13.試運転
受け、弾き、離別する。
僅かな反射光を軌跡として残し、実体は既に彼方へと去っている。
僅か1秒の間に繰り返されること三度。
片やエル字の撃鉄。片や十字の凶器。
繰り返される事三度。
しかし鉛玉が放たれることは無く、飽くまで繰り返されるそれは恋人の逢瀬を思わせた。
「――シィィィッ!!」
裂帛。
動体視力を試されるその動きを、黒の吸血鬼は正確に捉えている。
縦横無尽と評するべきソレは、彼女にとって難敵足りえない。
繰り返される事三度。
僅か1秒の間に放たれる斬撃は、飽くまで恋人の逢瀬でしかない。
「――っ」
暗色の死神が持つ剣を、吸血鬼は正確に捉え、弾いている。
鉛玉は放たれない。
ただ、只管に。
二人は逢瀬を楽しんでいるようだった。
「なんだ、あれ」
爆音をドアノックに呼び出された俺は呆れた声を我慢することは出来なかった。
死神は当然、両手に剣を握ったシュウ。二丁拳銃の吸血鬼は〈カナ〉を繰るユキである。
「共闘前に実力が知りたい、というてのお」
やはり呆れた声を我慢できていない声で回答を寄越したのはショウコだ。
「ならば模擬戦だ、と。
主殿の体育会系な発想は何とかならぬかの、アイ殿」
「ユウだ。どうにもならんだろう。アイツはそういうやつだ。
尤も、体育会系という表現は正しくないな。
ヤツは自分の目で確かめたものを信じるタイプだ。要は、はっきり確認しておきたいだけさ。
スポ根こじらせて、二度も三度もやりあったりはしないよ」
それにしても、良くやっている。
スピードと技術が噛み合ったシュウの三連斬を、ユキは苦も無く二丁拳銃で受け止めている。
内在攻撃力は言うに及ばず。
高い技量による剣術は、対外攻撃力さえ尋常ではない筈だ。
それら二つは掛け算しているようなもので、両方併せ持つ攻撃はただの魔力任せとは世界が違う。
スラスト主軸のシュウも流石に"刃抜き"しているだろうから、元来の攻撃力は無いだろうが……それでも、その辺のハンターでは持ちはしないだろう。
「これはどうだッ!」
普段物静かに喋るシュウから放たれる咆哮に驚く間もなく、奴が仕掛ける。
片方の剣を逆手に。身を低くして下からえぐり込むように突進した。
受け身一辺倒のユキは、同様に迎撃する。
トリガーに指はかかっていない。飽くまで銃を盾にして、その連撃をしのぎ切る姿勢だ。
死神が仕掛けた。
右足を軸に――その場で回転した。
逆手に持った剣をその回転力のままに放つが、三連撃を受け止め続けてきたユキには通用しない。
当然死神も把握している。
彼はそのまま回転を続け、円を描くように残る片手の剣を彼女へ繰り出す。
受け止め、流す。
だが――
「ッシィ!!」
死神は止まらない。
独楽のように更に回転し、すさまじい勢いの連撃を放つ。
よく目が回らないな、という恍けたコメントをボヤく俺を置き去りにして、回転撃にてユキをどんどん押し込んでいく。
彼の勢いは留まることなく、着実に加速していく。
積もった雪が舞い散るその様は、どこか絵画めいている。
「――!」
ここでようやく、ユキが攻勢に転じた。
このままでは負ける、と感じたわけではない。
反撃の道筋を見出した、わけでもない。
彼女の訓練を時折覗き見ていた俺には判る。
「っ!!」
「――何!?」
積もった雪を踏み込みひとつで蹴散らして、勢いがあったシュウの回転を握った銃で受け止め、静止させた。
まともに受ければ、俺の身体など10mは吹き飛ぶそれを物ともしない。
受け流して反撃する隙を作るなど彼女の脳には無い。
はっきり言おう。彼女の脳は筋肉で構成されている。
「――!」
隙など知らぬ。私はやりたいようにやるのだと言わんばかりに彼女は更に踏み込む。
止められたことによる戸惑いを置き去りにして放たれたシュウの剣戟は、彼女の魔力障壁に阻まれて空中で止まった。
そのやりとりの間に彼女は銃口を彼の腹へと押し当て、初めてトリガーに指を掛けた。
ドンッ!!
太鼓でも叩いたのか、と言うような重厚な音が響く。
遅れて吹き飛ぶシュウの身体。
3mほど飛んだだろうか。一度無様に地面とキスした後、すぐさま地面を跳ねて姿勢を取り戻す。
ダメージは見られない。
"刃抜き"した剣と同様に、"弾頭替え"してある銃だけに、魔力障壁を抜くことはなかったようだ。
通常時に使う弾丸は〈魔力結晶〉をベースにした、〈結晶弾〉。
先ほど打ち込んだのはただの鉛玉だ。
「初めて撃ったな」
「アイ殿が見ておらぬ開始直後には2、3ほど撃っていた。
避け、斬り捨てられたところで、普通に撃っても当たらないと判断したようで、すぐやめてしまっただけよ」
「成程。集中すると弾丸の速度ぐらい知覚するのは簡単か。
あとアイじゃない。ユウだ」
魔力を得た人間にしてみれば、弾丸の速度ぐらい知覚するのはそこまで難しいものじゃない。
何十、何百とばらまかれると別だが、1発1発なら斬り捨てることも可能だろう。
さらに言えば、人間それ自体が光の速さで移動することも、限定的には可能だ。だが、それだけ高速に動くと要する魔力がバカにならないし、移動に際して知覚も上げなければ移動に脳が追い付かず先ず転倒するだろう。
結果、やることは可能だがやる価値が無い、というところに落ち着いた。
剣を振るう腕を高速化して弾丸を切り落としたり、弾丸の射線を知覚して回避する、というのがコストに見合った利用法だ。
「今――」
距離の離れたところに、ここぞとばかりに弾丸をばら撒くユキ。
ドン、ドン、ドン、と、拳銃とは思えない音を響かせて兎に角打ち込む。
何を思ったか、撃ちながら相手に向かって駆けるというおまけつきで。
「グ――ッ!」
二丁拳銃の弾丸だ。避けられる弾は避けるのだろうが、射撃精度が上がっているのか彼には避けられない。
仕方なしに足を止め、弾丸を切り捨てるスタンスへと切り替える。
が、それはユキの思惑のままだ。
重い弾丸は切り払うだけでも負荷が大きい。
完全にシュウはその場に釘づけとなった。
ユキが迫る。
弾丸を放ちながら、自身も弾丸かのように一直線でシュウに向けて。
このままいけば、弾丸を切り払えてもユキという弾丸を迎え撃つことは出来ない――
しかし。
「あ」
両手の銃。そのスライドが後方へ後退したまま元に戻らない。
露骨すぎる弾切れだった。
勿論、それを見逃すシュウではなく。
すかさず、逆に踏み込み返して剣を三連。二度までユキは迎撃を成功させたが、ついに一撃受けて吹き飛ばされた。
地面に伏すような無様こそ見せなかったが、それは手加減あってのこと。
起き上がったユキは無表情ながら不満そうな空気をいやというほど滲ませていた。
「……まいった」
弾が切れなければ、などと言わない辺り好感が持てる。
ルナがここにいたなら、それこそが失態なのだと言っただろう。
「いや。こちらも圧倒されかけた。良い立ち回りだった。
聞くが、銃器を扱うのは?」
「はじめて」
「そうか。良い腕だ」
シュウがベタ褒めしているのを、俺は初めて見た。
目を丸くして驚いていると、彼らはそこで模擬戦を終わりとしたのか、武器を収め人形から出てこちらへ戻ってくる。
「居たのか、アイ」
「うるさいユウだ。……で?」
「彼女なら編成に組み込むことに異論はない。
何なら前衛として俺のメンバーに組み込んでもいい」
「マジでベタ褒めだな。明日は槍が降るんじゃないか?」
「フン。槍程度なら可愛いものだ」
服についた雪をはたきながら、薄く笑いながら応える。
こいつは感情表現がゼロじゃないが希薄だから、見慣れたやつにしかわからないだろう。ユキと違い、微量にあるのに判りにくいというややこしいやつだ。
ユキはあんなにも分かり易いのに無表情ときた。あいつもあいつでややこしい。
「打ち合わせに来たと聞いたんだが」
「そうだったな。謝罪しよう。
玄関先で訓練中の彼女と会い、手合わせと相成った為に遅れてしまった」
「使いを寄越すんじゃなかったのか?」
まさかご本人の到来とは、俺も予想していなかったのだが。
そのご本人は苦い顔でうなずく。
「……ショウコが行くと言って聞かなかった」
「大体わかったわ……」
律儀に寄越すな、と言った俺の発言を尊重してくれたわけだ。
来てしまうならせめて緩衝材になろうと。出来た男だ。
「あたしが来たところでヘソ曲げる子じゃあないっていうのにねえ。
頑固頭でのう、あたしも困っておる」
「勘違いするなよ。困らせてんのがアンタだ」
「お、それは噂のツンデレというやつか、あたしもしっておるよ」
「勘違いするなよ、から始まる発言が全部そうだと思ってんじゃねえぞ!?」
カラカラと笑う和装の美女。
ルナとキャラ被り甚だしい彼女は和風版で、ルナが洋風版といったところか。
ショウコが素であるのに対し、ルナはガチガチのペルソナであることを加味すれば、この和風版が少々ぶっとんでいると良く分かる。
漫才染みたやり取りを交わしているうちにユキがようやく戻ってきた。
どうも飛び出た空薬莢を丁寧に全部拾っていたらしい。
「……負けた」
うつむきもせず淡々と彼女は言っているが、腹の底では悔しさで一杯なのだろう。
ぎちぎちと歯軋りが聞こえてこないのが不思議なぐらいだ。
ぽん、と頭の上に手をのせ、落ち着かせるように撫でる。
「ま、年季の差さ。仕方ない」
しっとりと指にかからない髪の感触が心地よい。
張りつめた雰囲気が一瞬和らいだが、彼女はしかし、納得がいかないと言うようにぼやく。
「……駄目」
「駄目? なんでだよ、善戦してたろ」
「駄目なものは、駄目」
頑なな彼女の言葉に、返事を選び損ねる。
むう、と唸ってるうち、ニヤニヤと気に入らない様子でこちらを眺める二人が視界に入った。
「なんだよ、お前ら」
「いや。そういうところは、実にユウらしい」
「ユウなんだよ! 何お前らニヤニヤと見てやがる。
こいつは見世物じゃねえんだぞ」
判っていないな、と俺を馬鹿にするようにため息をつく二人。
ため息だけに息ぴったりだな。
シュウに代わってショウコが俺に口を出す。
「アイ殿は職人気質であるから判らぬのも無理はないがねえ。
"今"勝てない、ということは、"今"横に立つ資格がないのと同義なのさ。
小娘のほうがよくわかっているよ。
"今"は"将来"と置き換え出来ない。いつか出来ても、今出来なきゃ意味がない」
「……つまり?」
「この竜退治、この小娘はアンタの横に立ちたかったのさ。
主殿に勝てれば、アンタが気を変えて前衛に配置するかもしれぬであろ?」
何でこいつ、ウチの編成予定を……ああ、ユキの銃か。
服飾から武装まで見られている。ルナに武装を任せていることは一目瞭然か。
となれば必然、俺らの思惑も見抜かれていると……やりづらい連中だな。
「俺はこいつを〈空人〉と見ていたらしいな」
「とんだ馬鹿だねえ、主殿。ここまで青春臭い小娘、今時他にいやしないよ」
「節穴に埋める義眼が必要だな」
「カカ、そんときゃビー玉埋めておいてやるさね」
「適切な処置だ。我が医師団は安泰だな」
困ってる俺を尻目に、あいつら漫才始めやがった。
舌打ちしてやりたいが、しなびてるユキの手前、悪態もつけない。
仕方なしにユキの頭を撫でながら、言葉を重ねる。
「連中が何か言ってるみたいだが、お前の役割を変えることは無いぞ。
仮に勝ったとしても、俺は提案したりしなかった」
「……どうして」
そんなに信頼がないのか。認められる為に何が必要なのか。
不満そうな声を俺に向ける。
可愛い顔されても、返す回答は一つだけだ。
「いきなり竜退治なんてデカい仕事、お前みたいな新人にやらせるのも嫌なんだ。
本当ならここに置いていくつもりだった」
ユキから滲む、不満そうな気配。
俺は苦笑しか浮かばない。
しかし、続く俺の言葉で彼女は雰囲気を一転させた。
「ただ、な。先ずは――俺の背中を見せるぐらい、してやってもいいだろう」
あの出会いに始まって、短い間の付き合いを経て、俺はコイツをどこかへ送り出すことを考えなくなっていた。
俺がどんな関係を望んでいるのか、それはわかってない。
彼女の望むものも、さっぱりわかってない。
他にも悩みの種もあるし、わかったところでそれが選べるのかもわからない。
だから、これから全部はっきりさせればいい。
これからどうするか、決めるのは彼女だけじゃない。
俺も、彼女が決めるまでに決めるのだ。
「不満か?」
俺の問いかけに、彼女は珍しく首を左右に振って応えてくれた。
ストック残高が危うい気配を滲ませてまいりました……。
暫くは隔日更新になるかと思います




