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10-11.嘗て


 ややあって。

 私たちは意識を失ったユウを連れ拠点へと帰還した。

 慌ただしく彼へ手当てを済ませ、現在は造血効果のある魔法を付与した上でベッドへ寝かせている。

 顔色がやや悪いものの寝心地は悪くないようで、表情は穏やかだ。


 彼の様子を見て安心した私は、初めて周りが見えるようになってきた。


 ここは彼の私室だ。そっけないデスクと、重々しい雰囲気の本棚。書斎と言われるとしっくりくるかもしれない。ベッドのある書斎というのはやや歪だが、書斎用の部屋も余っていないし、置く場所に困ってここに押し込まれたのかもしれない。


「さて。何から話そうかの」


 人形を除装し、生身になった〈姫〉。

 金装飾の多い漆黒のゴシックドレスを着こなし、浅くデスクに腰かけるその様は、やや礼儀に欠いているにも関わらず気品がある。

 金色のツインテールは金糸の如し。差し込む薄い日の光に当てられて輝いており、それだけで一枚の絵になっていた。

 顎に手を当て、思案すること数秒。

 ひとつ頷き、彼女はベッド際に立つ私とココロへ向けて口を開いた。


「我が師、ユウはの。ある巨竜の襲撃時にここら一帯を救った〈英雄〉の一人なんじゃよ」

「……〈英雄〉?」


 脈絡の見当たらない内容に、思わず聞き返す。所謂英雄だと言われるような人物には見えない、という私の心象がダダ漏れである。

 だが、〈姫〉はその様子を見てむしろ納得と言った顔を浮かべた。


「今を見ればそう感じんかもしれんの。ま、儂とて〈英雄〉時代の師を知らぬ。

 当時は純然な"男"であったらしいし、な」


 息を飲む。当時、当時といったか。

 彼は何かしらの過程を経て、今の"女"になったということだ。

 急いてその事情を聴きかけた私を、〈姫〉は鷹揚に手を差し出して押しとどめる。

 順を追う、だから待て。そういうことだろう。

 大人しく黙るのを見、〈姫〉が続きを口にする。


「〈英雄〉は全員で7人。そのうちの一人は先ほど会った男、シュウじゃな。

 奴は英雄の中でも〈聖者〉と呼ばれておった。案外あれで博愛主義だったらしいのう。ちなみにユウは〈造物主〉。モノづくりに置いては最高峰だったようじゃ。

 ま、その当たりは追々でよかろう。本筋からはやや外れる」


 そこで一息、ためをつくる。目は悲しげに伏せられ、これからの話が憂鬱なものであることを示していた。


「この〈英雄〉たちのことは、事情を知る者たちには口にしてはならぬ禁忌のようになっている。

 尤も、まだ彼らに対する信奉は損なわれてはおらんがの」

「……何故ですか? 〈英雄〉なのでしょう、人々にもてはやされるもののように思えます」

「普通はな。そして実際に巨竜討滅から〈銀光〉事件までの間は、その通りだったらしい。辟易していたとユウは言っておった」


――――メディアが壊滅していると、そういうの盛り上がりそうね


 情報が口コミだけ、となると、確かに尾ひれはひれついて大きくなりそうだ。

 実際に見かければ確かに声の一つもかけるか、遠巻きに眺められてしまうだろう。随分とユウに優しくない環境である。


「じゃが……〈銀光〉事件で、その勇名はがらりと意味を変えた」


 一転、重苦しい声音になって彼女は語った。


「〈英雄〉、シュウとユウ。そして――アイ。その3人は、〈銀光〉事件の加害者であり被害者となったのじゃ」


 アイ。その名は、シュウが呼んでいた名だ。

 私の視線を察知して、〈姫〉が頷く。


「アイ。この人物がキモじゃろうな。

 ……アイは、ユウの姉。シュウの恋人であった女性じゃ」

「姉……こい、びと……?」


 判らないことが、減るどころか増えてきた。

 もともと男だったユウ。今は女になったユウを、アイと呼ぶシュウ。

 繋がってはいけない糸が、ゆっくりと絡まりはじめる。


「色々思うところはあろうが、結論は後回しにして起きた出来事を順次話そう」


 不意に降り立った沈黙を姫が打破した。


「〈銀光〉事件を語る前に、英雄となった彼らの動向を話そう。

 ――シュウとアイは、それぞれ別の切り口から〈銀化〉した人々を救うべく行動を開始したのじゃ。

 シュウは〈植物人間〉へとなってしまう一歩手前の人間たちを集め、その治療を。

 アイは〈植物人間〉と化した者たちを集め、その治療を」

「二人、別々に?」

「そうじゃ。手を取り合いながら進めはしていたが、それらは似て非なるもの、同じ場所で治療は出来ないと二人は判断した。

 今でも跡地は残っておろうて。歩いて数分程度の距離でしかないが、別の施設を構えて事に当たっていたらしい」


 それは、確かにそうだ。目の前に自分がこれからなってしまうかもしれない、絶望の一例が並んだ場所でどうして〈魂〉が治療できるだろう。近く在ろうとも、別の場所にするしかなかったに違いない。

 恋人だった、というならば彼らは離れたくなかっただろうに。

 それ以上に彼ら〈銀化〉の者たちを救いたかったのだろうか。その志はの意味を知るのは、当人たちだけだ。


「ユウはアイの弟ということもあってな、アイに付いて行き治療法の研究していた。

 それにアイは主に戦闘要員であり研究や治療は門外漢でな。アイの意を汲み、実働していたのはユウじゃったらしい。

 〈植物人間〉の彼らは、ふとした拍子に〈空人〉へ化ける。

 ユウが治療し、アイが後始末をつける。そういう、精神が壊れかねないことを続けておったそうじゃ」

「それは……」


 どんな苦痛だろう。助けたい者が、助けられないモノへ変貌する瞬間を見、ソレを刈り取るというのは。

 自分のことではないのに、手に取るようにわかる。

 彼――ユウにとってはこの上ない苦痛だっただろう。姉が始末をつけるさまを、ただ見守るだけ。自分の手を汚さず、キレイどころだけ貰い受ける。

 罪悪感で締め付けられるようだ。


「――シュウ側は地道に成果を上げ、かなりの数の人間を救済した。が、アイは死者の山を重ねるばかりだったそうじゃ。当然じゃろう。彼女のやっていることは、死者を蘇生させるのと同義であったからな。

 最も、"死者"となれただけ、彼らにとっては幸福であったかもしれんがの」


 人としての死に様、ということだろうか。

 思い返す。過去アイという女性が行ってきた行為を、私に対してココロが実行しようとしていた。

 ユウが止めなければ、私は"死んで"いたというわけだ。


「……でも、今はやっていないように見える」


 私は、語り部の語らいに割り込むという暴挙を成して、浮かんだ疑問を問いかける。

 ここ3日という短い期間だが、この家には"患者"の気配が無かった。

 つまり、今はそういった治療行為を行っていないということに他ならない。


 この疑問に対して、ルナも心得ていると頷いて返してくれる。


「そうじゃ。やっていない。

 何故なら、起きてしまったからじゃ。

 ユウとアイ。そしてシュウ。その3人の志を圧し折り、諦めさせてしまうほどの出来事……〈銀光〉事件が、起きてしまった」


 その碧眼へ痛ましげな光を揺蕩わせながら、ユウへと視線を向ける。


「シュウの療養施設で療養していた患者が、〈空人〉化してしまったことが、何もかもの始まりじゃったらしい。

 本来、手遅れ寸前の患者はシュウの施設へは送られん。じゃが、何かの手違いで運ばれてきたのじゃろうな。

 その事実をシュウが把握する前に、そ奴は〈空人〉となり、周囲の人間を巻き込みながらその被害を拡大させた」


 〈空人〉は〈空人〉を生む。

 魂を消し飛ばし、仲間を造る。

 まるで、チープなホラー映画だ。


「瞬く間に彼の施設は阿鼻叫喚の地獄絵図に――いや、この表現は正しくないか。阿鼻叫喚というにはあまりに静かであったろうことは、想像に難くない。

 実際のところをユウから聞いてはおらんが、静かに、事態は悪化していったことであろうの」


 泣き、喚き、叫ぶことなく、物言わずこの世の生者から外れていく。

 在るがままに果てる聖職者の如く。

 煩く囀ることもなく、糞便を垂らすこともなく、亡骸を地にさらすことも無い。

 ただ、布教するように同志を増やしていくだけの……悪い夢。


「当然、近くにあったユウとアイの施設も巻き込まれ――すぐさま地獄と化した。

 彼らの施設は、余りに〈銀〉に染まりすぎていたから」


 何かの拍子に〈空人〉となるような集団だ。

 そんな事件が起きれば、すぐさま"そうなる"のは、当然のこと。


「結果……アイは戦闘によって致命的な外傷を負い、ユウはアイを庇って致命的な"心傷"を負ったらしい。

 騒動で火の手が回り、進退窮まった状況でアイはある選択をした」

「ある、選択?」

「少しずつ研究を進めていた"人体創造"という神を冒涜する所業。

 その試作であるアイのクローン体へ、彼女は己の魂とユウの魂を、移したのじゃ」


 魂を、移す。

 簡単に言っているが、それが尋常ではないことは聞かずとも判る。

 人間を造りだした、という事実もまた、異常だ。


「結果として……シュウと、"今の"ユウが残った。

 それしか、残らなかった。

 全て廃墟となり、廃人となり、廃棄されたからの。

 今では人の寄り付かぬ魔境と化しておる。あれほどに〈空人〉に占拠された区域は、他にないであろうな」


 以上じゃ。と、彼女は締めくくった。

 その出来事から、今日この日までの事については特に語らなかった。

 きっと、そこには彼女とユウの出会いと、固い結びつきが生まれるまでの物語が秘められているのだろう。


「そういう経緯もあって、シュウの〈空人〉殺しは有名な話じゃ。

 ユウはあまり顔を出さないせいで、心に重篤な傷を負って隠居しているとか実は死んだとか、まことしやかにささやかれておる」

「隠居生活、というのは当たっていますよ、ルナ様。

 時折誰かを拾っては送り出すというアクセント付きですけれど」

「じゃろうな……シュウはねじ曲がってしまったが、ユウは相変わらずじゃ。

 尤も、己の信念からではなく――」


 内包されたアイの魂の願いが、彼をそうさせているのか。

 続く言葉が無くとも、何を言っているのかが分かった。


 だが経緯を知ってしまった私も含め、私たちにはそれをはっきりさせる術を持たない。

 出来ることは、その生き様を続ける彼が折れぬようにすることだけ。


「お主も」


 不意に、過去の語り部から視線を向けられる。

 

「ユウを支えになってくれ」

「……ルナ」


 万感の思いが籠ったその言葉に、帰す言葉を見失う。

 支えになれ。

 つまり、彼を支える柱になれ、ということ。

 間違っても――折れて、彼のバランスを崩してしまわぬよう。

 既に、私は彼を支える1つの柱に、なっているということ。

 

 その一言で、私は諸々を自覚させられた。


「判った」


 こくりと頷くことなく、私は答える。

 ふわりとした笑みを浮かべ、彼女は嬉しそうに頷いた。

 表情は硬く、まだ動ないけれど、私の気持ちは正しく彼女へ伝わったようだ。


「さて。それではココロよ。我々は下で今後について語らうとするか」

「はい。……はい?

 今後、とは?」

「今後は今後じゃ。行くのであろう、竜退治へ。

 それに儂もメンバーとして参加しようというのじゃ」


 不敵に笑って腕を組み、僅かに顔を反って視線を流す。

 幼女とは言わないが、幼く見え背丈の小さい彼女であるにもかかわらず、その姿は貫禄のあるものだった。


「……これまで、お組みになったことがなかったので」


 言い訳がましくココロが謝罪を立てるが、ルナは首を横へ振る。


「知らぬ故仕方ないことじゃが、儂はちょくちょくユウと組んで仕事をしておるよ。

 偶に儂のところへ来ることについてお主は勘違いしておる。ユウは儂としっぽりしておるのではなく、夜に仕事をこなしておるでな」

「……そうだったのですか」

「うむ。アウトロー気味の仕事ではあるからして……お主には向かぬ為、置いてきておったようでな」

「マスターの認識を改める必要がありそうですね……」

「その必要もない。実際しっぽりしておる夜もある」


 カカ、と笑うルナに、絶句するココロ。

 私も絶句だ。

 だが、彼との交友関係を見せつけられたのに不思議と悪感情は湧いてこない。

 羨ましいとは思うものの、憎たらしいとはどうしても思えない。


――――器用な性格だよねぇ


 しばらく黙っていた"声"が響く。


――――貴女は、彼の支えである彼女を敵ではなく味方と捉えている


 なるほど。

 言われて納得する理由だ。

 彼の良く言うフレーズに当てはめて言えば、精神衛生に良い、である。


「さあ往くぞココロ。お主とはそう接点が無かったこともあって、連携について確認したい。

 お主も聞きたいことが山とあろう、時間は有限じゃぞ」

「し、しかしまだマスターが眠ったままで――」

「看病なぞそこの小娘にやらせておけばよい。

 ユキ、じゃったか。

 お主にしかできぬことじゃ。目が覚めるまで傍にいてやれ」


 私にしか、出来ない事?


「女としての直感じゃがの。お主が傍に居るほうがきっと良い」


 好きあっている相手なら、自分こそ居たいのではないのだろうか。

 それこそ、彼女にしかできないこと、だ。


 ……いや。私と同じように感じているのか。

 敵ではなく、味方。彼の為になると思うならば、抵抗はない、と。


「傍にいて、何をしたらいい?」

「簡単なことを聞くな。自分で考えろ――は、お主には酷か。

 そうじゃな、手を繋いで、離さずおれ。そうしておれば良い。

 手を通じて伝わるものがある。体温は言うに及ばず、色んなものが、じゃ」

「分かった」


 了解を返すと、彼女は満足そうにココロを引き連れて部屋を出た。

 バタン、という扉の音を最後に、静寂が下りる。


 私はベッドへ腰かけ、言われた通りに手を繋ぐ。

 その手は、血の気が引いていて冷たく、しかし芯に通った何かを感じられて、暖かかった。



明日はまた1日お休み

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