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14-15.お祭り騒ぎ


 集落〈キサラ〉に、私の居場所はなかった。




 などという、ことはなく。


 私は今戸惑っている。なんというか、状況が掴めない。

 周囲を見回すも、見慣れた顔が無い代わり、見慣れない顔が山のように揃っているのだ。


「ユキちゃん可愛いなー。な、ウチの嫁にどうだい」

「ばっきゃろー、てめぇみたいなブ男のトコに行くわけねーだろ!」

「ンだと! こう見えても昔はなぁ――」

「おっさんは黙ってて! 今はユキちゃんとお話したいの!」


 ご覧のとおり、私は見ず知らずの方々とテーブルを囲い、酒の入り混じる乱痴気騒ぎの渦中に存在していた。

 周りにはへべれけのオッサンや、顔を赤らめた美人が多い。総じて若そうな面々は遠巻きにちらほらと見えるだけだ。

 若い人物が少ない、と問うてみたところ、どうもベテランが寄ってたかって私の周りに座っているせいで遠慮している、というのが真相のようだ。


 この騒ぎは、次の夜に決行となる作戦の壮行会。朝まで騒いで、昼に寝ようというヤケクソみたいな企画だ。


 テーブル上には豪勢な料理が並べられており、私もいくつか口にしたが大変美味であった。ただ、どうも食べなれている感がある辺り、今は姿の見えないユウが取り仕切っているのではないかとにらんでいる。


「それにしても、お嬢ちゃんはあの"アイ"さんと同じパーティだろぉ?

 正直びっくりっつーか……ああ、俺はローガンってんだ。よろしく」


 初老の男が私に声をかけてくる。

 禿頭と鼻の上を横切るように水平に走った傷跡が合わさり、妙に迫力を持っていた。主武装であろう刀が腰に見え、衣装もまた和服めいており流しの剣客と表現するのが妥当な風体だ。

 そのくせ、人懐こい笑顔が憎めない感じ。戦場帰りの気のいいジジイといったところか。


「有名?」

「そりゃあそうさ。噂じゃ、前代未聞の巨竜を実質二人で討伐したんだぜ。

 知らないか? 〈聖者〉シュウと〈狂剣〉アイのペアがこの界隈を救ったのさ。

 俺みたいな零細ハンターにはビッグネームが過ぎるってもんよ。

 思わず様付けで呼びそうになるぐらいにはなぁ」


 しみじみ語るローガンに、横合いから上がる女性の声。


「それが、〈銀光〉事件の後アイさんは消息不明になって、シュウさんもあまり人前に出なくなっちゃったのよねぇ。

 おっとと、あたしはホリィね。よろしく、ユキちゃん」


 明確な赤色のポニーテイルが印象的な、快活な女性がホリィか。見た目から歳は判らない。10代かどうか微妙だが、30代にはとても見えない、という感じ。

 タンクトップにデニムのショートパンツ。腕や脚に巻かれたベルトには、何やら文様の刻まれたダーツがセットされている。


「シュウの旦那はあの事件を悔いてるみたいでよお、人前に出ていい人間じゃねえって言ってたらしい。

 ただ、今回の相手は竜だろ?

 俺らも命が惜しいってんで誰もやろうとしなかったもんだから、仕方なしに代表になったらしいぜ」

「そんなの、気にしなくていいのにねえ……。

 生真面目というかなんというか。被害は酷いモンだったらしいけど、犠牲になったのは元々〈空人〉になりかけてた連中がほとんどで、まともに生きてる奴らは全員逃がしきったって話じゃない」

「ま、そんだけ助けた結果、アイさんが消息不明になったわけだが……生きてたみたいだな。

 まだ〈魂〉ダメージからのリハビリ段階か、何らかの障害を抱えてるのは間違いなさそうだが、どうだ?」


 やけに確信を持って言うローガンに、私は疑問を感じる。

 事実は異なるが、かなりいい線の推察だ。障害を抱えているのもある意味事実。

 だが、何故そこまで言えるのか。


「ん? そうさな、色々細かい事は上げられるんだが……なによりの証拠が、今の状況さ」

「状況?」

「おう。〈狂剣〉アイは、賑やかな祭りが大好物なんだ」


 そう答え、示すように手を大きく広げてこの混沌としたフロアを見せる。

 士気向上の為に開かれているこの食事会は、半ば乱痴気騒ぎと化しており、祭りと言って間違いない状況となっている。


「こういうのに呼ばなかったら、それこそ物凄く怒ったらしい。

 けど今は居ないだろ?

 だから、〈魂〉のダメージか何かで、こういう場が苦手になったかコミュニケーションを取る能力に弊害が出てんだろう。

 シュウさんと一緒に出てきたあたり、後者なんじゃあねえかな」

「あの二人、デキてるって噂もあるぐらい仲良かったらしいしね」


 そういえばユキは軽度の人付き合い嫌いだと聞いた覚えがある。

 コミュニケーション能力には問題が無く、人が嫌いと言うわけでもない。ただ、人に合わせたり付き合ったりするのが嫌いらしい。親しい人ならともかく、そうでもない奴に付き合う理由がどうのこうの。

 要するに面倒くさがりなのだろう。


 納得したが、黙っていられない部分が会話に含まれていた。


「デキてない」

「ん?」

「ユ……アイとシュウは、デキてない」

「そうなのか?」


 意外そうにするローガンとホリィ。

 アイとシュウは確かにデキていたかもしれない。

 しかし、今の"アイ"とシュウは付き合いなどしていない筈。筈だ。

 理由はわからないが、ルナとユウは我慢できた。

 でも、シュウは我慢できない。


「事実だ」

「シ、シュウさん!」


 そこへ、ワイングラスと料理を取り寄せた皿を手にしたシュウが現れた。


「相席をしても?」

「と、当然構わない! いちいち許可なんかとらなくていいんだぜ!」

「感謝する。楽しんでいるか?」

「勿論! こんな会、あるって聞いてたらもっと人が集まったんじゃないかっていうぐらいには楽しめてるわ」

「そうか」


 この騒ぎの渦中にあって、彼の周りだけ独特の雰囲気が漂っており、背景がかすむほど優雅に見えた。


「ユキはどうだ」

「つまらない」

「……そうか」


 私の身もふたもない回答に、シュウは判り易く苦笑を返してきた。

 この、わかっている、というオーラがとても鼻に付く。

 ユキが彼を憎ましく思っている理由がよくわかるというものだ。同時に、嫌いになれない理由も。


「繰り返すが、事実だ。"今"のアイとは関係を持っていない」

「……何でそれを、俺たちに重ねて言うんで?

 人払いした理由も聞きたいですなあ」

「えっ?」


 事実確認を繰り返すシュウに対して、陽気な雰囲気を霧散させ唐突に鋭い目を寄越すローガン。

 ほぼ同時に、ホリィも身を固くして表情を引き締めている。

 見れば、このテーブルには私たち4人だけ。他はごく自然な形で離れて座り、解放空間に在りながら閉鎖空間へと変貌していた。


「お前たち二人は、実力こそ中堅だが顔の広さは随一だ。

 ルーキーからベテランまで、お前たちの信頼は厚い。

 口コミで広めようと思ったら、お前たちが知っていれば十分に行き渡る」

「……広めたいのは、アイさんとの関係じゃあないだろう?

 言いなよ、要件」

「今のアイは、アイではない」

「シュウ」

「悪いようにはしない。黙っていてくれ、ユキ」


 思わず咎めるように差し出口をしてしまうが、やんわりと止められる。


「どういうことだ?」

「――話は変わるが、集落〈キサラ〉の防壁を建てたり、お前たちの人形を製造・メンテナンスしている〈仮面〉の話を知っているか?」

「え、ええ。知っている……というか、あたしのトコの人形は〈仮面〉さんのお世話になってるわ」

「俺んとこもだ。この〈キサラ〉近辺にひっそり隠居してる人形師で、人嫌いがたたって面付きあわせて会話したりはしないが、生活費目当てに仕事してるっつう」

「アレが今の"アイ"の正体だ」

「「「――えっ?」」」


 三重奏を奏でた私たち三人は、思わずお互い顔を見合わせた。

 私は〈仮面〉を付けて仕事をしていたのか、という衝撃から。

 二人は、単純に驚きの事実からだろう。


「し、しかしアイさん、製造能力は皆無って話じゃあ……」

「事実を伝える。今のアイはアイではないが、アイでもある。

 奴は"ユウ"でもあるのが実情だ」

「ユウ……ユウって、アイさんの弟の――」

「そうだ。俺も詳細は知らない。が、今は二人が入り混じった状態になっている。

 はっきりしているのは、主人格はアイではなくユウだということだけだ」


 戸惑いを隠せない二人。

 私もそうだ。

 何故今、こんなことをひっそりと二人にだけ話すのだろう。


――――彼は、この戦いの後を考えている。


 この戦いの、後?


――――多分、ユウが自身をアイだと名乗ったのは、想定していなかったこと。


 だけど、それは利があってしたことだ。

 彼もその場では止めなかった。つまり、アイとして旗を掲げることに異論はなかったのでは?


――――それは今の戦いの事。シュウは、ユウを"アイ"にしたくない。


 ユウを"アイ"に、したくない?


「つまり――今、シュウさんと戦っているアイさんはアイって人物じゃなく、巷で聞く〈仮面〉と同一人物で――ユウだ、と。そういう噂を流せってことか?」

「そうだ。何ならこの騒ぎからでもいい。

 彼女は"アイ"の如き強さは間違いなく持っているが、アイではない。

 〈仮面〉のユウである、と。ガワは女そのものだが、中身は男だ」

「なるほど。今は旗印にしたいが、後々までアイとして祭り上げたくないんだな、シュウさん。

 ほんとにデキてねえの?」

「アイツとはな。恐らく"今"は純潔だぞ。

 だいたい、中は男だ。昔は傍に居ると欲求に駆られたが、現状はそうでもない。中身が違うとこうも違うのかと驚きを隠せないところだ」

「……シュウさん。あんまりそういう話を女性二人の前でしないでもらえるかしら?」


 もうすでに三人の間では話がついたらしい。

 完全に置いてきぼりだ。

 不愉快な話題も相まって私の不機嫌度は有頂天である。


 私の放つ不機嫌オーラを感じ取ったのか、ホリィが笑いながら私の頭を撫ではじめる。


「可愛いなあ、ユキちゃん。

 要はね、戦いが終わった後は"ユウ"になって欲しいってことなの。

 このやりとりはね、皆の意識を『彼女はアイ』から『彼女はアイじゃないかも』って変えるためにあるのよ。

 突然言われても納得できないけど、下地があればすんなり納得できるからね」

「……どういう意味があるの?」


 判らない。ユウでもアイでも、世の中どう見ていようが関係ないではないか。

 ユウのことだ。この件が終わればまた雲隠れする気だ。

 〈仮面〉被って活動していたことは知らなかったが、そうであればなおの事どうでもいいだろう。


「そ、それは……ええと」

「簡単な事だ」


 くい、とワイングラスを傾け、唇を湿らせるさまは非常に様になっている死神。


「過去、〈狂剣〉アイが目立っていたからユウは印象が薄かった。

 だがあの姉にしてあの弟だ。アイが半ば本人と化してる以上、隠居はもう出来ないだろう。先ず間違いなく、目立ちに目立つ筈だ」

「……だから?」

「アレは俺の女じゃない。ユウだ。そこをはっきりさせておかないと後々嫌がるだろう。

 ……と、ショウコに言われた」


 なんとも締まらないくくりではあったが……要約するに、私とユウ、更にはルナに気を使ってのことなのだ、ということは判った。


 ふむ。二人の関係が無いことが周知される。良い事のように思える。

 なんとなく機嫌を持ち直せた気がする。ひょい、と手元のオレンジジュースを手繰り寄せこくこくと飲み干した。


「ふぅん……」

「……へぇ」


 途端、ニヤニヤとした気配が私の両脇に居るベテランから滲み出てくる。

 なんだろう。持ち直したはずの気分がまた害されている気がする。


「〈仮面〉さん、ボイスチェンジャーから体のラインを隠す手間までかけてたのね。

 まるで女の子ってわからなかったわ。

 というか、中が男だったら、外面を惑わすだけで説得力が出るのかー」

「女のナリして男、か。いや大変だね、彼女――いや、彼も。

 ユキちゃんもだ。〈フルムーン〉もいるんだろ、大変だなぁ」


 なでなでとローガンが私の頭を撫でくるのが、無性にソワソワする。


――――恥ずかしいんだよ、それ。


 恥ずかしいのか。

 何がだろう。何がどう作用して恥ずかしいのか理解できない。

 とはいえ、恥ずかしいのならば状況を変える必要がある、ということはわかる。


 聞きたいことを聞くとしよう。話題を変える手段はそれだ。

 一つはシュウに、一つはローガンとホリィに。

 ただ、シュウへの問いはこの場に適さないような気がする。だから、残りひとつを採用することにした。


「女が男とか、不思議がらないの?」

「そりゃ、普通に言われたら驚くしすぐには信じられないだろう。

 だけど旦那が丁寧に説明してくれたろ?」

「それで納得するの?」

「んっ……んん?」


 その質問のほうが、ローガンは不思議そうだった。

 意味ありげにシュウへと視線を投げる辺り、何か私のほうが間違っているのではないか、と思ってしまう。


「彼女は記憶喪失だと聞いている。常識も、どうもズレがあるらしい。

 ユウ曰く、"過去"に戻ったようだ、とな。

 尤も、あいつ等自体過去に生きているようなもので、知ってる情報が化石に近いような感じだったが」

「ふぅん……昔の常識があるってことは、コールドスリープかなんかか?」

「判らん。兎も角、疑問に対しては幼児に説明するつもりで応えてやってくれ」


 幼児とは失礼な。幼児より余程頭がキレる。


――――自分で幼児と比較するあたり、頭弱いと思うよ……


「ええっと、だな。〈魔法〉なんてもんが世の中蔓延ったせいで、性別を変えるぐらい簡単にやれちまうのさ」

「ちょっと、語弊がある説明しないでちょうだい。

 あのねユキちゃん。簡単にやれるってそこの馬鹿は言ってるけど、出来る人は限られてるし、子供は作れないの。変えられるのは見た目だけ。

 それに性別を変えた人はほとんどが〈魂〉が壊れちゃうの」

「ガワと中身が一致しないから〈魂〉が壊れるって寸法よ。

 性同一性障害の救済措置、ってのが今性別を変える術式の用法かね」


――――性転換が容易な世の中。これが世紀末か


 不用意に変えたら壊れているといっているぞ、彼らは。話を聞け。


――――この世の中、男の娘ちゃんはいないかも……嘆かわしい


 ……"声"の知識のせいで私の記憶にもその単語の意味が残ってしまっている。なんてことだ。

 とにかくそんなものは必要ない。断じて。


 しかしながら、ユキやココロのリアクションとも微妙な食い違いを感じるのは何故だ?


――――言ってた通りあの二人、情報周りがクッソ古いんじゃないの?


 ……あり得る話だ。


「ま、性で驚いてたらやってけんぞ。あの辺見てみろよ」

「……?」


 示されるがままに端にあるいくつかのテーブルを見ると、目を疑うような人間が座っていた。ファンタジーの物語に存在しそうなエルフやドワーフ、と見紛うような姿の人間がいる。他にも、よくよく見ると人らしくない造詣の……あれは獣の耳、だろうか。


「アレは急に〈魔力〉が増えすぎたり、〈魔力〉保有量が多かったりした奴らだな。

 〈器〉が内側に収まる〈魔力〉に押し出されて変型しちまったのさ。

 究極的には、討伐する予定の巨竜も元人間の形から内包した〈魔力〉に〈器〉が歪められて出来たものだぞ」

「エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人なんてメジャーだけど、ファンタジーの種族が当て嵌められるほど定型じゃないから、まあ目安よね。

 基本彼らは〈魔力〉の大きさ故に腕も立つけど、クセも同様に強いから注意して。差別迫害なんてのは殆ど無いけど、ゼロじゃないしね」


 〈魔力〉が大きいということは〈魂〉が少ない、あるいは一息に減少させたことがある、ということ。つまり、人格に不安定な部分が生まれているということになるのか。

 妙に納得の行く話だが、地球上でファンタジーそのものの種族が展開されるとなんとも言えない気分だ。


――――この世界文明が滅びた先が、私たちの語るファンタジー世界だったりして


 笑って流せない話だ。時々湧いて出る古代文明や遺跡なんかは、ビルや地下街だったりするとか。


「その話はそこまででいいだろう。細かい薀蓄が聞きたければルナに頼れ。

 ローガン、ホリィ、先ほどの件よろしく頼む」

「合点承知。俺とホリィなら余裕だぜ」

「ええ、任せておいて。

 知らない奴なんていないような状態にしてみせるわ、一晩で」

「……ほどほどにな」


 頼んだはいいが、やりすぎないだろうか。

 そんな不安いっぱいの表情を浮かべるシュウが、嫌に印象的だった。



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