17.竜
眼前には巨大な竜。
大よそ10mの巨体は、目前に迫るだけで呼吸を苦しくさせる。
あの鋭い爪で引き裂かれたなら〈魂〉は一撃で四散するだろう。あの口から光線を放たれたなら〈器〉はひとたまりも無いだろう。
故に強者。
嘗ての竜には程遠い。だが嘗ての竜を思わせる。
とても、身の丈に合っている。
「『この手に愛を』」
"私"はその名を口にした。
"俺"が生み出した人形の〈引き金〉を。
突如として足元に召喚陣が描かれ、次に目に焼き付くのは鮮烈の白。
装いは純潔のウェディング・ドレスのようで、しかしその上へ重ねられた甲冑が醸し出す佇まいは戦士のそれ。
手には美しくもケーキには適さないであろう肉質的なブロード・ソード。
〈ジャンヌ〉を手にするのは、ああ、懐かしく胸を締め付けるこの人形。
「さ、行こうか――〈愛〉」
名には〈魂〉が付与される。
名には〈魔力〉が付与される。
名は何よりも強力な触媒である。
私たちが名を付け意味を持たせるように、私たちの名前にすら力が宿っている。それを自覚し、敢えて名を持たせることが〈魔法〉のもっとも分かり易い運用法である。
故に俺はかの〈狂剣〉が身を宿す人形にその名を授けた。
つまり――〈愛〉と。
「アキラ、ココロ。用意は?」
「抜かりなし」
「問題ありません、マスター」
「ならついてきなさい。竜を掃滅するわ」
「「承知」」
ならば遠慮は無用。私は2体の人形を侍らせて竜へと殺到する。
問答等と言う不要なやり取りのおかげで、相手は既に私たちを脅威として捉えていた。迎撃の構えは完全だ。
付け込める隙は無く、その〈魔力障壁〉は無意識下のものでありながら強固。
なればこそ。
「――押し通るッ!!」
竜はその巨体に保有する〈魔力〉を持って、私たちへ向け無数に火球を撃ちこんでくる。
サイズはなんと直径1m。負傷イコール〈魂〉ダメージではない、純魔力による攻撃だが、内在攻撃力を加味すれば十分人を半殺しにしうる。
直撃すれば、だが。
私、アキラ、ココロは揃いも揃って切り落とすことを選択した。
三者三様の太刀筋にて火球を叩き斬り、霧散させる。
ココロだけ危うい様子だったが、なんとか乗り切ったようだ。
後方への攻撃は無い。
〈空人〉の特徴だが、思考は安直で眼前敵から打ち倒していく性質がある。
同族へ被害が出るような攻撃はしないし、その素体となった人間の知識を生かして行動することもあるのだが、そうであっても対処は近しい相手からだ。
後方へ攻撃の手が伸びる場合は、前衛となっている人間が攻撃できない相手であると認識された場合に限る。
私は〈ジャンヌ〉を煌めかせ、巨体よりもっと手前の地点で何もない空間を一閃させる。が、確かな手ごたえ。〈魔力障壁〉が砕け響く硝子音。
〈魔力障壁〉は通常、本人を包むように精々が15cm程度の距離で薄く広がっている。しかしながら〈空人〉の最終到着地点たる竜ともなれば、その〈魔力障壁〉は大きく厚く広がっている。
こんなものは手始めに過ぎない。
「マスターッ! こいつ、〈魔力障壁〉が厚すぎますッ!」
耳鳴りのするような悲鳴が聞こえる。
彼女の言う通り、砕いた先には既に壁が張られ、いかな攻撃も通さないとばかりに広がっている。
これだけ肥大化した〈器〉を持つ〈空人〉だ。その内包量は常軌を逸したものとなっていることだろう。
「今ので全て取り払えるわけがないでしょ?
ここまで変異した〈空人〉は軽く3枚以上〈魔力障壁〉があるのは知っているでしょう。
例え突で〈魔力障壁〉を抜き直接肉体へダメージを与えても、第2、第3の壁がそのダメージを緩和させてしまう」
「故に! 先ずは〈魔力障壁〉が失われるまで徹底的に〈魔力障壁〉へダメージを与えるのみ!」
アキラが太刀を一閃するなれば、〈魔力障壁〉が鈍く輝き、そのダメージを鳩首する。私より内在攻撃力の劣る一太刀とはいえ、最初の一枚なら突破できていた。
とはいえ、太刀は一撃である必要などなく。
続けざまに放つ剣閃があっさりと障壁を砕く。
「深層に行く度に相手は強固になっていく。
ココロ、貴女は無理せず身を護りなさい。それだけで私たちの負担は減る!」
「りっ、了解ッ!!」
さあ、さあさあ。さあさあさあ!
これほどの大物、私が私として相対する久しぶりの相手。
血が滾らなければ嘘だ。
身体が燃えなければ私ではない。
心躍らなければ、こんな戦いに嬉々としては挑めまい!
「オラ、援護飛ぶぞ、気ィつけろ!!」
「行くぞユキ、再装填、もう一度だ!」
「アイアイ」
そんな私たちを後押しするかのように、ローガンの掛け声と共に背を飛び越えて竜へと突き刺さる無数の攻撃。
ひとつはユキの放つ煌びやかな結晶弾だ。
迷うことなく、最も"強固"な中心部へ向けて突き刺さる。
なるほど、最高の精度と狙いだ。更に〈魔力結晶〉が一枚圧し割れる。だが攻撃はそれだけではない。
「どっせぇ!!」
その装備を、人形を造りだした俺には目を向けずとも判った。
人形〈チカ〉を駆る彼女――ルナは、そのヘッドがリボルバーの弾倉のようになっている鉄槌を持っている。が、その名は容姿に反して〈撃鉄〉。
おもむろに召喚した〈魔力結晶〉からなる、大人の拳より二回り巨大な砲弾を空へ放り投げると、自由落下してきたソレを〈撃鉄〉にて強打した。
瞬間、ノーキャストで〈撃鉄〉の眼前には3枚の魔法陣が展開。
打ち出される砲弾はその魔方陣を通過するごとに加速・強化される。最終的には〈魔力障壁〉を2枚立て続けに砕くほどの一撃となった。
これがルナの得意とする"銃撃"。
〈砲身術師〉こそ、〈欠けの無い月〉より彼女に相応しい通り名であると"俺"は考えている。
「俺もいるぜ! オマケ程度でも忘れんなよな!」
今度は視界内。あろうことか手近に建つビルの壁面にそれは張り付いていた。
黒のマフラーが特徴的なその姿は、紛れもなく〈くのいち〉。
完全なる〈操縦型人形〉故の無感情な顔つきは、しかし確固たる〈意図〉を得て力強くその竜を睨み付けていた。
「――〈イチル〉、やれッ!」
ローガンの指示により動き出す古装束の忍び。
懐から複数の苦無を取り出すと、間髪置かずに連射し始めた。
一撃一撃は大層軽い。が、数重なれば甘くは見れぬ。
良くそんな所持していられるものだと感心するほど大量に苦無を投げに投げる。
〈魔力障壁〉は確実に削れ、割るに至らずとも十分な成果を上げている。
ユキ、ルナ両名がクレイジーに過ぎるだけで、彼は十分やっていると言えるだろう。一撃一枚以上の成果は、それこそ英雄クラスの連中にしかできまい。
「成程、投げた後の苦無を手元へ再召喚させているのか」
気付いたのはシュウだ。
後方故に視野も広かったのだろう、その正体を僅かな間で看破した。
銃痕残る弾丸には出来ない手法だ。勿論欠ければ再利用は出来ないが、それでも半数以上は回収出来よう。
贅沢な振る舞いには貧乏なやりくりがあるのだと知り、なんとも言えない気分になる。老獪なローガンならでは、といったところか。
「シュウ、アキラを援護に貸して。"焼き切る"から」
「無茶はするなよ」
「無理な相談ね」
「なら死ぬな」
「オーケー」
懐かしさは"私"のものであって私のものではない。だが、嬉しく、気分が高揚するのは仕方のない事だ。
人とはかけ離れた〈魔力障壁〉はその巨体を覆うように広がっている。
しかし、障壁、とは言っても不可視の空間のようなものだ。
遮るものがないのであれば、そこへ踏み込むことも可能である。では何故、私たちは〈魔力障壁〉を丁寧に一枚ずつ破砕しながら踏み込んでいるのか。
それは、発生源たる本体に近づけば近づくほど発生源に都合がいい状態になってしまうからだ。
〈魔法〉とは端的に言って"世界法則を自分の都合にいい形へ曲げる"為の力だ。こうしたい、あれが欲しい、こうありたい。そんな願望の発露が能動的な〈魔法〉の運用法。
逆に受動的な〈魔法〉の発露は、自身の被る痛みや損害を排除し、若く強い身体を維持すること、だ。
無意識下の〈魔力障壁〉とはすなわち。
老化を止め、身体を最善の状態に保ち、外的苦痛・負傷を軽減する〈魔力〉の発露である。
そんな自分勝手な空間で活動した場合どうなるかは簡単に想像がつく。
侵入者は〈魔力〉の発露を抑え込まれ、力が出せず、発生源を害せなくなる。
だからこそ、私たちはこうして大人しく外側からじわじわと削り倒すのだ。
本来ならば。
「『燃えろ、燃えろ、我が身よ、我が心よ』」
ず ん 。
私は、迷うことなく相手の懐、〈魔力障壁〉の強力な領域へと踏み入る。
急激に全身を襲う重力と、まるで水中のような圧迫感。呼吸すら正しく行えず、己の〈魔力障壁〉ががりがりと浸食されていく。
それがどうした。
「『敵を倒せ、友を助けよ、世界を救え』」
三節と術式名からなる、私の中で最も長く、そして"アイ"が何より好んだ詠唱文。
この術式を扱えるからこそ最強足りえた。
この〈魔法〉は誰一人真似することが出来なかった。
「『我が身こそ森羅を燃やし尽くし万象を照らす烈火の焔』」
故に頂点。
「『我こそは魂を燃やす者なり』!!」
〈引き金〉を完了した私の全身から、轟、と炎が噴き出した。
青く、青い、引き込まれるような〈魂〉の焔。
これは私の〈魂〉を"燃料"に〈魔力〉を燃やして増大させる、己を殺しながら力を得る諸刃の刃。だからこそこうも青く、人を冥界へ誘うかのように錯覚させる。
さながらウィル・オー・ウィスプ。しかしこの光は〈魂〉あるものへ恐怖を与えない。与えるものは勇気。例え冥界へ続く争いの道であろうと、恐れず進む為の道標。
「あはっ」
全身から喜悦が溢れる。何でも出来るような万能感。
欠けていく己の〈魂〉など、僅かたりとも気にならない。
「あははははは――!」
竜の〈魔力障壁〉など既に障害ではない。
むしろ、私の〈魔力障壁〉が相手のそれを浸食し、上書きしていく。
ここは、わたしの、〈領域〉だ!
「響け、〈ジャンヌ〉!」
腰を落とし、剣を身で隠すように大きく後ろへ。
リン、と鈴のような音が響く。
僅かな間、がらりと開いてしまう懐。防御は出来ない。
この構えは、絶大な一撃を誇る〈奥義の型〉である故に。
しかし、私はそれを良しとした。
竜はこれ幸いにと攻撃の構えを見せるが、知った事ではない。
私には優秀な戦友が侍っている。
「護れ、アキラ!」
「承知!」
「マスターはやらせません!」
すかさず飛来する火球を、振るわれる剛腕を。
二人の人形が見事に切り払った。
大きく開かれる視界。〈魔力障壁〉の重圧から逃れるように、二人は後退する。
彼らには辛かろう。よくぞこの領域まで踏み込み、一撃を払ってくれたと称えるべきだ。
私はこれで十分。〈魔力〉は高まった。後はもう振り抜くだけ。
「――吹き飛ばせ!! 『剣魂一擲』!」
両手で剣を握りしめ、大きく相手に向かって振り切る。
輝く剣閃。千切れ飛ぶ障壁。
剣は大きく輝いて光の刃を放ち、視界いっぱいを吹き飛ばした。
盛大な硝子の唱和が耳に届く。
「……〈魔力障壁〉が、全て……砕けた、だと?」
唖然としたローガンの声。その通りだ。
この〈魂を燃やす者〉は常軌を逸脱した出力が出る。2倍、いや3倍か。〈器〉の出力、〈魔力〉の総量などは置いてきぼりだ。どれだけ〈魂〉を燃焼させるか。それに尽きる。
私の心臓はエンジンであり、私の心はガソリンである。
たかだか肉体で稼働させるような自転車など比べるまでも無いということだ。
私を青く包み燃える炎はその顕現。
周辺に撒き散らされる小さな炎の欠片は燃えてしまった〈魂〉の灰。
これらが散れば散るほど、私の〈魂〉は欠けていくということに他ならない。
気分の高揚により危機感が欠落していたが、それでも早く、手短に終わらせねばならないという意識は残っている。
憎たらしげに私を睨む竜は、その守りを全て失い圧迫感を激減させていた。
〈魔力障壁〉無き今〈器〉そのものの防御力だけが頼りであることだろう。
〈魂〉総量の少ない者ほど〈魔力〉回復は遅い。〈空人〉など、その極端なバランスにより〈魔力〉回復それ自体は人類をはるかに下回る。
つまり、〈魔力障壁〉の復旧まで時間を大量に必要とする、ということだ。
「仕上げるわ! 後方支援、直接攻撃系へ変更!
アキラ、ココロ、もう一度援護! とどめの一撃は私がもらう!」
「了解ッ!」
私によって停滞した空気は、私の怒声によって再起動を果たした。
各自が〈器〉本体へ有効な攻撃へ切り替え竜へダメージを重ねていく。
私は一歩その場から身を引き、剣を肩に担いで〈魔力〉を練る。
この状態で多くの行動はとれない。一撃一撃が必殺であると同時、一挙手一投足が自身の致命的ダメージである。
維持するだけでも身が滅びるこの業を悪化させる自傷趣味は無い。
仲間たちの攻撃によって、かの竜は〈器〉へのダメージを重ねている。勿論、〈器〉が即死しうるような攻撃であろうとも〈魔力〉が対価として消費され命を繋ぐことだろう。
だが、物には限度というものがある。これだけの攻撃、受けるままされるままであるが故に――既に、残存〈魔力〉は私の一撃必殺の圏内だ。
さあ、仕上げといこう。
竜と私は対峙した。剣を構えた瞬間、アキラとココロが飛びのく。
深く考えず浮かんだ言葉を、意味など持たせずに想いのままに口にした。
「私の全力を見せてあげる」
見せる相手は竜か、少女か。
結果として残るのは、少なくとも竜ではない。
「『此処は私の世界』」
竜と私を囲うように長方形の魔法陣が展開される。
かの巨体に内包された膨大な〈魔力〉による途方もなく厚い〈魔力障壁〉。しかし、それは彼らだけの特権ではない。
ここは私の〈領域〉。存在する者全てを否定し、書き換え、孤独とする"私"が有する最強の〈魔法〉。貧弱な分身体なら即座に消滅するほどだ。
勿論、竜のような存在の大きいものが即消滅などならない。
当然だ。これは攻撃ではない。
私は剣を握りしめ、〈奥義の型〉をなぞる。
竜とは離れた位置に立ち、切っ先を傾けながら地面へ向け、さながら低めの球を打つ野球のスウィングのように竜へ向かって振り抜いた。
「斬り、穿ち、叩け! 『無比一閃』!」
閃光。
直視できないほどの光が迸り、竜の巨体全てを包み込んだ。
刹那に響く形容しがたい轟音。
切断されるような斬る音だったかもしれない。
刺突されるような穿つ音だったかもしれない。
殴打されるような叩く音だったかもしれない。
しかしどれかが真実ではなく、どれもが真実であり、どれもが虚実である。
現実には起こりえないからこその〈魔法〉による一撃。
物理法則など賄賂を持たせて黙らせろ。私は〈全ての一撃〉を放ったのだ。
故に。
相手は死ぬ。
「――さっさと眠れ」
ズタズタになった竜は、ゆるやかに崩れ落ちる。
〈魔力〉は消し飛び、〈器〉は壊れた。
大きすぎる〈器〉故に致死量のダメージを負っても死に至らないが、治癒を誰かがしない限りは緩やかにその"人生"に幕を下ろすだろう。
この巨体を速やかに殺傷せしめるのは酷い労力だ。
今の一撃を繰り返す必要があると考えると、勝手に死ぬのを待つのが良いだろう。
剣を収め、"俺"は憑依を解いた。
すとんと自分の足で立つと極度の疲労と喪失感を覚える。それに、酷く身体が火照っている。〈魂〉が燃焼していたのだ。〈器〉が熱されて当然。当然なのだが、この感覚には今だに慣れない。
「ユウ!」
「ぐおっ!?」
俺に体当たりするように抱き付いてきたユキに目を白黒させながら、なんとか倒れず踏みとどまって彼女を受け止めた。
「どうだ、俺の実力は……って、どうした?」
「大丈夫? 〈魂〉、ずいぶん使った」
「なんで知ってんだ」
「見えた。〈魂〉が減る様が」
「とんでもねえ特殊技能をこんなところで披露してんじゃねえ。
ったく……大丈夫だ。この程度はすぐ回復するさ」
点火時に多く〈魂〉が燃えるが、維持するのはささやかな量でよく、大きい攻撃も僅か2回だ。このぐらいなら想定範囲。1か月かからず戻る。
それより、〈魂〉の燃える様子が見えたと言ったか。
普通、そんなものは見えない筈なのだが。
問い詰めるべく抱き付いた彼女を少しだけ離し――
「――馬鹿な」
信じられない光景に、俺は絶句した。




