6-7.学ぶべき事
「6.じゃれ合い」をすっ飛ばして投稿していたので順番を入れ替えて再投稿しています。「6-7.学ぶべき事」の内容は変更していません。
最新話から飛んできた方は一つ前をお読みください……失礼しました。
時刻は日付が変わるかどうか、といったところ。
ひんやりとした地下独特の冷気が肌を通して感じられる。
ひたすら広い空間だった。
イメージで言うと、ちょっとした学校のグラウンドよりやや広い。
平坦に引き延ばされた黒金色の地面。天井もまた高く、2階建ての家がすっぽり収まるほど。証明は床、壁、天井各所に埋め込まれた柔らかい光を放つ何か。あれも〈魔法〉によるものの一種なのだろうか。
回りくどい説明になってしまったが、ここはユウの家の地下室。
その『戦闘試験場』と銘打たれた部屋である。部屋、と言うにも抵抗があるのだが。
その中で、私は既に与えられた〈クズ〉へ憑依を済ませ、搭載されている一式の挙動を全て覚えることに成功していた。
もっとも、この人形に用意された機能はあまり多くない。僅か2種類だ。
基礎挙動を覚え、搭載された機能を使いこなすまでにあまり時間は必要としなかった。ココロはどうも驚いていたようだけれど、知ったことではない。
この人形は中々悪くなく、すぐに気に入ってしまったので熱が入ったのもあるのだろう。
〈クズ〉。
酷い名前に反し、デザインは美しかった。
白い肌、黒のショートヘア、私と似た背丈。関節部をはじめとした要所が機械的なデザインとなっており、人間に似すぎないいわゆる機械人形のような風体。
腰には筒のような稼働式のスラスタが装備されており、急速な加減速を可能にしている。足にも内蔵されているが、こちらはデザインの都合、使用時にふくらはぎの側面が割れて開く仕組みになっていた。この〈クズ〉が持つ機能の一つだ。
また、服装といえる服装を身に着けていないのも印象的である。
ボディスーツのような体にフィットした青黒いスーツと、手足・胴体の要所を守る鋭角的なデザインのアーマーに身を包んでいる。
――――これはエロい。気に入った!
脳内にささやいてくる声も何やら興奮気味だった。
しれっと声を放つのをやめてほしい。私にしか聞こえないのだし。
そういえば、空は飛べないか、と聞いたときは死にたいのかと言われてしまった。
どうも飛行は出来ないというか、してはいけないらしい。飛ぼうと思えば飛べると思うのだが、強硬にやめろと言われてしまってはしようがない。
「戦闘訓練を終了します」
ココロが相変わらずの美しいアルトで告げる。
彼女はユウに作られたらしいが、この声も彼が作ったのだろうか。
もし意図して作られたのならば彼の腕は相当のものなのだろう。
「……ユキ、憑依を解除してください。手順は覚えていますね?」
「――『戦闘機動・終了』『平常稼働・移行』」
教わった合言葉で状況を終了する。ばしゅう、と腰や足に備えられた排熱機構から薄い煙と熱が放出された。
「『憑依状態・解除』」
続けて解除。肉体からずるりと〈魂〉が引き抜かれるような感覚。
気が付けば私は、〈クズ〉の背中からするりと抜けだして自分の足で立っていた。
「終わった」
「上出来です。私も教育係として何人か教育してきましたが、一番覚えが良いですね。これなら、すぐにでも実戦へ参加しても大丈夫でしょう」
どうやらココロが太鼓判を押すほど成果は良かったらしい。
実際の戦闘訓練では、何故か"私が"ボコボコにして勝ってしまったからだろうか。
「ココロ、大丈夫?」
「それは私の筐体ですか、それとも精神的なダメージがですか?」
「両方」
なんというか、彼女の動作はひとつひとつが早く、鋭いのだが威力に欠けていた。
人形に収まってなお構築されていた無意識の障壁が大抵のものを弾いた為、防御を忘れて攻撃した結果、ココロに反撃を許しながらも圧倒するという結末に至ったのだ。
「……はあ。取りあえず両方大丈夫です。
こうなることは、ある程度憑依が完了した時点で見えていました」
彼女は気を取り直して説明を再開した。
「問題です。大きさ50cmの小槌と、2mを超える鉄槌。
同じ力で振るった場合、威力が高いのはどちらでしょうか」
「……2m?」
唐突な問い掛けに、私は僅かな間を置いて応える。
「ええ、その通り。それは重量や遠心力などの要素で、かかる力が大きいからです。
では……ユキが小槌、私が鉄槌ではどちらが威力が高いでしょうか」
「ココロじゃないの?」
「違います。ユキと私では保有した〈魔力〉に圧倒的な差がありますので。
対外攻撃力と内在攻撃力と世の中は称していますが、それらの要素の影響で世界における戦いは変貌しています」
彼女は戦闘の後片付けを行いながら、私への講義を続ける。
「対外攻撃力とは、要は物理法則に則った威力の事。
内在攻撃力とは、〈魔力〉によって攻撃に付加された〈破壊力〉の事。
無意識の魔力障壁を有する人間や人形、〈空人〉に対して対外攻撃力は基本的に無力です。その殆どが大した結果も出せないでしょう。
かするだけで人間の腕がちぎれる程の力がある対物ライフルでも、かすり傷が残ればいいほうですよ」
それは、なんと理不尽なことだろう。
戦闘訓練の時に銃器ではなく刀剣ばかりだったのはそういう背景からなのだろう。世の主兵装は移り変わったということだ。
「逆に、内在攻撃力は付加された〈魔力〉の量や、付加技術によって大きくなる見えない〈破壊力〉です。
変な話ですが、小さなナイフを刺しただけで人間の体が炸裂した――なんて現象も起こり得る要素ですね」
「怖い」
「ええ。ですから弱そうに見える攻撃も油断しないことです。
それで……ユキが圧勝出来た理由は、その〈魔力〉の量に裏打ちされた内在攻撃力によるものと、はっきり言って抜きようがない魔力障壁によるものです」
彼女は新参に負けたという事実からため息を漏らしながら語る。
うっかり勝ってしまって本当に申し訳ない。
「マスターという操縦者が居ないと運用出来る〈魔力〉は並程度になってしまいます。
その上、はっきり言いますが……私、弱いんですよね」
「えっ」
衝撃の事実。
ユウは優れたクリエイターであるからして、ココロもまた、優秀な人形であると勘違いしていた。
その戦闘慣れした姿勢や、端々で感じる技術には唸るものがあったが、確かに戦闘を通じて脅威には感じなかった。
戦闘素人である私が、だ。
「私のコンセプトは、〈人間らしい人形〉らしく……初期値は只管低いのです。
習熟によって技術が得られ、経験によって成長出来るとかマスターはのたまっていますが、その発展は遅々たるものでして」
「一応、強くはなってる?」
「それはまあ。本来人形は"慣らし"で多少動きが良くなっても、元々設定されていた能力以上には力を得られません。
ですが、私は確かに力量の上昇を自覚出来るほど強くなっています。
なってはいますが……」
人形としては並か、少々強い程度だと彼女は言う。
発展途上で並み以上なら良い気もするのだが、現状に甘んじたくはないのだろう。
「ファイト」
「慰めに力を感じませんよ?」
「成せば成る」
「成せなければ成せませんよね、それ」
「馬鹿な……」
成さなければいけないのだから、頑張るほかないのになんて斬り返しだ。
この侍娘を教育したのはいったい誰だ。
「ちなみに、人間同士の戦闘に人形は持ち出さないでくださいね。
貴女の場合、弱体化にしかなりませんので」
「どういうこと?」
「人間同士の戦闘は『守るに易く、攻めるに難い』です。
〈空人〉の攻撃はひとつひとつが致命的ですが、人間からの攻撃は致命傷になり得ないんですよ。
仮にユキの心臓が剣で貫かれても内在攻撃力が低ければそれはかすり傷で収まります」
それは人間を辞めてはいないだろうか。
「〈魔力〉ある限り、その生命を維持しようと〈魔力〉が壁になるんです。
ゲーム的な表現でいうところの〈生命力〉ですかね。〈魔力〉が空になるまでは頭から両断されて血を噴き出しても二つに別れることはないし、血は噴き出し、痛みは走るでしょうがそれは決定打足りえない結果となるでしょう。
〈魔力〉が空になって初めて、明確に肉体へダメージが抜けます」
もっとも、例外はあると彼女は言う。
鋭すぎる一撃、一点に絞った攻撃ならば、〈魔力〉を有した相手にダメージを与えることも出来るだろうと。
「でも、戦うのにも〈魔力〉を使う」
「ええ。ですから、『防御有利』が成り立つんです。
また、〈魔力〉は自然回復の速度が尋常ではありません。マスターの魔力量で考えると、空から最大値まで回復するのに必要な時間は大よそ2分です。
ユキほどの魔力量でだいたい6分でしょうね。普通、〈魔力〉が大きいほど回復が遅くなるのですが、ユキは早いほうです」
それはつまり、すぐ回復する〈魔力〉を一息に消し飛ばさない限りは、人を殺せないと言う事か。
人同士の争いが馬鹿馬鹿しくなるほどの難易度だ。
「人を殺したくば、1分以内に滅多切りにしろ。とは、ある剣豪の遺した言葉です。
今や人殺しは容易ではないんですよね。
実力が拮抗するほど、その戦闘は無駄でしかない。圧倒的差があって初めて殺傷が成り立つのです」
「人形を持ち出さない理由は?」
「おっと……そうでした。
人間はそのように、ダメージなどあってもすぐ回復します。が、人形はそうはいきません。
例えば腕が両断される攻撃を受けたとしても、人間は問題ありません。負傷は自然治癒するし、何なら治癒の〈魔法〉を行使してもいい。
ですが、人形は簡単には治癒出来ない。治癒というよりは修理が必要となる。
また、〈魔力〉は〈生命力〉として機能しません。〈魔力〉を用いて強化を施された筐体そのものの防御力が〈生命力〉です」
耐久力の差、ということか。
人形側は簡単に壊れるが、人間は治癒できるうえに〈生命力〉が大量にある、と。確かに人形側に勝てる要素は見えない。
それでも人形が必要とされるのは、やはり耐久力の質なのだろう。
人間が〈空人〉の攻撃を受けると、それは死に直結しているうえ、後からの治療が非常に困難だ。人形の場合は致命傷足りえず、戦闘後に修理すれば元通り。
すみわけが出来ていると言うべきなのだろうか。
分かり易い三すくみである。
この図の穴は、〈空人〉に強い人形がじゃんけんのように圧勝出来る点ではないことだろう。
「さて、今日はもう休みましょう。
〈クズ〉は格納しておいてください。やり方は判りますか?」
「問題ない。『〈クズ〉、送還』」
人形の背に手を当て、〈魔法〉を行使する。
しゅん、とその姿が掻き消え、私の手首に黒いリングが出現した。
これが格納らしい。なんとも便利なものだ。
――――物理学者が泣いてわめきそう。
声も同感らしく、何とも言えない感情が伝わってきた。
「撤収しましょう。聞きたいことは帰ってから聞きます」
彼女も片づけを終えたらしく、愛刀は姿を消していた。
小さく頷いて地上階へ戻る。
「質問」
ところ変わって、私に宛がわれた個室に戻って手を挙げた。
ココロは薄く笑って続きを促してくれる。
「ユウのこと」
「マスターのことですか。なんでしょう」
「なんでもいい」
「……もうちょっと何かに絞れません?」
無茶振りに過ぎる質問に、彼女は思わず破顔した。
コロコロと笑うその様子はとても人形には見えない。
――――ユウの好きなタイプについて。
御声が聞こえてきたので、私はそのまま口にした。
「ユウの好きな女性のタイプについて」
「……えっ」
「?」
今度は笑いを収めて驚いた顔をした。
考えて言ったわけではないのだが、驚くような質問なのだろうか。
「好きなのは男か、女か。と、いう話から聞かれるのが常でしたので」
彼女はそう答えた。
なるほど、確かに。言われてみると納得だ。
ものの見事に女の恰好をしている彼が、俺だの男口調だのでしゃべり、かつ俺は男だと断言する様子は質問に値するのだろう。
だが、私には特に問題でもなかったので、質問しようという気にならなかっただけだ。
「ユウは男。なら好きなのは女」
「……断言しきれるのはすごいですね。みんな、中々納得しないんですよ?」
「〈魂〉がそう言ってる。否定する理由はない」
今度は目を丸くしている。
ココロの表情がぐるぐる変わって面白い。
「ユキは〈魂〉が見えるのですか?」
「雰囲気だけなら。でもユウだけはしっかりわかる」
「……あまりそういうことを他人には言わないでくださいね。
そのような能力を持っている人間は、他にはいません。
頭のおかしい人間と思われるか、あるいは利用しようと企む輩が貴女に手を伸ばすかもしれませんので」
さっと了解を返す。もとより聞かれたから答えただけで、自発的に言う気はない。
今後はユウやココロ以外に聞かれても黙ることにしよう。
黙秘から察知される可能性も考慮されるが、正直そこまで臨機応変には対応できない。出来ない事はやめておこう。
「で、タイプ」
「そこから動かないんですね……話題」
今度は呆れている。私のほうが人形らしいのではないだろうか。
この顔面の筋肉は、これまでの会話でぴくりとも動いていない。
ココロは人形だから気になっていないのかもしれないが、会話していて不安になるほどではないのだろうか。
「そうですねぇ……」
自然な挙動で足を組み顎に手を当てる。
これでメイド服でなければ。メイド服でなければかっこいい美人だろうに。
なんだかミスマッチ過ぎて残念な気分になってくる。
――――いや、これはこれで。
うるさいだまれ。
「最初は私の身体を見て、私のような女性が好きなのかと思っていました。
何せ作るぐらいですし」
「違うの?」
作る者が好きなタイプに依る。それは自然な事ではないだろうか。
ココロはすらりとした長身美人で、凛とした立ち姿が良く映える。
かといって顔つきは鋭すぎるわけではなく、優しい丸みさえ持っており、造形の深さを味あわせてくれる。
造れるなら美人にだってできるだろうとは、造らない者が言うことだ。
美人を造れと言われて造れるのは熟達した人形師だけなのではないだろうか。
――――キャラクターメイキングって、マジムズイ
脳内人形師は黙っておいてほしい。
「ええ。一度、マスターは貧相な胸がお好みですか? と問いかけたことがあります。答えは否でしたね。非常にショックだったのを覚えています。
彼は何と言ったと思います?」
「分からない」
「――自分の好みの女を作るなんて、痛々しいにも程が無いか? とのたまったのです、彼は。
人形師失格だと思いませんか。酷い発言です。私がどれだけ傷ついたと思っているのでしょう、彼は。
ええ、覚えていますとも。刀を振り回すのに胸なんてついてたら邪魔だろ? と彼は私の設計からおっぱいを減らしたのです。信じられません。ありえないことです。
そのくせおっぱいは好きなようで彼のベッド裏にはおっぱいの大きい女の本が詰まっています。丸ごと燃やしてやろうかと思いました。思いとどまった私を誉めて頂きたいですね!
それだけじゃありません。今日なんてまさにそうです。私はぽんと放置しておいて違う女の場所に寝に行く始末ですよ。おっぱいの大きい女です。きっと夜しっぽりヤってるにきまっています。まったくうらやまけしからないとは思いませんか!」
「ココロ、日本語が崩壊している」
その後も愚痴が10分ほど続いた。
日本列島崩壊である。
後半は覚えていないが、最初に聞いた内容がループしているようだった。相当鬱憤がたまっていたのだろう。私が淡泊なのもあって、愚痴が漏らしやすかったのかもしれない。
ようやくマシンガントークを止めると、今度は続く言葉を失ったのか露骨に目をそらした。見れば耳が赤くなっている。ああ、照れているのか。
――――え、何この生き物かわいい。
うるさい。気持ちは分からないでもないのだが、わざわざ言われると引っ掛かりを覚える。こんな率直な表現私には出来ないだろう。彼女と私、存在を入れ替えるべきではなかろうか。
「姫とユウは恋人同士?」
「……否定材料はありませんね。ルナ様はマスターにぞっこんみたいですし。
とはいえ、関係だけがずっぽり深く先行してしまって、言葉にはしにくい雰囲気なので、説明しがたい間柄なのでは?
マスターも説明に困って黙秘を決め込んでいました。
ただ、付き合い始めた恋人同士というレベルではとうになく、熟練した夫婦みたいになってる節がありますね――」
「そう」
「奥手気味のマスターの事です。最初のお手つきはやむにやまれぬ状況ではなかったのでしょうかね。
性交渉は一種の〈魂〉救護策です。
人間の三大欲求を満たすことは、〈魂〉の拡充に繋がるのですよ」
なんだろう。ムカムカする。
実利の部分があるのなら、致し方なしというのはあるのかもしれないけれど。
内面に感情の発生は感じるが、放出の仕方がわからない。
何とも言えない気分のまま、顔面筋を硬直させて彼女の話を記憶しておいた。
――――いやあ、あまずっぱいねー
わかった口ぶりで喋るのをやめてほしい。
いや、確実に分かっているからいっているのか。
だまれ。
「ああ、そういう意味ではユキもですよ。
貴女も食事・睡眠はきちんととって、変に我慢はしないようにしてください。貴女の場合、冗談なしに死活問題ですので。
もう一つのほうに関しては――困ったら一度マスターにでも相談を」
「わかった」
私は〈魂〉の総量が少ない。ごく微量といっていい。
そうなると、そういった日常生活すら考えなければいけないのか。面倒くさい話だ。まあ、遠慮せずに生きればいいと考えておこう。
――――つまり、ユウ君押し倒せば〈おk〉。
この下半身直結の発想をする声の主を黙らせる手段はないのか?
以後、真剣に検討しておきたい。
「ココロはいいの?」
「何がですか?
ああ……どうなんでしょうね。確かに〈魂〉が存在していますが、人間とは在り様が違うんですよ。付喪神、といいましょうか。
あくまでモノでしかないですので、〈器〉という考え方もあまり正しくありません。睡眠も食事も必要ではありませんし、〈空人〉になることもないのです。
私の〈魂〉が死ぬとき。それは、この人形体の頭蓋、および心臓が損壊したときです。人形体の再生は難しくないかもしれませんが、そうなった場合、それは既に私ではない誰かになっていることでしょう」
聞きたい事とは違うことを答えてくれる。
ただ、興味深い話ではあった。頭蓋と心臓の片方だけなら壊れてもなんとかなるようだし、覚えておこう。
「……取りあえずこの辺りでよいでしょう。
時間はたくさんあります。今日はお休みください」
優しく肩に手を置いて、私をベッドへ誘導してくれる。
横たわると、ぬくもりを感じる手で私の髪と頬を撫でて微笑んだ。
「マスターの言葉です。
明日出来ることは明日しよう。とても素敵な言葉だと思いませんか?」
なんと怠惰な。そう思った直後聞こえてきた声にすぐその考えを打ち消した。
――――明日がある、っていうことだからね
なるほど。今日、生き急ぐことは無い。そういう意味なのだろう。
本音は、ともかくとして。
「わかった」
私は、不意に訪れた眠気に身を委ねる。
それはとても心地が良くて、寒く寂しいあのビルから初めて救われたような気がした。
「おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさいませ。良い夢を」
瞼を閉じる。
ああ、これが眠るということ。
暖かな温もりに包まれて、私は初めて〈睡眠〉という揺り籠に沈むことを自覚した。
テキストデータをツリー管理出来るツールで整理しているのに、その内容からして前後していたという不始末振り。
次の投稿は5/27の夕方に予定しています。