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1.切欠

続けて投稿しています。最初なのであと2話分ほど


 季節は冬。深々と降り積もる雪が大地を染め上げ、否応なしに銀世界へと変化させる。空は曇天、どんよりした雲が微かに見えるが、霧に紛れてはっきりと目視はできない。

 霧は濃い。せいぜい見通せて50メートル程度といったところか。高いところへ行けば違う見え方もあるのかもしれないが、雲よりも下を〈飛行〉する〈天使〉が居る以上、下手な真似は御免である。


「……ッチ」


 舌打ち。

 誰のものでもなく、ユウ、つまり俺自身のものだ。


 現在、俺は危険地帯とされている場所に来ている。元東京の中央辺りの筈だが、地形が大きく変わった今では正直あてにならない。元東京と言い張っている理由が高層ビルの密接率からくる推測なのだから、真実は違うのかもしれない。

 〈銀化〉した奴らが闊歩を始める前は相当に羽振りが良かったのだろう。〈魔法〉が普及した影響か、常軌を逸脱した速度で発展した様子が高層ビルから見て取れる。つまるところ、いびつなのだ。今は廃墟の為、その姿からは過去の繁栄を想像でしか語れないが、間違っていないと断言できる。


「……」


 思考が逸れた。

 深呼吸をして、乱れた呼吸を整える。


 繰り返す。俺は危険地帯にいる。高層ビルと高層ビルの間、狭い路地で降り積もった雪に沈み込むようにして身を隠していた。

 幸いにして手傷なし。肉体的なダメージはもとより〈魂〉への直接攻撃も受けていない。反面体力の消耗が顕著だが、負傷ゼロのこの状況を得るための対価としては安いものだ。また、膨大な〈魔力〉が俺の大量を底上げしてくれている為、そうやすやすと潰れはしない。


「何でこんな状況になったんだったか……」


 記憶の限りでは、ここに資材集めに来たはずだった。

 この元東京の地下には、もはや迷宮といって差支えの無い地下鉄をベースに異界化した坑道がある。あらゆる資材の元となる〈魔力結晶〉がぼろぼろと取れるのだ。


 〈魔力結晶〉。一言で表現すると万物の元、だろうか。

 外見はいわゆるクリスタルのような形状。半透明なダークカラーで、黒水晶と表現するとしっくりくる。重量は見た目より軽く、同じサイズの空ビンと同程度。

 〈魔力〉で練り込むことで、驚くことにどんなものであろうと作ることができる。金属、植物、水、等々。食糧すら生成できるのだから驚愕だ。全長10cmの結晶一つで1か月は生活できる。それだけの代物なのだ。


 反面手に入れるための危険は多い。現に、〈空人〉の襲撃を受け逃げ回っている。地下に行く前に捕捉されたせいで、一切〈魔力結晶〉を手に入れられていないのが業腹だ。


 だがこの辺りは危険地帯の中では霧が薄く比較的安全だった。隔週ペースどころか隔日ペースで訪れ、悠々自適に採掘を行っていたほどだ。それこそ、俺が逃げまわらなければならないほどの相手はいない。いない筈だった。

 また舌打ちしそうになる。この頃、上手く生活がまわっていたせいで神経が鈍化していたようだ。しばらく安全だったからこの後も安全だと思うとは抜けている。手痛い授業料になりそうだ。精々、代金に〈魂〉を持っていかれないよう死神と仲良くするほかない。


「……まだなのか?」


 俺の手元には〈武器〉が無い。〈武器〉が戻ってくるまで、あとどれだけかかるだろうか。時間を掛け過ぎだ。

 こう言っては何だが、武器なしの俺は弱い。

 ……言い直そうか。俺は弱い。


 俺のパラメータは、〈器〉のサイズを10として〈魔力〉4、〈魂〉6といった比率だ。

 つまり、〈器〉の4割ほどが利用可能な魔力に代わっている。

 〈銀化〉が顕著になるのが〈魔力〉が7割を過ぎたあたりから。〈魔力〉8割もいくと躁鬱が不安定になるか、無感情になりはじめ、9割もいけば〈植物人間〉の完成だ。じき、〈空人〉になる。


 逆に言えば、あと1~2割程度なら〈魂〉を削いで魔力に比重を置いても良いのだが……加減が難しい。繁栄当時は便利な薬があったようだが、今やろうと思うと〈空人〉の攻撃をあえて身に受ける必要がある。

 うっかり致命傷になりかねないやり方なだけに、小心者の俺は気がひけるのだ。


 ちなみに"俺"の才能は戦闘面に尖っていない。大体の事はやれるが、こと戦闘に置いては一芸に秀でた天才に一歩どころか二歩劣り、器用貧乏感が激しい。

 4割も食わせた〈魂〉の対価に得た〈魔力〉の総量も、比べてみるとどうにも少ない。割合計算で算出していて明確な数値化されていないから誤魔化せている気がするが、明確な数字にすると誰よりも少ないのではないだろうか。

 〈魂〉を失ってもいないのに鬱になってきた。

 俺の得意分野は戦場にないのだから、という慰めの言葉は届かない。


「おいおい」


 壁面に押し付けていた体重をより戻して身構える。

 ぎゅ、ぎゅ、という規則的な雪を踏む足音はどう聞いても〈空人〉だ。それも1体だけではなく3~4体いる。

 1体で、かつ〈人型〉に収まっているような初期の〈空人〉ならやる気にもなるが、3体以上を今の状態では打倒できない。


「だが、やるしかないか……」


 俺のいる場所から、奴らの場所までそこそこ距離がある。

 別にこの路地は行き止まりではないのだから、逃げてもいい。いいのだが、この危険地帯で俺が行動をしたことがあるエリアを踏み外すことになる。下手をすると、今より危険な状態になりかねない。


 分水嶺だ。

 ここは、目に見えている危険を打倒することを選択する。


「やれやれ……」


 物陰から飛び出し、何も走らなくなった8車線の表通りへ身を躍らせる。


 敵を目視。

 男型3体。頭皮から髪は抜け落ち、表面はコーティングされているかのように〈銀化〉している。顔もまた塗りつぶされて仮面のようだ。表情など見ようがない。粘土で作ったような出来上がりだが、それにしては精巧で不気味さだけが募る。肉付きすら均一になっており、見分けなどつけようがない。

 これが初期の〈空人〉。もっとも、顔が塗りつぶされていたり揃いも揃って体格が同じことから、〈肉分け〉した分身体なのだろう。感じる〈魔力〉の厚みも大したことが無い。

 細胞分裂するスライムのようなもので、本体が成長するとこのような個性のない分身体をワラワラと生み出すのだ。奴らは受肉しておらず、〈魔力〉だけで構成されている為本体が巨大になるほど増えていく。そのせいで〈空人〉の総数は増加の一途である。

 放っておくと、この後別の何かへ発展していく。その変遷は本体の数ほど種類があるので語りようが無い。


 つまり倒すなら今、ということだ。


「――『堕天使の羽根』!」


 発声による〈引き金(トリガーワード)〉が〈器〉に内包された〈魔力〉を喚起する。

 イメージは心臓と血液。循環するそれを〈魔力〉に見立て、認識し、望むだけの力を全身から集めて放出する。


 即座に〈魔力〉が応えた。

 俺の声で方向性を得た〈魔力〉が俺の背中に集まり、実体を持たない一対の黒い羽根を生み出す。

 この頭痛を覚える名の術式は、見た目の通り羽根を生み出すもの。だがその恩恵は――地上における速度の加速!


「……ッ」


 グ、と体重を前に偏らせると、雪を蹴り上げて先頭に立つ〈空人〉へ肉薄する。


「――――」


 声にならない声がする。〈空人〉たちにおける発声。

 無理矢理文字で表現するならば、ヒィィィン、という空虚な電子音。

 それを最後まで聞き届けることなく、相手が反応する前に握り込んだ拳をその胴体へ叩き込む。


「『斥力の槌』!」


 刹那。

 大太鼓を殴りつけたような空気の音が響き、軽々と〈空人〉が宙を飛び後ろに続く〈空人〉を1体巻き込んで吹き飛んだ。

 効果は名前の通り。拳と対象物の接触時に、接触面から先に斥力を発生させて吹き飛ばすというだけの代物だ。〈魔力〉が少なくとも使用でき、発動もコンパクトで俺のような人間でも連打できる。

 ネックは、飛んで行った〈空人〉を見ればすぐにわかるだろう。

 ろくすっぱダメージが入っておらず、元気に立ち上がっているのが見える。


「ああくそ、わかっちゃいたが無傷かよ!」


 普通の人間に当てればむせ返りぐらいはするだろうに。やつらは呼吸すらしない為、呼吸器系へのダメージは通用しない。おまけに地面が雪では、転倒による衝撃もなかったようだ。


 容量すべてを〈魔力〉にしている彼らは、内包した〈魔力〉による無意識の障壁のおかげで並々ならぬ抵抗力と防御力を誇っている。殴って壊したければ、厚みのあるコンクリートを殴りつけて粉砕させるぐらいしろ、と言われているようなものだ。無理難題にも程がないだろうか。

 まあ、素手で殴るなら――だが。


 余った1体が俺に迫る。

 指先を揃え、きれいな手刀を作って真っ直ぐに突き出してきた。

 常人には再現不能な神速の刺突。

 一切合財の無駄無く放たれたそれは、寸分違わず俺の心臓へと伸びる。


「冗談じゃねえ」


 あれは不味い。心臓にでも突き刺さったら即〈銀化〉だ。

 肉体として致命傷になるような一撃は、〈魂〉にあっても等価である。

 〈空人〉の肉体による〈直接攻撃〉は〈魔力〉の障壁で防げない。アレは一線を画した別のモノ、だ。


「『斥力の槌』――!」


 安直に、率直な再行使。刺突を受け止めるように手のひらを広げ、その射線を遮る。


 ――ドン!


 繰り返される大太鼓。

 殴りつけるだけがこの術の芸ではない。

 斥力ということは、対象を押し返すような力が発生するということ。無論、槌というからには自発的にぶつけに行ったほうが破壊力……というよりは、斥力が増加する。ただ、盾のように構えるだけでも有効だ。

 ネックは手のひらより大きいサイズを構築することが困難なことだが、この程度の運用ならこれだけで十分といえる。

 結果、このように奴の手刀は届くことなく、俺から離れた。


 しかし腕を弾き返すに留まってしまった。もっと遠くへ弾き飛ばせば、次の〈魔法〉に選択肢が増えたのだが。

 まあ、構わない。

 一歩だけ後ろへ引き下がった〈空人〉を前に、自衛目的ではなく殺傷目的で〈引き金(トリガーワード)〉を引く。


「『白木の槍』!」


 左腕を前に、ゆるりと手を広げて〈空人〉へ向けた自分の視線上へ。

 呼び出すのは名の通り不自然に白い木製の槍。

 装飾は無く、継ぎ目もない。その形に生まれ育ったとしか言いようのない木槍が、左肩の上に生み出される。


 〈空人〉が即座に反応した。

 全身に〈魔力〉を蓄え高い耐性を持つ〈空人〉が、目に見えてこの槍を警戒する。その反応は正しい。

 この槍は、程度の低い〈空人〉が持つ無意識の魔力障壁には邪魔されはしない。


「――いけ!」


 恐らく槍を避けるべくして体重移動をし始めた〈空人〉。

 もう遅い。

 しゅ、という微かな風切り音とほぼ同時に、〈空人〉の心臓へと『白木の槍』が突き立った。

 直後響き渡る、〈魔力〉の壁を撃ち抜いたことで生まれた硝子の破砕音。

 どういう理屈か知らないが、〈魔力〉はこんな風に割れるのだ。人間においても同様であるから、恐らくは共通した特徴なのだろう。

 一説には、生成された術や溜め込まれた〈魔力〉は〈魔力結晶〉のような状態になっているからだ、とされている。信憑性の高い話だが裏付けはない。

 ともかく、今ので1体は撃破した。次は――


「――くッ!?」


 気付けば、遠くへ吹き飛ばしていた残る2体の〈空人〉が迫っていた。

 ご丁寧なことに見事な連携で手刀や蹴りを放ってくる。


「まず……っ」


 『堕天使の羽根』を使用した高速戦闘の最中に、間を置かずにもう一発『白木の槍』を使うのは無理だ。生み出すために僅かに足を止めなければいけないし、生成が終わってもあまりに近くて狙えない。

 なんとか『斥力の槌』を両手に行使してさばけているが、これでは時間の問題だ。

 

「……仕方ない」


 切り札を切る必要がある。

 〈魔法〉は一度バレると対策が容易に立てられてしまう。力でごり押し出来るヤツなら問題ないのかもしれないが、俺は小手先重視なのだ。切り札は隠しておきたい、出来れば使いたくなかった。

 とはいえ、人間相手でもなし。いくら切り札を切ろうが、〈魂〉の詰まってる人間にバレなければいいのだ。2体いるうちの残った1体が〈魔法〉に対応してこようが、1体ならば組み伏せられる。

 さらに幸いここは危険地帯で人気などない。目撃者など出ようはずもないだろう。


 一度やる気になると、ここで出し惜しみするのは愚かな行為にしか思えなくなってきた。戦意によって気分が高揚する。口元が笑みを象るのを止められない。

 俺はなんとか大きく飛びずさると、〈魔法〉を呼び出す〈引き金(トリガーワード)〉を……


「――せい!!」


 ……唱えることはなかった。


 空から何者かが、まるで隕石のように降ってきて俺と〈空人〉の間に着弾した。

 積雪がぶちまけられ、霧をさらに濃くしたように舞い上がる。

 警戒するように〈空人〉たちが足を止め、俺と同じく間へ割り込んだ者を凝視した。


「お待たせしました、マスター!」


 さらり、と流れる艶やかな黒髪のポニーテールがまぶしい。

 降り立ったソレは、地面に叩きつけられたような着地の衝撃をものともせずに立ち上がる。


「遅い。どこで道草を食った」

「道中に少し。中々のお味でした」

「吐き出せ」


 この雪景色には少々寒さを感じるダメージジーンズに、深い暗色生地で作られたジャケット。いい加減見た目に辛いのでやめろと言うのにやめないノースリーブのランニングシャツは、慎ましい何かのせいで直線に流れている。


「邪な思考を察知しました」

「お前は俺の脳を読み取っているのか?」

「バレてしまいましたか」

「本気で言ってんの!?」


 太い腰ベルトには黒塗りの鞘が固定されており、その中身は既に抜き放たれている。右手に握られたるは銘無しの刀。刃渡り60センチ、反りの薄く特徴に乏しいありふれたそれは、俺の自家製だ。

 断っておくが刀鍛冶ではない。そもそも、波紋の無いのっぺりした黒の刀身は真っ当な手段で生み出されたものではないのだ。

 察しの良い者ならピンとくるだろうが、そのとおり〈魔法〉で構築している。素体は当然〈魔力結晶〉だ。

 先ほど放った『白木の槍』は〈魔力〉だけで生成されていて1分もしないうちに魔力拡散して蒸発するが、隕石の如く落下してきた彼女が持つ刀はほぼ半永久的に残るアーティファクトだ。


「マスターは一人にするとすぐこれです」


 ちゃき、と耳障りの良い音を鳴らして刀を片手で構える。

 中々様になっているのだが、女に庇われて様にならない俺は、なんというかとても残念な気持ちになってしまって見惚れたりできない。


「敵は後これだけですか?」


 先ほどの2体は、現れた黒髪の女を警戒して様子を伺っている。

 中々優れた危険感知だ。飛び掛かれば死ぬほかないのが良く分かっている。

 だが、そこまで分かっているならとっとと逃げるべきだったのだ。


「そうだ。俺の手助けも必要ないだろう。お前だけでやれ、〈ココロ〉」


 俺の手元に『武器』が帰ってきた。

 その名は〈ココロ〉。彼女こそ、現段階での俺の最高傑作にして唯一無二の相棒。

 〈空人〉を討滅するために作られた〈戦闘人形(ドール)〉である。


「イエス、マスター」


 さあ、反撃と行こう。 


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