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参.追憶『試作』



 此度の昔話は、さて。

 気になる人物も多くいるが、今回語らうべきは彼女であろう。

 短く、多くを語ることは無いが、決して軽んじられない侍の記録である。







 仄暗い地下。特有のじめっとした空気は無く、機械で囲まれた部屋はさながら研究室のようであった。いや、その表現は正しくない。そこは確かに研究室だったからだ。

 その研究室を右往左往する少女の足元に、無数の手足や胴体、首がゴロゴロと転がっていたとしても、そこは研究室だった。


 目を凝らせば薄暗いその部屋の壁面や床にホラーよろしく黒ずんだ血が張り付いていることがわかるだろう。

 正気を疑われるような一室で、少女は正気のまま狂気を遂行していた。

 

「〈魂〉の付与は出来たな。〈自立型人形(オートマタ)〉特有の行程に色を付けたが、どうやら上手く行った」


 少女はカリカリと手にしたボードに何かを書き込んでいる。

 学のあるものが読めば、その内容の高度さと難解さに頭を抱えた事だろう。

 あまりの内容に一部の人間は戯言だと笑うかもしれない。

 事実、少女が行っている行為は人類には過ぎた内容だった。


 白衣を羽織り制服に身を包んだ少女の前には、裸身の女が平たい浴槽のようなものに寝かされていた。その浴槽には血にしては赤くさらりとした液体に満たされている。

 裸身の女は黒髪で、造られたかのようにスレンダーで美しい肌を持っていた。


「そら、目覚めろ。もう意識はあるはずだ」


 少女がそう言うと、裸身の女はぱっちりと目を開き……すぐに閉じた。


「後5分」

「おい」


 これが、ユウの最高傑作と本人が語る〈ココロ〉の誕生、その瞬間であった。






「マスター。何故各種知識・技術を最低限しかプリインストールしてくれなかったのですか。

 お蔭で料理は下手、家事は全滅していて刀の扱いは素人同然でロクにお役に立てません。他の人形たちはあんなにも活躍しているのに、私だけがお荷物になっています。これでは私がいたたまれません」

「自分でいたたまれないとか言うか?」


 よもや手足となるべくして造りだされた人形が、料理もロクに出来ず主人に作ってもらうなど誰が想像しただろう。

 少女と女は、歪な関係のまま食卓についた。


「お前は、生まれたての赤子のようなものだ。

 生まれたての赤子が、生まれてすぐに料理も剣術も自由自在に出来るはずがないだろう?」

「こんな大きい赤子なんてありえません、マスター」

「そりゃそうだろうな。俺も赤ん坊の人形を作る気にはならなかった。

 妥協点が、自分の身の回りの事は最低限出来、生活が破綻しない程度の能力を有している、だ」


 白衣を着た少女は色よく焼かれたトーストを齧り、その出来にうんうんと頷いている。人形である女の物言いなどどうでもいいようだ。


「どうしてそんな風に作ったのですか。本当に私が惨めではありませんか。

 私は貴方のお役に立てない!」

「お前が役に立つか、立たないかを決めるのは俺だ。

 お前はお前なりに力を尽くしてくれればいい」

「しかし――」

「惨めでもなんでもいい。俺がお前に期待するのは、お前の努力だ。

 そこらの人形なんざ相手にならないほどお前は可能性に満ち溢れている」


 確信を持った声音で少女は言った。


「俺の造ったどの人形より、この世に存在するどの人形より、お前は何もかもを超越している。お前を作った俺を信じろ。お前は、どんな姿にだって変われるんだ」






「……名は」

「ココロ、です。貴方は?」

「我はアキラ。創造主を同じくする者なり」

「では兄様ですね」


 場面は変わり、〈空人〉の戦闘訓練で出くわした武者人形と女は会話していた。


「何故?」

「……先に造られたのは貴方です。

 では、兄様と呼ぶのが適切なのでは?」

「人形同士、そのような呼称は持たない」

「……そうなのですか?」


 意外そうに女は首を傾げる。

 与えられた――正確には、座学という後付知識から得た情報とは異なる内容に戸惑いを見せる。

 武者人形とて同じこと。

 人形同士、先に生まれても後に生まれても兄妹とは言わないだろう。

 血の繋がりなどないのだから当然だ。


「ですがやはり兄様と。そういった存在に憧れておりましたので」

「変わり者だな」

「最近自覚し始めましたが、変わり者ですよ。

 聞けば食事排泄、睡眠、性衝動。どれも持たない人形のほうが多いと聞きます」

「……普通は無い」


 一般に性交渉の為に作られた人形はその機能を有するが、衝動に駆られる、等という人間的な突発感情に襲われることは無い。

 当然食事も必要ではない。〈魔力〉の供給が普通だ。

 睡眠は無くも無い。電源を入れたままのパソコンみたいなものだ。負荷がかかって動きが悪くなるように、定期的に電源を落としてやる必要がある。

 とはいえ、それも女とは違う形であろう。

 彼女はご丁寧に夜眠気に襲われ、すごすごとベッドにもぐる生活をしている。


「汝は、何だ?」

「その答えを、私も探しているところなのです。兄様」

「……そうか」

「はい、そうです。あっ、兄様は剣が達者と聞きます。

 ひとつ、お相手していただいても良いでしょうか」

「良かろう」


 この日、こっぴどくやられ帰宅した女は、苛立ちからすっかり兄様と呼ぶことを辞め敬語を忘れることになるのだが――武者人形の心境は人形ながらとても複雑だったと聞く。






「ええと、そういう風に見られるととても困るのですが……」

「そうかい? えれえ別嬪さんだったからついよ。

 アンタ、どこのハンターなんだ?」

「私はハンターではありませんよ。しがない人形です。

 こちらへお伺いしている〈仮面〉が――いえ。その護衛として雇われています」


 集落キサラでの城壁作成に女は連れてこられたものの出番も無く。

 ぼんやりとその作業風景を眺めていた時の事だ。

 突然声をかけられ、設定されていた"役割"を思い出して言い換える。


「嘘だろ? どこをどう見たって人間じゃねえか……護衛役になんて見えない。

 ああ、実際はもしかして〈仮面〉さんの下の世話役?」

「下世話過ぎませんか、その話。違います、私はマスターの刀であり、武器です。

 そのようなこと、やった事は在りません」

「いやいや……ここまで肌をきめ細かく作ったり、髪も綺麗に作りこんだり……普通、戦闘人形はここまでやんねえって。

 関節周りまで完璧で、挙動するときに駆動音もない。〈魔力〉も自家発電できるほど〈魂〉が付与されてるみたいだし……完全にそっち向けの〈自立型人形(オートマタ)〉だろ」


 女はあまりの物言いと、遠慮ない距離感に苛立ちを感じていた。

 人形と聞いた途端距離を詰められると、どうしていいか分からない。

 ギロリ、と睨み付けると初めて無遠慮だった男がたじろいで離れる。


「マスターでもない人が、あまり私をじろじろと見ないでください。

 鳥肌が立ちます」

「鳥肌ってアンタ……本当に人形か?

 物言いと言い仕草といい、マジもんの人っぽいんだが」

「それを私に問われましても……私は人形。〈操縦型人形(マリオネット)〉兼〈自立型人形(オートマタ)〉のココロと申します。

 そもそも、貴方は何者ですか」

「ああ、俺? あー、俺ァしがないハンターでね、ローガンっつんだ」

「……偽名ですか?」

「そりゃま、RP向けのハンターネームさ。まあ本名何て意味のないもののほうが、俺は忘れちまいそうだがね」


 どっこい、と腰を下ろすその男は、妙に年寄り臭くため息を吐いた。


「それにしても、人形ね……女のイイ匂いまでするもんだから、マジもんだとしか思えねえなあ。最近の人形ってのはここまで真に迫った造りなのかね」

「そんなにおかしいですか?」

「当然さ。俺の人形を見てくれよ」


 召喚されて現れたのは、古めかしいデザインの忍び。

 だが古めかしいのはその衣装ではなく、本体そのものだと気が付いた。


 服の隙間から覗く肌はどこか作り物めいていて関節部は剥き出し。

 顔もどこか無機質で、表情を変える機能はないように思えた。


「〈イチル〉ってんだが、〈操縦型人形(マリオネット)〉はこんなもんよ。

 〈自立型人形(オートマタ)〉でも戦闘型はここまで造り込まないんじゃねえか?

 ああ、憑依するヤツぁ人間的じゃないと乖離が激しくなるから造り込みはしっかりしているって聞いたことはあるが……これほどじゃねえだろう」

「そう、なのですか」

「嬢ちゃん。いや、ココロちゃんよ」

「ココロちゃんて」

「いいから聞け。アンタを造った人形師は相当アンタを愛してるよ。

 そうじゃなきゃ、こんな風には造らない。

 アンタの主が今人形師なのか〈仮面〉なのかは知らないが、愛されてる事をようく自覚するべきだ。

 抱かれてもないなら、一発抱かれとけよ。

 そうすりゃあ、さっきのように捨て猫みたいな顔をする必要はなくなるんだからな」


 その男の物言いは酷く直接的で下品だったが、女には妙にすとんと届いた。







「……あの」

「何だ、ココロ。調子でも悪いのか?」

「どうしてマスターは私を抱かれないのですか」

「また唐突な事を聞くんだな」


 夜。月こそはっきり見えないが、恐らく最も高い位置に浮いているであろう時刻。ベッド際の机で読書をしていた少女に女が迫っていた。


「そうでしょうか。あまり外へ出ない私でも耳に入ることはあります。

 私のような人形は他にないそうではありませんか。

 性交渉の能力もあり、人間的な欲求まで持っています。

 マスターは、そういったことを目的に私を造ったのではないのですか」

「また無茶苦茶な論法だな……」

「人形は本来、"人形らしく"ある為に生活感を持たせない。

 人と同じように生きる必要はなく、人に逆らうように造られる物はない」


 どん、と少女にしなだれかかるように寄りかかり、机に手をついた。


「私はあまりに――人間的過ぎます。

 この胸のざわめきを、私はどう処理していいかわかりません」


 女の声はか細く、今にも折れそうだった。

 己の存在価値を彼女は問うた。


「こんな情緒が不安定になることだって、普通の人形にはない筈です。

 私はこんなのでいいのかって思うことだって普通じゃない。

 マスター、応えてください。

 貴方の為になれているのか、夜を迎える度に不安になる。

 私は貴方の刀でいい。それなのに私には余分なものが多すぎて、ただの刀で在ることを赦してくれない。

 どうしてこんな風に私を生み出したのですか」

「いつか聞かれると思っていたが、思いの外早かったな。

 子は育つのが早いと聞くがこんな心境なんだろうか」


 少女は本を畳み、ついに泣き出してしまった女を抱きしめて背を叩く。

 まるで子をあやす母のように。


「娘を抱く父なんて倒錯した存在になるつもり、俺はないよ」

「私は人形です。子と親ではありません」

「いや。お前は俺の子だよ、ココロ。

 ……お前は、人形ではないんだ」

「何を……」


 驚き、身を引きはがして女は少女の顔を見た。

 申し訳ないことをした、と。

 そんな表情を浮かべている少女の顔を見た。

 女はその顔を見て、何も言えなくなってしまった。


「正確には――人形と人間のハーフ。

 お前はねココロ。俺が考案したクローン素体製造の過程で人形の骨子を組み込んだ人造人間なのさ。

 〈魂〉を失わない〈器〉を持ち、〈空人〉化しない新しい存在。

 お前の素体は、俺とアイの血肉と、これまで培ってきた人形技術で出来ている。

 ――お前とは、血の繋がった親子なんだよ」

「そん、な……」

「そんな風に生み出した俺を恨んでくれても構わない。

 その感情さえ、俺はお前に期待した事なのだから」


 目じりに残る女の涙を指で拭い、少女は微笑む。

 人形が主に悪意を向けることなどない。

 どんな悪辣に扱われても、人形はその命令に従い、満足して壊れていく。


「感情を持ち、主に盲信せず、人のように生きる人形。

 〈空人〉化を免れ、この世界を生きるために環境へ適合した人型。

 俺がこの世界で生き、アイの為に重ねてきた時間の証。

 はた迷惑な話かもしれないが、お前の中にはアイの夢が詰まっているんだ」

「マスター……」

「今なら、ココロのようにゼロから造るのではなく、人間を"解体"してお前と同じハーフへ生まれ変わらせることも出来る。

 けど、お前みたいな存在へ人類全部を変えるわけにはいかないってことはわかるだろ?

 だからこの成果すら、きっと意味の無いものなんだろう。

 ただ、お前みたいな存在が、この世界に生まれてくれたこと――それは、アイへの手向けになると思った。

 ……気が付けば、お前を造っていたよ」


 どれだけ少女の造った人形が満足げに壊れていっただろう。

 少女の歩んできた道には骸と残骸だけが積まれていく。

 ようやく得た救いはただのひとつ。

 ともすれば壊れてしまう砂上の楼閣であることは承知していた。

 だから、自らの生を繋ぐためにも、ココロという存在は必要だった。


 月の姫が少女の過去の救いであるならば。

 半人の侍は少女が今を生きるための救いであった。


「ココロ。絶対に無理だと、諦める事だけはやめてくれ。

 常に前へ向かい、可能性を追い続けることを心に決めてくれ。

 他の人形には絶対に有り得ない"成長"がお前には約束されている。

 お前は他の人形とは違い"積み重ねる"事が出来る。

 だからココロ。お前はとにかくやってみることを忘れてはいけない。

 いつか、すべてが実を結ぶ日がやってくる」

「マスター……」

「俺を信じろ。俺はお前を信頼してるし愛しているよ、ココロ。

 お前は、俺の相棒でいてくれ」

「……私は、あなたの刀であり、武器です。マスター」

「いつか、一人前になれる日を待っている」


 苦し紛れに反論した言葉は、優しく笑った少女に柔らかく溶かされ消えていった。


 女は思う。

 主がそこまで言うのなら、主を信じ努力を重ねよう。

 主の言う一人前になるまでは、主が何と言おうと私はただの刀であろう。

 いつの日か、主へ相棒だと自分から言えるようになるのだ。

 隷属したただの人形から、いっぱしの人間に変わったのだと自慢できるように。





「では、ここは私が。

 ――兄様。今日、貴方を超えさせて頂きます」


 これまでただの人形だった私は、今日、ここで乗り越える。

 そうとも。

 ここが私の卒業試験だ。


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