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19.私の名を聞け

本日二投目。

前回をご覧になっていない方はご注意ください。


「……ココロ」

「マスターのお手を煩わせるわけにはなりません。

 ここは脱落してもさしたる痛手にならない私が」


 黒く艶やかなポニーテイルをなびかせて、女侍が優雅に歩み出る。

 狭い閉鎖空間だ。それだけで武者人形との距離は3mという至近距離に収まった。

 戦力にならないわけではない。

 彼女の実力は確実に向上してきている。

 竜や〈天使〉を任せることは出来なくとも、その周辺を抑えることぐらいは可能だろう。

 だが、彼女はここで使い潰されることを是とした。


「言葉を返そう。無事では済まぬぞ」

「勿論」

「汝では我が刃、止めるに足らず。

 求めるものは得られない。

 それでもなお戦うと申すか」

「主より、前へ進めとの命故に」

「その為に死地に赴くのか」

「それが私です、お兄様」


 二人はゆっくりと得物を抜いた。

 刀と太刀。良く似た二つ。けれど決して同じではない二本の刃。


 武者人形は正眼に、女侍は浅く下段に構え、視線を交錯させる。

 ことここに至り、俺や姫の言葉は無い。

 言葉一つ投げかける事すら無粋。

 ここは剣聖の極地。

 あまりに未熟な剣士なれど、その心意気は誰よりも鋭く研ぎ澄まされている。


「我より名乗ろう」


 じゃり。

 すり足を前に。

 それだけで、武者の圧力は更に増した。


「我こそは創造主ユウが絶望の傑作。

 叶わぬこと、届かぬこと、達せぬこと。

 ありとあらゆる絶望より己が〈魂〉を護るが為に生み出された一文字!

 我が名を〈(アキラ)〉!

 願わぬことこそ、なにより優しい救いと知れ!」


 彼は名乗り出た。忌まわしくも誇らしき己の名を。

 叶わぬ夢を諦める。なんと情けなく、そして甘美なことだろう。

 追い求めることが辛く、心を折るより先に曲げてしまうことこそ救いだったのだと、俺がその名の通り諦めを抱いたからこそ生み出された一作。


 あれは俺の過去を生き写した存在だ。

 今でさえ、その姿を見る度に思い知らされる。

 何もかも曲げず、強く生きることがどれだけ困難であるか。

 一度たりとも折れることなく、1ミリたりとも曲げることなく、真っ直ぐに夢描くことがどれだけ難しい事であるか。

 それを諦めることが、どれだけ心を安らがせることか。


 ぐう、と重くなる空気は、呼吸さえ抑えつけられたかのように苦しくなる。

 かの武者の放つ〈魔力障壁〉による重圧は常軌を逸している。

 俺がこれでもかとばかりに強力にした筐体は、シュウとの共闘を経て更なる最適化を見せていた。

 人形は決して成長せず。しかしその身を改修することは不可能ではない。


 この武者は生まれ落ちてから(カタログ・スペック)より強くなっていることは間違いない。


 だが。

 忘れてはならない。

 改修、改善。その程度の伸び幅で計算が噛み合うとでも思っているのか。

 お前の前に立つその女は、お前と対極。

 一度たりとも折れることなく、1ミリたりとも曲げることなく、真っ直ぐに夢描くことを成し遂げてきた、俺の最高の相棒にして"愛娘"だ。


「――では」


 同じくすり足で踏み出る女侍。

 彼のような圧力は皆無。

 その在り様は月夜に輝く百合の如く。

 無暗とその存在を主張せずとも、確かに感じる芯の通った存在感。


「私こそマスターが描く夢。希望の象徴。

 決して踵を返さず、決して後ろを振り向かず、この眼は先を見る。

 今届かぬ願いを、明日届く願いへと変えることこそ私に与えられた一文字!

 私の名は〈(ココロ)〉!

 絶えず願い続ける事こそ、明日を描く力と知れ!」


 凛とした咆哮。揺るがず、逸れぬ意思こそ彼女の刀。

 そしてそれが合図となった。


「セァァァアアッ!!」

「ムンッ!!」


 侍と武者は異なる外観をよそに、全く同じ踏み込みを見せる。

 縮地とも言うべき一歩。

 3mという僅かながら確かな距離を、二人は僅か一歩踏み込み合う事でゼロとした。

 踏み込みが同じなら太刀筋も同様。

 正眼に構えていた武者は迷わずそのまま兜を割るように振り下ろす。

 その剣速たるやアイの最速に匹敵せしめる。


 繰り手抜きであの速度。竜の戦闘時に見せ太刀筋とは明らかに質が違う。

 決してそれは彼が手を抜いたということではない。

 役割を理解し、必要なだけの力を発揮して余力を見せていたが故に。

 だがこの場において二の太刀は必要としていない。

 一の太刀があればいい。

 だからこそのこの一撃。後を考えぬ全力の一刀。


 もし〈意図〉の後押しがあったらどれほどのものか。

 考えるだに恐ろしいその刃を我が"愛娘"は怯むことなく前に踏み込む。


「――何!?」


 踏み込む足はあろうことか武者の足と足の間に至る。

 剣どころか拳すら振るうことが困難な間合い。

 だがココロ。その間合いに入るためには、既に振り下ろされた太刀が邪魔だ――


「承知の上」


 彼女は嗤った。

 美しく凄絶に。


 兜割りは、想像を超えた彼女の踏み込みによって勢いを殺された。

 想定されていない動きから、太刀は相手の頭を割ることなく右肩へ吸い込まれる。


――パリン


 切れ味を強化された太刀は、〈魔力障壁〉を砕くとそのまま彼女の右肩を切り飛ばした。くるくると舞う腕、舞う鮮血。

 人形には無い紅い血に、武者が致命的な刹那の隙を生み出す。


「ココロッ!!」


 ルナの悲鳴が響く中、ココロは動いた。

 もとより右腕は行き掛けの駄賃。

 故に既に刀は左手にしかなく、右手は"予定通り"斬り捨てられた。


 彼女は学んだ。

 捨て身で懐に踏み込み、相打ちに持ち込んだユキの豪胆な選択を。

 ユキのように力づくの結果は出せない。

 しかし自分なりのやり方は見いだせるはずだ。


 彼女は考えた。

 太刀より刀は短く、その間合いは異なる。

 太刀より刀は軽く、その重量は異なる。

 太刀より刀は鋭く、その属性は斬だけに留まらない。


 彼女はずっと考えていた。

 あの強い兄に勝つために必要な事を。


「これが――答えですッ!!」


 残った左肩を、ガラ空きになった武者の胸に押し当てる。

 ぐ、と左足をねじ込み、腹の底から〈魔力〉をくみ上げ〈奥義の型(トリガーモーション)〉を引き出した!


「〈鉄山靠〉ッ!!」


 ッドン!


 鈍く響く衝撃音。

 浮き上がる武者の両足。

 カウンター気味に入った鉄山靠が武者に体勢を維持させることもさせず、直撃した衝撃が彼を吹き飛ばした。


――ダン、ダン!


 細い足が地面を割るかのように叩き込まれる。

 それが武者に迫る侍の足音だと知りながら、武者は弾き飛ばされた衝撃に太刀を構えなおすことすら敵わない。


「チィ――」


 それでも、武者は歴戦の猛者であった。

 彼の武器は太刀一本では断じてない。

 シュウが2本以上の太刀を握り、時には射出し扱うように、武者もまた〈魔力〉を太刀にして形造る術を心得ている。


 武者の周囲に浮かび上がるのは紫色の反りの無い刀。

 刺突に適した片刃の直刀。

 その数三つ。

 鍔も柄も無いソレは握ることなく目標に向かって打ち出される、俺にとっての〈白木の槍〉だ。

 〈魔力〉で生み出された刃は数秒と立たずに蒸発してしまうだろう。

 だが、相手を穿つに数秒は余るほどだ。


 詠唱省略という人形の限界を置き去りにした荒業をさらりとやってのけると、武者は侍へその刃を打ち出した!


「――ッ」


 しかしその手口すら侍には割れている。

 代わり映えしない奥の手は、一度、コテンパンに叩きのめされた際に見ている。

 今までは判っていても越えられなかった。

 これからも、判っていても越えられないかもしれない。

 だが、今だけなら到達しうる――!


「『此処だけは私の世界プライベート・スクエア』!!」


 展開される魔法陣。

 『此処は私の世界オーバライド・スクエア』に似たその術式は、限界までそぎ落としたグレードダウン版。

 "私"が見せるそれは相手を巻き込み自身の世界へと引き込む。

 彼女の〈魔法〉は、飽くまで自分自身だけを囲う箱庭だ。


 ごくごく限られた空間だけが見せる都合化された空間。

 相手は決して弱体化しない。

 されど自身はさほど強化されない。

 迫りくる攻撃をやんわりと和らぐ程度でしかなく、消費する〈魔力〉に対して酷く燃費が悪いものだ。


 彼女がこの〈魔法〉をくみ上げた時は、それはもう感動したものだ。

 実戦的ではなかった。あまり精錬されてもいなかった。

 でも、彼女は"自分で考えて"術式を組みあげた。

 その事がとても誇らしく、俺は使えないと不貞腐れる彼女をそれはもうほめそやしたものだ。


 それでも彼女は、この〈魔法〉は使えないと、一度たりとも実戦で使うことはなかった。

 それがどうだ。

 見ろ、あの彼女の誇らしげな表情を。


 スクエアに触れた飛翔刀は、その勢いを減衰させ彼女へと突き刺さる。

 左肩、右わき腹、左太もも。

 だがどれもが彼女を致命傷へと導かない一手足らない一撃。

 彼女が"都合が良い"ように逸れ、勢いを殺された刃にどれほどの脅威があるというのか!


 吹き飛んでいた武者がようやく地面へ墜落し、受け身を取る。

 突き刺さる刃をものともせず、そこへ侍が踏み込んだ!

 

「――」


 途端、静寂が訪れた。


 俺たちの前には侍と武者が二人。


 片側は無傷。多少衝撃を受けたところで強固な甲冑はゆがみもせず健在。

 片側は瀕死。致命傷こそ一つもなくとも、刃が3つも刺さり右腕は失われている。


 だが、勝者は瀕死の侍。

 誰の目にも明らか。

 だって、侍は膝を付き、太刀を侍へ向けることも出来ずに見上げ。

 侍は残った左腕で刀を持ち、その喉元へ切っ先を突き付けていたのだから。


「わたしのかちです、にいさま」

「……」

「みとめてください。……わたしが、かちました」

「……」


 彼女は必死だ。

 流れた血は多く、足元はすでにおぼつかない。

 誰の目にも彼女の勝利は明らかでも、切っ先は貫かず止められている。

 ここで武者が翻意を見せれば、彼女は容易く敗れるだろう。


 だがそれも……無用な心配だ。


 カラン、と乾いた音と共に太刀が床へ転がった。


「忘れていた。勝利を"諦める"ことがこのように悔しい事とは」


 武者は優しく突き付けられた切っ先を払いのけ、侍の身体を抱きとめる。


「……よくぞ成し遂げた。

 汝の勝利だ。我が……妹よ」

「ふふ……ようやく、勝て――」


 彼女が口に出来たのはそこまでだった。

 僅かの間に嵩んだダメージが彼女の意識を刈り取る。


「無茶しやがって」


 斬り飛ばされた彼女の右腕を拾うと、〈魔法〉で接合して傷口も全て治療する。

 元より半人形、半人間の彼女だ。

 修理と治療が並行してやれる分、彼女の治療はとても容易である。

 ネックは俺以外に彼女の治療をすることが困難なことだが……些細な問題だろう。


「創造主には言われたくない台詞ではないだろうか」

「俺はいいんだよ」

「根拠の無い発言だ」

「俺が俺である限り、通る言い分だ」

「然り」


 クックック、と俺と武者は笑う。

 この武者もまた、何かを吹っ切れたように思える。

 悲壮感漂うあの気配はナリを顰め、どこか飄々とした――そう、俺と同じような気配を感じる。


「我が妹は置いて往こう。

 戦列に加わるには少々ダメージが深い」

「おいおい。お前は来るのか、アキラ」

「先ほど、"否む"という感情を我が妹より教わった故」

「良く言う。だが、お前はこいつのお守だよアキラ。

 流石にここに放置して行くのはかわいそうだ」

「その適任は他におろう」


 断る俺に、更に断りを入れるアキラ。

 何を言っているんだと思って言い募るより早く、そいつは"出没"した。


「げぇっ、ショウコ」

「あたしをどこぞの武将のように呼ばないでいただけるかえ?」

「今までどこにいたんだよ、お前」

「どこってねえ。あたしは"生身"相手専門の暗殺者だよ?

 基本的に気配を消してひっそり付いて行くのが筋ってもんさ。

 ま、流石に落盤して主殿の追跡が出来なくなったときは焦ったよ。

 仕方なしにこっちに付いてきたらこういう事態になってるじゃないか。敵地のど真ん中でよくやるよ」


 カラカラと笑う口元は扇子に覆われており、優雅さと同時に憤りまで感じる。

 人を煽る天才のような気がする。

 こいつは俺の手製ではないし、性格は絶対シュウに似たのだ。

 アレも天然ではあるが人を煽る才能が眠っている。

 尤も、シュウは可愛いものだが、こいつは可愛くない。


「カカ。そう睨みなさんな。

 ココロ嬢はあたしが預かってやるよ。

 事、隠密に関して言えばあたしの右に出るものはいないからね。

 もし回復して動けるようになったら、適当にその辺のハンターでも助けてやりに行ってやるから、安心おし」


 安心できない。主にココロの貞操とか。

 こいつ、寝てる間にココロを着せ替え人形にしたりしないだろうな……?


「……創造主。諦めろ」

「ユウと呼べ。……お前に言われるとそうするしかないんだって思えるよ」

「ユウ殿。正しい判断だ」

「こいつを頼む、ショウコ。お前を見て暴れるかもしれないが我慢してくれ。

 ――行くぞルナ。時間を喰った」

「待っておった、というほど時間はとっておらぬと思うがの」


 時間にしてみれば確かにあっという間だった。

 瞬く間に決着がついたからだ。

 恐らく、時間が無いということ、更には〈アキラ〉を戦力に加えることを想定して、ココロはあのように戦術を取ったのではないだろうか。

 何もかも計算ずく、かと思えば、半ば根性論の出たとこ勝負。

 誰に似たのかと言うのは非常に鋭いブーメランになってしまうのだが、どうしても言いたくなってしまう。


 全く、誰に似たのだこいつは。

 俺はニヤつく口元を隠しながら、武者と月の姫を従えて表へと踏み出したのだった。



 

盛り上がりどころだったので勢い投稿しました。

お蔭でストックは未完成です。

もし明日投稿がなかったら、ああ筆が乗らなかったんだなと生暖かい目で見守ってくださいますよう……

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