表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/43

10.和解



 俺たちの横合い、無人となった家屋の屋根に佇む1体の人形を見咎めた。

 金のツインテールに、鈍色の騎士甲冑。手には大質量の鉄槌が握られている。童顔ながら凛々しく引き締められたその顔は、つい先ほど別れた姫に送った人形、〈チカ〉のものだった。

 艶やかな青基調のアーマードレスがひらりと揺れる。その姿は姫騎士そのもの。


「それ以上ユウに手を出すならば儂にも考えがある」


 我が師、と出てこない辺り彼女も若干気が立っている。

 滲み出る殺気がそれを裏打ちしていた。


「……〈フルムーン〉、だと?

 アイと繋がりがあるという噂は真実だったのか?」


 シュウは意外そうな顔だ。

 そりゃあそうだろう。人付き合いの悪い姫が誰かと手を組んでいるというのは、姫を知ってる人間が聞けば驚くネタだ。

 俺と違い情報収集は欠かしていないシュウは、中途半端に情報通だったようだ。


「繋がり、か。それについて貴様に説明してやるほど儂は機嫌が良くない」


 瓦を蹴り、俺たちとシュウの間に降り立つ姫。ガチャリと響く金属音は軽やかだ。

 雪という緩衝材を鑑みても小さい着地音は、魔力による重力制御によるものだ。俺が伝達した術式をうまく使ってる。


「見たとこ、貴様の人形は一体大破しているようじゃが?

 そこの〈自立型人形(オートマタ)〉と二人でかかってきても良いぞ」


 肩に鉄槌を置き、じろりと睨む。

 答えたのは着物の〈自立型人形(オートマタ)〉だった。


「主殿、悩むようなら手を引くがよい。

 悪い癖が出ておる」


 あろうことか主人を盾にするように後ろへ控えたショウコが言う。

 まあ、アイツは後方の火砲支援特化。しかも生身への対人型だ。

 憑依型であれ人形はあいつの分野外だろう。弁えた行動ともいえる。


「……ショウコ。俺は葛藤しているのか?」

「そうさ主殿。彼奴は果たして"害悪"足りえるか、とね。

 あの"捨て身"の攻撃は、〈空人〉にはない行動だろうさ。

 だから悩んでいる。違うかえ?

 その優柔不断さは私は好きだがね、〈フルムーン〉を前にしてそれは少々よろしくないよ」

「……」


 重く空気へのしかかっていたシュウの殺気が、するすると波を引くように消えていく。残ったのは、何とも言えない穏やかな雰囲気を纏う男だった。

 突如として切り替わった場の空気に、ユキだけが戸惑いの感情を見せる。


「アイ、先ずは謝罪しよう。すまなかった」

「……ユウだ」


 あの野郎、判っていながら俺をアイと呼びやがる。

 激痛でのたうち回りたいのを我慢して、いい加減改めない呼称を続けるシュウを睨んだ。


「お前が〈空人〉を憎んでいるのは理解している。

 この行動も、お前の信念に基づくものだ、否定はしない」

「ユウ、動かないで、傷が……」


 細い声で囁くユキを頼るようにして、何とか立ち上がる。

 傷口から血が僅かに吹き出るが些細なことだ。


「だが何故謝ってきた。お前の行動は間違っちゃいない。

 俺も、お前がこいつを知ったらそういう行動に出ることは判っていた」

「……その女は〈空人〉足りえない。と、今判断した。

 明確な〈魂〉を感じる。〈アキラ〉を打倒したのは、その〈魂〉の顕現だった。

 確かに、〈空人〉には近い。だが、誰より遠い。俺は直接見て、そのように感じた」


 口下手な男だ。もう少しウェットの利いた会話は出来ないものか。

 得た情報を元に災いになりそうな根源を狩りに来て、直接やりあった結論がソレなのだろう。

 これはユキを守りきれた、と言うべきかとてもグレーだな。

 その否定の態度を示したのは、彼女自身の行動であって俺の行動じゃない。

 俺は踏んだり蹴ったりだ。


 シュウは苦々しい表情で問いかける。


「アイ。お前は、俺の捨てた夢を追っているのか」

「ユウだ。……俺はお前の後なんざ追っていない。

 これは成り行きだ」

「違うな。全く違う。見ぬふりも出来た筈だ。

 だが手を伸ばした。

 俺の生き写しだ。夢と現実を区別したつもりで、夢を追っている。

 もう、そんな真似は止せ。過去を繰り返すことは無い」


 それは根拠のない言葉ではない。

 シュウは、失敗した。夢を追うが故に。

 これ以上なく、完膚なきまで。

 だから言葉が重い。彼は知っている。身を以って。


「そんなつもりは――」

「フン。貴様とユウの事は聞き及んでおる。

 じゃがあえて言おう。――黙れ」


 割り込むように甲高い声が響き渡った。


「儂を間に挟んでぺちゃくちゃといい度胸じゃ。

 貴様は失敗して、諦めた。極度の〈空人〉嫌いもそれが原因じゃろう。

 そこのぶっ壊れた人形もその権化と言える。

 そんな諦観を持った男がそれ以上囀るでないわ。

 未だユウを"アイ"と語る貴様が、ユウを語るな。

 儂を――儂を救うてくれた、このユウの生き様だけは、何人にも否定はさせぬ」


 彼女は、むしろ誇らしげに、一息に言い切った。

 どうにも頬が熱くなる。

 こいつ、あれだけ俺のやってることを渋い顔して聞いていたくせに、キッチリ自分の自慢にしていやがった。

 なんとも表現しがたい気分に、痛みが遠のく。

 そもそも一方的に姫を助けたわけじゃなく、あれはお互い支え合ってのことだったというのに。


「お前は、知っているのか。あの――」

「〈銀化〉した者を救済すべく作られた収容施設、〈楽園〉で起きたあの〈銀光〉事件。儂は全てユウから聞いている」


 シュウが驚きの表情で俺を見た。


「まさか……アレを口にしたのか? あの事件を」

「……?」


 ユキが訝し気に視線を俺に向けている。

 出会ったばかりのユキにわざわざ言うことでもないから伝えていない。知らぬのは当然だ。勝手知ったる相棒ならともかく。

 何よりあの事件を語るのは、とても苦痛だ。

 だが。


「俺は、アレを一人で抱えられるほど、強くはなかった」


 あの事件の後、姫と出会っていなければとうに廃人だっただろう。

 救われたのは姫だけじゃない。俺だってそうだった。


「なんじゃ。囲った女にも言うておらんかったか」

「ペラペラと喋る事でも、ねえだろ」

「当事者であった師には語りづらいことじゃろうな。

 良い、では儂が後でひと肌脱いでやろう」


 調子が出てきたようだ。姫にも余裕が見え始める。

 反して俺は余裕がなくなってきた。失血に加えて寒さがキツい。


「事件について興味のありそうな女子には後で語ってやる。

 今は、待て。

 ――それよりシュウ。いや、〈聖者〉殿と呼ぶべきか?」

「俺をその名で呼ぶな」


 意趣返しだろうか。奴の嫌っている二つ名で呼んでいる。

 なんというか、一連のやり取りを見ていると錯覚するが、奴はあんな二つ名を持っている。

 過去を知っていれば納得できなくもない呼称なのだが……。


「改めて問うが、これ以上やる気はあるか?」

「ない。手を退こう。

 その負傷も、俺の不手際だ。必要あらば手を貸す」

「要らん。お前に借りる手はない」


 止血は〈魔力〉を流動させて既に済ませた。

 血が足りてないのが問題だが、死ぬほどじゃない。

 重度の貧血程度。今すぐ倒れたいが、こいつの前で寝るのは気に入らない。

 歯を食いしばって〈魔力〉を糧に意識を保つ。


「ショウコに言ってやれ。ダイヤモンド・ダストなんぞ撃ってんじゃねえと。

 殺す気か」

「おやおや。当人がおるというのに正面切って言わぬとは」

「後で聞かせておく」

「おやおや? 主殿?」


 聞かせておくって……やっぱり過剰攻撃だったのかよ!

 魔力の散布が見受けられたから攻撃が来るのは察知出来たが、発動前に術式を物騒なほうへ切り替えられた感じだったんだよな。

 人形体にも通用する並の魔法から、人形体へ効果の薄い、対人向けのえげつない術式へ。

 もしかして俺に撃てるからと変えたのか?

 こいつもう封印したほうがいいんじゃないだろうか。


「その当たりの感知能力は流石さねぇ……主殿であれば判らぬままオとせそうなのだけれど」


 主をターゲットに考慮するな。

 そしてその話を聞いて無表情のまま自慢げに頷くんじゃないシュウ。自分の人形が褒められてるんじゃない、お前自身が貶められているんだ。


「なら、これを。慰謝料代わりだ」


 ポン、と投げて寄越される〈魔力結晶〉。

 横合いに立っていたココロが空中でつかみ取った。

 随分と大きい。これは、この間手に入れそびれた危険区域での収入を軽く上回るサイズだ。

 やはり〈空人〉嫌いが高じて大量に狩りをしている男は収入量が違う。


「礼は言わねえぞ」

「無論だ」


 そのままシュウは〈アキラ〉を抱え上げて肩に負う。

 心臓部をものの見事に破砕しているため沈黙しているが、頭蓋が無事なので修復は出来そうだ。

 〈アキラ〉を作ったのは他ならない俺自身なので、見れば大体わかる。

 あの状態ならシュウの技術でどうにでもなるだろう。俺の出る幕ではない。


「アイ」

「ユウだ。……どうした?」


 踵を返して今にも帰りそうだったシュウが、すぐ足を止めて肩越しに俺を見た。


「どうせお前の事だ、ここ最近の情報など聞いていないだろう」

「るっせ。嫌味を言ってないで要件を言え」

「北東の危険区域で、"竜"を見たという噂が流れている」


 俺は思わず息を飲んだ。

 ただでさえ薄れた血の気が更に引くような錯覚。


「――"竜"だと? 規模は」

「10メートル級。知っていたか?」


 おっしゃる通り知りもしなかった。

 というか、北東の危険区域って俺の庭のほうじゃねえか。

 この間の〈空人〉との遭遇はそいつの予兆だったのか。


「近いうち、討伐隊が編成されることになるだろう。

 だが、"竜"と聞いて尻込みしているハンターが多すぎる。

 周辺の雑魚掃除なら歓迎だが、本丸とは戦いたくない、とな」

「……なあ、もしかしてなんだが。

 最初は手を借りにこっちへ来てたのか?」

「然り。お前ならば、"竜"であれ問題ないだろう。

 〈空人〉を種を拾ったという話は、ことのついでだった」


 なんだかぐっと疲れた。

 何だ?

 手を貸してほしい、と素直に言えないから、とりあえず難癖のほうが先に出たと。

 そのやり取りで火がついたのか、思わず手が出たと。

 なんだこれ。ツンデレか?

 男のツンデレなんて、どこにも需要がないぞ。


「……いつだ」

「1週間後。集落〈キサラ〉は判るか?」

「問題ない」


 やはり近所だ。3時間も歩けば到着する集落の名前だった。

 数ある集落でも結構な規模で、周囲に城壁まで作ってある守りも固い場所だ。

 当然だが城壁は手作りではなく、〈魔法〉による構築。その建造に当たっては俺も一枚噛んでいる。

 あれはあれで、楽しい仕事だった。


「参加する気があるなら問う。アイ、剣はどうした?」

「ユウだ。あれは……今は置いている」

「それを想定して斬りかかったが、アテが外れた。

 何故あの剣を使わない?」


 見下げた、とはそういうことか。


「……アレを持って戦うと"私"が引きずられる。

 悪い影響じゃないんだが、〈魂〉がブレて後が落ち着かない」

「おかげさまで夜が大変でのう」

「おい、黙れ」

「――なるほど」

「お前も黙ってろ」


 おどけて見せる姫に、真顔で頷くシュウ。

 片方は素なだけにやりづらい。


 夜のアレコレ自体は比較的メジャーな手法なのは間違いない。

 寝る、喰う、遊ぶ。これらの本能的な欲求を満たして〈魂〉の拡充を図る連中は多い。

 そんな奴らを一括りに〈野性派〉と呼ぶ。

 対抗勢力としては、〈理性派〉が存在している。知的好奇心を満たしたり、綺麗な景色を眺め時間を優雅に過ごして〈魂〉を充実させることを主眼に置いた集団だ。

 あぶれるように〈人形主義〉という存在もあるのだが――これはまた、別の機会だ。


「確かにアイは〈野性派〉寄りだった」

「俺は〈理性派〉だよ! つーかそういうことじゃあねえんだよ!」

「またまた」

「姫は黙ってろ!」

「またまた」

「ユキ、お前判らないまま乗ってきてんだろ!?」


 不本意なことにこの流れを変えられない。

 やまびこのように合いの手を入れてきたユキだが、目は据わったままだ。

 余程シュウに対してカチンと来ているらしい。

 むしろこの感じ、混ざれない会話を繰り広げてる古参組に嫉妬しているようにも見える。


 アイだの過去の過ちだの、確かに訳の分からない会話が続いていた。

 とりあえず早急に帰って話をしてやるべきだろう。


「とにかく。段取り決まったら連絡を寄越せ。用意はしておく」

「わかった。使いを送ろう」

「ショウコ以外だ。いいな、ショウコは送ってくるなよ」

「それは前振りか?」


 呆れたように言って、今度こそ彼はこの場を立ち去って行った。

 これだけ散々散らかしたくせに、なんとあっさりした退去ぶりだろう。

 もっと迷惑料をせしめるべきだった、と後から後悔が募る。


「……マスター」

「ん、ああ。悪い悪い、待たせたな。とりあえず引上げようか」


 どうにか自分の膝に力を入れて一人で立とうと試みる。

 が、どうにも体は言うことを効いてくれなかった。

 生まれたての小鹿のように足が震える。


「もう良い」

「何がだ?」


 そんな俺を見かねたか、姫が俺の立ったかと思うと、さらりと俺を横抱きに持ち上げた。


「待て。恥ずい」

「待たぬ。……傷が相当に痛むのであろう。

 フン、魔力流動で分かるぞ。傷口は大方埋まったようじゃが、激痛と貧血はそうすぐに癒されまい。

 いいから意識を手放してしまえ」

「む……」


 立ち続ける、という身体の負荷が消えたことで、ふっと意識まで遠のく。

 横抱きにされての安堵感というのもあるかもしれない。随分と女性的な感性も備わったものだ。暗澹たる気分になる。

 正直言ってする側に回りたいものだ。ともあれ、今回は姫に譲るとしよう。


「……分かった。後を、頼む」


 任せると口にした瞬間、身体から力が抜けた。

 意識せずとも瞼が落ちて世界が黒く染まる。

 なんというか、男として様にならない。次はもっと、上手くやると、しよう。


 ……そこで、俺の意識はぷっつりと途切れた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ