表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

 カラの弁当箱を鞄に収めふうっと息をついた彬は、「これで文句ねぇだろ」と秀行を見据えた。

「それで? なんだって?」

 少々呆れ気味の表情を浮かべた秀行が、窓の外の景色から彬へと視線を戻す。それにチッと小さく舌打ちした彬は、身を乗り出して喚くように言い放った。

「だぁからー、お前の幼馴染かなんかで、死んだ女の子がいねぇかって訊いてんだ」

 少しばかり背を仰け反らせた秀行の眉が、ツイと寄せられる。

 ――意味(ワケ)が、解らない。

 朝会った時の開口一番からして、この台詞だったのだ。

「何故、そんな事を訊くんだ?」

 しつこく繰り返される質問に辟易しながら、秀行は机についた手で顎を支えた。

「お前変だろ、今朝からさ」

 そんな子はいないと言えば、「そんな筈はない」と言い寄られ、理由を訊けば、黙りこくる。

 黙ったかと思えば、睨みつけるようにジッと自分の肩辺りを見つめるのだ。その挙句に、「やっぱり、()えねぇーッ」と頭を抱えて大騒ぎを始める始末……。

 コツ、コツ、と指先で机を小突きながら、フーッと大きな溜め息を吐く。探るような視線を彬に向けた秀行は、やはり昨日一緒に行くべきだったかなと心密かに後悔していた。

 どう考えても、相沢に何かを吹き込まれたとしか思えない。

 昨日も相沢に手を掴まれただけで、誰だかの声が聴こえたなどと、訳の解らない事を言って騒いでいたのだ。それに加えて今朝からのこの態度。

 ――取り敢えず。高橋が相沢みたいになったら嫌だなぁ。

 虚ろな瞳で彬を見つめながら、そんな事をぼんやりと考える。

 あんな、死んだ魚みたいな目で俺を見て、「濡れた女の人を背負ってるね」などと言われた日には、きっと笑顔で対処なんて出来ないだろう。「目を覚ませ!」と一発おみまいするか、すぐにその場で友情が決裂するか。

 そのどちらかに違いない。

「仕方がない」と溜め息一つ()いた秀行は、本格的に彬がおかしくなった原因を探る事にした。

「本当に死んだ女友達なんていないんだ。学校の違う幼馴染の女ならいるが、あいつは生きてるし」

「マジで? おっかしいなぁー。ゼッテーいる筈なんだよ。十年は前に死んでるらしいから、もしかしたら、お前が忘れちまってるのかも」

「俺がぁ?」

 不満を含んだ声で訊き返した秀行は、「勘弁してくれ」と頭を振った。

 これでも、記憶力には人並み以上の自信を持っている。例え幼稚園の頃の話であろうが、友達が一人死んでそれを忘れてしまうような、錆付いた頭は持ち合わせていなかった。

 椅子の背に背中を預けた秀行は腕を組み、チロリと責めるような視線を彬に向けた。

「悪いけど、それは望み薄だな。でも、もう少し詳しく話してくれないと、思い出しようもない。そのお前が言うその女の子、本当に俺の友達か? 名前はなんて言うんだ?」

「……さあ?」

 カクリと首を傾げる彬に、眉を顰めて身を乗り出す。

「そもそも、誰からの情報だ? 俺の記憶より、そいつの情報の方が信頼出来るとでも言うのか?」

 低く、責める口調で言う。すると今度は、彬が身を引いた。「うーん」と唸りながら窓の外を眺めたかと思うと、彬は真っ直ぐに顔を戻してはっきりと頷いてみせた。

「ああ、俺はそう思ってる」

「それで? 誰の情報?」

「相沢隆哉」

 ――やっぱり。

 予想通りの答えに、視線を逸らし嘆息する。

 いつの間に、これ程の信頼を置くようになったのか。確か昨日の時点では、お世辞にも『仲の良いオトモダチ』、には見えなかったぞ。

 腕を組み考え込んだ秀行を前に、懲りない彬は「あっ」と思いついたように声をあげ、彼を指差した。

「じゃあさ、今までの友達で死んだヤツは? 勿論、男も含めて」

「いない」

 厳しい声で断言する秀行に、彬が「困ったな」と顔を顰める。

「どうしてお前は、そんなに俺の友達を殺したいワケ?」

 呆れた声を出すと、彬は不満げに目を剥いた。

「なっ…! 人聞きのワリィ事言うな。言っとくけど俺はなぁ」

 バンッと机を叩いて腰を浮かした彬は、ガリガリと頭を掻いて、再び体を投げ出すように椅子へと座り直した。

「ま、それはどーでもいいや。問題は、その子の事をお前が思い出せないってトコにあるんだから」

 一向に進まない話に、いい加減ウンザリする。

「それなら」

 上目遣いで彬を見据えると、秀行はズイと体を乗り出し低い声を出した。

「例えば俺が、『そんな女の子がいたな』という答えをお前に返したとしたら、どーいう事になるんだ?」

 一瞬おかしな顔で絶句して、彬がカクリカクリと首を傾げてゆく。

「そ、うだなぁ。その子がやりたがってた事とかがないか、お前に思い出してもらう……かなぁ」

「何故?」

「それはだなぁ」

 天井を仰いだ彬は、言い渋るように唸り声をあげた。

「――それよりお前さぁ、幽霊って信じてるか?」

 フイッと顔を戻して真顔になると、彬は試すような瞳を秀行へと向けた。

 その答え如何によっては『本当の事』は言えないぞ、とその瞳が脅しかけている。

「まあ。幽霊は信じないけど、お前の事は信じてるよ」

 秀行は肩を竦めながらも、一応の誠意が伝わるよう、彬の視線を真っ直ぐ受け止めて答えた。

 ここでいい加減な答えを出す訳にはいかない。そんな事をしようモノなら、彬はヘソを曲げてしまうだろう。

 正直言って、これ以上回りくどくなるのはご免だった。

 思った通りこの答えは目の前にいる友人のツボを突いたようで、彬はニヤリと笑うと満足げに頷いた。

「よし。上等」

 ビッと親指を突き立て、上機嫌で説明を始める。

「その、十年以上前に死んだ女の子さ、お前に取り憑いてるらしいんだ。なんでかお前に執着してるらしい。相沢の話を聞く限りじゃ、どうも『友達』ってのにこだわってるようだから、その子にとってお前は『特別な友達』なのかもしれない」

「特別な友達?」

 疑り深い声で彬の言葉を繰り返した秀行は、等閑な態度で机に頬杖をつき「それで?」と先を促した。

「だって、俺考えたんだけどさ。四、五歳くらいの子供なら、普通友達より家族の方に執着しねぇ? それこそ、母親とかさ。それなのにその子は、お前に取り憑いてんだぜ。親兄弟じゃなく、友達のお前にさ」

「……何故なんだ?」

「な? ってなんだろ?」

 ズイと顔を寄せ人差し指を振った彬は、したり顔で「だからだなぁ」と言葉を続けた。

「お前に執着する理由があるとすれば、単純に考えて答えは二つ。『兄弟同然な程仲がよかった』か、『お前と何かやりたい事があった』かだ」

「だから」

「まあ聞けって。お前に心当たりがないって事は、勿論一つ目は消える訳だ。二つ目も、まあ条件付きでって感じで残るな。お前が俺の事を信じてくれるのと同様、俺もお前の記憶力を信じてるから、お前の知らないところで死んでる可能性が高いと思う」

 意外と物事を考えてる友人を目の前に、秀行は「へぇ」と感心の声をあげた。

 普段は能天気な彬がここまで頭を使っているとなると、『幽霊に取り憑かれている』という秀行にとっては馬鹿馬鹿しいとしか言えない話も、本人は至極真剣に取り組んでいるらしかった。

「でも。四、五歳くらいの時の友達だろ? 幼稚園の頃を含めたにしても、人数は限られてくる。その上、そこまで仲良くなった女の子で死んだ可能性のある子なんて……」

 彬の真剣さに、秀行も真面目に昔を思い出そうと頭を捻る。しかしどう考えてみても、それに該当する女の子などいはしなかった。

「例えば、なんか約束したまま引っ越して行った子がいるとか」

「いいや」

「親の知り合いの子供かなんかで、昔はよく遊びに来てたけどその後音信不通になった子がいるとか」

「いないな」

「そうなると。話は更にややこしくなんだよなぁ」

「え?」

 眉間に人差し指をあてた彬は、「むー」と唸りながら顔を顰めた。

「つまり。お前の知らないトコで、相手が勝手にお前を『特別な友達』と思ってる可能性があるって事だ」

「…………」

 怪訝な顔の秀行にニンマリと笑ってみせて、彬は窓の外に視線を移した。

「でも、もしそうならさ。ほんと、些細な事だと思うんだ。彼女がお前に執着した理由って。それこそ、お前が忘れちまうぐらいの、ちっぽけなさ。例えば、たまたま行った公園でそこにいたその子と一日だけ二人で遊んで、それがえらく楽しかったとかさ。何気に言った「またね」ってお前の言葉を信じてるとか。田舎に帰った時か旅行の時に、現地の子とそん時だけ仲良くなって、お前にとってはそれだけの事だったんだけど、その子はお前がまた来てくれると思ってた……とか」

「そんな事で?」

 非難めいた秀行の言葉に額に手をあてた彬は、ハハッと笑って前髪をかき上げた。

「ちょっと、思い込み強過ぎか。――でもさ、健気じゃねぇ? そんな、人が簡単に忘れちまうような思い出を大事にして、ずっとお前に憑いてるならさ」

「でも、憶測にすぎないんだろ」

「ま、ね」

 今までより少しトーンの下がった声で応じて、彬は頬杖をついた。暫く俯き加減のまま無言でいた彬は、独り言のように言葉を紡いだ。

「上手く言えないけど、でもこれって少し嬉しい事だよな。光栄っていうかさ。他にもそいつを取り巻く人間はいっぱいいただろうに、そん中から自分を選んでくれたんだぜ。『想いを遺す相手』としてさ。――応えてやんなきゃって、思うよな」

 ぼんやりと呟く彬は、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 それに対し不満げな表情を浮かべた秀行が、やれやれと肩を竦めてみせる。

「自分で言うのもなんだけど、俺がそんな叶いもしない約束をするとも思えないな。仮に、高橋の言う『勝手に特別な友達説』が正しいとして、それなら尚更その子の情報が欲しい。せめて容姿だけでもさ」

「うーん。相沢が言うには、俺にはその子の姿、視える筈なんだ。その子の望みも、聴ける筈だって」

 チロリ、と。言葉と共に向けられた上目遣いの視線を受けて、秀行は溜め息混じりに背筋を伸ばした。

「どうぞ。好きに視てくれ。立った方がいいとか、後ろ向いた方がいいとか、指示があるんなら、その通りにするけど?」

 その秀行を恨めしそうな瞳で見つめた彬は、呻き声と共に両手で頭を抱え込み、机に突っ伏した。

「そぉーれが出来ねぇから、困ってんだろぉーッ!」

「……は?」

 眉を寄せる秀行にジロリと目だけを覗かせると、彬はその瞳とは裏腹に、情けない声で秀行に告げた。

「俺にはその子、白い影にしか視えねぇんだもん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ