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 それは、無数につけられた『引っ掻きキズ』。

 首の付け根から胸にかけて、まるで掻き毟ったようにつけられている。強く引かれたらしいその爪痕は、不思議と血は出ていないものの、肉を抉ってミミズ腫れを起こしていた。

「げぇっ! なんだよ、それ!」

 恐る恐る手を伸ばして傷に触れた彬の指先に、「()ッ…」と隆哉が顔を顰めた。

「ああ、やっぱ痛いのか」

 パッと手を離した彬が、感心したように呟く。

「当たり前。あんた、俺に恨みでもあんの?」

「少しだけな。――それより。あの子に烙印を押されたって事は、お前」

「そう。彼女の依憑(いひょう)を聴く羽目になったよ」

 軽く肩を竦めた隆哉は、無感情な視線を秀行に向けた。胸のキズを掌で押さえ、低い声を吐き出す。

「これは、彼女が死の苦しみから逃れようともがいた傷跡。――解る? 四、五歳くらいの女の子がここまで、自分の肉が抉れるまで、咽喉元を掻き毟らなければならなかった程の苦しみが」

「………いや」

 目を伏せた秀行の姿を、硝子の瞳がじっと見つめた。ぼんやりと、抑揚のない声が言葉を綴る。

「それでも。その苦しみの中  死の瞬間でさえも、彼女の心にあったのは君の事」

「えっ?」

「ちょっと待て。相沢」

 驚きの表情を浮かべる秀行をチロリと見遣って、彬が割って入った。

「ヒデには、心当たりがねぇんだよ。その子のさ。だから、もう少し詳しく言ってくれねぇ? その子の、特徴とかさ」

「ない? 心当りが?」

「あ、ああ」

 信用していないのか、隆哉はカクリと首を傾げて彬と秀行とを交互に眺める。 「本当(マジ)だぜ」と口の中で呟いた彬に、微かに瞼を揺らして、胸に手をあてた。

 その手が、何かを握るようにカタチどられる。

「彼女は、たぶん呼吸器系の病気。息が出来なくなって、苦しくて苦しくて……。こんなに傷が残る程咽喉元を掻き毟ったのに、それでも片手は何かを握っていたんだ。それは、彼女にとってとても大切なモノ。『トモダチのしるし』と、彼女は言ってるよ。失わないよう、大事に大事にしてたのに、苦しみの中、誰かに奪われてしまったんだ。霞んだ視界で、懸命にそれを探したけれど、結局は見つけられなかった」

「友達の…(しる)し……」

 秀行の呟きに、隆哉が頷いた。手は胸にあてたままで、目を閉じる。

「そう。彼女はね、それがないと君と友達になれないと思ってる。一緒に、遊んでもらえないって。――だから、君と仲良くなるヤツが気に入らない。憎くて憎くて、羨ましくて仕方がない。『なんで証しがないのに、友達になれるんだ。私の友達を取らないで』って。そう、思ってるんだ」

 言いながら、隆哉の視線が彬へと向けられた。

「特に、あんたには強くね」

「その、『友達の証し』ってのがなんなのかは、判んねぇのかよ?」

 彬の問いに、隆哉は握っていた手をゆっくりと開き、虚ろな視線でそれを見下ろした。暫くそうした後、小さく首を振った。

「判らない。もしかしたら、彼女自身もそれが何なのか、忘れてしまっているのかもしれない。只、とても気をつけてそれを握っていたよ。潰さないようにって」

「潰さないように?」

「うん。だから、ちゃんと思い出してあげてね、彼女の事。――『ひぃちゃん』」

「なっ…!」

 隆哉の台詞に赤面した秀行に、ププッと彬が笑う。

「なんだよ、それぇ? その『ひぃちゃん』っての」

「し、知らないよっ。変な事言うなよなぁ、相沢ぁ!」

 耳まで赤くした秀行が、隆哉を睨む。その視線に、隆哉が気のない様子でフイッと顔を逸らせた。

「彼女がそう呼んでるんだよ。君の事」

「俺を?」

「何、ヒデ。お前ちっちゃい頃は、そんなふうに呼ばれてたのかよ?」

 自分を見る彬と顔を見合わせた秀行は、「んな訳あるか」と眉間に皺を寄せた。

「ちっちゃい頃って言っても、『ヒデちゃん』か『ヒデくん』だぜ。いくらなんでも『ひぃちゃん』なんて  」

 呆れたように首を左右に振っていた秀行が、ハタとその動きを止めた。

「いたな、一人」

 半ば呆然と呟いた秀行に、「おおっ」と彬が歓喜の声をあげた。「でもなぁ」と首を傾げる秀行へと、じれったそうに身を乗り出す。

「なんだよ、一気に解決じゃねぇか! 誰だよ、それ?」

「……ばぁちゃん」

 カクリ、と彬の肩が落ちた。しゃがみ込んだままの三人の頭上を、ヒューと冷たい風が吹き抜ける。

「は、あぁ?」

 おちょくってんのか! と目を剥く彬に、秀行は慌てて両手を振った。

「本当なんだって。死んだばぁちゃん以外に、俺をそんな呼び方したヤツなんていないんだ」

「ばぁちゃんが、お前の友達になってどーすんだよっ!」

 拳を握って、それをフルフルと震わせる。一瞬といえど楽観視してしまった為に、彬の目は血走る程、怒りに燃えていた。

 それを横目に見た隆哉がユルユルと立ち上がる。付き合っていられないとでも言いたげに、背中を向けた。

「悪いけど。俺、急いでるんだ」

 そう言って数歩足を進めた隆哉が、「ああ、そうだ」と振り返った。

「依憑を聴いたのは俺だけど、俺はこれ以上何もする気はないから。これを解決したきゃ、君が思い出してあげるんだね、彼女の事。ちなみに彼女の依憑は、『失った友達の証しを見つけて』だから」

 再び背中を向けた隆哉は、手をヒラヒラと振ってゆっくりと歩いて行った。

ここまでお読み下さり、誠に有難うございました!

次話 『碧の癒し』へ続きます。

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