表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

 放課後。

 周りの生徒達が騒々しい中、彬は黙々と帰り仕度を進めていた。

 ――いや、参った。

 ほんと、心の底からそー思う。自分に霊感があるとノせられて、意気揚揚挑んでみれば、まったくもって成果なし。女の子の話を聴くどころか、その姿すら確認出来ない始末。

 見間違いかと疑いたくなる程の白い靄が、秀行の左肩にうっすらと見える程度だった。それがなんとか、人形(ひとがた)をしているというシロモノ。

「ダマされたかなぁ」

 ノートを鞄に詰め込みながら呟いた彬は、「いやいや」と首を振った。

 白い靄が思い込みからくる幻覚だと言われれば、それが正しいような気もする。だが、そんな筈はないのだ。少なくとも、秀行に女の子が憑いているという事実は、疑ってはいけない。

 それを否定する事は、俊介の存在をも否定する事だ。

「結局は、俺が役不足って事かよ」

 深い溜め息と共に額に手をあてた彬は、フッと無意識に視線を上げた。その瞳が、廊下に佇む隆哉の姿を捉える。

「ありゃま。『お迎え』かよ」

 あの無感情な視線を感じ取れたなんて、俺ってスゴくね? と自分を褒めた彬は、「そーだ。あいつはどーやって()てるか、訊いてみるか」と前向きに意識を変換した。

「どうせ一緒に帰るんなら、それぐらいしか話す事もねぇもんな」

 しかし彬と目を合わせた隆哉は、なんの反応も示さず視線を逸らせた。そのまま、廊下を歩いて行く。

「ちょっ、待てよ!」

 急いで鞄を閉めた彬は、それを小脇に抱えて駆け出した。廊下の角を曲がろうとしていた隆哉に追いつき、横に並んで歩き出す。

「なんだよ、せっかちな奴だなぁ。俺を待ってたんじゃねぇのかよ」

 彬が隣に来ても表情を変えない男は、眉一つ動かさず真っ直ぐ前を見つめていた。

「違うよ」

 ボソリと、愛想のない答えが返ってくる。

「なんでよ。お前は傍にいなきゃなんねぇだろ、俺が死ぬ瞬間(とき)にはさ。そーでなきゃ、俊介の依憑(いひょう)を叶えらんねぇだろが」

「死なないよ」

「えっ?」

「今日は死なない。昨日と比べて、濃くなってないもの。それを確認しに、寄っただけ」

 早い足取りの隆哉に、「それなら」と彬は人差し指を立てて提案した。

「一緒に帰んねぇ? 俊介の依憑は関係なくさ」

 彬の言葉に、ピタリと隆哉の足が止まる。ゆっくり顔を彬へと廻らせ、虚ろな瞳で見下ろした。

「確か昨日。迷惑だとか消え失せろだとかの台詞を、その口から聞いた憶えがあるんだけど。俺の記憶では」

「さぁ? 俺の記憶にはねぇなぁ」

 ベッと舌を出し、にへらと笑った彬に文句を言うつもりもないらしく、隆哉は再び歩き出した。

「どっちにしても、今日は駄目。俺、寄る所があるから」

「寄るトコ? じゃ、そこに行く途中まででもいいからさ、一緒に帰ろうぜ」

「…………」

 一瞬、目の端で彬を捉えた隆哉は、無言のまま少しだけ歩くスピードを落とした。

「それで? 用は何?」

 低く放たれた隆哉の問いに、「むー」と唸り声を発した彬は、彼の前に回り込んでその無表情な顔を指差した。

「なになに。友達と帰んのに、用事がいるワケ?」

 責めるように呆れた声を出す。すると相手は、仕方ないとでも言うように足を止めた。

「あんたと、友達になった憶えはないけど。俺は只……」

「『時任の依憑を叶えるために』だろ」

 隆哉の言葉を引き継いだ彬は、うんざりと肩を竦めてみせた。

「聞き飽きたよ、んな台詞。だからちゃんと言ったろ? 俺。『俊介の依憑は関係なく、一緒に帰んねぇ?』ってさ」

 黒い硝子の瞳が、感情なく彬の顔を映す。

「お言葉だけど。何か用があるのは確かでしょ」

「なんでそー思うよ?」

 フイッと彬から顔を逸らせた隆哉は、彬の脇をすり抜けるようにして歩き出した。

「だって、俺は寄る所があるって言ったんだよ。友達として只一緒に帰るだけって言うんなら、その寄る場所を訊いて、方向が一緒なら「じゃ、途中まで」とかって事になるでしょ、普通。でもあんたは場所も訊かず『途中まででも』って言ったじゃないか。あれは、俺に何か用があるからでしょ」

 靴箱へと向かう隆哉の少し後ろについて歩きながら、彬はバツが悪そうに鼻の頭を掻いた。

「まぁ、当たってるよ。――でもなぁ、別に用事がある時だけ、お前に声かけるんじゃねぇからな。お前は友達じゃねぇって言うけど、俺はそうは思わねぇからな」

「それはどうも」

 靴を履き替える隆哉は、顔すら上げない。その口から、感情の籠らない声が彬へとかけられた。

「それで? なんなの?」

「ああ、あのさ。いきなり弱音を吐くつもりはねぇんだけど、やっぱり俺には視えねぇみてぇなんだ」

 両脇にポツリポツリといる生徒達に聞こえぬ程度に声を顰め、彬は隆哉の顔を窺い見た。

「なんかコツとかさ。そーいうのってねぇの?」

「コツ…」

 吐息のような声を出した隆哉は、玄関から外へ出ると、視線を空へと向けながらぼんやりと呟いた。

「視る気がないんじゃないの」

「ある! そりゃもうこれ以上ねぇってくらい、視る気満々!」

 そこは即答。思いっきり両腕を広げてから、グッと拳を握りアピールする。

「じゃ、視えるでしょう」

 それをあっさりとスカされて、気のない答えが返ってくる。

「マジ! 視えねぇんだって! 俊介の時はあんなにはっきり視えたのに、なんか変な靄みたいにしか視えねぇよ。なんでだ?」

「さぁ」

 逆に問われた隆哉は小首を傾げ、(おもむろ)に空を指差した。

「あの星、見える?」

 声に導かれて、空を見上げる。

 隆哉の指の先を辿っていくと、青に薄く黄色がかった陽暮れ前の空には、確かに星が一つ瞬いている。

「ああ、ほんとだ。まだそんなに暗くなってねぇのに。あの輝いてるヤツだろ? 見えるよ」

 それが何? と見遣った彬に、隆哉は首を横に振った。

「違うよ。その隣にあるだろ。右横に」

「あぁ? え…っと」

 眉間に皺を寄せた彬が、再び視線を上げる。隆哉の言う星の右隣に意識を集中すると、微かに何か、そこには違和感のようなモノが感じられた。

「え?」

 目を見開くが、何も見えない。もう一度目を細め、意識を集中させる。

「見えた?」

「……ああ…、なんとなく」

 輝いている星より幾分か小さめ。付き従うように、輝く星に寄り添っている。針で突いたような大きさのくせに、見えてしまえば、輝いている星よりも自分をアピールしてくる。

 ――それはまるで、第三の目で見ているかのような感覚。

 『3D』を見る時のような、とも言えるかもしれない。真っ直ぐそのモノを見ようとすればかえって見えず、更にその先にあるモノを見ようとすると、当然のように姿を現す。

「へぇ、おっもしれぇ」

 輝く星と小さな星を交互に見遣り、彬が呟く、

「コツはそんな感じ」

 ボソリ、と呟いて隆哉が歩き出す。急いでその後を追った彬は、「でもさぁ」と少々不満げな声を出した。

「俺、朝からずっとあの子の事視ようとしてんだけどさ、その何回かは今と大差ないような視方してると思うんだ。なぁ。俺ってホントに、霊感なんてあんのか? 俊介だから視えたって事はねぇ?」

「――どーいう事?」

 少しの間を置いて、隆哉が問い返してくる。

「だってあいつは、親友だもん。あの時お前が言ったように、俺は俊介にずっと逢いたいと思ってたし、訊きたい事だってあった。それにあいつも、ずっと俺に逢いたいと思ってくれてたんだろ? だからさ。俺達二人共が、視る方も視られる方も、互いに相手を望んでたからって事はねぇ? 互いに相手を特別だと思ってたからって」

「…んー……」

 顎に手をあてた隆哉は、暫く沈黙したまま動きを止めた。彬に向けられた虚ろな瞳は、目の前にいる彬ではなく、別の何かを見つめているように感じられた。

 ゆっくりと瞬きした隆哉が、彬に意識を戻す。

「これは俺を信用してもらわないと仕方ないんだけど。俺をっていうよりは、俺の勘を、かな。まあ確かにあんたの言うのが正解なら、俺を通して時任の声が聴こえたのも説明出来なくもないけど。でもやっぱり、俺はあんたに、霊感があるからだと思うよ」

「そっ…かなぁ?」

 ――じゃあ、なんで視えない? 

 俯いた彬は、足元の小石を見つめた。それをコツンと、蹴飛ばしてみる。

「俺の、真剣みが足りねぇのかなぁ…」

 ポツリと呟いて、歩き出す。

 遊び半分でやってるつもりはない。ヒデを助けたいと思ってるのも事実だし、これを解決しないと死ねないとも思った。俊介(あいつ)と一緒に、逝けないと。

 ――クソッ。俺っていつもこう! なぜ肝心な時に、大事なヤツを助けらんない?

「俺ってば。全然ダメじゃん」

 口惜しくて、ギュッと下唇を噛む。それを、歩調を合わすように隣を歩いていた隆哉が、チロリと一瞥した。

「じゃあ。……今から、一緒に来る?」

「え?」

 真っ直ぐ前に向けられたままの隆哉の顔を、彬が見つめる。

「どこに?」

「俺が、今から行こうとしている所。そこには俺に、霊との接し方を教えてくれた人がいるから。俺はその人から学んだんだ。成仏させたり、滅したりする方法もね。だから、俺の知らないコツなんかを、知ってるかもしれない」

 淡々と話す隆哉に、彬は目を見開いた。少しばかりの嬉しさが、フツフツと込み上げてくる。

 ――コイツが、こんな事を言うなんてよッ!

 どうする? と顔を向けた隆哉の顎に、彬はハハッと笑って軽く拳をあてた。

「行く!」

 馴れ馴れしくあてられた拳に、隆哉が微かに顔を顰める。しかしそんな事はお構いなしに、彬は言葉を続けた。

「相沢ぁ、お前って実はいーいヤツなんだなぁ! 例え他のヤツがお前の事、気味ワリィとか、無愛想だとか、最低だとか、まるで妖怪のようだとか言っても、俺だけはお前の味方だかんな!」

 両手を広げ楽しげに宣言する彬に、隆哉は眉間をポリポリと掻いた。

「それはどうも。でも、そこまでは言われてないケド」

 その顔は決して嬉しそうとは言えないが、微かに戸惑ったような表情が浮かんでいる。そして彬は、そんな事に気をよくしていた。

「んじゃ、仕切り直しといきますか! ちっこい霊にナメられっぱなしってのも、シャクだしよ。こー見えて俺は、結構な負けず嫌いなんだぜ!」

 唇に親指を押しあて、ニヤリと笑う。隆哉へと向けられた目線は、意外な事にしっかりと受け止められた。

「俺もだ」

 フイッと逸らされた隆哉の瞳には、間違いなく試合中の俊介と同じ、鋭い輝きが宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ