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弐.追憶 『死神』

 さて……昔の語らいを掘り返すとしよう。

 一人の男が死神へと至るまでの、二人の男と一人の女の語らいである。




 ――俺の前に座る愛しい彼女は言った。


「シュウ。私ね、〈空人〉になってしまう人たちを救いたいの。

 だから、そういう人たちを救う場所を作ろう思う。

 シュウもそうするつもりなんでしょう?」

「アイ。俺も、それは常々思っていたことだ。だが君の"それ"は聊かに無謀だ。それは死者を蘇らせる行為に等しい。

 付き合わされるユウの身にもなってやれ」

「あの子はいいの。傲慢な言い方だけど、私のやりたいことはあの子のやりたいことだもの。ズルいのかもしれない。でも私には絶対に出来ないから、私はあの子に頼んでやってもらう。

 私は、ただ責任と罪だけを重ねて行けばいい。

 別に自己犠牲ってわけじゃないよ?

 達成した成果があれば、それを私はあの子と共有できるもの。

 そうして未来が作られたなら、それはとても幸せな事だと思わない?」


 結局、説得することは出来なかった。

 俺が〈空人〉化を防止するための予防施設を作ったと同時、彼女は〈空人〉化同然の〈植物人間〉たちを救う救護施設を作った。




 ――時をしばらくして、俺たちはベッドの中で語らう。


「シュウ。ねえ、そっちの調子はどう?

 最近〈空人〉になる人間が減ったって、良い噂を聞いたよ」

「アイ。……順調だよ、俺は。

 君のように無理難題をこなしているわけじゃないからな。

 救える人を救う。救えない人を救わない。俺はそういう卑怯な選択をしているから、成果が上がっているだけだ。

 〈聖者〉なんて言われているが、俺からすれば君のほうがよほどそうだと思う」


 彼女はもぞもぞと動き、俺の腕を枕にして微笑んだ。


「良かったじゃない。あなたの名声は私の誇りだわ。

 もっと名を上げて、偉い人になってしまえばいいんじゃない?

 私の彼は、こんなにすごい人なんだぞ、って胸を張って言えるから」

「俺の彼女が〈狂剣〉なんて呼ばれていて、〈植物人間化〉した人たちを救おうと躍起になっているのは問題にならないのか?

 死体ばかりが山になって、君の施設は墓場なんじゃないかって噂を聞いたぞ」


 事実だ。彼女の施設は送られたが最後、全て切り捨てられる運命にあると噂されている。

 救われた者は皆無だ。彼女の施設で働く人間もまた、居ない。

 何故なら、そんな場所で働きたい人間など存在しないからだ。

 彼女の施設は全てユウが作った人形が管理している。そのことが尚更、彼女の施設が特異であることを強めていた。


「んー……あなたが止めろと言っても、止めない。

 きっと、ここで諦めてしまうような女なら、あなたの目には留まらなかったと思う。

 我儘でも、無駄でもなんでもいい。

 私は、結果を残したいの。例えそれが、"何の成果もない"と言う結果だとしても」

「それじゃあ君は救われない。

 ただ悪戯に時間を消費して、〈魂〉を無駄にしているだけだ」

「平気よ。あの子とあなた。二人が居るだけで無駄な時間なんてないもの。

 知ってる? 私の〈魂〉、燃やして使ってもまだまだたんとあるの。

 それだけ私が満たされているって証拠だと思わない?

 自慢できるものの少ない私の、数少ない自慢できることなんだからね」


 そんな風に微笑む彼女を、俺は止めることが出来なかった。

 やりたいだけやらせればいい、そう思っていた。なにせ彼女は最強の剣士であり、いかなる失敗を重ねようと、何事も被害が出ないように収束させてきた。

 彼女の手腕があれば、最悪の事態だけは免れる。

 その信頼があったからこそ俺は黙っていたのだ。




 ――また、時間が過ぎた。

 今度は彼女と夕食を取っていた時の事。


「シュウ。聞いて、あの子が〈人間〉まで作っちゃった。

 結局〈魂〉を作ることは出来なかったけれど、すごい事だと思わない?

 私とあの子のDNAから肉体のクローンまで作れちゃったの。

 あの子はもうこれ以上は無駄だ、って言うんだけどね。〈魂〉さえ解決出来るなら救えない人を救うことも、新しい生命を生み出すことも可能なんじゃないかって思うの」

「アイ。それはある種の冒涜だ。ユウのほうが余程理解している。

 それはやってはいけないことだ」

「なんで? もう、私たち人類はどれだけ残っているか全体を把握出来てない。

 判るのは自分たちの周りだけ。

 そんな狭い世界でも新しい命が生まれるより失われる命のほうが多いの。

 消える命を救い、新しい命を生み出す。それを達成するに至る過程に生命を弄ぶ研究が無いのであれば、それは人道にも反さないことだよ」

「そうかもしれないが……」

「私はこのままひっそりと人類の幕を下ろしたくないの。

 このままじゃ、世界は何も楽しいことがないまま静かに終わってしまう。

 そんなの、いや。

 一杯の人が笑って、一杯の人が生き生きとして、一杯の人が世界を作る。

 その土台である〈生命〉を護れなかったら、私の夢も叶えられない」

「夢?」


 俺は思わず聞き返す。

 彼女の夢というか、目標は救えない人を救う事だと思っていた。


「私ね。もっと世界を楽しみたい。

 みんなが笑い合う暖かい街で生活したい。

 霧の無い世界へ行きたい。

 青い空を見上げて、ああ、今日もいい天気だ――って。

 あなたと二人、空を見上げてみたいの」

「それはとても素敵な夢だと思う。

 しかし、君がやっている〈人間〉の作成と何が関わってくるんだ?」

「〈空人〉になることさえ避けられるなら、今の世界はとても豊かになると思わない?

 〈器〉が壊れてしまった人が新しい身体を手に入れられるなら、生きていることに絶望することは無くなると思わない?

 私は〈直感〉してるの。この技術は、私の夢をかなえるために必要なことだって」

「君の〈直感〉はある種の〈魔法〉概念になっているから否定はしない。

 だが、それは永遠に果たされないテーマだとしか思えないんだ、アイ。

 人の〈魂〉は人には作れない。人の〈器〉は人には作れない。

 どちらも、俺たちには手に余る代物だ」

「かもしれない。ううん、多分そうなの。

 けどね……私には無理かもしれないけど、今こうやって行動していればいつか、誰かが達成してくれるんじゃないか――そう思える。

 だからさ、シュウ。もうちょっとだけ、我儘を言わせてくれないかな。

 私はそんな夢を見たいんだ」


 結局、俺はまた言いくるめられてしまった。

 危機感を感じていなかったからか、或いは惚れた弱みか。

 まあ止めるほどではないだろうと、俺は思った。

 思ってしまった。

 



 ――時は、動き出した。

 俺の施設で起きてしまった〈空人〉災害。

 〈空人〉寸前の人間が俺の施設に運び込まれ、俺が駆けつけるより先に発症してしまった。

 よりによってそいつは強力で何人かの患者を〈空人〉化させてしまった。

 施設は半壊。人的被害は極小だが、再建は厳しい。

 俺は舌打ちしたい気持ちを抑え、無事だった通信室から特別に設置した彼女の部屋への通信機を起動させた。


「アイ。聞こえるか、アイ。

 俺の施設で〈空人〉が出てしまった。こちらは半壊だ。

 患者たちは全員避難させたが、施設はずたぼろだ。施設内で暴れていた〈空人〉は全て倒せたのが救いだな。

 悪いんだが、ユウを寄越してはくれないか?

 あいつの技術があれば立て直しすることも不可能じゃない」


 そこでようやく、通信が全く空振りであることに気付いた。

 彼女が居なくとも取次の人形が応答するよう常時配置されていたはず。


「アイ。通信機の不調か? 聞こえないか、アイ、応答してくれ」


 俺は最初、この施設が破壊された時に通信周りが壊れたのだと思った。

 それほど彼女を信頼していたし、彼女が危機的状況に陥ることなど夢にも思っていなかった。

 だが、その盲信がこの事態を招いてしまった。


「……待て。今の爆発音は何だ。おい、アイ!

 クソッ! まさか……今そちらへ行く、待っていろ!」


 向こう側から聞こえてきた爆発音が、俺の心を引き裂いた。

 〈空人〉が向こうへ行ったのではないか。

 噴き出す後悔と焦燥が俺の胸を焼いた。

 何を悠長に通信などしているのだ。俺は何より先に彼女の元へ駆けつけるべきだったのではないのか。

 失敗した。なんてことだ。

 彼女は失敗なんてしない。知っている。彼女は最強だった。

 でも、彼女ではない誰かが失敗する可能性を、俺は見失っていた。

 そして誰よりしてはいけない失敗を、俺はやってしまったのではないのか――?



 答えは、骸としてそこに転がっていた。

 蹲って泣く独りの裸身の女と、見るも無残になった愛する人。そして、虚ろな目を空へ向けたまま死んでいる彼女の弟。


「……アイなのか?」


 俺は恐る恐るその女性に声をかけた。


「……シュ、ウ」


 ああ、俺の知っている女の声だ。

 少し安心した俺は、ある程度落ち着いた声で周囲を見回し、問いかけた。


「ここで一体何があったんだ?

 そこで倒れているのはアイとユウに見えるんだが……まさか、アイ。

 肉体の損壊に耐えられなくなったからクローンへ〈魂〉を移動させたのか?」

「……」

「おい、聞いているのか、アイ。ユウはどうした。

 クローンを使ったのなら、ユウもまたどこかにいるんだろう」

「ちが……う……」

「……アイ?」


 そこでようやく、俺は彼女が"彼女"ではないと気付いた。

 気付いてしまった。


「アイは、もう……居ない。

 いや、居るんだ。でも、いや……俺は……わたし……そうじゃない」


 見知った女と同じ仕草を見せる裸の女。

 だが、時折混ざる"男"のようなしぐさが、俺の記憶と食い違ってノイズのようにかき乱す。


「まさか……アイ、おまえ、まさか……」

「シュウ。……俺は、ユウなんだ。アイは、もう――」


 俺は此処で起きたことを理解できてしまった。

 俺の愛した女は、もういない。

 この形見を遺して、死んだのだと。




 ――どれだけの時が過ぎたか、俺は正確に把握していない。


「ユウ。聞いているのか、ユウ」

「……」

「食事をとれ。睡眠もだ。そのままじゃ〈魂〉が欠けてしまう。

 折角生き残ったんだ。意地でも生きてもらうぞ、ユウ。

 そうでなければ、アイが救われない」


 俺は偉そうに"彼"に言ったが、俺もまた荒んでいた。

 救われないぞ、と俺が言っていたのに、本当に彼女は救われないまま逝ってしまった。彼が生きたところで、彼女は救われるのだろうか。


 食事睡眠を取ってはいたが、俺のその様は酷いものだ。酒の量も増えた。

 〈空人〉を殺さなければ、正直やっていられなくなっていた。

 彼女の弟でなければ、あんな別れ方をしていなければ、彼女の欠片が彼の中に残っていなければ……俺は間違いなくこいつを見捨てていただろう。


「……」

「いいか。お前はアイを見捨てたんじゃない。お前がアイに助けられたんだ。

 仕方ないことだとは言わない。アイが死んだのは俺の責任だ。

 お前が背負うものじゃない。

 だから、お前が生きていくようにすることも俺の責任だ。

 お前の面倒は俺が見る。

 さあ、食事を。俺の料理は悪くないと、あいつは言ってくれていた」

「……おれは、アイじゃない」

「ああそうだろう。だからこの食事は合わないかもしれない。

 しかし、喰わなければ好みも判らないだろう。

 さあ、分かったなら喰え。不味かったら作り変えぐらいやってやる」


 愛しいそいつと同じ顔の女が、違う好みの味を申し出たとき、俺はそれを素直に作り変えるだろうか。

 自分で言っておいて、なんて中身の無い言葉だろう。

 酷い自己嫌悪で満たされていた。




 ――更に時は重なったが、俺たちは何も積み重ねてはいなかった。

 ただやみくもに、意味の無い事ばかりを繰り返していた。


「ユウ。確かに俺は何かやって体を動かしたらどうだ、と言った。

 だが、よりによってこもりきりで人形を作ることはないだろう。

 人形師の館でもこんなに並ぶことは無い」

「……悪いかよ」

「悪い。なんだこの人形の山は。

 こんなに作って、誰が使うんだ? 起動させてないだけで、勝手に自立する〈自立型人形(オートマタ)〉まで居るじゃないか」


 一見してひと財産作れるだけの人形が並んでいた。

 俺が使う人形は古いもので、ここにある人形のどれと比べても見劣りするほどだった。


「……何を作ってもダメなんだ。もう、アイはいない。アイは取り戻せない。アイはもう、俺の中にも居ない。

 俺はどうしたらいい。何を造ればいい? なんでもやる。教えてくれシュウ。俺は、アイなしでどうしたらいいか分からない」


 姉のことを姉さんと言わなくなったのは、彼の中にどこかアイが混じっているからだろうか。


「それはお前が考えろ。

 俺は〈空人〉狩りを始めた。奴らを根絶やしにしなければ、俺の心が休まる日は来ない。

 ……いいか。お前だけが傷ついているわけじゃないんだ。

 他にも、世界に絶望して心砕かれた者がいる。

 お前は、そいつらの一員になるな」


 俺の事だ。俺のようにはなるな。そう言いたかった。


「……無理を言うな」

「無理でもなんでも、だ。……全く。何をしていいか分からないのに〈人形〉を造るようになったなら、人形師として生きて行けばいいんじゃないか?

 む。この人形など、これまでにない意匠で力強いな。

 それにこの人形は今の俺に合うような……」


 日本の甲冑で作られた武者人形。

 只ならぬ迫力を持ちながら、その在り様は波紋ひとつない湖のようだ。


「欲しいならくれてやる。

 俺の心情の生き写しだ。そいつは〈アキラ〉。……そうだな、アンタにもぴったりだよ」

「なるほど、〈アキラ〉か。皮肉な名前を付けたものだ。

 分かった、貰い受けよう」


 名前を聞き、気に入った。

 なるほど、これは彼の絶望であり、俺の絶望でもあるわけだ。

 以後、俺は〈アキラ〉を繰り〈空人〉を討滅していくことになる。




 ある日唐突にユウは消えた。

 俺の世話になることを嫌ったのか、俺という"元恋人"を見ることで"アイ"が刺激されるのか……理由はわからない。

 消えたユウを探そう、とは俺も思わなかった。

 面倒をみてやらなければならないという使命感よりも、もう面倒だという徒労感のほうが先に来た。

 見えない場所で野垂れ死にするならもういいだろう。

 俺はやれるだけやった。

 また後悔するかもしれない。だが、もう疲れたんだ。

 〈空人〉を狩るだけが、俺の生きる意味でいい。





 ――そんな思いはある日唐突に打ち切られた。


「何をやっているんだシュウ。お前らしくも無い」


 〈空人〉にあわや返り討ちにされるところを、たまたま通りかかったユウに救われた。

 彼の傍には見慣れぬ人形。

 生き生きとしていて、人形らしさを感じさせない女侍。

 その実力は大したことがないと直ぐに分かった。だが、そんなことが些細に思えるほど――その人形は、人形らしからぬ〈生命力〉があった。

 一瞬、見惚れるほどに。


「突然姿を消して、今まで何をやっていた」

「生きる理由を探していた。俺がここに居る意味も。

 まだ見つかってはいないけれど、ただ腐っているだけの日々はもういらない。

 アンタはどうなんだ、シュウ。〈空人〉を狩り続けているのか」


 そんな風に答えるそいつは、何か吹っ切れたようだった。

 まだ探しているところなのだというそいつは、しかし明確な何かを見出しているように見えた。


「そうだ。俺は〈空人〉を殺す。その為だけに生きている。

 ――間違っても、〈空人〉化しかけた人間など匿うなよ。その時は俺が殺しに行ってやる」

「そりゃ怖い。わかった、バレないようにやるさ」


 飄々としたそいつは、どこかアイのようで、しかしアイではなかった。

 古い記憶の中に残る、彼女の弟の姿と重なった。

 アイの顔をしたそいつが目の前にいるのに、俺は昔の恋慕を思い返すことがなかった。

 ああ、アイはもういないんだな。

 俺はようやく、何年もかかかって、その事実をようやく受け入れた。

 だから俺は、敢えて彼女の名を呼んだ。


「アイ。その時は容赦しない」

「ユウだ。存分に相手になってやるよ、シュウ」


 俺は〈空人〉を殺す。その為だけに生きている。

 だがこの日を境に、戦うだけの日々は終わったのだ。

 近すぎず遠すぎず。

 彼がアイの見た夢を描いてくれるのならば、俺はソレが見てみたい。


 俺はあいつの形見であるユウを陰ながら助け、見守ることが〈空人〉討伐に並ぶ生きる意味となった。


ちょっと頑張って毎日投稿していきます。

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