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9.紙一重


 眼前に、泣き顔のような面を張り付けた鎧武者。

 立ち向かうは、徒手空拳の絡繰りと刀手にした女侍。


 対岸に控えた繰り手の俺と死神は、ほぼ同時に〈意図〉を飛ばした。


「「やれ!」」


 何より速く間合いを詰めたのは、侍の女。

 ココロは地面を舐めるような低姿勢で詰め寄ると、俺にすら捉えきれない速度の斬り上げを鎧武者へ差し向けた。


 ――ッギ


 が、その刀は〈アキラ〉の刀に受け止められる。

 いつの間に抜いたのか。

 その手には1メートルを超える長さの太刀が握られていた。


「――忌々しい!」


 刃を滑らせるように引き抜くと、身体を独楽のように回転させて足を払うように薙ぎ払う。だが悪手だ。

 僅かな体重移動と足さばきで薙ぎ払いを避けると、あろうことか回転によって重心が外へ逃げたココロを押しのけるように蹴り抜いた。浮き上がり、弾き飛ばされる。

 遠くへ蹴りやった女侍(ココロ)は見送りもせず、鎧武者は即座に正眼に構えなおした。


「邪魔」


 入れ替わるように躍り出た絡繰り(ユキ)

 強力な魔力障壁と破壊力を武器に、構えられた太刀を物ともせずに間合いを詰めにかかった。


 正眼に太刀を構えた鎧武者は、焦りの気配を滲ませもせずにユキを迎え入れる。

 その姿は正に武者。見せる背なく、隠すもの無く、明かさぬ手なし。

 一切の遠慮は見せず、己が全身全霊をもって正眼に構えた太刀を振るった。


「――ッ!?」


 表情は変わらず。だが明確な衝撃を受けてユキが急停止する。

 振り下ろされる太刀。

 顔を逸らして軌跡を回避した〈クズ(ユキ)〉の胴を、縦に浅く切り裂いた。


 とんでもない。

 あの〈魂〉総量1割程度の、〈魔力〉の塊であるユキの魔力障壁を軽々突破し、その人形体に傷を負わせた。

 勿論、憑依状態である以上魔力障壁は生身に比べれば薄い。が、だから簡単になるわけではないのだ。

 本来であれば、繰り返しの攻撃で疲弊させてからようやく届くような一撃を、かの武者は僅か一太刀で成し得たのだ。


 ズン。


 なんてことのない、武者の踏み込む一歩。

 明確な殺意、圧迫的な魔力、激震走る音、それらを含まないなんでもない一歩が、心臓を締め付ける。

 ユキとアキラの距離が、縮まる。

 その距離は、かの武者の〈必殺〉の距離であろうことは、誰の目にも明白だった。


「『行使』『六角の障壁(ヘキサ・グラム)』」


 対抗の手段として、ユキは〈魔法〉による自発的な障壁構築を選択した。

 あの〈引き金(トリガーワード)〉は〈クズ〉に搭載された術式のひとつ。俺の構築した〈魔法〉ではないが、器用貧乏を地で行く俺とは異なるもの。馬鹿みたいに魔力を食わせながら展開させる、力業かつ強固な防御力を誇る楯。


 即座に展開される、機械の鱗を思わせる半透明な銀色の六角形が無数に広がり、武者の太刀を食い止めた。


「――ム」


 ガリガリと障壁とぶつかる太刀。

 初めて武者が声を上げた。

 あれだけ容易に魔力障壁を切り裂いた刃でも、能動的に展開された障壁には手こずると見える。

 ビキリ、とヒビが走り、徐々に広がっていくが一撃の元には粉砕されない。


「『(はじまり)にして(つい)』」


 その隙を良しと見た。

 ユキは腰を落とし右腕を引き、左腕をゆるく前へ。

 右足を前に突き出して踏み込むと、左足の踵を浮かせて身体を目一杯にねじり込む。


 あれは、〈クズ〉の〈奥義の型(トリガーモーション)〉だ。

 俺が面白半分に実装した、実用性皆無の奥義。


 そも、奥義の型とは。

 "特定の姿勢と、動作を強化する"という限定的な能力強化によって生み出すもの。

 要は、〈構え〉と〈挙動〉がトリガーとなった〈魔法〉、というべきもの。

 分かり易いのが居合い抜きだ。

 鞘から刀を抜く。その動作を強化することで神速の抜刀術へと昇華させる。


 ユキが体現しているのは〈クズ〉の代名詞、唯一にして最大の奥義。

 最初の業にあって、〈クズ〉にとって最後となった業。

 一切合財を粉砕する、破壊の顕現。


「『崩砕』」


 ヴォッ!!


 空気が"砕ける"音が耳朶を打つ。

 魔力障壁を消し飛ばし、武者が持つ太刀を砂状にまで"破砕"してなお、武者めがけて撃ち抜かれる。

 だが、そこまでの大振り。

 例え太刀が砕かれようと、その身のこなしは消え去ることなし。


 僅か半歩、身を引いたそれだけで〈クズ〉の拳は空を"砕く"に留まってしまった。

 おかしな足運び、射程の短い拳、問題は山積みのソレである。

 この帰結は当然と言えた。

 それでも、太刀一本。

 武者から攻撃の術を奪ったことは何より行幸。


 〈クズ〉のように徒手の戦闘を想定した人形ではなく、刀や太刀による近接戦を想定した〈ココロ〉や〈アキラ〉は、得物を失うことで戦闘力を激減させる。

 軽々と〈ココロ〉をさばいたその鎧武者は、僅か数瞬の攻防で脅威度を激減させていた。


「――ッハ!」 


 そして、その好機を見逃すほどココロは耄碌していない。

 すかさず踏み込み、攻撃を繰り出す。


 空手では無理と言わんばかりに無様に飛びのくと、武者は地を転がって距離を取った。

 明らかな逆転。

 背後に死神が控えていても、〈クズ〉と〈ココロ〉を前には聊か戦力不足に見える。


「畳みかけます!」

「わかった」


 やや不機嫌そうに言うココロと応えるユキ。

 恐らく、蹴りの一つで丸め込まれたことを不本意に思っていることだろう。

 互いの……操り手である俺とシュウの実力差から来るものであり、〈ココロ〉の性能不足、技量不足ではないのだからと慰めてやりたいところだが……。




 人形たちによる武闘が繰り広げられている裏で、俺はコソコソと切り落とされた腕を拾って接合していた。

 見事に切断された腕の断面は美しく、簡易消毒を施してピタっとはりつけて作り直すだけであっさりくっついた。今の〈魔法〉は断面同士を繋いでいた部分の再構築であって治癒ではない為、激痛だけは消えないがきちんと動く。

 神経系も問題ない。さほど時間を置かず馴染むだろう。


 器用なくせに全く不器用だ。

 "繋ぎやすい"ように切断したシュウには脱帽する。


 奴の目は既に俺を見ていない。

 ほかならぬユキにくびったけだ。

 アレの殺意は〈空人〉にのみ注がれる。まだ人間の俺は殺害対象外。相手にする価値なしというわけだ。

 ユキが割り込まなかった場合、致死レベルの負傷は刹那的に負ったかもしれないが、昏倒させた後にきっちり手当したのではないだろうか。

 割り込む何かを察知して俺の首を泣き別れにしようとしていた節があるので、間に合わなかったら俺の首は飛んでいた可能性のほうが高いのだが。

 それほど洒落になっていない太刀筋だった。

 実際、俺自身は死ぬと思っていたし。


 ……とまあ、そういった中らずとも遠からずな予測が出来る程度にはヤツとの付き合いが長い。

 やりあった回数も数知れず、だ。

 その都度死を覚悟している俺の身としては、寿命が縮まる思いである。

 首が切り裂かれた時は本当に死ぬと思った。

 死なない〈器〉の丈夫さに感謝してやまない。


 そんなこんなの影響で、互いに手の内は割れている。

 ココロの、忌々しい、という発言は、負けっぱなしである部分から来ているのだ。彼女は今のところ〈アキラ〉に連戦連敗中である。

 徐々に勝負になり始めているし、いつかは勝てるだろうが……俺の助力で早めてやりたいものだ。

 それでも年単位で未来になりそうなのだが。


「ッグ……くそ、いってェ……」


 腕の具合を確かめ、痛みに悲鳴を上げながらも戦場へと視線を戻す。

 鎧武者は即席的な魔力の太刀を生み出してユキとココロの攻撃をいなしている。

 この辺りは、操り手の魔法運用面目躍如と言った様子。

 2~3合で砕けるため、攻撃には移れていないのは、本家シュウの魔力剣には劣るということだろう。2対1という構図も、彼女らの攻勢を後押ししている。


 ……おかしいな。

 〈アキラ〉の太刀は一本ではなかった。

 予備の小太刀は持っているだろうし、確か妖刀も一本隠し持っていたはずだ。

 抜かない、ということは何かを狙っているのか。


 シュウが手を出さないのも気掛かりだ。

 殲滅対象と決めたユキを前に沈黙している様子は、常態を知る俺にとってはただただ不気味な死神でしかない。〈空人〉に近し、と判断し、ユキとの直接対決を避けているのだろうか。

 気付いておかしくない付き合いの長さのココロは、どうもやり込めていることにテンションが上がって周りが見えていない。そのまま屈辱を果たすことに終始している。

 ユキとのペアだが、そこはいいのだろうか。

 相手に苦戦させている、という事実が気持ちいいのかもしれない。


 いくつかの情報を頭で整理したが、やはりおかしい。

 そもそも、初手から太刀を失する展開は異常に尽きる。

 〈アキラ〉の力はあんなものではない。〈クズ〉を戦闘運用したのは初めてであるため、先ほどの一撃は知らないだろうが、太刀を失う展開にはならなかった。

 あの抜けない障壁を前に、鍔迫り合いなどする筈がないのだ。


 では、あえて下策を取った?

 あるいは、能力を低く見積もらせたかった?


 だが、互いの能力はほぼ互いに明かされている。

 知らぬのは最近得た切り札か、或いは互いの間で使ったことのない隠し札。

 判断能力も込みで手の内が明らかなのだ。

 精々、騙せるのは見失っているのはココロぐらい――いや。

 そもそもその力を知らない奴がいた。


 ユキだ。

 

 


 突如として膨れ上がった殺気に、俺は疑問が確信に至る。

 これは、誘いだ。〈アキラ〉を過小に評価させることでユキの突出を狙っている。

 現にいま、ココロと共にさらに奥へ戦線を押し込み、シュウへと迫ろうと躍起になっている。


「『堕天使の羽根』!」


 不味い。

 あそこは既に"アイツ"のキルゾーンだ。

 俺が魔法を使った時点でシュウの表情が変わった。こちらが手の内を読んだことに気づかれたに違いない。

 黒の翼を背に負いながら、俺は叫ぶ。


「下がれ!」


 声を張りながら遮二無二駆け出す。

 何事かと、鎧武者と相対しながら肩越しに俺を見る二人。

 反応が遅すぎる。


 戦闘慣れしないユキは兎も角、十分に経験を積んだココロが呆けているようではまだまだ習練が足りない。


「『後ろへ跳べ』!」


 俺はココロの自我へ割り込むように〈意図〉で括り、強引に後ろへ跳躍させる。

 状況についていけないユキは、ここにきてようやく何かに気づいた。

 表情こそ変わらないが、攻め一辺倒だった足運びが初めて後ろへ向く。


「させぬ」


 鎧武者がユキへ踏み込んだ。

 手にした魔力刀で切り込む。その太刀筋にキレはない。

 いなすことに苦は無い程度。が、いなさなければ太刀は胴を切り裂き、いなすためにはこちらからも踏み込む必要がある明らかな誘いの太刀。

 奴がその場に留まらせようとしているのは明白だ。


 引くこと叶わず、絶つこと難し。

 ユキは、迷わなかった。


 為れば――貴様も墜ちろ。


 生かな太刀など放つ側に問題があると、ユキは無表情なまま嗤った。

 鬼神の如き一歩をもって、太刀を"防がず"、拳を"放った"。


「――ヌ」

「『崩砕』」


 切迫した鎧武者の声と、淡々とした〈クズ〉の冷ややかな声が交錯する。


 舞う人形片。

 ユキは肩口から脇腹にかけて断ち切られ、それでも踏み込んだ彼女によって鎧武者は左肩ごと、左胸を撃ち抜かれて粉砕された。

 双方、体内を巡っている黒い血液のような魔力流動体を撒き散らしながら崩れ落ちる。

 

「マズすぎるだろ!」

「……ッ!」


 俺とシュウが同時に顔色を変えた。

 〈クズ〉が憑依状態を維持できなくなり、無傷なユキを肉体ごと吐き出す。

 何でパジャマ――じゃなくて!


「ま、に、あ、えぇぇ!!」


 ユキの襟首をつかむと、力の限り後方へ放り投げた。

 同時に、無意識の魔力障壁を意識的にゼロにして、口を手で覆い身体を丸くする。



「『我、創造セリ。汝滅ス絶望ノ粉塵(ダイアモンド・ダスト)』」

 


 厳かに響き渡った女声。

 閉じた瞼の向こう側に、小さく強く輝く星屑のような光が見えた。


「――ガ、ァ……ッ!」


 弾けた、としか説明できない。

 全身余すところなく切り刻まれ、ズタズタになって雪の上に転がる。

 面白いとしか言いようがないほど、血を噴き出しているのが自分で分かる。


 この魔法は広域範囲に領域を敷き、指定範囲内に魔力の粒子を泳がせ、瞬時に炸裂させて微細な裂傷を大量に生み出す〈対人魔法〉だ。

 周辺に漂わせている対象者"本人"の〈魔力〉を逆方向へ向け、その威力を増加させるという、悪辣極まりない代物である。

 これほどまでに強力で遠慮のない魔法を放つ、シュウの勢力は一人しかいない。


「……ショウ、コ……ッ!」


 おびただしい量の出血に意識を朦朧とさせながら、どうにか頭を起こして発動源に立っていた女を見る。


「おやおやァ……あたしのを受けてまだ意識が残っているのかい。

 ……ああ、魔力障壁を消したね? 流石は坊や、良く分かっているじゃないか」


 呵呵と嗤う、藍色の着物を羽織った女……否。人形こそ、シュウの片腕。

 〈皆殺し〉とまで言われて悪名ばかりが集まっている〈対人特化〉の人形。

 オートマタの〈ショウコ〉だ。


 怖気すら感じる艶やかな黒の長髪が着物姿に似合わず、しかし様になっている。

 口元を扇子で覆っているのに、笑みの形に歪んでいるのが透けて見えた。


「……ぐ」


 起き上がれない。流血が多すぎる。

 〈魔力〉による障壁を取り除いた結果、総合のダメージこそ減ったが、対外的な防御力が激減したことで本物の肉体に手酷いダメージを受けていた。

 これで最小に抑えた結果というのだから笑えない。

 くそ、ここで寝るわけには……。


「ユウ!」

「マスター!!」


 無防備に駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 なんて様。

 二人に抱き起されてようやく、シュウとショウコの顔がしっかり見えた。


「……っ!」


 顔に出ないが、明らかにユキが殺気立っている。

 目に見える感情の発露というのはすさまじい。これが〈空人〉にリーチがかかった少女の激情だろうか。


 シュウもまた、戸惑いを見せている。

 これまでの経験からあまりに外れた状況に、決意で凝り固まった行動指針にヒビが入っているのだろう。

 彼女は殺すべきか否か、と。


 とにかくヤバい。

 この状況でシュウが行動を起こせば、人形から追い出されたユキは殺されかねない。どれだけ〈魔力〉があろうと、抵抗出来ないほど痛めつけて撫で斬ればいつかは死ぬ。

 俺が完全に足手まといになってしまっている。

 せめてここから離脱できれば。何か手段は……。


 動きもしない首に見切りをつけて、無事に稼働する眼球を巡らせ逃げる術を探す。


 が、結果として、俺の必死の行動はあっさりと無駄になった。



「そこまでにしてもらおうかの、下郎」


 響く幼い声が、俺には何よりの福音に聞こえた。





ストックのほうが早く減る現状。

暫くは隔日更新にしようかと思います。

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