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「ほんっとに、憶えてねぇのか?」

 昼休みの教室。

 口に咥えていた箸の先端を秀行に向けた高橋彬は、それを言葉と共に揺らしながら相手の顔を覗き込んだ。

 その箸の先端に目を向けた大下秀行が、不快そうに眉を顰める。

 黙ったまま最後の一口のご飯を弁当箱から抓み出し、口元へと持っていく。ご飯と共にその嫌な気分も飲み込んだらしい秀行は、チロリと呆れた視線を彬に向けた。

「取り敢えず、全部食え。話はそれからだ」

 ――って、命に関わる事なんだぞッ!

 悠長な相手の台詞に唸り声を発し、ガジガジと箸を子供のようにかじる。

 その彬から視線を逸らせた秀行は、その性格を如実に表す仕草で、弁当箱を丁寧に袋へとつめた。

 先程の言葉通り、食事が済むまで話はしないぞという雰囲気を出した秀行が、頬杖をついて窓の外へと顔を向ける。

 仕方なく彬は、話に夢中になるあまり半分しか進んでいなかった、自分の弁当箱に視線を落として昼食を再開した。

 モクモクと機械的に箸を進め、食物をのどの奥に流し込む。味わう事さえせずにその動作を繰り返している彬の頭には、昨日の相沢隆哉の言葉が浮かんでいた。


「はっきりとは判らないけど。あんたのその死相の原因を作っているのは、たぶんさっきの友達だと思うよ」

 ブランコから降りて立ち去ろうとする彬に、「あと、もう一つ」と隆哉から付け加えられた言葉がこれだった。

「たしか大下秀行とかって、言ってたかなぁ?」

 クルリと振り返り、訝しげに隆哉の顔を窺い見る。

「どーいう意味?」

 まさかここで秀行の名が出てくるとは思わなかったし、『死相の原因』などと言われても、彬には相手が何を言おうとしているのかが解らなかった。

「……んー。あんたの死相だけど、不自然なんだよねぇ。昨日の体育の授業まではなんともなかったのに、放課後会った時には色濃く出てた。それこそ、突飛な程ね」

 隆哉は唇に指先をあて、考え込む素振りを見せる。

「そーいう場合、病死ではあり得ない。それならもっと、徐々に出てくるもんだしね。時任のように交通事故って可能性もあるけど、どうやらあんたのは違うみたいだ。それだけが原因なら、昨日のうちに遭ってる筈だし」

 独り言のようにぶつぶつと言葉を連ねた隆哉は、少しの間を置いてから彬を上目遣いに見つめた。

「凄い()であんたの事睨みつけてたし。間違いないと思うな」

「……は? 誰が?」

「だから。大下に取り憑いてる、女の子」

「は、あぁ?」

 思いっきり顔を顰めて訊き返す彬を、硝子の瞳が虚ろに見返す。

「四、五歳くらいかな。結構凄いよ、あの子。子供だからきっと、感情を制御出来ないんだろうね。大下があんたの肩に触れた時なんか、髪の毛逆立ててたもん。俺なんか怖くて目も合わせられない。よく平気だね、あんた」

「よく平気だねって、ちょっと待て! どういう事だ?」

「今、言った通りだよ」

 暫し固まった彬は、頭をかき毟りながらなんとか相手の言葉を理解しようと努めた。

「つまり、えーと。ヒデに女の子の幽霊が取り憑いてて? なんでかその女の子の恨みを、俺が買ってるって事か? それが原因で、俺は死にかけてると?」

「まあ、そんな感じ」

 そっぽを向いて頷く男を目の前に、彬は両手で頭を抱え込んだ。

「な、なんでだぁー! 俺、なんかワリィ事したか? いや、してねぇ! 少なくとも見ず知らずの幽霊に恨み買うような事だけは、絶対してねぇぞ!」

 ――なんちゅー厄日だ、今日は! 

 混乱気味の頭をブンブンと振る彬に、隆哉がチロリと視線を戻した。

「どーして、俺が」

「あんたが大下の友達だから」

 あっさりと。事も無げに言ってくれる。動きを止めた彬は、信じられない思いで目を見開いた。

「なん、だって?」

「あの子はね。あんたに取られると思ってるんだ、大下を。あの様子からすると、憑いてから十年は経ってる。『トモダチを、とられたくない』。子供ならではの可愛い嫉妬さ。そして、子供だからこその、強い執着」

「嫉妬ぉ? ――ってか、なんだ。その『取られる』ってのは! お門違いだろが! 恋人とかに限定しろよ、そーいう場合!」

 拳を振り上げ喚いた彬は、目の前の男が深く溜め息をつくさま(さま)を見て、更に眉尻を上げた。

「そりゃね、大下に彼女がいれば最大の標的はその彼女になると思うよ。でも、いないんでしょ? 今の時点では」

 彬を上目遣いに見ながら、判りきっている事を確認するように言う。馬鹿にされた気になった彬は、唇を尖らせながら不機嫌に頷いた。

「まあな」

「嫉妬って感情が生まれるのは、恋愛感情だけじゃないしね」

「まあなぁ!」

 投げやりに答えた彬に、隆哉が軽く頷く。

 その表情や声からは、彼が何を考えているのかは判らない。彬の返事と共に逸らされた瞳が、薄闇に灯された公園内の電灯へと移動した。

「あの子。精神は幼い子供のままで、想いだけが成長してるんだ。何故あそこまで大下に執着してるのかは、知らないけど」

「あのさぁ」

 腕を組み、少しの間首を傾げて考えていた彬が、不思議そうに声を発した。

「俺、よく解んねぇんだけどさ、そのヒデに憑いてる女の子? ヒデと仲良くなるヤツが気にくわねぇんだよなぁ?」

「そうだね」

「だよなぁ? 俺個人がムカツクってんじゃねぇんだろ?」

「たぶんね。ちゃんと視てないから断定は出来ないけど、『取らないで!』っていう感情しか伝わってこなかったし」

「じゃあさ、今までヒデと仲良くなったヤツはどーなったワケ? みんなその子に殺されてんの?」

 彬の台詞に、一瞬絶句した隆哉が肩を竦める。

「知らない。興味もないし」

 のんびりと言う隆哉に、彬がムッと顔を顰め、抗議の声をあげた。

「なんだよそれ! 無責任じゃんッ」

「ん? だって、俺は時任の依憑さえ叶えればいいだけだもん。関係ないよ、大下の友達がどーなったかなんて」

 隆哉の台詞に、彬は目眩を覚える。額に手をあて「やれやれ」と首を振った。

 ――ああ、こいつはこーゆうヤツだっけ。

 今更失望もしないし、別にいいけどさ。

 調子の狂う相手にガリガリと頭をかいた彬は、「まあ、いいか」と諦め半分で一人ごちた。

 なんにしても、今回狙われてるのは俺な訳で、他のヤツに迷惑をかける事もない。一人なら寂しいだろうが、俊介が一緒に逝くなら構わないよな。

 まるで他人事のようだ。無邪気にクスリと笑みを洩らす。

「あっ、でも。痛くないようにしてくれってのは、頼んどくかなぁ」

 頭の後ろで手を組んで薄暗い空を見上げた彬は、ハタッとして両手を下ろした。

「ちょっ…と、待て」

 視線を落とし隆哉の顔を凝視しながら足を進めた彬は、呆然と言葉を口にした。

「俺の、後のヤツはどーなるんだ?」

「え?」

「だって、そーだろ? 俺が死んで、その次にヒデと仲良くなったヤツはどーなるんだよ! ましてやカノジョなんて出来てみろ。みーんな、殺されちまうじゃねーかッ」

 隆哉の前で足を止め、物凄い勢いで捲くし立てる。数秒の間を置いて、ぼんやりと彬を眺めていた隆哉が、ようやく鈍い反応を示した。

「ああ、なるほど。そうなるね」

 ポンと手を打ち、「考えもしなかったな、そんな事」と感心したように呟く。「で?」と、そのまま無表情な顔で自分を見つめる隆哉に、彬はイライラと腕を振り上げた。

「だからーッ! なんとかしなきゃ、なんねーだろが!」

「――なんで?」

 小首を傾げるようにして、虚ろな瞳が問いかける。

「お前なぁー、いい加減にしろよ! 人間、頼まれなくてもしなきゃなんねぇ事ってあんだろ! あいつは俺のなぁ、友達なんだよ」

 憮然と宣言した彬を見上げ、隆哉は細く息をついた。フンと鼻を鳴らす彬に、膝に両肘をついて、冷やかに説明を始める。

「俺は、別に慈善活動をやってる訳じゃないんだ。誤解してるようだけど、俺は頼まれてしてるんじゃない。脅されてしてるんだ。あんたとこうやって話をしてるのも、時任の依憑を叶えなければこの太腿の痛みと痣が消えないから。只、それだけだよ。だから必要以上にあんたに関わる気はないし、ましてや大下やその後ろの女の子に関わる気なんて毛頭ない」

「くっ…」

 ギリッと歯を食いしばった彬は、「もういいっ!」と叫んで隆哉のブランコの鎖を掴み、グイッと引っ張った。

「じゃあ、最後に質問だ。さっきお前、俺に霊感があるとか言ってたよなぁ? 俺にその子、()る事は可能か? お前みたいに、その子の声聴いたりする事も?」

 暫く黙って彬の顔を見上げていた隆哉は、不意に目を伏せた。抑揚のない声で、質問への答えを出す。

「何度目かになると思うけど、姿を視ようと思えば視えるし、声を聴こうと思えば聴こえる筈だよ。あんたならね」

「そっか。よっしゃあ」

 ブンッと腕を振り上げた彬は、歩き出しかけてクルリと振り返った。

「なあ、俺のこの死相、死ぬまでにまだ何日かある? すぐには俺、死にたくないんだけど」

 楽しげに笑んで問いかける。まるで試合(ゲーム)でも始めるように、何故か彬の心は弾んでいた。

 彬が最もその力を発揮する試合。それは相手にリードされた後半戦に、メンバー交代で出る時だった。そんな時。ベンチから立ち上がると彼は必ず、唇に親指を押しあてた。

「借りは、返す」

 自分に誓うようにそっと、低く呟く。足を踏み出しながら、目線は俊介へと向かう。二人の負けず嫌いな視線は風のように絡まって、すぐに逸らされる。その口に笑みが浮かび、唇の端をチロリと舌が舐め取った。

 追い込まれた状態に、少ない残り時間。闘争心と集中力を保つには、絶好条件の試合だ。

 そしてそれは、今も同じ。

「今日は、大丈夫。明日はどうかな。日にちを延ばしたきゃ、大下から離れとくのが一番なんだけど」

「それじゃ意味がねぇ」

 両手を軽く上げ即答した彬は、その手をパンと顔の前で合わせた。

「死んでまで、後悔したくねぇんだ。なあ、相沢。俺の一生の頼みだ。もし俺が死ぬまでにその子を説得出来なかったら――」

「その時は。……いいよ、俺が(めっ)してあげる」

「…えっ…」

 隆哉の予想外の答えに、彬が戸惑いの声をあげる。

「滅する…って? あれ? 成仏させる、じゃなくて?」

 その言葉の違いを正しく理解出来ず、彬の頭には『?』マークが幾つも浮かんだ。

「そう。もしあの子があんたを死なせたその時には、成仏なんてさせない。消滅させる」

「な、に…?」

 隆哉はポン、ポン、と肘をついた両手の拳と掌を一定の間隔で打ち鳴らしながら、彬を上目遣いで見上げた。その口から、抑揚のない低い声が流れ出す。

「人の命を奪おうというくらいなんだから、それなりの覚悟があるんだろう。想いどころか、魂すら残さないよ」

 その黒い硝子玉が微かな、しかし確かな怒りを含み、妖しく輝いた。

「『それなりの覚悟』って、だってまだ幼いんだろ。人の命を奪うって意味、解ってないんじゃねぇのか? たぶん」

「だから、何?」

 その雰囲気に気圧されて、彬がたじろぐ。思わず後退った彬の顔を、隆哉の瞳が無遠慮に見据えた。

「幼い魂であっても、人を殺す程となるとそこには悪意が生じてくる。それは『可愛い嫉妬』では済ませられない。れっきとした悪霊だ。子供だから、何をしてもいいって解釈は出来ないよ。あんたと違って俺はね」

 最後の言葉に、ピクリと彬の眉が引き上げられる。唇を尖らすようにして隆哉の顔を見下ろしていた彬は、体の力を抜くように、溜め息と共に微笑を浮かべた。

「何、急に怒りだしてんだよ。お前」

 宥めるように問いかけられて、今度は隆哉が目を瞠った。もしかすると、自分が怒っていたという自覚すらもなかったのかもしれない。

「別に」

 目を伏せ、ボソリと呟く。短く息を吐き出した隆哉は、もう一度彬を見上げた。

「これだけは言っておくけど。大下、いや、あの子に肩入れするつもりなら、あんたが死ぬまでになんとかする事だね。もしあんたが死んだら、俺があの子の魂を消滅させる。それが嫌なら、大下には近付かない事だ」

 ――けっこう、頑固だな。

 自分の事は棚に上げ、彬は心の中で呟いた。でも、こういう性格は嫌いじゃない。

 隆哉から顔を背け、ガリガリと頭を掻いた。

 いや、礼を言うべきか。俺とした事が、始まる前から負けた場合を想定するなんて……。

 (よう)は、その子の心残りを取り除けばいいんだろ? ヒデを見捨てる訳にはいかねぇし、その子を消滅させる訳にもいかねぇ。

「なら、やる事は一つだよな」

 それこそ死ぬ気でやれば、なんとかなるだろう。

 親指を唇にあてた彬は、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

「借りは、返す」

 んで、一緒に逝くんだ。俊介と。

 フイッと視線を道路へと向け、もう見えない親友と視線を合わせた。ペロリと、唇の端を舌が舐める。

 最後の試合(ゲーム)、負ける気はしなかった。

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