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第一話 エリアマネージャー勝山の面接

 日本某所。碁盤目の大通りから一本入った路地にある小さな公園。今日もブランコには誰も乗っていない。その隣にある四階建ての雑居ビル。非常階段からその三階に入っていくペラペラのスーツを着たキツネ顔の男。左手からは本日の昼食が入ったビニール袋がぶら下がり、右手には8インチほどのタブレットを抱えている。

 キーキーと耳障りな音を立てながら少し重い扉を開ける。殺風景な事務所に入り、部屋の奥にある少し見栄を張ったデスクの椅子に全身を預ける。デスクの後ろにある窓は南向きにも関わらず、目の前にここより高い雑居ビルが建っているため、日差しは僅かにしか入らない。

 昼食をとろうと男は弁当を取り出し、蓋を開ける。既に温めは済んでいる。徒歩三分の距離にコンビニがあるとついつい頼ってしまう。今日もいつもの唐揚げ弁当だ。多めの白ご飯と隣り合うから揚げが五つ。男はデスクのすぐ横にある小さな冷蔵庫から、いつも通りマヨネーズを取り出す。マヨネーズの蓋をねじって開け、唐揚げの広がるキャンバスを白で塗りつぶす。新品のキャンバスとはまた違う、白米とマヨネーズで完成した白いキャンバスを見つめ、男は少し口角を上げた。


「いただきます。」


 男は丁寧に手を合わせ、そして気付く。


「・・・箸がない。」


 更に気付く。


「・・・おしぼりはある。」


 男は理解した。いや、実際は間違っているのだが、男は理解したのだ。


「私が唐揚げ弁当ばかり食べていることを知っているあの店員は、私がこの弁当を飽きないようにしてくれているのだ。メニューを変えないならば、食べ方を変えてみろと。手で食えと。確かにこれによって私は、この唐揚げ弁当をまた新鮮な気持ちで食べることができる。そしてコンビニの箸を使わずに済んだことにより、あのコンビニのコスト削減につながり、更にはエコにつながる。これはまさに・・・」


 男は立ち上がり、豪快に後ろの窓を開け、叫んだ。


「WIN-WINの関係ではないか!」


 目の前の雑居ビルでお茶汲みをしている新人社員らしき女性は、いきなり叫びだす不審者に驚き、湯呑みを一つ落として割った。その音に目の前の不審者は気付かない。女性は顔の周りを飛ぶ羽虫を見るような目で嫌悪感を露にした。不審者の叫びは正面の雑居ビルから跳ね返り、ちょうどその時開いた事務所の玄関の扉を目掛けて飛んでいった。


「あなたのそのポジティブさは、他者とベクトルがズレ過ぎですよ。ミスターWIN-WIN。」


 蔑んだ目を向けながら、上辺だけの敬意を乗せて声をかける女性。わたあめのようなふわふわとした香りの香水がほのかに香っている。しかし、その香りには似合わない鋭い眼光。メガネをかけて抑えているようだが、少しも抑えることが出来ていない。長く美しい黒髪を綺麗な夜会巻きで上げ、目の前の男よりも確実にいい生地を使ったパンツスーツを着ている。その控えめな胸元には『サブマネージャー』のバッジがついていた。


「遅かったではないかぁ。カトリーヌよぉ。」


 何か作ったような低めの声で男は声をかけていた。更に蔑んだ目で女性は言う。


「カトリーヌではありません。加藤です。あなた自身に世界線越える能力は備わっていませんよ。アニメの見過ぎですミスターWIN-WIN。」


「私にも勝山というちゃんとした名前があるのだがなぁ。カトリーn」


「黙れカチカチ山。」


 勝山の声を遮るように、加藤は今日一番の冷酷な目で睨みつけながら言い放った。向かいの雑居ビルの女性新人社員からも同じ視線を浴びせ、板挟みにしている。勝山は居た堪れなくなり、現実から目を背けるよう一心に唐揚げ弁当を食べた。手で。


「それより、今日は確か一人面接に来るんだったな加藤クンよ。」


 手をマヨネーズでベトベトにしながら勝山は訪ねた。加藤は手元にある履歴書を確認しながら、


「はい。あと十分ほどで到着予定です。今回も本部は人事担当を寄越さないので、エリアマネージャーであるカチカ・・・勝山さんに面接をお願い致します。不本意ながら私も同席させていただきます。」


「不本意なのはよく分からないが、承知した。すぐに弁当を食べなくてはならんな。」


 そう言うと勝山はおしぼりで手を拭き、デスクの引き出しに大量に入っている割り箸を一膳取り出し、弁当を掻き込んだ。箸あるなら最初から使えよという加藤の目をスルーし、完食。立ち上がり、窓ガラスを鏡のように扱い、スーツの身だしなみをチェック。向かいの女性新人社員は、勝山の口元にしっかりついたマヨネーズすらも蔑んでいるようだ。勝山はマヨネーズに気付かぬまま椅子に座り、某アニメの司令官の如く両肘をつき、口元に両手をもっていき、扉が開くのを待った。

 数分後。ノックとともに、扉の向こうから声がした。


「すいませーん。本日面接を受けに来ました。田中ですー。」


 来た。少し緊張しながら勝山は扉の向こうに話しかける。


「どうぞお入りください。」


「失礼しまーす。」


 入ってきた青年は、ボサボサの髪に少しフレームの曲がった黒縁メガネ。首元のヨレた無地の白いTシャツに相当履き古しているであろうジーンズ。ベルトはしていないようだ。靴はやたら先の尖ったエナメルの紫色の靴。おしゃれは足元からとでも言いたいのだろうか。とても挑戦的なファッションである。履歴書によると、歳は二十九歳。最終学歴は高卒。職歴は8年前のコンビニバイトのみ。ただし入店同月中に退職。以後ニートを満喫していたようである。どうぞおかけくださいと少しガタついたパイプ椅子を指し示し、そこに田中は腰をかけた。


「初めまして田中さん。USPの日本支部エリアマネージャーを担当しています。勝山と申します。本日は宜しくお願い致します。早速ですが、いくつか質問させていただきますね。まず、弊社を応募いただいたきっかけを教えていただけますか?」


 田中はモジモジしながら答える。


「ハ、ハ○ーワークに勇者募集の記事を見かけて、応募しました。」


 そう。ここは勇者派遣会社 Universal Service Project。略してUSP。平和になった現代では働く場所をなくしてしまった勇者に、救いの手を差し伸べる人材派遣会社。平行世界、多次元世界、遠く離れた惑星。様々な世界では未だ平和とは程遠い状態にある。その世界に職場を失った勇者を派遣し、平和を取り戻そうという慈善事業を活動方針とした会社だ。現代に残る勇者は数が少なく、探すのも一苦労なのだ。そこで、ハ○ーワークやタ○ンワーク。様々な求人を駆使して募集している。現状、スタッフの数は勝山加藤を除き二人。全力で人手不足だ。猫の手も借りたいこの状況。どんな人材であろうと採用するしかない。最低限のラインはあるが。


「ありがとうございます。またハ○ーワークさんにはご報告させていただきますね。では次に、この会社の仕事をご存知かと思いますが、大変厳しい仕事です。自信はございますか?」


 変わらず田中はモジモジしながら答える。


「自信があるかは正直やってみないとわからないですけど、一応血筋は勇者のものらしいので、大丈夫だと思います。一応代々伝わる宝剣も持ってきました。」


 まるで根拠のないこと言う田中は、おもむろに宝剣らしきものを取り出した。それを加藤が確認する。手元のタブレットで照らし合わせる。形状は剣というより刀。鍔はなく、刃紋はまるでダマスカス鋼のような美しさと禍々しさを兼ね備えている。鍔がないので何とも言えないが、加藤は近いものを見つけた。


「念のため刃紋もスキャン致しましたが、間違いないかと。田中家に代々伝わる『宝刀・月の雫』です。」


 その言葉を聞き、勝山は最後の質問を投げかけた。


「分かりました。では、最後の質問です。田中さん、あなたはマヨネーズがお好きですか?」


 田中は一瞬固まる。そして少し笑みを浮かべた。


「はい!大好きです!」


「はい採用。」


 勝山の即採用の言葉を聞き、加藤は眉間を手で押さえ、ため息をついた。勝山はいつも、どれだけ優秀な人材が来ようと最後の質問で苦手や嫌いという回答が来ると不採用にしてしまうのだ。毎度毎度この質問にはストレスが溜まる。今回は採用になったので、まあ良しとしよう。加藤は田中に近づき、契約の手続きのため別室へ誘導した。

 会議用の机が二つ向かい合った小さな部屋。椅子は四つ。向かい合う席にお互い座り、A4の用紙を1枚取り出し、田中の前に差し出す。


「では田中さん。こちらの注意事項を確認していただきます。その後、一番下の欄にサインと捺印をお願い致します。」


 入社誓約書

 私は貴社社員として○○年××月△△日より勤務するにあたり、下記の事項を遵守することを誓約致します。

 一 就業規則その他服装規定に関する諸事情を守るのはもちろん、上司の指示・命令に従い、規律の厳守に努め、誠実に勤務致します。

 二 営業上その他貴社に関する一切の機密は在職中はもちろん、退職後も決して他に漏洩致しません。

 三 故意または重大な過失により貴社に損害を与えた場合には、その損害に対して賠償の責を負います。

 四 業務の都合により勤務内容、勤務場所等の変更があっても異議申し立て致しません。


 さっと目を通し、サインをし、捺印した用紙を加藤が受け取る。


「では給与形態についてご説明致します。給与形態は、時給制・完全歩合制・日給制の三種類。勤務内容によって形態は変わります。」


『時給制』

 勤務地に関わらず、日本時間の二四時間計算。成績・戦績に応じて査定を三ヶ月ごとに行う。時給1,250円~。


『完全歩合制』

 勤務期間中の成績・戦績から独自の査定項目より金額を決定。最終目標を達成さえすれば期間は問わない。原則として報告書を参考にするが虚偽報告が発覚した場合は罰金とする。


『日給制』

 勤務が長期に渡る場合は日給制となる。一日当たり基本時給×八時間で計算する。別途長期滞在手当を付与する。こちらも日本時間で計算。


 田中は疑問に思った。


「なんか頻繁に日本時間という単語が出てくるんですが、海外出張とかあるんですか?」


 加藤はその言葉に少し驚き、少し曖昧に返答する。


「ハ○ーワークさんの募集要項にも書いてあったと思いますが、ご確認されましたよね?海外への長期滞在も一応ありますよ。一応海外になると思います。」


 田中は確認を怠っていた。国内で勇者の活動をするかと思っていたのだ。国内であれば平和なので、大した内容ではないのだろうと思っていたのだ。田中は懇願する。


「それは知りませんでした。やっぱり今回のことは無かったことn・・・」


「サイン。いただきましたよね?」


 面接の時には抑えていた目つきを開放し、窒息しそうなほど冷酷な目を向ける加藤。ビビる田中。田中は何も言えなくなってしまい、反論はできる箇所はあったのだが、加藤の圧力に納得せざるを得なくなった。

 その時、慌ただしく玄関の扉が開く音が聞こえた。


「山さん!振込金額間違ってねぇかこれ!なんでこんだけしか入ってねえんだよ!」


 長い付き合いのスタッフからは山さんと呼ばれる勝山は、デスクから給与明細を取り出し答えた。


「いえ、違っていませんよジョナ。今回の勤務地であった幻想火星は、時間の流れがココと違います。日本時間での八時間は幻想火星の約四日にあたります。あなたは手際よく二日で仕事を終わらせてくれたのでその分を振込みました。あ、日本時間では四時間分ですね。早かったので少し色をつけておきましたよ。一時間分ほどね。良かったではないですか。あなたは少し他の方々より体感時間で言えば未来を生きています。こんな経験は滅多にできませんよ。そして世界も救われました。もうお分かりですね。」


 ジョナと呼ばれた青年ジョナサンは、金髪隻眼の中二病アバターのような見た目をした二四歳独身彼女なし。ついでに素人童貞。背丈は日本人の平均身長とあまり変わらない。好きな調味料はオーロラソース。マヨネーズにケチャップを混ぜるという暴挙に対し勝山はジョナサンを嫌悪している。これがオーロラソースではなくケチャップと答えていたら採用されていなかったであろう。

 ジョナサンは少し冷静になり、今回の勤務地の詳細が記載されている書類を再確認する。確かに書いてあった。やられた。と思ったが、すぐ切り替えた。


「山さん。今回の件はもう分かった。あんたの好きなWIN-WINってやつだろ?頼むから次の勤務地は日本時間とあまり変わらないとこにしてくれよ。」


 勝山はその言葉に少しえみを浮かべ、次の派遣先をタブレットで確認した。サッサとページをめくり、あるページで手が止まる。


「ジョナ。君は今何年目だったかな?」


「ん?確かもう三年目だぞ?それがどうしたんだ?」


 ジョナサンの言葉を確認し、勝山は何かを思いつき、更に悪そうな笑みを浮かべた。


「そうか。ジョナもこの仕事にだいぶ慣れてきたことでしょう。そろそろ後輩の育成にも協力していただきましょう。加藤クン!田中さんをこちらへお通しください。」


 奥の部屋から出てきた加藤と田中にジョナは軽く挨拶をする。それに続き田中も深く頭を下げる。


「加藤クン。早速ですが田中さんとジョナにパーティーを組んでいただき、第三平行世界の日本へ行っていただきます。田中さんに制服の支給とゲートの準備をお願いします。ジョナも仕度をしてきて下さい。本日一四時より出発していただきます。」


 ジョナサンはヨッシャと拳と拳を合わせ、玄関を乱暴に開け、猛ダッシュで自宅へ向かった。田中は少し困惑しているように見える。加藤に案内され、田中は先ほどの部屋で着替えることとなった。入社初日で早速勇者デビューを飾ることになった田中は、一つだけずっと気になっていたことがあった。加藤はそれに気付き、田中へ尋ねた。


「田中さん。おそらく海外出張のことを気にされていることと思いますが、行き先は平行世界とはいえ日本です。言葉は通じますのでご安心ください。」


 田中は平行世界という言葉にあまりピンときていないようだ。どうも気になっているのはそこではないらしい。


「加藤さん。それよりずっと気になっていたんですが、勝山さんの口元に白いものが付いていましたが、何ですかあれ。」


 加藤は少し意外そうな顔をした。これから初めて勇者として活動するのに、初めて平行世界へ行くというのに、そんなことを気にするのかと。


「マヨネーズですよ。いつものことなので気にしなくて大丈夫です。」


 その言葉を聞いてそうですかと田中はつぶやいた。そして何故か嬉しそうだった。

 その嬉しそうな表情を見た加藤は、また変なのが増えたと嫌悪感を露にした。

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