17-18.テラー
弾丸を装填、発射。
弾丸を装填、発射。
繰り返し作業を淡々とこなしながら、視線は敵ではなくユウの背に向けられていた。
――――そんなで良く誤射しないね
こんな単調作業は簡単なものだ。相手は大きく、そしてあまり動かない。正しくは、他の攻撃によって動けない、だが。〈魔力障壁〉の脆い場所もルナが示してくれるから、私は狙うだけだ。
考える必要が無いのだから意識が他所へ向いていても問題は無いだろう。
竜も恐ろしくはあるけれど、どちらかと言えばユウの与えてくれる安心感が優る。この緊張する場面において私は極度のリラックス状態にあると言えるだろう。
――――期待の新人っつーか、擬態の新人だねぇ
そんな戯言ことより、ユウだ。
彼が"切り札"と思しきものを切った。全身が青く燃え、青い灰を美しく撒いている。その姿は頼もしい反面、軋む柱のようにも見えた。
それだけではない。
私は、"アレ"を知っている。
いや……"アレ"は、私……?
――――あんまり考えなくていい。考えるんじゃない。感じるんだ
……物言いには納得できないが、その内容は納得した。
記憶ではないと言うのだから、思い出すこと自体が無意味なのだろう。
彼が剣を一閃すると、竜の〈魔力障壁〉が儚く砕け散った。
破壊力と、散った彼の〈魂〉にゾッとしたものを感じる。
――――〈魂〉を燃料に〈魔力〉を燃やす、か
私の目にも、"声"が言うような現象が起きていることがはっきりわかった。
実際目の前でやられても信じられない。
あんなこと、誰でも出来るとは思えないのだが。
――――出来ないよ。これは、彼か、彼に近しい者しかできない
彼に近しい者……それは親しい者というニュアンスではない。
存在、あるいは成り立ちが彼に近い者、ということか。
――――長文無理。前略中略後略
ああ、分かった。もう黙っておいて欲しい。
肉声で喋れる日を楽しみに待っている。だから黙って。
私は"声"に見切りをつけ、終わりつつある竜退治に意識を向ける。
いよいよ大詰め。ユウがとどめの一撃を放った。
眩しいほどの光と、暖かい心の波動。
〈魂〉無き者には、〈魂〉の価値を知らぬ者には得られぬ至上の剣。
彼が、彼女という存在を知り、身に宿すからこそのものだ。
……彼女とは、誰だったか。
不意に浮かんだヴィジョンは、夢で見たもののように曖昧になって溶けた。
ズシン、と竜が沈む。
もう竜なんてどうでもよかった。そもそもまともに見ていない。
そんなものより、〈魂〉を燃やしていたユウに駆け寄りたかった。
駆け寄って、〈魂〉の無事を確認したかった。
「ユウ!」
「ぐおっ!?」
〈カナ〉の憑依を解いて、彼へ抱き付く。
芯から燃えるように熱く火傷するかのようだった。〈魂〉を燃やした関係で、収めている〈器〉が熱されているのだろうか。
「どうだ、俺の実力は……って、どうした?」
「大丈夫? 〈魂〉、ずいぶん使った」
「なんで知ってんだ」
「見えた。〈魂〉が減る様が」
「とんでもねえ特殊技能をこんなところで披露してんじゃねえ。
ったく……大丈夫だ。この程度はすぐ回復するさ」
彼の言葉が強がりではなく本当の事を言っているのだと分かって安心した。
よくよく考えれば、ユウはどちらかと言えば現実主義で自己犠牲の精神は持っていない。必要な事を、許容されたコストで達成した。それだけなのだろう。
雄姿をしっかりと見る事も出来た。
この戦いも意味があったのだろう。後は油断せず帰るだけだ。
――――嘘……! 上、ヤバいの来てる!
上?
なんとなしに竜へ向けた目が、その頭上に"浮遊"しているモノを捉えた。
一対の白翼。シルクのような美しいドレス。絶世の美女。
右手には木製の白い槍を携え、私たち地上に生きる者たちを見下していた。
わざわざユウに聞くまでもなく、ソレが何であるか直ぐに分かった。
〈魂〉無き者にしか赦されない天空を舞い、〈魂〉持つ者を赦さない。
その正体こそ、現代の〈天使〉、だ。
「――馬鹿な」
ユウが乾いた声で呟く。
過去、〈天使〉がこの高さまで降りてきたという事例は無いと聞く。
あくまで空を侵す者のみに矛先は向けられ、地上には一切の関心を持っていない。これまでは。
「……」
全員が言葉を失い、その〈天使〉を見つめていた。
美貌に魅了されたわけでも、存在に恐怖したわけでもない。
ただ、只管に信じられないモノを見て呆けていた。
「成程」
美しい女性の声が聞こえた。
唇が動いたのは〈天使〉だけだ。つまり、この〈天使〉が喋ったと言う事。
だが、周りの仲間は全員それが信じられなかったようだ。動揺が手に取るように伝わってくる。
〈空人〉をはじめとした〈魂〉無き者は言葉を発さない。動物的な悲鳴や咆哮も無い。彼ら特有の"金属音"が唯一発する声である。
これまで〈天使〉は〈空人〉の亜種であると考えられてきた。つまり、〈空人〉のように言語を用いない。そう勝手に思い込んでいた。
真実は異なっていた。
眼前の〈天使〉は明らかに言葉を発した。意味のある言葉を。
それに、表情がきちんと存在している。
無味乾燥としてはいるが、あれは"呆れ"、ないし"蔑み"だ。
「こんなところにイレギュラーが存在していたとは。
私の〈領域〉だというのに、勝手な事。
過ちは正さねばなりません」
彼女の紡ぐ言葉の意味は、誰もが理解できない。
ただ彼女が、私たちに対して"害意"を抱いたのではないか。そんな風に感じることだけはかろうじて出来ていた。
「丁度良い頃合いです。ここはひとつ、試してみるとしましょう」
〈天使〉は開いた左手を竜へ差し出す。
その手のひらから零れ出すのは――あれは、〈魂〉?
――――ユキとユウぐらいしかわかんないだろうけど、あれは〈魂〉で間違いない!
青くどろりとした粘液状の〈魂〉が竜へ落ちると、それは僅かに広がってから染み込むように吸い込まれていった。
「一体、何を……」
答えは直ぐに出た。
竜のズタズタだった身体が瞬く間に再生していく。
そして、あろうことか銀だけで彩られていた身体に……色彩が現れた。
鱗は赤く、腹は薄い黄色。爪は白く輝き、瞳はぎょろりと深紅に染まった。
牙は白く舌は紅い。どこからどう見ても、それは"火竜"だった。
誰かが言葉を発するより早く。
「■■■■■■■■■■■■!!」
言葉にならない言葉で、竜が高らかに吼えた。
吠えたのだ。
生々しく涎を垂らし、口を天高く開いて吼えた。
威嚇。〈空人〉にはあり得ない、生きた"心"による行動。
ああ、あんなにも機械染みていた竜が生き生きとして見える。尻尾で地面を叩き、得物を探すように首を振る様は獣そのものだ。
「ふむ。上々でしょう。
後は――」
その結果に満足したのか、〈天使〉は私たちへ視線を向ける。
いや。正確には私の隣にいるユウを――
「貴方が根源ですか。成程、階に足をかけたと見える」
「階……?」
「ですが、それは予定にありません。
不確定要素は取り除かせて頂きましょう」
す、と槍を天へ向ける〈天使〉。
何をするのか、まだ驚きが抜けないユウたちは無抵抗のまま呆然とその切っ先を見ていた。見るだけで、行動を起こせなかった。
――――ヤバい!
わかっている!
「避けて!!」
私だけが〈天使〉に関する知識を詰め込みたてで動揺が少なかった。
故に体は硬直することなく、思うままに行動した。
右手を突き出し、ユウを押しのけるた次の瞬間。
〈天使〉が槍を振り下ろし、その先にあるものを"切断"せしめた。
「ぐ……っ!」
「――ユキッ!?」
振るわれた槍の直線状にあるものすべてが両断された。
突き飛ばした私の右腕もまたその直線状にあり、〈魔力障壁〉などをさらりと貫通して斬り飛ばされた。
激痛と舞う鮮血に意識を取られる暇は、ない。
私の叫びによって全員臨戦態勢へと移るが、余りに遅い。
斬り飛ばされたものは私の腕だけではない。振り下ろされた切っ先はほぼ真下まで到達している。
遅れて、地面が切断された。
地面には斬ってはいけないものでもあったのだろうか。アスファルトへ亀裂が走ったかと思えば、槍の切断面を境界線にして私の側の地面が崩落した。
「馬鹿な……! ユキ、ユキィ!」
崩れ落ちる最中、私の右腕を持っているユウの姿が見えた。
こちらへ飛び込んでこないのは、先の戦闘による疲労が噴き出しているせいだろう。良かった、彼に飛び込んでこられては助けた意味が無い。
私は安心して、深く底へ落ちていくに身を任せ――
「そういうヒロインは最近売れないぜ?」
「生憎と一人にするほど耄碌していない」
そこに、ローガンとその人形〈イチル〉。更には死神ことシュウが飛び込んできた。
シュウが私を抱えると、崩落する地面を器用に蹴りながら底までたどり着く。
床が抜けたのは15mほどだろうか。
やけに落ちる距離が長いと思った。地中はアリの巣のように広がった〈地下鉄迷宮〉がはいずりまわっており、既に空洞だったようだ。
「ッチ。戻ればやられるか」
上では、火炎のブレスや砲弾が飛び交っているが、撤退するように後退していっている。
「ユウなら後退しないだろう。ルナかアキラが指示しているな。
〈天使〉など勝ち目が見えないし、竜にしても未知の敵となった。
正しい判断だ」
「そりゃいいですがね。俺らはどうすんだい」
「横に穴が開いている」
「見りゃわかる。〈地下鉄迷宮〉だな」
「上には行けない」
「そうでしょうよ。上はドンパチやってるし、ひょっこり顔出したらモグラ叩きですわ」
「地面を掘ることは困難だ」
「……分かった。りょーかい、りょーかい。上のお客さんが俺ら見咎める前にどれかに潜り込んじまおう」
「急げ。〈天使〉の戦闘力は未知数だが、先ほどの竜を超えていることは間違いない」
シュウに小脇に抱えられたまま、私たちは〈地下鉄迷宮〉へと転がり込むこととなった。




