14.ブリーフィング
「では、本作戦の簡単なおさらいを行う」
目まぐるしく時は過ぎ、処は集落キサラへと流転する。
集落キサラは中世を思わせる武骨な石造りの壁に覆われた街だ。
住宅街であった場所を利用しており、防壁内はみっちりと家屋が詰まっている。勿論、敷地の家屋すべてに住人はいない。集落キサラの長を通せば住人となると同時に空き家を頂けることだろう。
とはいえ、そんな街並みでも大量の人間が集まるに適した場所ぐらい用意されていた。
ここは集落キサラの中心あたりに作られた多目的公共施設のうちのひとつ。昔はスポーツなどに使われたであろうホールである。
とにかく広いのが売りであり、過去にあったであろうスポーツ用品はもれなく姿を消している。
本来なら会議室などで行うべきミーティングなのだが、集まった人数が人数だけにこういう形となった。
思わずため息が出そうになる。
人嫌いの俺にはつらい。俺の視界には、ホールに集った40人ものハンターと人形たちが収まっている。
個性的な連中ばかりで、一見すると何の集まりだか判らない。
何の集まりだか判らない連中はハンターどもだ、という風評被害的な意見は正しかったのだと、俺は呆れを隠せない。
「繰り返しとなるが、本作戦の目標は"竜"の討伐だ」
司会進行を務めているのは、言わずと知れたシュウである。
その立ち居振る舞いは堂々としていて、いかにも場馴れしていた。
40人の前に立ち、大きなホワイトボードを示した。
そこには概略とこの近辺の地図が張られている。
集落キサラより北東。帰りたい我が家のほぼ北方向に可愛い竜の顔。
俺が入り浸りしている危険地帯が、今回の目標値点だ。
「俺率いるパーティ〈コボルト〉が主体となって竜と戦う。
他、30余名の9パーティ中、6パーティを露払いと竜周辺の分身体駆逐。残る3パーティを集落キサラの防衛とする」
言って、ホワイトボードの対岸に立つ俺を指すシュウ。
そう。40人もいるだとか、様子が手に取るようにわかるのは代表として全員の前に立たされているからだ。
正直言って罰ゲームである。人目が苦手なのは知っているだろうに。
「作戦開始は日付変更時刻。知っているとは思うが、〈空人〉どもが最も非活性となる時間だ。各自、夜間行動用の用意を忘れずに。
各種ライトの使用は許可するが、暗視関係の術式の用意もしておくこと。
何か質問はあるか?」
この言葉に、複数の手が上がる。
最初に声を上げたのは、初老の紳士であった。
「竜の具体的な討伐方法についての話が出なかったようだが」
「詳しく聞きたければ、後ほど個別に伝えよう。
打ち合わせは既に完了している。
一言で示すならば"いつも通り"だ」
〈空人〉の討伐は手段が一つしかない。つまり、ボッコボコに殴って疲弊させ、その核を壊すだけだ。
〈魂〉を持たぬ連中は、その〈魔力〉総量こそ天井知らずだが回復速度は遅い。
人間同士のような、攻撃してもすぐ回復、のような不毛な争いにはなり得ないのだ。
故に、こういう大きい相手は複数のパーティで袋叩き、がセオリーである。
紳士もその一言で納得したか、或いは後で問い合わせにくるつもりか。
上げた手を下ろす。
次いで上がった声は若い女のものだ。
「直接相手にしないから竜のことはいい。
奴の分身体についてわかっている情報が欲しい」
分身体は、成長した〈空人〉から生まれてくるコピーである。
内側から溢れる〈魔力〉によって器が歪に成長し、異常な外見の成長を遂げる〈空人〉であるが、膨れ上がるからには漏れ出す〈魔力〉も当然存在する。
そんな溢れた〈魔力〉から生まれるのが分身体だ。
基本的には人型、しかものっぺりとした個性のないマネキンである。
覚えているだろうか。ユキを拾った日に相対した奴らがソレだ。
「判っている範囲で、という回答となるが。
ごく一般的に知られている〈人型〉と、〈亜人型〉、〈竜型〉が確認されている。
〈人型〉については説明は要らないな? ――そうか。
〈亜人型〉は半人半竜といった、いわばドラゴニュートだ。身体能力は高く、頑丈だが遠距離での戦闘は得意としない。
続く〈竜型〉だが、本作戦目標の竜をサイズダウンした子竜というと判るだろうか。能力もサイズダウンしている。
駆け出しのハンターパーティでは荷が勝ちすぎるが、君たちベテラン陣なら十分相手取れる範囲だと考えている」
若い女の声の主が、うげ、回答を寄越した。
分身体まで形状変化しているようなら、かなり末期的だということだ。
既に状況は後に引けない状態まで進んでいる。
「参考までに、本作戦目標の竜は所謂"火竜"のようだ。
鋭い爪、牙。強靭な肉体、頑強な鱗。更に光線のようなブレスを吐くらしい」
言っておくが、それは断じて所謂なんて表現していい"火竜"ではない。
もっとおぞましい何かだ。
「……そんな相手に、この戦力で大丈夫なのか?
見る限り、アンタぐらいしかまともに竜と戦えないんじゃ」
今度は男。ルーキーだろうか、強がった口調だがやや声が震えている。
「俺のパーティは全員、竜との対決にも耐えうるメンバーだ。
それに、この――」
ちらりと俺を見ながら説明を続けようとするシュウを、手で制した。
「自己紹介をしていなかったわ。"私"が"アイ"。
〈狂剣〉のアイと言えば判るかな」
す、と胸に手を置いて、喉の具合を確かめながら高い声を出す。
こんな口調、使うのも久しぶりだ。
どよめきが場内を埋める。
「おい、ユウ――」
「"アイ"よ。間違えないで。
……旗印に上げる気なら、"私"のほうが都合がいいでしょ?」
物珍しく俺の名を正しく呼ぶが、それは誤りだ。
今の俺は"アイ"だ。そうあるべきである。
物づくり主体のユウが彼らの前に立ったところで、何ら竜退治に関する説得力にならない。
ここに立つのは、〈狂剣〉のアイ、彼女であるべきだ。
「あ、アンタが……?」
ほら、反応した。
思わず腰を引く奴の多い事だ。
一度剣を抜けば、気が狂ったように敵を屠る"アイ"の悪名は今もなお鳴り響いている。
「本物、なのか? 確かずっと行方不明って……」
「真贋について語るのは不毛なことだわ。
問うなら実力――そうじゃなくて?」
すらすらと飛び出る女言葉。
或いは、これが俺のRPするペルソナか。
剣を抜いていない今、過去の"私"を再現できるほどの迫力はない。
納得してもらえないなら抜くしかないが……。
「……あのアイなら、大丈夫だな」
どのアイなのか問い詰めたいところだが、納得してもらえたなら良しとしよう。
他の奴らも、納得した、という雰囲気で頷いている。
竜退治にシュウ一人では無理なのでは、と思っていた奴が多いようだ。
何故討伐に乗り出したのか、理由が今分かったといった感じである。
お役目は果たせたな。
場がなし崩し的に終わろうとしており、やれやれと胸を撫で下ろす。
が、空気を読まない、いや誤読した奴が前に出た。
「問うなら実力。いい言葉じゃの。
では確認しておくべきではないか?」
爆発的に膨れ上がる〈魔力〉。
この声――ルナか!
手順を全てすっとばし、即座に愛剣を召喚する。
手に収まる、ずっしりとした感触。
純白で彩られた飾り気の薄い片手半剣。
真の"アイ"が最も使用した、数多くの〈空人〉を討伐した"魔剣"。
名を〈ジャンヌ〉。異端と判ぜられた"アイ"の為の剣。
カチリ、とスイッチの切り替わる音が、脳のどこかで聞こえた。
「ッハァァア!!」
ハンターの群れから飛び出してくるのは、やはりルナだ。
手に巨大な鉄槌を握り、迷わず"私"めがけて突進してくる。
「――元気だね」
面倒な事を、という思考は既に置き去りにされている。
今は"楽しい"。
こんな余興は予定していなかった。
"私"としての感性が、この状況を楽しいと感じている!
「でも、少し遅いかな」
彼女の鉄槌は、破壊力を重視した一撃必殺の衝撃打。
それを遠慮なく叩きつけにかかってくるが、余りに脆弱。
私を害したいならば、今の2倍は内在攻撃力を上げるべきだ。
これは余興である。
その鉄槌を避け、ルナを切り裂くことは容易であるが、そんなことは誰も期待していない。するべきは、その力を明確な形で見せる事だ。
つまり――
「う、嘘だろ……」
先ほどの男が呻く。
私は、〈ジャンヌ〉を振るいはしなかった。
空いた左手で、その鉄槌を単純に受け止めただけ。
「総魔力量なら負けておらぬ筈じゃが――」
「練り上げが甘い。だから私の腕でも受け止められる。
私が貴女と同じ魔力量なら、もっと内在攻撃力が上げられるよ」
今のルナは、そう脅威に見えない。
その実力差は大人と赤子に等しい。
「はい、やり直し」
鉄槌を押し返し、距離が僅かに離れた瞬間。
「っぐぅ――!!」
〈ジャンヌ〉を三度煌めかせルナへと打ち込んだ。
以前ユキに対してシュウが見せていた剣技。それを片手で再現させた。
断っておくが、私がシュウを真似たのではない。
シュウが、私に学んだのだ。
「あたた……」
撃ちこまれたルナは数メートル後方へ押し出され尻もちをついている。
辛うじて私の斬撃を全て受け止めていたのは評価項目だ。
受け止めていなければ、今頃あたた、では済まないダメージを受けていたことだろう。
「悪戯が過ぎるよ、ルナ。
"私"に剣を抜かせたらこうなることぐらい判っていたでしょ?」
思わずにたりと笑って唇をぺろりと舐めてしまう。
「ル、ルナだって……あの〈フルムーン〉か?」
「〈フルムーン〉が子ども扱いだぜ……」
「今の、見えたか?」
ざわざわと賑やかになり始めるホール。
終止符を打ったのはシュウだ。
「静かに。予定にないデモンストレーションが入ってしまったが、よく理解してもらえただろう。
彼女、〈フルムーン〉も交えた彼女が俺と共に行く。
竜退治に際しての不安は一切ない。
分かったか? ならば解散だ。日付変更時刻にまたここで集合する。
また、今夜酒の席を用意した。参加したい奴は出てくるといい。
以上だ」
わかったなら解散しろ、と騒然となっている連中を全てホールからおいやるシュウ。人払いがしたい雰囲気を感じ取ったのか、ハンターたちは反論もせずすごすごと出て行った。
がらんとしたホールに残ったのは、シュウと私のパーティメンバーだけだ。
「全く……打ち合わせにないことをやってくれるな〈フルムーン〉」
「なあに、良い演出であったろ?」
「否定はしないが――おい、"ユウ"。分かったからさっさと剣を収めろ」
「はいはい」
色々飛ばして召喚した為に置いてきぼりだった鞘を呼び出し、〈ジャンヌ〉を収める。
カチン、という音が、俺へのスイッチとなった。
「――ふ、ぅ……」
どっと汗が噴き出る。
僅かの間でこの有様だ。これを1日続けたらまず間違いな筋肉痛だろう。魔力酷使でも悩まされることも容易に想像できる。
こんなことを続けて平気だった姉の肉体はどうなっていたのか。今の身体もそうであるはずなのだが、改めて確認してみたくなった。
「おい、大丈夫か?」
「問題ない。ちょっとまだ"アイ"に引きずられているだけだ。
ま、どっちだって俺なんだ。なおの事問題は無いさ」
同じく鉄槌を片付けたルナと、心配そうなユキが駆け寄る。
「今の、アイ?」
「そうだ、と言いたいが……結局あれも"俺"だ。
アイはもう、居ない」
そうだ。アイはいない。
残り香のように俺の魂に漂っているだけに過ぎず、剣を握りしめた時にだけ発露する闘争本能の代弁者でしかないのだ。
「ま、アイと呼ばれているほうが今は都合がいいだろう。
見た目アイにしか見えない身体で、ユウと呼ばれるほうが奇異だ」
「我が師の事情を会う人間すべてに説明するほうが余程手間であるし、語りたくもなかろうしの」
「そういうことだ。他人が居るときはアイ、と呼んでくれよ、ユキ」
「……わかった」
これでひと段落だと、俺と姫は頷き合って笑う。
シュウとユキがどうも納得いかないと言う雰囲気なのが、妙に印象的だった。




