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8.死に神


 やばい。

 一言で言い表すと、それだ。


「フン」


 くるぶし程度に雪積もる、住宅街の街路。

 車が2台どうにか通れるような細い道に、俺とそいつは立っていた。

 日光差し込む天候で、霧も薄く視野よし。

 〈空人〉などどう逆立ちしようが現れないほど好環境である。

 その環境下で、あろうことかそいつは幽鬼の如く唐突に表れた。


 背丈は190cmほどだろう。おぞましい気配を滲ませる艶消しの黒コートを羽織り、革のグローブやマフラーを身に着け、肌の露出が顔以外にない。暗色のファー付きフードが、どこかカラスを思わせる。一転、輝きの無い白髪は長く、柳を連想させるように垂れ落ちていた。

 統合してまとめると、死神のような男。

 しかも悪いことに、俺はコイツを知っている。


「こんな場所に居たのか」


 耳障りの良いバリトン・ボイス。だが、何かが欠落していて不安を煽る。


「お前こそ、まだ生きていたのか。

 しばらく見ないモンだから死んだと思っていたぜ」


 口をついて出る悪態は、背筋に通った緊張の針金でいつもより冴えない。

 手元にココロが居ないのが兎に角失敗だ。

 ああ、護衛に人形の1体でも何故連れてこなかったのか。


「俺は死なない。〈空人〉を根こそぎ滅ぼすその日までは」


 のたまう彼の目は死人のそれ。

 良く〈魂〉をすり減らして〈空人〉の仲間入りをしていないと感動してしまうほどだ。


「なら、こんな〈空人〉の気配のない場所でうろついている暇はないだろ。

 何をしにここまで遊びに来たんだ。観光か?」

「色々と否定したい言葉も含まれていたが……先ずは回答しよう。

 貴様を探しに来た」

「――なんだと?」


 死神は謡う。


「アイ。貴様、〈空人〉の種を拾ったな」

「俺はユウだ。シュウ、人の名を違えるなよ」


 ぞくりとした。心当たりしかない。

 思い出すのは銀色の彼女。無表情で何を考えているのかわからない、無垢な少女。


「いいや、貴様はアイだ。その"ろくでもなさ"は他に居ない。

 あの時の悲劇を、また繰り返すつもりか」

「酷い言い様だな。そんなことはどうでもいい、要件は何だ」

「貴様の拾った種を潰しに来た。寄越してもらおう」


 世界の色が変わった。

 錯覚だ。

 だが、そう表現する他ないほど、シュウという死神から殺気が放たれた。

 全方位へ、無差別に。

 世界を殺す方法があるとするなら、彼はその手段を知っているに違いない。

 震える身体に活を入れ、ひきつる頬で不敵に笑う。


「――お断りだ。一昨日来やがれ」





 開戦。俺の放った言葉を合図に、互いが動いた。

 俺は後ろに、シュウは前に。

 浅い雪など障害にすらならない。踏み荒らされていない白い雪を吹き飛ばしながら、俺たちは弾かれるように跳んだ。


「――ック」


 速い。

 俺が距離を取る速度よりも、奴の距離を詰める速度が優っている。

 奴は両手を広げ、既に〈魔法〉を放つ準備を済ませていた。

 優秀なハンターは準備時間を必要とせず、あろうことか〈引き金(トリガーワード)〉すら口にせずに〈魔法〉を行使できる。

 俺はクリエイターとしての〈魔法〉を行使するに〈引き金(トリガーワード)〉を必要としない。つまりは適正だ。奴はハンターとして、一線級の実力を有していることを俺は知っている。

 それどころか、このままでは一矢報いることもなく暴虐なる一撃を以って潰されることを、俺は理解していた。


 シュウの手が暗い輝きを得る。あの〈魔法〉は――


「『斥力の』」

「遅い」


 瞬く間に詰まる距離。剣の間合いに奴はするりと踏み込んでいた。

 その両手には暗い紫の刃。〈魔法〉で形成した、二振りの西洋剣(ショートソード)

 逆袈裟に振りぬかれた右手の一刀は、咄嗟に盾にした俺の左腕の肘から先を切り飛ばしていた。

 常軌を逸脱した内在攻撃力を持つその剣を前に、俺の貧相な魔力障壁など障子紙もいいところ。切断される腕を繋ぎとめることも出来ずに、俺の腕は無残に宙を舞う。


「……ッ!!」


 走る激痛。だが、それに甘えている暇などない。


「『――槌』!」


 残る右腕に、『斥力の槌』を顕現させる。

 狙うはヤツが持つ左腕の一振り。盾を喪失した俺の首を狩りにくる斬撃へ、被せるように降りぬく。


 ドン、という空気の悲鳴。

 振りぬかれるはずの一刀が力負けし、強引に押し戻されたことで奴の体勢が大きく崩れた。


 この機を逃すわけにはいかない。 

 続けざま、退く身を無理矢理前に倒し、剣の間合いを拳の間合いへ。

 振りぬいた拳は引き戻さず、自分の左脇に巻き込む。そのままの勢いで身体を丸め、シュウの腹へ俺の肩を押し当てた。


「――せえッ!」


 俺には続けて〈魔法〉を行使する余裕がない。

 故の体術。

 体内の魔力循環を限界まで引き上げ、身体能力を強化して放つ『鉄山靠(てつざんこう)』。


 一定の破壊力を秘めたそれは、ヤツが持つ無意識の魔力障壁で食い止められる。が、その衝撃は殺しきれない。

 奴の身体がふわりと浮き、地から足が離れる。


 カウンター気味に再び剣が振るわれるが、先の一撃に比べれば断然遅い。

 地に足がつかない剣戟、恐るるに足らず。

 身体のひねりと腕力だけで振りぬかれたそれを辛うじて回避し、右手の『斥力の槌』で浮いた奴を力の限り弾き飛ばした。


 奇しくも、出会った直後の距離関係に戻る。

 だが、立場ははっきりと悪くなっていた。

 片や無傷。それどころか剣を二振り構え、更なる〈魔法〉の準備を済ませている。

 片や隻腕。次の〈魔法〉を構築することすら怪しく、滴る血が体力を奪う。


「見下げたぞ、アイ。これだけでその手傷か」

「ユウだ」


 僅か10秒にも満たない応酬で、完全に立場が決まってしまった。

 時間を稼ぐとか、退路を作るとか、そんな抵抗すら許されない絶対的な壁。

 もう一度切り込まれたその時が俺の倒れる時に他ならない。

 どころか、このまま睨み合うだけでも奴の勝利が確定する段階に至っている。


 奴が腰を落とすのが見えた。

 落としにくる気だ。

 この期に及んで最後通牒は無い。奴の問いかけは決まっており、俺の答えは決まっている。


 ならば問答など無用だ。奴の中でそう結論付けられている。

 俺としてもその結論に異を挟む余地はない。しかしながら、問答一つ交わしてくれるだけでも稼げる時間がなにより愛おしかった。今なら奴の戯言にすら付き合ってもいい気分になっている。


「……、……」


 激痛で正常な呼吸すらままならない。

 この苦痛を耐えながら戦闘を繰り広げる憑依型人形使いの連中に敬意を表したい。俺にはとても無理だ。さっさと遮断するだろう。


 不意に風が吹き抜けた。切り捨てられた腕の断面に障り、一際激しい痛みを伝える。それは隙だ。


 無言のまま駆け寄る死神が、命を刈り取る鎌を振りかざして俺へと迫る。

 咄嗟の対応も取れない。

 次に盾にするものは無い。右手は奪わせるわけにいかなかった。


 振りぬく斬撃のモーションが酷くスローに見える。

 視界の端で、俺の魔力障壁がバターのようにスライスされていくのが判った。

 相手の魔力が鋭すぎるのだ。

 秘められた内在攻撃力の刃に耐えかねた俺の障壁が半ばまで切り裂かれ、ついぞ抵抗の兆しを見せることなく割れる。


 ガシャン、という魔力の破砕音。

 襲う脱力。〈器〉から急激に失われた魔力が、肉体へダイレクトに響く。

 俺を守る盾は今焼失した。

 コンマ1秒後には地面へ崩れ落ちた俺が奴の視界に映る事だろう。


 俺一人であったならば。


 ――ッガァン!


 打ち鳴らされた金属音。意外なことにあの紫の剣は、金属質であるらしい。

 痛みから逃避したい俺の思考は、あまりに外れたコメントを残した。


「――」


 裂帛の咆哮も何もなく、ただあるべき姿を示すように。

 静かに降り立った黒髪の人形は、迫りくる凶刃を弾き飛ばしていた。


「……来たか」


 ふわりと香る女の芳香。

 そんな機能を付けた覚えはなかったが、不審を覚える前に安堵した。

 〈クズ〉。

 俺の眼前には、ユキの宿る小柄な少女の背中があった。


「お前……」


 俺の声には答えず、彼女は爆ぜた。

 暴力の塊とも言える魔力の嵐。呼吸することさえ困難になるほどの圧迫感。

 かの男が持つ〈魔力〉が鋭利な刃物だとするならば、かの女が放つソレは全てに降りかかる超重力。

 彼女の〈魂〉量を思えばあり得なくもないが、目の当たりにしたこの衝撃は言葉にならない。


 シュウも同様に感じたのだろう。

 余裕から来る無表情をやや苦しげに歪め、両手の剣を縦横無尽に振り抜き魔力圧ごと〈クズ〉を切り捨てにかかる。

 目にも留まらぬ神速の連撃。早いから軽いと思うなかれ。それは一撃一撃が必殺の死神である。


「遅い」


 だが、先のやり取りを見ていたような意趣返しがユキの口から放たれる。

 都合10度放たれた剣閃は、一切ユキへ直撃することはなかった。

 あらゆる角度、あらゆる手段で放たれたソレは、彼女の両腕が受け止め、弾き、いなし、最終的には反撃すら見せた。


 ユキの動きは安直で、飾ることを知らない機械のような立ち回り。

 読み合いになれば彼女が不利だろう。しかし、不意打ち気味に始まったこの状況では正直な暴力が何より勝る。

 押し切れないまでも、読まれるまで倒される事もない。


 俺の『斥力の槌』とは別格の破砕力を秘めた拳が振り抜かれ、十字に構えたヤツの剣を砕きながら吹き飛ばした。

 斥力による反動ではなく、純粋な物理衝撃。贅沢にも遠慮なく塗りたくられた〈魔力〉がふざけた破壊力を持たせていた。

 その内在攻撃力たるや、想像したくもない。今の彼女は迫りくる大型トラックすら殴り返すのではなかろうか。


 しかし相手もさること、魔力障壁はかろうじて抜かれていなかったらしく、無傷のシュウが立ち上がるのが見えた。


「お前か。なるほど、これは〈空人〉だな」


 ぱらぱらと砕ける両手の剣を棄て、ユキを睨む。

 今の応酬を見ればほぼ全員がそう応えるだろう。それほどの力だった。


「違う。私は〈空人〉じゃない」

「まだ、だろう。近い未来、お前は〈空人〉になる」


 断言するシュウ。

 奴の言いたいことも、分からなくはない。

 だが、そうではない。彼女は確かな〈魂〉を持ち、前に歩み始めた。

 〈空人〉になど――


「――ならない」


 俺の形にしなかった言葉を、ユキが代弁した。


「私は、大丈夫。ユウが居るから」


 無表情で、無感情のまま放たれた言葉は、確かな芯を感じる。

 〈空人〉には持ちえない"自分"。

 彼女は、シュウに対してそれを示した。


 不快そうに顔を歪めるシュウ。

 思惑と違う展開なのだろう。奴は人を斬らない。ただ、〈空人〉を斬るのみだ。

 この場合、〈空人〉と判断すべきか。彼は恐らく葛藤している。

 自身のジャッジは黒。だが、目の前にある実物は白として見える。

 故に即決が出来ない。

 この亡霊は決して死神ではないのだと、その優柔不断な態度が教えてくれる。


「マスター!」


 葛藤は、更なる増援を呼び寄せた。

 ユキに何歩も遅れる格好で、ココロが到着する。

 彼女もまた臨戦態勢。手にはやはり、抜き放たれた刀が握られていた。


「――俺は〈空人〉を滅ぼす」


 シュウは低く呟く。殺気の強まりを感じる。

 ココロの登場がシュウの決断の背を押した格好だ。

 彼は表情を引き締め再び両手に剣を作り、更には人形を召喚した。


 地面に展開された文様からずるりとせりあがってきたのは、日本の甲冑。

 鎧武者と表現すべきソレの名は。


「往け、〈アキラ〉」


 俺とシュウという個人戦は終わりを告げ、2対2のタッグ戦へと事態はもつれ込んだ。


次回投稿は1日お休みです。

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