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12.望むもの


「で、我が師よ。いつまで抱き合うおつもりかの?」


 投げかけられた声に、盛大に冷や水をぶちまけられた錯覚を覚えた。

 ぎこちなく首をドアのほうへ向けると、何やら微妙な表情を浮かべた姫が立っている。

 嫉妬……とは違うか。困惑、か?


「差し向けたのは確かに儂じゃが……なんじゃろうな。

 上手く行きすぎているのではないか?」

「ルナも来る?」

「儂は後で良い」


 後とか予約は入ってないぞ。予定を入れる予定もない。


「それより、師よ。取りあえずその小娘を退けて顔を洗って来い。

 何があったかは想像がつくが、その痛ましい涙の跡を誤魔化してから下階へ降りよ。女侍がまた喚くぞ」

「そんなに跡が残ってるか?」

「ああ。良くそんな状態で寝られたのう」

「俺も驚きだな」


 ユキを小脇にどけて、ゆっくりと立ち上がる。

 身体を伸ばし、いくらか具合を確かめたが……まだ痛むものの、動くのに支障はなさそうだ。流石、何でも出来ると評判の姫の腕だ。

 俺も治療系は得意なほうだが、彼女ほどではない。ココロについては語るべきでない腕だし、ユキは未知数だが現時点では最低ラインだろう。


「言っておくが、内側まで痛めつけられておったんじゃからな。

 これ幸いとまた無理をするではないぞ」

「大丈夫、大丈夫」

「その軽い返事が不安なんじゃ……まあ良い。

 今後についてある程度ココロと打ち合わせをしておいた。

 どうせ行くのじゃろう?」


 行く、とは竜退治だろう。当然だ……とは言わないが、本件については行かない理由がない。遠方ならもう少し様子を見るところだが、あまりに近場過ぎた。

 降りかかるであろう未来の火の粉は、早期に消し潰すに限る。


 そのことを姫へ伝えると、心得ていると頷く。


「今回は儂も行く。竜退治ともなれば我が師も"剣"を抜くであろう?」


 "剣"か。

 含みを持たせているが、彼女はある特定の武装を指して言っているのではない。

 刀剣。流石に短剣に分類されるような短いものは除外するとして、刃渡り50cm以上の片刃、両刃の刃物を指している。


「ああ。戦場に出るなら、"俺"じゃあ駄目だろうな」


 物づくりの分野には自信がある俺だが、戦闘面はそうでもない。

 しかし、俺は"私"でもあり、私はとびきりの戦闘狂いでもあった。

 特に西洋剣を扱わせれば、敵なしと言われる程だ。


「あの扱いにくい西洋剣を良く扱うものじゃ」

「西洋剣?」

「うむ。その中でも、所謂"直剣(ソード)"と名のつく分類じゃな。

 アレを持たせておけば負けはなかろう」

「西洋剣分類として一応、"刺突剣(レイピア)"なんかも扱えるが……あっちは好みじゃないな」

「"幅広(ブロード)"を好んで使うお主からすりゃそうじゃろうよ」


 この時代において銃器は時代遅れ(レトロ)な武器であるが、一方で"直剣(ソード)"は時代外れ(アウトロー)な武器である。

 何故扱いにくいとされているのかわかっていないユキに、姫が説明を口にする。


「現在の戦闘理論じゃが……攻撃は3つの方法で整理される。

 ひとつ、(スラスト)。ひとつ、(インパクト)。ひとつ、(ペネトレイト)

 勿論、焼く、凍らすといった特殊なやり方もあるが、あれらは〈空人〉へ有効ではない為にその他枠で一括りにされておる」

「爆弾とかは?」

「爆発、つまりは衝撃力による攻撃じゃから(インパクト)分類じゃな。

 指向性対人地雷(クレイモア)あたりは鉄球を打ち出すから(ペネトレイト)でもあるかもしれんがの。

 爆発による熱量は計算外じゃ。あってもなくても、大差はない」


 こうした分類わけがされたのも、すべては〈空人〉による影響だ。

 人型の内はそう困る事ではない。が、ひとつ殻を破り人型から踏み外すたび、彼らは歪に強くなっていく。

 ぐちゃりと崩れたスライム状の何かに、或いは、鋼鉄のような甲殻を持った何かに、或いは、核以外はいくらでも切り捨てられる何かに。


 だが、今のところ何もかもに対して強い〈空人〉は生まれていない。

 精々がバランス良く強い、だ。

 だから狩りをおこなうハンター達は大抵フォーマンセルで行動する。


 先ほどの攻撃分野をそれぞれ得意とする人間を3人。

 治療、後方支援を担当する人間を一人。

 こうすることで、どんな相手が出てきても対応できない、ということを避けているのだ。


「堅い相手は打撃じゃし、核以外ダメージが通らん相手は刺突じゃ。

 ぶよぶよした相手は斬り易い。

 今回相手にする予定の竜は"万遍なく強い"カテゴリじゃろうがの」


 技量次第でその辺の相性はめくり返せるが、そんなことはどんなものにも言える事だ。


「この辺の戦闘理論は、あくまで〈空人〉に特化したものじゃということも理解しておけ。人相手に斬だの突だのは、そこまで影響せんからな」

「これまでの話を前提にもう一度直剣(ソード)という分類について考えてみようか」


 真っ直ぐ伸びた刃、それなりの重量、鋭く尖らせた剣先。

 直剣(ソード)とは、あらゆる分野を網羅した汎用武器、ということだ。

 要するに器用貧乏感溢れる浪漫武器ということになる。


「片手、ないし両手で振り回す刃物のトレンドは日本刀じゃな。

 直剣なんぞ持っておる馬鹿はこの界隈でも目の前におる師と、死神ぐらいしか知らぬ」


 そうなのだ。

 ドマイナーの極みにあるような武器。それが"私"の得物である。

 だが、そんなマイナーさは俺も嫌いじゃない。

 それに、"私"にかかれば"汎用"ではなく、"全能"の武器へ昇華させられる。


「ユウ、強いの?」

「"私"はな」


 過去、英雄として祭り上げられた際に竜を叩き潰したのは、ほかならぬアイだった。その力は、欠片も欠落することなく"私"へ継承されている。

 ただ、当時の完成された肉体ではなく、"俺"の影響による若干劣る肉体であるが故に、過去ほど力が発揮できるかは微妙なセンだ。

 ま、10m級ならば苦戦するに留まるだろう。

 油断は禁物だが、油断さえしなければなんとかなる。


「それで、"私"とココロが前衛だろう?

 姫はどうするんだ」

「儂は後方支援じゃ。師が攻撃手に回る以上、支援者がおらん。

 ユキにも勤まるまい」

「まあ、なあ……」


 治療、修理、索敵と、仕事は多い。

 その辺すら万遍なく心得ている姫ならば頼れるが、新人のユキがやれと言われても無理な話だ。


「じゃあユキにも前衛に出てもらうか」

「いや。いくつか検討したが、儂の隣で戦ってもらうことにする」

「ん? 後方から?」

「そうじゃ。師よ、〈クズ〉は大破したであろう」


 先ほどの戦闘でぶっ壊れていたことを今になって思い出す。

 修理も可能だが……元々、〈クズ〉は予備機であって、実戦用の人形ではないんだよな。術式も兵装も最低限しかないし。


「だが、実戦向けの〈憑依型人形(リビングドール)〉となると……」


 在庫が無い。大体出払ってしまっている。

 "私"が使う人形はあるが、アレは渡せないし。


「そこでじゃ。今から1体、造らんか?」

「……ん?」


 何やら、ふざけた事を耳にした。


「今から何だって?」

「今から1体、造ればよかろ? 小娘専用に」

「ぐっど」

「良くねえよ! 何を無理難題言ってやがる!

 確かに作る予定ではあったさ。だがな、こんな短期間に、実戦レベルの人形を作るなんていうのは不可能に近いだろ!」


 人形1体にどれだけ時間がかかると思っているんだろう、こいつは。

 普通は1~2か月の期間を経て1体作るのだ。

 近いうち……つまり、1週間ぐらいしかないであろう時間で、1体仕上げるのは困難を極める。


「儂もココロも手伝う。何とか間に合わせて1体専用に造るべきじゃ。

 連携戦に慣れるまで、後方担当としての人形を。

 師とて、連携が取れるか分からん仲間を加えて三人で前衛は張りたくなかろう」

「そりゃ、まあな……」


 対シュウ戦において、ココロとユキが一緒に戦えていたのは、あくまでユキが補佐に回っていたからだ。

 戦車の如き〈クズ〉のパワーを壁に、小器用に立ち回っていたから出来た事。

 仮に俺も交えた3人組ともなると、あまり上手くはいかないだろう。


「……わかった、やるよ。

 〈クズ〉の修理にしたって、かかる作業はそこまで差がない」


 新造は修理するより頭を捻る必要があるため、手間は倍以上かかる。

 が、そうするだけの価値はあるだろう。


 断じて、無表情でじっと俺を見つめるユキの視線に負けたわけではない。


「うむ。それでこそ我が師である。

 儂でも出来る〈引き金(トリガーワード)〉や〈奥義の型(トリガーモーション)〉の作成なんかは任せておけ。

 師は兎に角優秀な筐体を造ることに専念するが良い」


 なるほど、それならば1週間あればなんとかなる可能性は上がる。

 魔法術式の構築や、奥義の設定はさほど得意ではないのが実情だ。

 その点、実戦経験豊富で不得意分野の無い姫には苦にならないだろう。


 良し。

 自分の楽しめるところだけやれるとなったらテンションが上がってきた。

 最近は新造をやっていなかっただけに、アイディアはいくらでも積んである。


「なんというか、かなり中毒(ジャンキー)じゃのう……目をキラキラさせおって」

「うるさいな。好きなんだからいいだろ、別に」


 これまで黙って話を聞いていたユキに目を向ける。


「さて、ユキ。話は聞いていたと思うが、お前は今回後方担当だ。

 だが真価は接近戦闘にあると俺は感じている。

 そこで、どう扱っても問題ないように万能な人形に仕上げるつもりだ」

「師よ……世の中の常識を考えてモノを造らんと、また色々噂されおるぞ……」

「どんな噂だ?」

「そうじゃのう。先ずは色狂いという……」

「またとんでもない噂から上げたな!」


 俺の人形はそれなりに世に放たれており、あちこちで活躍していることを聞くが、その結果として妙な噂を大量に生み出している。

 そのうちの一つに、作成された人形には悉く性交渉の機能があることから、人形の女が好きなのではないかと言うものがあった。

 俺から言わせれば、食事、睡眠、性交渉の3点が押さえられていないヒトガタに〈魂〉の重みはあるのかと言いたい。それら揃っての人間だ。

 人のまねごとをするならば、人のように在らねばなるまい。


「……ったく。

 で、ユキ。お前は自分の使う人形に希望とかあるか?

 どんな武器がいいとか、どういう戦闘スタイルにしたいとか」

「師よ。まだ噂の話は」

「いいから黙ってろ。

 ユキ、どうだ?」


 彼女はぴくりと身じろぎした後に黙り込む。

 どうも考えているらしい。考える仕草を行わないのも彼女の状態が影響しているのだろうが、判りづらくて仕方ないな。


 こちらも黙って見守っていると、ぴったり1分で彼女は口を開いた。


「――夢を」


 透明な声音に混じる、尊い魂の音。

 真摯な響きを秘めた言葉に、俺と姫は息を飲んだ。


「手に入れたい」


 夢か。

 彼女の言う夢とは、一体なんだろうか。

 〈銀化〉の進んだ人間は夢を見ないと言う。それは、睡眠中の幻想か、それとも叶えたい希望か。

 どちらにせよ、きっと彼女には無いものだ。


 聞きたかった希望ではなかった。

 だが、聞き届けたい希望だった。


「任せておけ」


 即答する。

 この希望は、応えてやらねばならないものだ。

 出来るか出来ないかではない。

 やってみせよう。


 彼女はぴくりとも頬を動かさなかったが、何となく微笑んだような気がした。

 

 


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