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2.ユキの日

続けて投稿中。あと1話分


 対峙する2体の〈空人〉と、〈自動人形(ドール)〉である〈ココロ〉。

 どちらかと言えば相手に先手を譲る事が多い彼女だが、格下相手にまで譲るような精神構造はしていなかった。

 睨み合う間も惜しいと言わんばかりに、雪を蹴り上げて間合いを詰める。


「――ッシ」


 呼吸器系の構造を持つ彼女の口から、小さく呼吸音が漏れた。

 続く銀閃。

 シンプルな袈裟斬り。狙い違わず、左の肩口から右の脇腹にかけてを両断する。


 〈空人〉の口から吐き出される金属音の断末魔。

 あまりに鋭すぎる斬撃に、両断面からの出血すら遅れた。

 高い練度による〈魔力〉を伴った攻撃は、〈魔力障壁〉すら貫通しうる。

 散る銀の鮮血は、思い出したように噴出し、まるで自分が存在したことが誤りであったかのように溶けて消える。


「次!」


 艶やかで、覇気の籠った声。

 作った自分が聞き惚れるのは、ある種の自画自賛になるのだろうか。

 俺のつまらない思考を置き去りにして、彼女は次の獲物を求めてただ走る。


 彼女の疾駆する姿勢は俺の腰より低い。

 地面を縫う、という表現がぴたりとくる。なびく黒髪が彼女の軌跡を描いていた。

 1体目を始末した時と異なり、分かり易く直線的に迫っていない。

 緩やかな弧を描いて、相手の右手側へ回り込んだ。


 何故か。

 それは相手の姿を見ればはっきりする。

 袈裟斬りにされた同族を見て、〈空人〉が対応していた。

 左上からの斬撃を向かい撃つべく、左腕の肘から先が刃物へと変化していた。

 その様は、全身が液体金属でできた怪物のよう。

 〈空人〉故に出来る荒業だが、折角持ちえた〈魔力〉をそんな変化に費やすとは馬鹿な奴だ。刀に対抗したければ分かり易く刀を生成すればいいものを。

 それが出来ないのは、彼にそれだけの知能がないか、〈魔力〉を扱う力が無いか。まあ、次の瞬間には意味の無いものになる。


「――ッ」


 腕を刃物にする、という悪手を打った〈空人〉は、あっさりと腰を両断された。

 刃物化した左腕で、右の脇腹を守ることは至難であったろう。


 どっ。

 雪の上に転がる〈空人〉の上半身。

 その肉体から零れるのは、銀色の血液である。同じく銀に近い白色の雪に撒き散らされたが、さして景色は変わり映えしなかった。

 彼ら〈空人〉の分身体は死してこの世に残ることはない。血は蒸発し、肉は砂のような粒子になって溶けていく。


「……ふー」


 敵が完全に沈黙したことを確認して、ココロは軽く血払いして刀を収める。

 凄まじい剣閃の為に付着していた血液などほぼないのだが、気分の問題なのだろう。


「マスター」

「ああ、ご苦労」


 短いやり取りで解決する、事務的な処理。

 付き合いの長さ故か、被造物と造物主の間柄故かは分からない。

 ただ、この間の取り方は嫌いじゃなかった。


「それにしても……」


 さらさらと砂状になって消えていく〈空人〉を見送りながら、これまでの出来事を振り返る。


「危険地帯でも安全なこの場所で、どうして〈空人〉に絡まれたんだ?」

「日本語が少々おかしいのでは?」

「黙れ。で、どう思う?」

「はあ。マスターに分からないことを私に問われましても」

「少しは考えろ」

「――偶然かと」

「おい、考えたんだろうな?」


 僅か1秒の思考時間で一体何を考えたのか。

 ああ、適当な返答か。


「おふざけはこの程度にしても……危険地帯ではあるのですから、こういった出来事が少なからず起きるでしょう。

 今までが幸運であったか、

 それこそ、運命的な間の悪さとしか言いようがないのでは?

 先ほど言ったように、危険地帯で安全な場所、という言葉が既に矛盾しています」

「そりゃ、まあな」

「ここに3体。私が食べてきた道草で4体。都合7体ですか。

 〈空人〉の母体は見ていませんから、活動領域の拡大区域に重なってきたと考えるのが妥当です。

 彼らは発症地点から時間経過と共に自分の領域(テリトリー)を拡大し、その活動領域を増やしていきます。それこそ、他の〈空人〉の領域(テリトリー)に重ならない限り、です。

 つまるところ、ここから遠くない場所に母体が居るのではないかと」


 ココロがこれまで教育してきた内容を正確に語ってくれる。

 彼女の言は正しい。

 ちなみに、領域(テリトリー)が重なった場合はお互いが譲り合い、領域(テリトリー)が他母体を飲み込んだらその母体は休眠状態となる。

 休眠状態となった〈空人〉はどうやっても発見できず、領域(テリトリー)の主が消滅しないかぎり活動しない。

 逆説、1体倒すと連鎖的にどこかで母体が目覚めるということであり、この危険地帯は結構な数がダブっていて倒しても倒しても次が湧くという冗談ではない場所となっている。


「マスター。いい加減、こんな場所で活動するのはやめませんか?」

「何故。こんな場所というが、ここの恩恵は嫌というほど感じているだろう」


 俺は首を傾げてココロを見やる。

 困った様子の彼女は、しかしどこか愉快そうな苦笑を浮かべていた。


「そうなのですが、〈魂〉がどれだけあっても足りません。

 精神的なストレス――危険な場所に身を置き続けることは、〈魂〉衛生上良くないのは重々理解しているでしょう」

「だが、飯のタネが無ければ生きてはいけないだろ。

 それに平穏な日々はただ〈魂〉を鈍化させるだけで、何も得られない。

 こういう刺激もたまには必要なんだよ」


 ああ言えばこう言う……。

 彼女がぶつくさと愚痴を漏らしながら頭を抱える。

 こいつは少々過保護が過ぎる。俺も子供じゃないのだから、このぐらいは問題ない筈なのだが。

 大体、こいつは俺が作ったわけで……あれ、俺が悪いのか?


「……おい」


 例の如く逸れ始めた思考は、不意に何かの気配を感じて止まった。

 まったく、俺の脳は余計なことを考えすぎる。教育してやらねば。

 そんな思考も押しのけて神経を研ぎ澄ませる。


「何ですか。これ以上奥へ行くのはお勧めしません。

 確かに収支ゼロではありますが、労力以外の出費も……」

「そこを曲げてくれ。

 生きた人間の気配を感じた」

「――」


 流石に長年付き合ってきた相棒だ。

 即座に黙り込んで姿勢を低くする。次の瞬間には抜刀できる、剣士の構え。


「敵……ではないな。気配が細すぎる。

 〈空人〉に襲われた後か? 動きも無いな。

 これは……クソ、近いんだがあまりに微弱すぎる。察知しきらない」


 掴みどころのない気配に顔を歪める。

 "突然湧いた"と表現すべきなのだが、曖昧な感知だけに今までずっといたとしてもおかしくはない。


「私の探知にはかかりません。マスターの感応には敵わないと常々感じていますが、いい加減変態の領域では? 敏感肌もいいところですよ」

「黙れ。――北北東、およそ500m先。〈空人〉系の気配はゼロ。

 突然湧き出さない限りは障害なし」


 目を閉じ、感覚の網を広げる。

 相棒が近くにいなければ危険すぎて使えないのがネックだが、その探知範囲はかなり広い。戦闘中使えないので俺の強さを支えるものではないが、余計な戦いを避けるというトータルな戦力評価では価値のある能力だと自分で思う。


 俺は、隣に侍る女剣士へ〈意図〉を伝える。


「行くぞ、〈ココロ〉。俺の進む道を切り拓け」

「――イエス、マスター」


 突如として、彼女に秘められた能力が解放された。

 察知されないために発散する〈魔力〉は先ほどより絞り込まれている。だが、目に見えて彼女は強化された。

 これが〈ココロ〉の真骨頂。

 〈戦闘人形(ドール)〉の中でも、操り手の〈意図〉を受けることでその能力を遺憾なく発揮する〈操縦型人形(マリオネット)〉。

 物理的な糸という無粋なものなど必要ない。

 彼女は、俺から紡がれる〈魔力〉の〈意図〉を受けて、俺の思惑をくみ取って活動する。どう動く、どう叶えるかは、俺の〈意図〉を汲み取った上で彼女自身が考えるのだ。

 決して〈木偶人形(マネキン)〉ではない、彼女だけの自分自身(アイデンティティ)


「行きます」

「ああ」


 ぐ、と身を低くして疾走を始めるココロ。

 追従できない速度ではない。『堕天使の羽根』を用いずともなんとか追いつける、俺を気遣った配慮ある足並み。

 こんな些細なことすら、ただの人形には出来ないだろう。


 僅かばかり、それを誇らしく思いながら、遅れまいと彼女の背を追う。


 常人の出せる速度の限界で走れば、500mなどあってなき距離だ。

 気配を押さえながら移動したが、瞬く間に指定のポイントへたどり着いた。

 廃墟らしい崩壊した高層ビルの中でも、2階あたりからぽっきりと圧し折れて横のビルへ寄りかかっているような瓦礫の塔。その1階、僅かばかり空が望める雪の積もった壁面に、寄りかかるように倒れた少女の姿が見えた。


「……っ」


 思わず、息を飲んだ。


 ぱらぱらと舞い降りる雪。

 雲という暗幕に遮られて薄れた光が差し込む薄暗い屋内。

 うつむき、さらりと流れた銀の短髪の隙間から見え隠れする整った容姿の少女。

 暖色のコートと、チェック柄のスカート。力なく投げ出された手足。

 むき出しの足や袖から僅かに覗く肌は、陶磁器のように白い。

 まるで、絵にかいたような神秘。

 少女を取り巻く世界は、美しく、言葉にし難く、何より――残酷だった。

 

「……」


 俺は、無言のまま少女へと歩み寄り、すぐそばに膝をつく。


 少女に反応はなく、命は風前。

 当然だ。

 その心臓には、鉄筋とコンクリートの破片が張り付いた、歪な十字架が突き立っていた。


「……」


 まだ、命がある。驚異的だ。

 いつ突き立てられたのかは分からないが、少なくとも1時間以上前だろう。

 心臓はまず間違いなく潰れているのに、彼女は呼吸もせずにその生命をつなぎとめていた。


「……マスター。その少女は」

「分かってる」


 少女の頬に手をあて、その冷たさに驚きながらそっと持ち上げる。

 眠たげに開かれた瞳を……銀に染まった瞳を見て、俺は確信した。


 彼女は、〈空人〉になりかけている。

 心臓に致命傷を負っても、魔力的な破壊をされていないが為に膨大な〈魔力〉が彼女を生き長らえさせているのだ。

 これでは、生き殺しだろう。

 こんな状態で〈魂〉が消耗しない筈がない。生きた心地がしない、というのは、極度のストレスなのだ。

 見る限り、〈魂〉の消失まで秒読み。

 今から救い上げたところで、〈植物人間〉がいいところだ。


「どいてください、マスター」


 背後で鍔鳴りが聞こえた。

 彼女はこの少女を斬るつもりだ。彼女の判断は正しい。


「……〈ココロ〉」


 だが、俺は彼女に違う〈意図〉を送り込んだ。

 躊躇いの気配が、〈意図〉を逆流して伝わってくる。だが、俺も曲げる気はない。


 ややあって彼女は俺の願いを聞き届けた。

 刀は俺と少女ではなく、突き立った鉄筋の余計な部分を斬り飛ばす。

 少女へ突き立ったままだが、引き抜くには苦労の無いものとなった。


「――おい」


 意識的に強い口調で呼びかけると、少女は定まらなかった視線をはっきりと俺へ向けた。

 まだ、意識がある。


「生きたいか、死にたいか。選べ」


 少女は反応しない。いや、反応の仕方がもう"わからない"のか。

 末期的だ。こうなってしまっては、もう手の施しようもない。

 やるせない思いで、諦めてココロへ〈意図〉を――


「……っ」


 ――飛ばすより先に、少女が弱弱しく俺の顔へ手を伸ばし、触れていた。


 俺の真似をしたのか。

 だが、それ以上の何かを、少女の冷たい手から感じた。

 それだけで、十分だった。


「いいか? 今からこの鉄筋を抜く。痛いぞ、我慢しろ」


 もう少女の反応など、待ちはしない。

 腕に魔力を込めて力の限りで鉄筋を引き抜く。

 溢れ出す鮮血。

 ああ、まだ血は赤いんだなと、思考の片隅で思いながら体はその傷口を塞ぐべく行動していた。


「『聖者の手当て』!」


 柔らかな光が手から放たれ、少女自身の自己治癒能力と重ねられて急速に傷口が塞がっていく。普通はその場で死ぬであろう出血を補うように……いや、溢れさせる勢いで心臓が再動して造血を果たす。

 勢い余ってか、少女が咳き込んで大量の血を吐いた。

 この様子だと俺の治癒すら蛇足だったようだ。悪いことをした。


「おい……大丈夫か?」


 くの字に体を折った少女を抱え起こして顔を覗き込む。


「……」

「……っ」


 間近で見た少女の生気を取り戻した顔は。

 あまりに綺麗で、言葉にもできず。

 呼吸を忘れてそのからっぽの表情を眺め。


「……ん」


 するりと首の後ろに回された両腕を振り払うことも。

 寄せられた顔を離すことも忘れて。

 半開きになった俺の唇へ少女の唇が重なるのを、されるがままに受け止めた。




 これが二日前の出来事。

 俺と、ユキの出会いだった。


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