18.決意
畜生、畜生!
俺は切り飛ばされたユキの右腕を抱きながら雪に沈んだ街中を駆け回っていた。パーティーはバラバラ。遠くに配置されていた連中も、想定外の事態に連携が分断され散り散りになっていた。
ここにいるのは、ココロ、アキラ、ルナの3人。
最初から存在を消していたショウコは今なお確認出来ない。
正直ついてきていたのかも不明だ。
「マスター、こっちにも〈空人〉の分身体が!」
「ック……迂回……いや、斬り捨てて進め! 迂回路は無い!
ここを突破すれば一時的に時間を確保できる!」
離脱は困難を極めた。
色を得た竜の強さは尋常でなく、最大出力の"私"が全力を出してようやく勝てるほど。整った環境で優れた仲間を配置してやっと相手にしてもいいと思える。
そんな相手なのに、あの乱された場で、しかも未知数の〈天使〉が居るような状況で勝ち目などない。
挙句、謎の崩落が起きて最大戦力の俺たちが分断されてしまった。
残りの残存戦力は期待出来ない。今の竜より見劣る相手に後ずさっていた連中なのだ。生命の息吹を感じさせる生々しい赤竜を相手に、いかほど戦えるか。
答えは秒殺だ。
俺と連中に天と地の差があるように、赤竜と連中にも天と地中ぐらいの差がある。
「突破したぞ、師よ!」
〈ナグルファル〉を手に奮戦する彼女の人形体は、強引な離脱を行ったことで小破していた。
もう少しダメージが重なれば四肢のどこかが壊れ戦闘に支障を起こすだろう。
ココロ、アキラは健在であるのが救いか。
「そのまま進め! 300m先に隠れられそうなスペースがある!」
俺もまた、満身創痍であった。魂を燃やす者は終了後にキツめの疲労と魔力減衰が発生する。
1時間程度休みを入れなければ平常に戻らない。最悪、再燃させるという選択肢もあるが……〈魂〉の初期投資が増える。あまりやりたくは無かった。
「ここだ……良し、入れ。隠ぺい用のネットを張る」
俺たちはなんとか倒壊したビルの隙間に出来た瓦礫の空間に転がり込み、その入り口を遮蔽ネットで塞いだ。
これで視覚的に迷彩となり、〈魔力〉の感知がされにくくなる。
休みを入れる必要が薄いココロとアキラが入口に控え、俺は限界だとばかりに腰を下ろした。
「クソッ……なんだってんだ」
後生大事に抱えていたユキの手を見て毒づく。
彼女の右腕は病的に美しく、鮮やかに切断されたそれは一種の芸術品であった。窮まった変態どもが見れば欲しがりかねない。
尤も俺は、その美しさに目を奪われるより、その指に嵌められた指輪に目が行っていた。
ユキの人形の召喚器である。
アイツはこれ以外武器を持っていない。よりによって憑依を解いた状態で切断されたせいで、彼女は今完全に無防備だ。
あのタイミング、左手で突き飛ばすことは出来なかった。だいたい、俺自身が避けることが出来ればこんな事態に陥っていなかった。
酷い自己嫌悪だ。
彼女の腕に保護をかけ収納しておく。後で接合してやらなければ。
「のう……我が師よ。アレは何であったのだ?」
一息ついたところでルナが口を開いた。
彼女は今だ憑依状態を維持している。出来れば一旦解除して欲しかったが、赦される状況でもない。
大人しく憑依を解除する要請ではなく問い掛けに対する回答を寄越す為に聞き返した。
「それは〈天使〉か、〈空人〉の竜か?」
「……両方であるが、先ずは竜から聞こう」
竜か。そちらの起きた事象なら説明が出来る。
「〈天使〉の手から〈魂〉が竜へ落とされていた。
それを吸収した〈空人〉であった竜は恐らく……一般に言う俺たち〈人類〉と同じ〈魂〉を保有する生命に返り咲いた。
〈器〉は異常に発達した状態で、だ」
「そんな事が有り得るのか?」
「有り得る、としか言えない。目の当たりにしてはな」
俺だって信じられない。
〈魂〉を与える、という行為について何年も研究したのだ。
アレは、俺がずっと追い求めついぞ到達できなかった極致である。
「あの竜は〈空人〉による〈魔力〉の肥大化で〈器〉が拡張されまくっている。
俺たちを10、現代のエルフ・ドワーフたちが12程度だとしたら、あの竜は軽く100は持っている。
そこに〈魂〉が注がれたみたいだ。お陰様で〈魔力〉の回復速度は倍増、〈魔力障壁〉の突破は倍以上に困難になった」
「師よ。あれが〈魂〉と何故分かる?」
「何故、と言われてもな……〈魂〉を燃やすなんて荒業を経験した関係かな。
なんとなく"そうだ"と分かる程度さ」
本来、〈空人〉は〈魂〉が無い故に絶対量は多くとも回復力は無い。そのため、俺たちとは異なり攻撃を重ね続けることでどれだけ時間がかかろうとも最終的に倒すことが出来た。
しかしあの竜は〈魂〉を手に入れてしまった。
人同士の争いは不毛と言わせる〈魔力〉の回復力を手に入れてしまった。
条件が同じなら、絶対量の勝つ竜に軍配が上がるに決まっている。
「わかった。竜については一先ず置こう。
では、次は〈天使〉についてじゃ。
……そもそも、あれは〈天使〉じゃったか?」
「微妙なところだな。俺含め〈天使〉なんて間近で見たやつは居ない。
霧が濃いせいで地上から視認もしにくい。
俺たちが〈天使〉を知っているのは、先人たちが〈魂〉を犠牲にしてその存在を確認したからだ。今の世代に、〈天使〉を知るものなんて居ないだろうよ」
過去の記録からわかる事。
それは、〈天使〉は空に存在し、空へ飛んできた〈魂〉あるものを刈り取る〈空人〉だということだけだ。〈天使〉が地上付近まで降りてきたことは無く、声を聞いた人間なんて皆無である。
いや。もしかしたら、〈天使〉を見るべく空へ飛んだ帰らぬ人たちは、その声を聞いていたかもしれない。
それがどうしたと言われればそれまでだが。
「〈天使〉の戦闘力は未知数だ。
ただ、あの一撃と知り得る限りの情報を照らし合わせるに、通常の〈空人〉をしのぐだけの強さがあるのは間違いない。
体感する限り、赤くなったあの竜より難敵だろう」
「倒せると思うかの?」
「無理だ――と思う。
少なくとも〈天使〉にはどうしようもないアドバンテージがある」
「……飛行能力、か」
「ああ。俺たちは"飛べない"。
飛べば〈魂〉の消失が待っている。
〈魂〉を燃やす俺より早く果てるだろう」
つまり相手が応えてこない限り接近戦は出来ないということだ。
ならば遠距離で、と言いたいところだが、霧のせいであまり高く飛ばれると手が出せない。
一方的な戦闘となるだろう。
「じゃが……我が師よ。勝てぬならばどうする」
「勿論、諦めて逃げる。――出来るならな」
「……そうじゃな。徘徊する〈空人〉が目に見えて増えておる。
赤竜と〈天使〉が一枚噛んでおるのは間違いないのう。
この有様では逃げられまい」
「訂正しておこうか。
俺たちだけなら、ここから尻尾を巻いて逃げることは出来る」
ココロ、アキラ、ルナ。この3人が居れば遠くへ逃げおおせるだけなら出来るだろう。出回っている〈空人〉は多くとも雑魚だ。
連戦を続ければいつか負けるだろうが、真っ直ぐ外へ突き抜ければなんとかならないこともない。
だがそれは、何もかもを棄てると言う事。
「しかし我が師よ。それは出来まい」
「ああ。……シュウやユキが取り残されている。
俺たちの仲間も同じだ。
あいつらは逃げるのも難しいだろう。こうしている間にも数が減らされているに違いない」
だからこそ、逃げると言う選択肢だけは無い。
少なくとも俺たちだけで、というのは。全員が逃げおおせられるなら"あり"だが、その難易度たるや敵を撃滅するより難しいだろう。
そう、撃滅だ。
俺たちで〈天使〉、赤竜を潰すことで〈空人〉を壊滅させる。
赤竜さえ死ねば蔓延っている〈空人〉の分身体は一息に消し飛ばせるだろう。集落もハンターたちも、敵が居なくなれば殺されることも無くなる。
「結局、倒せるのか? という問答に帰ってくるわけじゃな」
「いやなループだな。……ま、そんなもんさ。
アイやシュウが巨竜を滅ぼした時だって、勝機を見出したから戦ったんじゃない。戦わなきゃいけなかったから、負けると言われながらそれでも戦ったんだ」
「そうして勝った」
「そうとも。……それを俺たちがやらなきゃならないのが辛いところだ」
俺はアイのように根性全開のタイプじゃない。
勝機を見出してから喧嘩を売るタイプだ。
戦いの中に勝機を見出すことが俺に出来るだろうか。
出来なければ、待っているのは全滅と言う最悪のエンディングだけだ。
「整理しようかの。
儂らは何とかしてあの赤竜と〈天使〉を倒さねばならん」
「そうだ。集落と残るハンターたちを守るにはそれしかない」
「〈天使〉の戦闘力は不明」
「肯定だ。これは過去にない初めてのケースだろう」
「では竜は?」
「……竜単独を、"私"単独で戦闘した場合、邪魔が入らないという前提で五分五分。
アイに言わせるならば『勝って見せる』といったところだ」
この条件はかなり甘く見ている。
赤竜が〈魂〉を有していることははっきりしている。その状態で半々だ。
万が一にも――あの竜が"〈魂〉を燃やす"ことがあれば、勝機は無い。
「それしかない……か」
「何がじゃ?」
「みんなで〈天使〉を何とか抑えてくれ。
俺がなんとかあの竜を倒してみる」
「待つのじゃ、師よ。それでは話が最後まで通らぬ。
仮にその計画が万事上手く運べたとしても、最後に〈天使〉が残ってしまう。
彼奴めの目的がなんであるか分からぬ以上、赤竜が居なくなったところで姿を消すとは思えぬ」
「判ってる。竜を倒した後、そのまま俺が〈天使〉を倒す」
それしかない。
こんなことを自分で言うのは抵抗があるが、俺と同等以上の戦闘力を持つハンターは皆無だ。シュウ、アキラの両名ですら足元にしか及ばない。
可能性があるとすれば"〈魂〉を燃やす"ことが出来る俺だけだ。
「な――わかっておらぬ!
あの竜を任せるだけでもどれだけの〈魂〉が消費されるか、わかったものではないのじゃぞ! それを〈天使〉まで倒す、じゃと!? そんなもの、自殺志願でしかないではないか!」
「そうなったときはお前が止めてくれ、ルナ。
シュウには出来ないだろう。勿論、ココロやユキにも。
お前になら頼める」
「そんなの認めぬぞ、ユウ! 認められるものか!
く……ココロよ! 黙ってないでこっちに来てお前の主を止めよ!」
見張りに努めていたココロを呼びつける姫。
それ以外に出来ることはないと理解できたが故に、これ以上自分では説得が出来ないとココロに頼ったか。
だがね姫。そいつはお前の味方にはならないよ。
「マスター」
「何だ」
「それが、マスターの選択ですか」
「そうだ」
「――なれば。私の選択もまた、同じものです」
こいつが終始黙っていたのは、既に俺の意思に従うつもりでいたからだ。
例えその先が死であっても。
ココロは、己の持つ名が故にこの選択を否定することは無い。
絶対に。
「おい、ココロ……」
「ルナ。貴女は勘違いをしている」
「勘違いじゃと?」
「我がマスターは自殺を志願したわけではありません」
「確かにそうじゃろう。じゃが、やろうとしていることはそれと同義じゃ!
〈魂〉を失った者の末路ぐらいお主も知っておろう。
もしユウが"燃やしすぎた"場合、その燃焼が終了したと同時にぷっつりとこの世を去ることになるのじゃぞ!
それが容認できるとでも言うのか、ココロ!」
胸倉を掴んで叫ぶ。
表情は必死だ。……当然か。同じことをルナがやろうとしていたら、きっと俺も止めたであろうから。
ああ、全く自分勝手だ。
他人の心配より自分を酷使することがなんと楽な事か。
こんな考えだから人付き合いが上手く行かないというのに。
「ひとつ、忘れていることがありますよ。
今、マスターは"アイ"ではありません。そのマスターが、正面切って"やる"と口にしていることの違和感を感じませんか?」
「何じゃと……」
「正直言って、こんな状況ならマスターはとっとと逃げます。
仲間といっても、昨日今日知り合った程度の相手に胸痛めるほど聖人ではありません。
では何故、マスターがここまで強く戦いの意思を見せているのか。
貴女になら判る筈ですよ」
余計なことまで口にしやがって。
思わずココロを睨み付けると、無い胸を反って自慢げに言う。
「胸倉を掴まれた辺りで、不審な思考を感じましたので」
「人の心を読むな」
掴みやすそうだな、なんて思っちゃいないぞ。
ちょっとかわいそうに思っただけだ。
そんなやり取りを見て、ルナがようやく気が付いた。
「……ユキか?」
「ええ。このマスター、贅沢な事にユキを救う為だけにあの〈天使〉を墜とす気でいますよ。あの〈地下鉄迷宮〉に落ちたユキが助かるには、必要な事のようですからね」
「そうだ。"イレギュラー"だとアイツは言った。
つまり、ユキは特殊な何かなんだ。
そして俺自身、何かに一枚噛んでいるらしい。ならとことんやるしかないだろう」
今回逃げ切ったところで先延ばしにすらならない。
恐らく、ここで逃げても他のハンターならいざ知らず、俺たちはいつまでも追われることになるだろう。
相手のおかげで腹をくくる気になったというのは皮肉な話だ。
「ユキを助ける。ついでに他もな。
その為の戦いなら、仕方ない。やってやるさ」
やるしかないなら、やるまでだ。
それが〈天使〉殺しだとしても。
「勿論、お供させていただきますよマスター。
我が身、我が心はマスターと共に」
「生憎と心身共に預かりたいわけじゃあない。
刀ひとつ担いでついて来い。在り様を貸してもらうぞ、ココロ」
「イエス、マスター」
やる気満々、いいことだ。ココロは不敵に笑い頷いてくれた。
この中で一番実力が低いと言うのに。
それでこそ自慢の相棒である。
俺には勿体ないほどだ。
「姫はどうする。出来れば〈天使〉の抑えに協力してくれると助かるんだが……付き合い切れないと言うなら強制はしない」
「……この卑怯者め。儂の答えなど、とうに分かっておろう?」
「それでも聞きたいのさ、この小心者はな」
「フン。儂の心が壊れているのは知っているだろう。
如何に殺気を飛ばされようと、儂には欠片も通用せぬよ。
〈天使〉なぞ恐れるほどではないわ」
「わかった。ついてきてくれ、ルナ」
「当然じゃ。死なせたりはさせぬぞ、ユウ」
小気味良い回答だ。自然と力が溢れてくる。
さあ、疲労も抜けた。
まだ〈魂〉を燃やすには冷却が足りていない気もするが、到着するごろには終わるだろう。
そろそろ動き出さなければ。
立ち上がり、ココロとルナを侍らせて立ち上がる。
出口には佇み沈黙を守っていたアキラが独り。
「――往くのか、創造主」
「無論だ」
短く問われ、迷わず答える。
するとどうだ。
この鎧武者は出口を開くではなく、閉ざすように立ちふさがった。
「……そうか。そうだろうな。
お前ならそうするだろう」
「後退を、創造主。
無下に命を散らすことは無い」
「出来ぬ相談だ、アキラ。俺は往く。
俺が行かねばこの戦いは終結させられないだろう。
それに、アンタの主も地下に押し込まれたままだ。助けに行く必要があるんじゃないのか?」
「主はどんな死地でも、他者が死のうと自身だけは生還してきた。
最悪の結末であれ、我が主はその生命を繋ぐだろう」
「イヤな信頼だな」
「承知の上。我が主も、知っての上で我を使っている。
……創造主よ。あの女は諦めろ。
細い細い希望を追うことの無意味さを、創造主が最も承知しているはずだ」
知っているとも。
その絶望も、深淵の深さも。
「だがね、アキラよ。
悪いが俺は"希望の美しさ"も知ってしまったのさ。
だからここで足を止めることは出来ない」
「……変わられたな、創造主」
「お前は変わらないな」
「変われぬさ。そう造られた故に」
「……そうか」
アキラが太刀に手をかける。
邪魔立てする気なのは一目瞭然だ。
「主抜きのお前では、俺たちに勝てないぞ」
「無論」
「足止めして戦うだけの力を削げば撤退を選ぶと?
その場合、お前の無事は保障されないぞ」
「主より、創造主を護れとの命故に」
「その為に刃を向けるか」
「それが我なれば」
分かってはいたがこいつの意思は固いようだ。
俺が一番良く知っていた筈なのに、なんとも懐かしい思い出のように感じる。
変わった、のだろう。俺は。
何のおかげで、何の為か。
なんとまあ、女ばかり目がつくことだ。
まあ、そんなものだろう。俺だって、男より女のほうがいい。
俺は剣を抜こうとして、しかし前に踏み出た彼女に止められる。
何か言うより早く、彼女は口を開き刀に手を置いた。
「では、ここは私が。
――兄様。今日、貴方を超えさせて頂きます」




