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8-9.アブソリュート

予約投稿失敗してました。何故……。

慌てて投稿しなおしたので修正。


 「ユキ、朝ですよ」


 ゆさゆさ、ゆさゆさ。

 優しく揺すられる感覚がとても心地よい。

 安らかなまどろみというのは、こういうものを言うに違いないのだと私は思う。


 気持ちよい。というのは、こういった情動なのだろう。

 鼻腔をくすぐるのは太陽の香り。

 ほぼ全身を覆うのは、ふわふわの毛布。

 頭を支える触れるだけ沈む枕は、重く沈む私の頭蓋をふんわりと浮かべてくれるのだ。

 これだけ幸せなものは他にあるま――


「ぎゅっ」


 どういう手品だろう。

 しがみつくように体に巻き込んだ毛布を引っぺがしながら、ベッドの上から私を強制退去させられた。

 敷かれた絨毯の上にだらしなく転がり落ちる。あ、これも悪くない。

 髪を下ろしたいつもと雰囲気の違う犯人(ココロ)はやや呆れたような、笑ったような顔で私を見ている。


「まさかこのスキルを披露する日がくるとは思いませんでした。

 マスターは眠りが浅く、部屋のノックをする前に起きてしまうので寝ている姿を見たことが無いんですよ。

 いやはや、人形も長く生きてみるものです」

「それはどうも……」


 満足したなら私をベッドへ戻していただけるだろうか。毛布だけ返して頂ければこのままでも構わないので。


「さあ起きてください。朝食の時間です。

 食事をきちんと摂ることが、貴女の人間らしい日々の第一歩ですよ」


 しかし、無情にも私はココロへ引っ立てられ、ずるずると1階のリビングへ連行される。

 広めのリビングには、4人掛けのテーブルが置かれており、洒落た雰囲気のキッチンがその奥に見える。

 観賞用に置かれたであろう大きめの樹木が空間に丸みを持たせており、整った調度品が締めるべきところを締めていた。

 総じてセンスのある配置と言える。


――――無いのはテレビぐらいで、あんまり変わらないのね


 脳内で聞こえてくる声もまた、私の意見には賛同らしい。

 変わらない、というからには過去を知っているような口ぶりだが、聞いたところで回答は来ないだろう。経験上。


 私は椅子を引いて、既に朝食の置かれたテーブルへつく。

 ココロもまた、私の向かいに腰を下ろした。

 今日の朝食はどうも焼いた食パンと目玉焼きにサラダである。小分けにするのが面倒だったのか、サラダはおざなりにガラスのボウルに突っ込まれてテーブルの中央に鎮座していた。

 食パンすら手抜き感が半端なく、やや焦げ目の見える目玉焼きがやけくそのように食パンの直上にぶち込まれている。


――――やってみるとわかるけど、さしておいしくないのよ、コレ


 つまり声の主はやったことがあるということか。

 ココロと仲良くなれそうである。私には理解できない分野なので、全面的に任せたい。


「いただきます」


 ココロが手を合わせて言った。

 私もこれを言わなければ睨まれることを承知しており、睨まれるのは本意でないため繰り返す。


「いただきます」


 それからコーヒーを一口、と手を伸ばし、おぞましき暗黒であることを見咎めて手を止めた。そして視線を卓上へ巡らせ、あるものへ手を伸ばしなおす。


「……表情が全く変わらないというのに、感情の動きが判るというのは凄いですね、ユキ。そこまで目の敵にしなくてもよいのでは?」


 私はプラスチックケースに収められた白色の魔法の粉をスプーンに満たし、3度ほどそれをカップにブチこんでやった。

 とどめとばかりに、やはり白色の魔法の水を叩き込んで茶へ変色したことを見、安堵してカップを口につける。


 甘みのきいた、どろりとした感触。やはりこれでなくてはいけない。


「既にコーヒーではない別の何かですからね、それ。

 はあ、ユウが見たら冒涜的過ぎると一言あるぐらいです」


 呆れた声のココロ。

 しかし私にも反撃のカードがある。


「冒涜的なのはココロの料理」


 直後、彼女が見えない魂が口から出ているような状態になった。

 本当に彼女は人間じゃないのだろうか。普通に食事もしているし。


「い、いえ。普通に料理を、する分には大丈夫です、よ?」

「レシピ通りに作れば当たり障りなくどうにか食べられるレベル」

「っかは」


 テーブルに轟沈。私は撃破カウントをひとつ手に入れた。

 昨晩もそうだったが、ココロはどうも料理が下手だ。

 言うようにレシピに則ればまず食べられるものが出来る。だが、食べられるだけで美味かと言われれば判断に悩む。当たり障りなく、そこそこ不味い。

 現に今の朝食も、焼いただけの食パンは問題ないが目玉焼きは焦げ目が見えて黄身がカチカチに火が通っている。半熟はどこへ行った。


 トドメに、ちょっとレシピから違うものを作ろうとすると世にも恐ろしい何かが生まれる。昨晩、1品ほど挑戦したようで焼却ゴミとなった。

 ただの1日、食卓を共にしただけの私にここまで言われるのだから、推して知るべし。

 初日、ユウが調理担当だった理由を理解させられた場面だった。

 今後彼女がキッチンに立つときは、レシピを突き付けるつもりだ。


「はぁ……サラダはおいしく作れるんですけどね」

「それは斬るだけだから」

「……っこふ」


 こと、『切断』に関しては比肩するものがない様子のココロ。

 サラダを切る姿は剣士のそれだった。本気でやるせない。キッチンを戦場にしていいのは、一流のコックだけである。

 なるほど、彼女は刺身などなら天下一品かもしれない。


――――いやあ、料理できない侍娘。いいね、わかってる。


 脳内サウンドは相も変わらず好調の様子。何がいいのか。

 私は食パンをかじりながら、淡い太陽光が差し込む窓を逃避気味に眺めた。




 ぞわり



 刹那。

 全身の毛が逆立ち、言い様のない何かに急かされて立ち上がって椅子を倒した。


「ちょっと……ユキ?」


 私を咎めようとした彼女は、恐らく私の尋常ならざる雰囲気に触れて黙る。


 ちりちりと心臓がざわつく。

 何かが私を急かす。

 焦り?

 感情を理解することが難しい私は判断がつかない。

 何かしなければならない。が、どう身体を動かせばいいか、それがわからない。


 栓のされたホースのように、行き場のない何かが私の中でのたうち回る。

 このままでは爆発してしまいそうだ。だが、爆発するとは一体何がだろうか。


 限界を迎える前に私の栓を取り除いたのは、やはり脳内の声であった。


――――〈クズ〉を呼んで! 走って!


「わかった」


 私は即答した。

 正しさは行動の後の私が証明してくれる。ならば、行動するのみだ。


「わかった、って……ユキ!?」


「『〈クズ〉、展開』、『即時憑依』、『戦闘機動、開始』」


 召喚陣から躍り出た戦闘人形へ迷わず憑依する。

 一瞬の暗転の後に広がる世界。

 視野の端に自己パラメータが表示され、憑依した人形のコンディションを教えてくれる。

 文句なしのベスト・コンディション。

 私という異物を、〈クズ〉は快く迎え入れてくれた。


 ガラスの嵌められたドアを開け放ち、外へ踏み出す。


「ちょっと、ユキ! どこへ行くのですか!」


 食事の途中で席を立ったことを咎めているのか。

 それとも、言い得ぬ何かを感じたのか。


 恐らくは後者。彼女は生粋の侍だ。

 なれば、戦の香りなど嗅ぎ取るのに苦もないだろう。


「ユウを助けに」


 ほら。私のたった一言の言葉で彼女は全てを理解した。

 椅子を蹴倒し、腰に刀を佩き、髪を束ねて瞬く間に人を斬る侍へと変貌する。


 これが信頼というものだろうか。

 わからないが、強ち間違いでもないだろう。


 ともあれ、今は。


「行く」


 私は、地面を蹴り付けて高く跳躍した。




 探索系の〈魔法〉は使えない。

 だが、私の心臓がぐいぐいと何かに引きずられる感触を訴えてくる。

 その方角こそが、ユウの居る場所だ。

 私は確信している。

 理由など不要。それが真実である以上、私は因果など必要としない。




 駆けた時間はわずか数十秒。

 だが、事態は明らかに暗転していた。

 遠目に、ユウの右腕が宙を舞う映像が見える。

 紅い鮮血が雪を穢す。睨み合う何かとユウ。

 このままでは再度ぶつかり合い、今度はユウの首が宙を舞うだろう。


 させるものか。


 強い情動を感じる。放出の法を知らない私に代わり、声が代弁した。


――――あのクソ野郎をぶっ潰せ、ユキ!!


「うん」


 駆ける。

 家屋の屋根を、塀を、柱を足場に、三次元的な機動をもって最速の移動を実現させる。


 突如吹き抜ける風。

 それが次の攻防のきっかけになることは即座にわかった。

 だが、私には何よりの幸運。

 それは、追い風だった。


「――ッ」


 柱を蹴り付け、地面へ激突するように着地。

 二人の間へ割り込むように地に立ち、迫っていた凶刃を鋼鉄の如き人形腕で弾き飛ばした。

 

 ガァン!


 魔力の衝突による火花が一瞬弾け、水を差された一騎打ちに僅かな間が生まれる。


「……来たか」


 死神を思わせる男が声を漏らす。

 美声か、濁声かは私の脳が必要としなかった故にするりと抜けおちる。

 今はこの命狩る悪魔を打倒することが、私のすべてだった。


「お前……」


 背中から届く声が、やけに枯れていて私の表に出せない感情が暴れる。

 まったく許してほしい。この情動をどうしろというのか。

 〈魂〉の欠落した私には表現し、外へ放出する術を多く持たないというのに。


――――でも、一つだけ今はわかってる。


 ああ、そうだとも。

 私にはこのやり場を一つだけ見出している。


 この男を、完膚なきまでに叩きのめすのだ。

 胸のうちで暴れていた何かを、〈魔力〉という形で遠慮なく放出した。

 これだけで胸のすく思いだが、これは行動を始める前の排熱に過ぎない。


 叩き潰す。


 確固たる意志を以って一歩を踏み出す。

 と、同時。

 死神が二つの刃を繰り出す。

 幾多に重ねられた、厚みのある剣戟。業の極地。

 だが、私を前にそれは、小手先の芸でしかない。


「遅い」


 目にも止まる程度のソレを全て叩き落とした。

 脅威など微塵も感じない。

 一打一打に〈魔力〉を込め、十打ほどの応酬で相手の剣を損壊させる。

 更にその隙を利用して懐へ飛び込むと、飾らない〈魔力〉の塊を握り込んでその腹に拳を突き込んだ。


 鈍い感触。

 相手の魔力障壁がクッションとなり、致命打とならないまま距離を取られてしまった。

 ココロ以上の剣豪と見て、私は追撃を止める。

 このまま突っ込めば良い様にやられるだけだ。

 これよりも劣るココロ相手ですら、安易な追撃が手痛いしっぺ返しとなっていた。


「お前か。なるほど、これは〈空人〉だな」


 死神は言う。

 私の〈魔力〉を見て言っているのだろうか。

 だとすれば、とんだ節穴。

 頭蓋には眼球が埋まっていない、ありふれた死神(ガイコツ)のようだ。


「違う。私はまだ〈空人〉じゃない」

「まだ、だろう。近い未来、お前は〈空人〉になる」


 こういうとき、笑いがついて出るようになれば人らしくなったと言えるのだろう。

 ぴくりともしない顔を残念に思いながら、私は断言する。


「――ならない」


 ――――そう、ならないよ。だって……


 〈魂〉の〈拠り所(ユウ)〉が居るのだから。


「私は、大丈夫」


 ――――私もいるでしょ!


 煩い声は黙殺した。


 死神は見たくないものをみたように顔を歪める。

 その顔を見ただけでもある程度清算は終わったような気がするが、ユウの斬り飛ばされた腕を見て考えを改めた。


 奴の腕一本ぐらいは、圧し折らねば。


 ようやく到着したココロの声を背に聞きながら、私は拳を握りしめた。


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