序
――いつも。不意に思い出す。
グラウンドで。学校で。道端で。家で。
キッカケは、いつでも笑っちゃうぐらい些細な事だ。
昼休みを知らせるチャイム。それすらも、あいつが蘇る『合図』となる。
「なーなー。俺、スゲェの開発したんだ!」
片手に弁当を持ち、もう一方の手ではイスをズルズルと引き摺りながら、時任俊介は高橋彬へと声をかけてきた。
「スゲェのって?」
彬も自分の鞄から弁当を取り出し、机の上に広げながら問いかける。
「ボール、ボール!」
「へ?」
意味が解らず手を止めると、俊介は弁当を彬の机に置いてイスに腰掛けた。
「これ食べたらさ、グラウンド行こうぜ。俺の新技見せてやっからさッ」
「ああ、サッカーか」
なんだ、と呆れたように呟いて、しかし彬は次の瞬間、ププッと吹き出した。
「お前、そんな事言って、またズッコケんじゃねぇの? この前の新技とやらの時だって」
その時の事を思い出し、笑いで先が続かない。
「うっせぇなー。今度のはホント、スゲェんだって。絶対誰にもボールを奪わせねぇんだから」
「この前のは、『どのキーパーにも取れないシュート』だったよな?」
笑いを堪えながら、なんとか言葉を吐き出す。
「そりゃ、どのキーパーにも取れないよなぁ? だって、蹴り出しもしねぇんだから」
そう言って笑う彬に、俊介は拗ねたように顔を顰めた。
「うっさい」
「まーまー。この後じっくり見せてもらうからさ。その新技ってのを」
箸を揺らしながら言った彬に、俊介は何かを思いついたようにニヤリと笑ってみせた。
ズイと体を乗り出し、箸の先端で彬の顔を指し示す。
「お前にも、ゼッテー取れねぇ」
「――なんだと?」
その挑発に面白いくらい乗った彬が、好戦的に笑った。
「一度、どっちが上か、はっきりさせるべきだな」
「上等」
満足げに頷いて身を引いた俊介の肘が、弁当にあたった。カラランと軽い音と共に、弁当箱と中身が床に散らばる。
「ああぁーッ」
この世の終りのように叫んだ俊介に、彬は笑いながらおかずを自分の口へと入れた。
「神様ってのはさぁ、見てるモンだよなー」
彬を恨めしげに見た俊介が、チェッと舌打ちして弁当箱へと中身を戻す。
「汚ねー」
うんざりと呟いた俊介は、彬の弁当に目を向けた。
「ウィンナー一個でいいから、くれ」
箸で抓んで差し出すと、俊介はパクリとそれに食いついた。
それを見ていたクラスメイトの何人かが、哀れな俊介におかずを分け与えている。
意識したのは、きっとその時。
本人は知ってか知らずか、他の生徒からのは、一旦掌に乗せてから口に入れている。
――俊介は。知らないんだろうけど。
そんな些細な事が、俺には忘れられない記憶になるんだ。