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第二話 田中、勤務地に立つ

   今回の勤務内容確認。

 ・派遣先 第三並行世界日本。

 ・給与形態 日給制。日給一万円。

 ・期日 三日後午後六時まで。

 ・支給物 USPhone(ユーエスフォン)、携帯食料。

 ・最終目標 現地村人を襲う魔王軍の殲滅。殲滅失敗時は給与支給なし。

 ・時差 六時間。こちらが正午とするとあちらは一八時。

 ・体感時差 なし。三六五日の二四時間制世界

 ・必要な者は武器の支給あり。


 先ほどの別室へ再度入り、加藤が今回の仕事内容を明記した用紙を机に置き部屋から出ていった。田中は支給された制服に着替えることにした。

 勇者の制服はどんなものかと期待していたようだが、期待とは違い見た目は礼服のように真っ黒のスーツだ。しかし、肩や肘など関節の可動域は広めになるように設計されており、非常に動きやすい。白のYシャツも苦しすぎない動きやすい作り。いつの間にサイズを測ったのだろうか。着ていて違和感を感じない出来栄え。むしろ違和感を感じない違和感を感じているようである。ネクタイは黒一色。まるで葬式に行くような格好だ。しかし田中は結び方がわからないようで一旦放置している。ベルトは少し特殊な作りになっているようだ。刀を腰に挿せるようにホルダーが付いていた。胸元にはUSPの文字が入ったシルバーのバッジが付いている。靴は見た目こそ普通の革靴だが、スニーカーのような通気性と軽さ。足に馴染む素晴らしい履き心地のようだが、田中お気に入りの先の尖った靴は履かせてくれなかった。

 着替え終わったであろうタイミングで加藤が部屋に入ってきた。そして加藤から田中へ名刺と名札が渡される。名刺には会社名と名前が書いてあるだけのシンプルなもの。名札には手書きで研修中と書いてあった。結構達筆である。田中は名刺入れを持っていないことに気付き加藤に相談した。すると加藤は少し面倒くさそうに、


「私の予備の名刺入れです。お使いください。勤務終了後に返却してください。もし破損や紛失などをした場合は給料から天引きさせていただきますので、くれぐれもご注意下さい。」


「ク、クマさん・・・」


 予想外にファンシーな名刺入れを渡され戸惑った田中だが、加藤からの鋭い目つきにまたビビってしまい、名刺入れを持っていない自分が悪いのだと無理やり納得した。

 加藤は、田中がネクタイを結んでいないことに気づき、ネクタイを手に取り田中に近づく。

 しかし、加藤が結んでくれることはもちろんありえず、結び方の書いてある用紙を殺意を含んだ目線を突き刺しながら渡す。田中は手足が震えた。

 ジョナサンが戻ってくるまでまだしばらくかかりそうだったので、怯える田中を半ば強引に席に座らせた。加藤はお茶といちご大福を差し出し、ネクタイを結ぶのに悪戦苦闘している田中を無視し、支給物を机に並べて対面する形で説明を始めた。


「まずこちらのUSPhoneについてご説明致します。USPhoneは見た目はフィーチャーフォン型。つまりガラケーですね。正直、性能も市販のガラケーとほぼ同じなのでいままで通りお使いください。ただ、電波のみ特殊になっており、異次元や遠く離れた惑星でも通話可能です。時差も感じないように調整されています。次に携帯食料ですが、これは皆さん馴染み深いものですね。某ゲームの蛇の人が大好きなあの携帯食料です。味は三種類ご用意させていただきましたので、お好きな味をどうぞ。オススメはチョコレート味です。ここまでで何かご質問はございますか?」


「あ、あの「ございませんね。では失礼致します。」


 田中の言葉を遮り、そのまま退室しようとする加藤。

同時にジョナサンが部屋に入ってきた。すでに制服に着替えており、ネクタイはルーズに緩めている。ネクタイが気になった加藤はジョナサンに近寄ろうとするが、ジョナサンは顔を真っ赤にしながら言葉も発さずに自分で直しますとジェスチャーで伝える。もちろん加藤にネクタイを直すつもりはない。注意しようとしただけだ。加藤は首をかしげながら部屋を後にした。

 ジョナサンはわざとらしく咳払いをし、田中と視線を向ける。


「君が田中君だな。入社三年目のジョナサンだ。わからないことがあれば気軽に聞いてくれよな。よろしく頼むぜ。」


 勢いよく右手を差し出すジョナサン。ネクタイと格闘中の田中は、なぜかネクタイに絡まっている右手は使えず、左手でジョナサンの右手の甲を握り握手に答えた。

 ジョナサンは田中の行動に戸惑いを見せたが、ネクタイが結べないのだと気づき、そっと近づき結んであげるジョナサン。そこへ再度入室する加藤。距離の近い田中とジョナサン。即座に察した加藤。青ざめていくジョナサン。状況をよくわかっていない田中。嫌悪の視線で窓ガラスすら揺らす加藤。身振り手振りで否定するジョナサン。事務所全体を揺らしながら一歩踏み出す加藤。

 そこで何もわかっていない田中のネクタイに目が行き気づく加藤は、わざとらしく咳払いをし、何もなかったかのように矢継ぎ早にこれからの説明を始める。


「それでは今から第三平行世界日本へ行っていただきます。田中さんは初めてなので、(ゲート)のお話からですね。背面にロッカーがありますので、右から三番目のロッカーにこの鍵をさして下さい。そのまま鍵を時計回りに回してください。LOCKの表示がGATEに変わりましたね?そのままロッカーの扉を開けると第三平行世界日本へつながります。開けましたね。はい。ではいってらっしゃいませ。」


 説明もそこそこに、急に強めに背中を蹴られた田中。そのままロッカーの中に入り、気が付くと山の中にいた。辺りは薄暗く、月の光が木漏れ日の如く微かに降り注ぐ。おもむろにUSPhoneを開くと、この世界の時刻は二十時となっていた。風に揺られ、唸り声にすら聞こえる木々の音。鳥と思われる威嚇的な鳴き声と合わさり不協和音が広がる。足場は舗装されておらず、道とすら呼ぶこともできない。

 田中がそんな光景に目を奪われていると、不協和音に重なって大きな塊が落ちたような少し間抜けな音がする。ちょうど田中の真後ろから聞こえたその場所には、うつぶせになったまま背中をさすり、何故か嬉しそうな顔をしているジョナサンがいた。


「今日の加藤さんの蹴りはいつもより強めだなぁ。愛情を感じるなぁ。」


 先輩の威厳を悪い意味で微塵も感じさせないジョナサンは、満面の笑みで起き上がる。起き上がってそのまま通学路を歩くようにサクサクと道なき道を進む。その後ろを歩く田中はまだ周りをキョロキョロしながら時々足元の石などにつまづいている。

 十分ほど歩くと、そこには田園地帯が広がっていた。第三平行世界日本は、田中達の住む日本ほど文明が発達しておらず、放置してある農機具などを見るに戦国時代ほどの文明しか持ち合わせていないようだ。

 しかし、村に建つ数少ない家の周り見渡しても人影は見当たらない。何やら村の奥の方から轟音が聞こえ、煙が上がっているのが見える。ジョナサンから先ほどからの頬が緩みっぱなしの表情を引き締め、すぐさま駆け出した。


「まずいな。すでに戦闘が始まっているみたいだ。早速で悪いが田中君!仕事だ!急いで参戦するぞ!」


「え?あ、はい。」


 田中は訳も分からずジョナサンの背中を追いかけた。戦場に到着して最初に視界に飛び込んだのは死屍累々。惨殺された村人たちが折り重なっている凄惨な光景だった。あまりの残虐さにジョナサンは激昂した。


「お前ら!この村人が何をしたっていうんだ!ここまでする必要があるというのか!ふざけるな!許さん!」


 そう叫びながら、周りの大気を震えさせ、魔王軍の兵士たちを睨み付け、抜刀しようとするジョナサン。魔王軍はジョナサンの鬼気迫る立ち居振る舞いに息をのむ。さらに一歩踏み出すジョナサン。その一歩で大地に亀裂が走る。互いの緊張がピークに達しようとした。

 しかし、抜刀ができない。空気は震えを止め、魔王軍は困惑する。ジョナサンも激昂を一度しまい込んだ。


「あ、武器忘れたわ。どうしよ。田中君、その辺になんか刃物的な何か落ちてない?」


 この緊張の中、死体の山を見ても我関せずと、到着してからずっと周りをキョロキョロしていた田中は、すぐ近くに切れ味の悪そうなボロボロの(ナタ)を見つけた。それを拾い、ジョナサンに向けて雑に投げる。


「こんなものしかありませんでしたけど、これでいいですか?」


「問題ねぇ!ありがとな!」


 ジョナサンは回転しながら飛んできた鉈を左手で難なく受け取り、そのまま魔王軍めがけて突撃した。魔王軍はパッと見人間のような見た目をしているが、よく見ると肌が緑がかっており、様々な形の角が生えている。身長はおよそ2mほどあるだろうか。その巨体は甲冑のような鎧に包まれている。そんな連中が三十体はいるであろう。そんな中に臆すことなく飛び込むジョナサン。魔王軍の中の一体がニヤニヤしながら、ジョナサンの身長を軽く超える長さの大剣を振り下ろした。ボロボロの鉈で防御するジョナサン。到底防ぎきることは出来ないと魔王軍の連中も思っていたが、金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音が響いた。ジョナサンは魔王軍の巨体から放たれた重い一撃を左手一本で防いでいた。

 ジョナサンは一度しまい込んだ激昂を再度解き放ち、刹那、対峙していた兵士の巨体が宙に浮いた。宙に浮いた巨体に目を奪われ、口が開く魔王軍ら。地に落ちた顎の砕けた巨体の先には、高々と右手を掲げるジョナサンがいた。拳は赤く染まっている。

 ボロボロの鉈を捨て、倒れた兵士の足元に突き刺さっている大剣を手にするジョナサン。勢いよく抜き肩で担ぎ、魔王軍を挑発する。


「一体ずつじゃあ話にならねぇ。まとめてかかってこいやぁぁああ!!!」


 緊張が弾け飛び、ジョナサン一人に照準を定めた魔王軍。総攻撃をしかけてきた。

 皆が皆同じような大剣を使う魔王軍。その連携っぷりは雑ではあるが、一撃一撃に必殺の重みがある。まともに当たれば上半身と下半身が別々の道を行くだろう。その剣を軽々と防ぐジョナサン。そして飛び出る必殺の拳。防ぐ、殴る、防ぐ、殴る。ことごとくその赤く染まる拳で兵士たちを粉砕していった。その繰り返しであっという間に魔王軍は半数になってしまった。

 魔王軍もジョナサンの異常性にたじろいでしまう。そこで一部の兵士が田中に目をやる。いまだ緊張感もなくキョロキョロしているひ弱そうな青年。まずは奴から消してしまおう。三体ほどの兵士が田中めがけて突撃した。一斉に大剣を振りかざす。しかし、全ては空を切ってしまった。


「ちょっと危ないじゃないですかー。それ当たったら痛そうじゃないですかー。」


 何事もなかったかのように飄々とする田中。冷や汗一つかいていない。キョロキョロしていた視線を一度、魔王軍兵士たちに向け、少し気だるげにゆっくりと宝刀・月の雫を抜刀した。怪しげに光る波紋。その光は月の光を浴びるごとに禍々しく輝きを増す。その刀身からはほのかに油のような臭いがする。そこへ顎が吹き飛んだ兵士が田中の前に降ってきた。鈍く汚らしい音を響かせ、血が飛び散る。そしてただ道を歩くように自然に、呼吸を一つも乱さず、田中はその兵士だった肉塊に月の雫を突き刺した。


「おはよう雫ちゃん。今日は初めてのお仕事なんだ。手伝ってくれるかい?」


 田中は刀に向かって話しかける。まるで家族と会話するかのように。返事がくるのが当たり前かのように。

 その刀、月の雫は、波紋に沿って刀身を赤く染めていき、真っ赤に染め上げた刀身から野太い声を発した。


「んまぁ!田中ちゃんお仕事するようになったのねぇん!雫ちゃん嬉しいわぁん!田中ちゃんのためにいっぱいお手伝いしなきゃねぇん!」


 その声はジョナサンを含めた周辺すべての者たちに届いた。数名背筋に寒気が走った。ジョナサンの刃物で守ってグーで殴る戦法よりよっぽど衝撃的だった。刀が喋ってしかもオネェ。そんな言葉が兵士たちの間で囁かれていた。オネェはこの世界でも共通語のようだ。

 田中に対峙した一体の兵士が発した言葉が、この冷え切った状況をさらに凍らせる。


「なんだあの気持ち悪い刀は。カマ野郎じゃね・・・ぇ・・・か・・・」


 言葉を言い切る前に、一体の兵士の体と頭が分離した。誰も目で追うことができなかった。気が付けば突撃してきた兵士たちの目の前に田中がいない。兵士たちの後方からあの野太い声が響く。


「失礼しちゃうわぁん!誰がカマ野郎よぉん!野郎じゃなく雫ちゃんは乙女よぉん!」


 カマは否定しないのかと口に出す前に一閃。残る二体の兵士が四つの肉塊に変わる。魔王軍は固まる。ジョナサンさえも固まる。いまだ理解が追い付かない。この別世界の常識すら覆す異常さ。魔王軍の数名がその異常さに耐え切れず、逃走を試みる。それを常にキョロキョロしていた田中は見逃さなかった。


「雫ちゃん。今日のお仕事はあいつらの殲滅なんだ。つまり一匹も逃すなってことなんだと思う。やれる?」


「もちろんヤれるわよぉん!雫ちゃんちょっと ホ・ン・キ 出しちゃうわよぉん!!」


 ジョナサンには今度は確かに見えた。刀に引っ張られるように猛スピードでパタパタ走る田中が。その間も田中は周りをキョロキョロしている。目の前の敵は見ていない。刀は一直線に逃走しようとした兵士に向かい、兵士たちは次々と絶命していく。逃走せずに立ち向かってくる兵士たちは田中が見逃さず、難なく躱し、攻撃してきた大剣ごと刀が両断する。田中が攻撃しているわけではない。田中が見て避けて、刀が自分の意志で攻撃している。お互いに信頼しきっている。そんなことを考えながら眺めているうちに、殲滅が終了してしまった。

 開いた口が塞がらないジョナサン。そこへよく耳にするメロディーが聞こえた。ジョナサンのUSPhoneが鳴っている。画面には加藤の名前が表示されていた。開いた口をすぐさま閉じ、すかさず電話に出るジョナサン。


「はい!こちらジョナサンでございます!いかがなさいましたでありますか!」


「こちら加藤です。そろそろ村についた頃かと思い連絡致しました。現状の報告をお願い致します。」


「は!先ほど村に到着し、すでに戦闘が始まっていたため独自の判断で参戦致しましたであります!現在、その戦闘は終了し、殲滅を確認致しましたでございます!」


「ご苦労様です。では今回の最終目標の殲滅を完了したということですので、直ちに帰還用(ゲート)を開きます。すぐさま帰還し、報告書をまとめて下さい。」


「かしこまりましたでございます!帰還次第すぐさま報告書をまとめますので、その後一緒にディナーでも(プツッ、ツー、ツー、ツー」


 USPhoneを握りしめ、何故か高揚としているジョナサンをよそに、田中は屍の山の頂で月の雫と団欒している。


「雫ちゃん今日はありがとね。おかげで初めてのお仕事も上手くいったよ。」


「んもぅ!田中ちゃんのお願いを聞けないような雫ちゃんじゃなくってよぉん!またいつでも頼ってちょうだいねぇん!あと、またあとでいつものヨロシクねぇん!雫ちゃんはもうオネンネするわぁん!」


「うん。わかった。また帰ったらいつものやっておくよ。おやすみ雫ちゃん。」


「お・や・す・み・ぃ・ん・♪」


 そう言って月の雫はいつもの色に戻り、田中はハンカチで丁寧に残った血を拭き取った。納刀し、ジョナサンの元へ行くと、目の前に場違いなロッカーが突如現れ、勝手に扉が開いた。


「さ、今日の仕事は終了だ田中君。大活躍だったな!お疲れさん!」


「あ、はい。お疲れ様です。」


 (ゲート)をくぐり、事務所の別室へ帰還した二人。加藤が二人の姿を確認し、すぐさま報告用の用紙を手渡した。田中らは椅子に座り、サクサクと報告書に記入した。ジョナサンはいつも通りのことなので無難に書き上げ、田中は、小学生の読書感想文の方がまだまともな文章の報告書を書き上げた。加藤のチェックが入り、田中の報告書に眉をしかめるが、面倒なのかそのまま勝山へ提出しに部屋を出ていった。

 少しの沈黙のあと、田中がジョナサンへ素朴な疑問をぶつける。


「そういえば、ジョナサン先輩はなぜ鉈や大剣を防御にしか使わないのですか?確かに先輩の拳が強いことはわかりますが。」


「ん?あぁ、単純なことなんだよ。俺は刃物で防ぐ分にはどんな攻撃でも防ぎきれるんだが、刃物で攻撃すると豆腐も切れねぇんだわ。だから刃物は防具。拳が武器。単純だろ?それより、俺は田中君の刀の方が気になるぜ。滅茶苦茶強ぇじゃねぇか。」


「あぁ、雫ちゃんですか?確かに滅茶苦茶強いです。でも、彼女は月の出ている夜に血を浴びないと自我が目覚めないんで、自我が目覚めない昼間とかはこっちも豆腐すら切れません。新月の夜なんて抜刀もできませんからね。今回の仕事は月が出てて良かったです。」


 なるほどねぇ。と他にもツッコミどころは多々あるが、ジョナサンは他のことは聞かないでおくことにしたようだ。着替えを終え、そのまましばらく他愛もない話を続けていると、扉が開き、加藤が入ってきた。


「お二人ともご苦労様でした。今回は三日ほどの期間を設けていましたが、すぐに終わらせていただきましたので、その分のお給料を後日お振込み致します。一日で終わらせていただいたため、早期解決分の手当てをつけて一万五千円になりましたので、またご確認をお願い致します。田中さんはまだ振込先の設定が出来ておりませんので、後日でも結構ですが、なるべく早いうちに通帳と印鑑をお持ちいただきますようお願い致します。では、解散です。」


 ジョナサンは、ゆっくり進めて給料を多めに貰えば良かったと少し後悔したが、あの状況では仕方ないと納得し、部屋を後にした。去り際に加藤に声をかけようとしたが、声をかけるまでもなく撃沈していた。

 田中は退室前に加藤へあるお願いをした。


「加藤さん。すみませんが、マヨネーズはこの事務所に置いてますか?」


 加藤は汚物を見るような目で勝山のデスク近くの小さな冷蔵庫に案内した。現在勝山は外出中のようだ。


「こちらにエリアマネージャー勝山の私物のマヨネーズがあります。自由にお使い下さい。私が許可します。」


 田中は早速冷蔵庫から一つ取り出し、ハンカチにこれでもかというほどマヨネーズを絞り出した。その白光りするハンカチを、宝刀・月の雫の刀身に塗りたくり始めたのだ。塗りたくりながら田中は口を開く。


「実はこれが今、刀剣界隈で非常に人気の美容法らしいんですよ。これを始めてからというもの、雫ちゃんの体調が凄くいいんです。これが日課になってるんですよ。みなさんの刀剣もこれでお手入れしておきましょうか?」


 とても活かすことのできない情報を提供された加藤は、勝山に対するものと同レベルの嫌悪感を露わにし、切り捨てるように返答した。


「いえ、全力で結構です。とっとと終わらせて退勤してください。あと名刺入れを返しなさい。」


 ありがとうございましたと、田中は名刺入れを返却し、マヨネーズを冷蔵庫に戻してさっさと事務所を後にした。

 受け取った名刺ケースを確認すると、見事にマヨネーズがべっとり付着している。加藤は本当に変な奴が増えてしまったと心の底から後悔した。

 田中の初仕事の給料は名刺ケース弁償分で相殺され、振り込まれることはなかった。


ずいぶん間が空いてしまいました。これからまた不定期ですが頑張って投稿していきます。

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