈フルムーン〉が詳しい筈だ。興味があれば聞くと言い」
いや。神話まで流石に興味は無い。
――――あの子、そこまで患ってんの!?
……患う?
「とにかく、〈天使〉の目的そのものはわからないが、手段として〈魂〉を蒐集しているのではないか、というのはほぼ間違いない。
そしてその用途は〈空人〉に〈魂〉を与え戦力とすること――だ。
他にもあるかもしれないが、目的の内の一つであることは間違いない」
「なんでそんな、手間のかかることを?」
「〈空人〉化までしなければ、〈器〉は拡張されない。
生身の人間では到達できない極致が〈空人〉であり、物言わぬ〈空人〉であるからこそ自由自在に操れるのではないだろうか」
第三者が聞けば、創造力豊かな推測だと思うだろう。
だが、その場に居合わせた自分たちからすれば、それは非常に納得できる説明だった。
「成程なあ。正しいかどうか、答え合わせは今度やるとして……ユキちゃんはどう関係してくるんだい、旦那」
「彼女が言う"声"についてだが、一つ心当たりがある」
「マジで?」
「ああ。存在自体は古くからあったが、この〈魔法〉出現後の世界においては一般的とされた者たち――交霊師。
ユキは〈魂を繋ぐもの〉ではないかと睨んでいる」
「なんでえその……ソウ……何?」
「ソウル・リンカー。この世の存在ではない者と対話する、霊能力者のようなものだ。
俺はこの知り合いを一人持っている。
彼女は、既に死んだ者と対話をしていた」
つまり、この"声"は既に死んだ人間の声だというのか。
それにしては情緒豊かで調子が軽いのだが。
――――失礼だな。私はこれでも良い高校に行っていたのだぞ。
そういうことを早く言わないからここまでこじれたのだ。
シュウが言わなくとも、"声"が語れば大体ケリが付いたというのに。
――――自分の事を語ろうとすると、どうにも死を受け入れるみたいで。
成仏しそうだ、とかそういうことか。
別に、出来るならさっさとしたほうが良いのではないのか、普通は。
――――最初はそれでいいと思った。でも、君を知ったからねぇ。
私を知ったから、成仏できない?
気を使われているのだろうか。
再度問いかけるより先に、シュウが続きを語るようでそちらへ意識を向ける。
「ええっと……それはそれですげェ事なんだが、ユキちゃんは結局何なんで?」
「それは――」
が、その続きを聞くことは出来なかった。
突如として、進路上の天井が砕け落ちた。崩落する岩盤。
大質量の落下物が、地面を割って更に崩落を呼び込む。
凄まじい轟音と砂煙を撒き散らし、連鎖的な崩落は長く続いた。
「な、何が……」
砂埃が収まったころには、目の前に恐ろしく広い空間が生まれていた。
天の雷でも落ちたのかと錯覚するほど。
私たちの目の前には深く、大きい大穴が生まれていた。
円錐状に先細りしていくその穴は、天に向けて大きく口を開いている。
ゆっくりと地上から霧が下りて視界を覆い始めるが、それより私たちはあるものに目が奪われていた。
「――〈天使〉」
先回りされていた。いや、この状況は予測してしかるべきだ。
なにせ、〈空人〉は狙い撃ちで配置されていたのだから。
「地上へ出るまで待つつもりでしたが……少々喋り過ぎたようですね、賢しい者よ」
羽根は飾りか、風を掴まずゆっくりと羽ばたく天使の翼は見せつけるように広げられている。
その神々しさに刃向けること叶わず。
シュウとローガンは咄嗟に構えを取ることが出来ない。
「これ以上知恵を付けられても困ります。
貴方はここで終わりです」
「――ッ」
まただ。
反射的に動けないシュウを、〈天使〉が睨む。
或いはこれが〈天使〉の能力か。
そうはさせじと、唯一動ける私が彼の盾に――
「もう邪魔はさせません」
――なるより先に、私自身が狙い撃ちにされた。
ぞぶり、と胸に突き刺さるのは〈天使〉が有していた槍。
痛みは……無い。
だが、決定的な何かが奪われる感覚。
――――う、うそ、私とユキの繋がりが切られる!
遠のく感覚。
世界が灰色に染まっていく錯覚。
自分の胸から迸る鮮血が、空中で銀へと染まっていくのが見える。
――――だ、駄目! この繋がりが切れたら、ユキは……!
何かをしなければいけなかったのに、何をしようとしていたのかが曖昧になっていく。
「ユキッ! ――くそッ!」
駆け寄ろうとしたシュウへ、今度は雨あられのように槍が振り落される。
辛うじて回避するも、シュウはどんどんと突き放されていく。
一撃許せば彼の〈魂〉は無い。
多少の被弾等と言う甘い考えは取れない。
「では。お眠りなさい」
故に大きく回避を取っていた彼を、〈天使〉は手玉に取っていた。
振り落された槍は、回避されたら消えるわけではない。
全ては壁に、天井に、床に突き刺さる。
では――崩落現場を目の前にしたこの場所で、その構造物へのダメージはいかなるものか。
「――しまっ」
それが最後。
彼の足場は完全に砕け、天井が落ち、無残にひき潰された。
「う、おお……」
呆然と見ていたローガンは呻くことしかできない。
ちょっと崩れた岩が落ちた程度で人は死ななくなっている。
だがアレは駄目だ。
どれだけの落石が彼の上に振り降りたか、どこまで奈落へ落ちて行ったか、想像するだに恐ろしい。
〈天使〉は彼から〈魂〉を奪うことなど期待してはいなかった。
ただ、邪魔者を排除できれば良かったのだ。
残されたローガンは、戸惑うように〈天使〉と私を見やる。
が、彼は長く迷いはしなかった。
不確かな足取りで、私の前に立つ。〈天使〉と相対するように。
――――だ……、逃げ……
「勇敢な〈魂〉ですね」
「……へ、へっ! 無様に逃げるよりゃカッコ良く散ろうってね」
〈イチル〉を繰り、構えるローガン。
どう見ても彼に勝機は無い。
だが、逃げる算段さえつかないのも事実。
であるなら、こうして立ち向かう事は決して過ちではなかった。
では何が過ちか。
それは、私の前に立ってしまったことだ。
「その〈魂〉、確かに頂きましょう」
「な……ッ!」
ずるりと、彼の心臓は貫かれた。
"背中から"。
「ユ、キ……ちゃ」
「あの賢しい男であれば、あの散った血を見て庇い立つことなどしなかったでしょう。愚かな男よ。その蛮勇だけは買いましょう」
"私は"、ローガンの心臓をその右手で貫いていた。
痛みはない筈だ。
えぐり飛ばしたのは〈魂〉である故に。
腕を引き抜くと、彼はぐしゃりと崩れ落ちる。
確かな致命傷。
後は〈器〉から勝手に〈魂〉が零れ落ち、やがて〈空人〉に至るだろう。
「……十分な結果です。
私は後始末へ向かうとしましょう。
貴方はそこでお待ちなさい。全てが終わった後迎えに来ます」
〈天使〉はそう言うと空へと再び舞い上がっていく。
些事などどうでも良いように。
彼女にとって、この結果は判り切っていたことで、雑事の一つを済ませた程度の感想しか持たないのだろう。
私には感想を持つことも出来ない。
あれだけ様々な感情を抱いていた自分はどこかへ行ってしまった。
彩りは失われ、何もかもが断ち切られた。
私もまた、瓦礫に寄り掛かるように崩れ落ち、天を仰いで呆然とする。
さて。
私は何者であっただろうか。
応える"声"は遠く、何も聞こえやしなかった。
折り返し読み確認していないのでもしかしたらおかしいところがあるかも。
何か見つかったらゴメンナサイ!




