12-13.手にする力
驚くべきことに、あっという間に人形が出来た。
かの事件から5日間。時が過ぎるのは早いものだ。
しかし五日間というと決して短いものでもない。その間、あった出来事を語るのが筋なのだろうが、実のところ語るほどの事は無かった。
というのも、その日からユウとルナが地下へ籠り人形作りを開始。朝昼夜の食事しか顔を合わせないという状態となり、必然的に私はココロとの戦闘訓練と日常生活のリハビリに専念することになったのだ。
そういった繰り返し訓練について、大変だった、などと安い感想しか出せない私のボキャブラリーにも問題があるのだろうが、そこに才気を発揮させる必要があるとも思えない。
つまり、適度に張りのあるただの日常生活を送っていた、と言う事だ。
進捗として挙げるならば、私はココロを完封出来る程度に近接戦闘を習得し、ココロを完封出来る程度に料理の腕を上げ、ココロを完封出来る程度に清掃技術を得た。
ココロは膝から崩れ落ちた。
乳もげろの怨念を吐き出す怨霊人形に適わない点といえば、記憶力と知識量あたりしか残っていない。先輩の立場危うし。
ちなみに、後方支援であるのに近接戦闘訓練しか行っていないのは、ココロが致命的に近接オンリーであるためだ。口頭アドバイスすらできなかった。
折衷案として、近接技術を用いた後方支援者の防御術を勉強しておいた。これについても、ココロは敵ではなかったということを追記しておく。
先輩の立場は崖が崩落して真っ逆さまである。
「この場合、貴女がクレイジーなんです」
とは彼女の言だ。
更にクレイジーそうな主人を見てから物を言って欲しい。
さて。
そうした1週間を目の前に置かれた人形を見ながら振り返っていたが、ユウが黙り込んでいる私を不信に思ったか肩を叩かれた。
「で、どうだコイツは。外装のイメージが合わない、というなら修正は出来るぞ。
操作感と機能は一度使ってみてからだが……」
どうやら、気に入らなかったのでは、と感じたようだ。
私は眼前に置かれた人形を改めて注視する。
体格は全て、私と全く同一に仕上げられている。
私の個人情報は筒抜けであり、背丈はもちろんスリーサイズまで完全合致。声帯や肺まで再現が完了しており、呼吸や気合いによる違和感すらないというゴージャス仕様だ。
髪や瞳の色は、銀がよろしくないということで黒へ染め上げられており、デザインと合わせたのかロングヘアになっているのが唯一の相違点か。
その関係か、服飾も主に黒ベース。というか……これはゴスロリというのだろうか。やたら豪勢な漆黒のドレスにチューンされている。
これはやけに満足そうなルナの仕業であろう。
黒単色ではなく、随所に赤を挟むことでのっぺりとした印象を払拭。更には強烈なインパクトを与えることに成功している。これはどこの吸血鬼だ?
――――実物として見ると、まじで乳でけー
実物って……もしかして"声"は私と視界を共有しているのか?
私の外観を見たのは初めてなのかもしれない。鏡はあったが、顔ぐらいしか映らない小さい洗面台のものだったし。
「不満などあるはずがない。完璧じゃろう。
この巨乳にも対応したゴスロリを見よ。乳の迫力を殺さず、かつ耽美なデザインを生かした最大限の完成度。後方支援ということも加味して、防護性の高いロングスカートは見た目にも美しく、歩きにくそうな厚底シューズは魔法加工済みで幾ら走ろうが疲労を感じず躓きもしない最高級仕様じゃぞ」
「長い」
「いやいやユキ、まだまだ短いほうじゃ。更に語ろうか、このフリルも術式が織り込んであって――」
いい笑顔だ。やや紅潮した白い頬がそのテンションの高さを物語っている。
もしかして、ユウが人形を構築している間彼女は服飾をしていたのだろうか。内臓する術式が担当だった筈なのだが……。
いやいや。彼女も仕事人だ。手は抜くまい。
趣味で力の入り方が偏っていたとしても、やることはやっているはずだ。
聞き流すこと30分、彼女がようやくひと段落したところでユウが口を開く。
「で。コレの兵装だが、これもルナの趣味満載なデザインになっていることは謝罪しておく。それを前提に聞いてくれ」
「……うん」
早速不穏な前置きから始まった。
「先ず、遠距離用の兵装として対魔砲を――」
「いや、待って」
不穏なのは前置きだけではなかった。
「何だいきなり。今の部分についておかしいところは」
「砲?」
「砲だぞ。術式を組んだのがルナだったことを恨め。
人には得意な"概念"という区分があってな。
それに傾倒することでその術式の威力や精度を底上げできるんだ。
例えば俺は"創造"が主な概念だが……その中でも"剣"が得意だ。斧や槍を造ると精度が落ちるが、剣を造れば二つとないものが出来る自信がある」
"概念"は系統立てされているものではなく、なんとなく好きなもの、みたいな区分けの仕方しかされていないらしい。
大雑把な分類わけは出来ても、人によってがらりと意味合いが変わるから実質無駄なのだとか。
例えば、彼は"剣"が得意だと言った。だが、"刀"はそうでもない。
だが、他の鍛冶師からすればその二つは同じものだと捉えており、両方得意。という、そういう差異だ。
曖昧な部分が多く、人の好みのように年月を経ると内容も変わることがあるそうだ。要は、とりかかるにあたってのモチベーションの差からくるものだ、というのが通説らしい。
「で、ルナは"銃器"全般が得意分野なんだ、これが。
俺の"剣"よりドマイナーでレトロな武器なんだがな……」
「一般の銃器は、はっきり言って豆鉄砲じゃからなあ。
ガトリングガンをばら撒いても、着弾の衝撃による足止め効果ぐらいしか普通は望めん。未だ銃を愛用しているのは儂のような愛好家ぐらいであろうよ」
「〈魔力〉を込めれば、内在攻撃力が上がるんじゃ?」
「それが難しいところでな。弾丸は体積が少なく、"自分の手"で直接触れずギミックによって打ち出されるじゃろう?
じゃから、〈魔力〉が込めにくく距離による減衰が激しい。
己の手にて打ち出す弓のほうが〈魔力〉による強化が容易かろうな。
さらに言えば、このご時世安定した弾丸供給が難しいし、自分で作るにも精度が必要で難度が高い。
そういうわけで近年では淘汰されておる武器の一つじゃな」
もちろん、儂のように愛好家は少なからずおり、使っている人間はしっかりと存在しているがな。と彼女は付け加えた。
どこにでも趣味人は居る、ということだろう。
「そういう常識をぶっ壊したのがルナだ。
こいつはバレルに独自の術式を詰め込むことで、超魔導砲なんてふざけた銃を造りだした。
これはルナ以外に再現出来ないもんで、世にも出回ってない」
「筒なしじゃなければ、ハンドガンサイズの銃にだって術式を組みこんでやれるんじゃぞ」
「まあ、そんなこと言いながらマスターキーも作ってたがな」
つまるところ銃器ならなんでもござれ、と言う事でいいのだろう。
ぶっ飛んだ人材である。
こんな狭い一般家庭の中に突き抜けた趣味人が集中しているのはどういうことだろう。
「で、対魔砲だが、敵魔力障壁を破砕することを主眼に置いた銃だ。
デザインはそのまま対物ライフルに似通ったものなんだが……後で見てくれ。
弾丸は1発。ボルトアクション式で、一発込めるごとに魔力を注ぎ込んでやればいい。お前なら俺を3人まとめて殺せる威力が出せるだろう」
専門用語が多すぎる。
よりによって銃器の専門用語など判るわけがない。
――――こっちが判るよ! まかせておけい!
なんだ、"声"は判るのか。
なら後で聞いてみるとしよう。しかし、何故知っているのだろう。
――――実物は知らないけど、用語ぐらいはね
……用語だけは知っているのか。余計に謎が深まる。
「次いで近、中距離用の武器だが……」
「うむ。これじゃ」
ユウの説明を遮って、人形が立っている横のテーブルにゴトリとルナが銃を置いた。
黒光りした、私の手には大きすぎるように見える大口径のハンドガン。グリップに施された十字架のアクセントがルナの趣味を物語る。
それがよりによって2丁である。
――――中二病、この時代にも存在していたか……!
ちゅう……何?
「お主の魔力量ならば扱えると思って、儂が蔵入りしていた物を仕上げておいた。
射程は短いが、先ほど紹介した対魔砲よりも破壊力が高いぞ。それも1発単位で。勿論トリガーを速く引けば連射も出来る。
ダメージレートの非常識な武器じゃが、反動も非常識じゃ。ま、お主の魔力に裏打ちされた腕力なら易々と抑え込める。問題は無い」
なにやらふざけたことを申している気がする。
片手サイズで、両手で抱えるほどの砲より威力の高い銃?
「注意しておくが、魔力障壁にダメージを与える、という観点なら対魔砲のほうが強い。それは相手に直のダメージを与えるのに特化しているからな」
「高いダメージを期待できるのじゃから、障壁へのダメージも決して安いものではないがの」
「ああ、その自動拳銃には頑強化が施されているから、ブン殴るのに使っても動作不良は起こさない。バレルを持ってハンマーのように使っても問題ないぞ」
「マガジンもたらふく用意しておいた。早々弾切れは起こさないじゃろう」
あれよあれよと説明されても覚えきれない。
詳しく改めて教えてもらうよう二人に要請すると、そりゃそうだろうと了承してくれた。彼らも別に今覚えきれると思っていなかったようだ。
……つまり、とにかく喋りたかったのだろうか。
出来上がった作品を自慢する子供のようで、どこか可愛げがある二人だ。
「用意した武器は以上の二つだ。付随する〈引き金〉なんかは後でまとめて教える」
ユウがそう締めくくったことで、披露会は終了となった。
眠い、と満足げにボヤきながらルナが去り、ココロはそれに追従していく。
私も続こうとしたところで、妙なものが視界に映った。
「……あの剣は?」
この吸血鬼染みた人形には似合わない、白と青を基調にした刀身の太い西洋剣。流れる髪のように付加された金の装飾が美しさを強調している。
「あー……この剣もルナと同じ都合でな。
魔力が足りなくて上手く俺には使えなかったんだ。お前なら――とも思ったんだが、それでも難しそうだから忘れてていい」
聞く限り私は常軌を逸した魔力を誇っているはずなのだが、それでも駄目だというのはもう欠陥品ではないだろうか。
彼も判っているようで苦笑が滲み出ている。
「それより大事な事を聞き忘れているぞ、ユキ」
大事なこと。
私は首を傾げて彼を見やると、鼻の下を指で軽くこする。
「こいつの名だ」
それは、確かに大切なことだ。
ピン、とユウが私に向けて一つの指輪を弾いて寄越す。
真っ黒に染め上げられたシンプルなリング。艶を弾かないソレは羽根のように軽く、奈落のように深かった。
「それがこいつの召喚器だ。右手の薬指に嵌めておけ」
「判った」
「それで、こいつの名だが――」
我が娘を自慢するように、彼は微笑んで告げた。
「――〈カナ〉、だ。良い名前だろう?」
書き貯め分の修正とか間に合えば明日、駄目なら明後日更新。