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罪と罰

 すき、と寝ぼけた声で告げたシュリは、幼子のような顔で眠りに就いた。規則的な呼吸音が聞こえてくるのを確かめ、ほっとする。

「お眠りになりましたか」

「はい」

 近づいてくる後藤さんに頷きつつ、少し乱れていた布団を直した。シュリの肩までを覆うように。

「……生死の境を彷徨ってた人間にはとても見えませんね」

 穏やかに眠っている彼女を見、本当に山場を越えたのだと安心する。一時期は本当に危なかったから、目覚めた上に口まで利いてくれて、ほっとしないわけがない。

 あの後、間もなく救急車が到着して、シュリは病院に運ばれた。

 治療に当たってくれた医師は、感心したように言っていた。運と生命力が強い子だ、と。もう少し傷口の位置がずれていれば運ばれてくる頃には手遅れだっただろうし、運ばれてくるのが遅ければ出血の多さでやはり助からなかった、ということらしい。

 それを聞いて本当に胆が冷えたし、目を覚ますまで不安で仕方なかった。もう二度と目覚めてくれないのではないかなんて、不吉な考えさえ頭をよぎったほど。

「珠里お嬢さまは、貴方のために戻っていらっしゃったのかもしれませんね」

 後藤さんはそう笑っている。

 ここのところ、彼はよく表情を緩めるようになった。今までの無表情の鉄仮面はどこに行ったのかと思うくらい。

 でもやっぱり、これが彼の本来の姿で、今まで押し込められてきたものが解放されただけなのだと思う。地下牢から出してもらった日に見せられた写真の中で、中学生の後藤さんは笑っていた。今の彼にはその時の面影があったから。

 ――あの時、本社に来てくれたのは、どうして……?

 処置を終えたシュリの目覚めを待つ間、オレはふと気になって後藤さんに尋ねた。あまりに衝撃的な出来事の連続に当時は頭から吹き飛んでいたけれど、あの白い家に残っていたはずの後藤さんが、どうして本社に現れたのだろうか。もしもシュリが戻ってきた時のために、とあの家に残っていたはずだ。

 ――前上から、ゆかりお嬢さまに連れられて貴方が現れた、と連絡を貰いました。あとは勘というか、確信でしょうか。ああこの方の向かうところに珠里お嬢さまはいる、と思ったのです。

 ――珠里さまを見つけられるのは貴方だけでも、復讐を止めさせられるのは始まりである私だけだと意気込んで参りました。結局のところ止めたのも貴方でしたね。

 前上さんが気を回してくれたおかげだったのか、と納得すると同時に、随分と買われていたらしいと知り、こそばゆくなった。

 そんなオレに向けてくれた後藤さんの優しい笑みは、今まで見た彼のどの表情より自然だと思った。

 だから、ちょっとぐらい自信を持ってもいいのだろうか。

 もしシュリが生きる気もなく向こう側に行こうとしていたのだとして

「シュリが自分から命を絶つことで贖おうとしたという事実があっても……やっぱり、駄目なんですね」

 シュリのあどけない寝顔を見ながら呟く。

 罪には罰だ。それは人間が世界の中で生きる限り揺るがしてはならないことわりだし、オレだって頭では理解している。

 でも、分かっているのに、確認せずにはいられない。

「罪を犯した者には、罰が与えられるべきです。代表はもちろん大罪人ですが――」

 彼が濁した先に続くはずだったものも、分かっている。

 代表の罪は消えない。だけど、シュリも同じくらい大きな罪を犯した。

 救急隊が駆け付けると同時に、服から髪、瞳までもが黒尽くめの人たちが現れて、上條代表は拘束された。総帥がお待ちです、という淡々とした台詞と共に。彼らは驚いたような代表の抵抗をものともせず、あっという間に連れていってしまった。

 黒づくめの人物のリーダー格だと思われる切れ長の目をした男性が、オレを一瞥して言った。

 ――その御方にも、いずれ総帥からのお言葉がございますことでしょう。

「……ゆかりさん」

 シュリはどうなるのだろう。そう思っていたら、自然とその名を呼んでいた。

 元上條令嬢たるゆかりさんが、きっとこの場で総帥のことを一番よく知っている。

「総帥は、どんな人なんですか……?」

 目を瞬かせた彼女に問いかける。もし、上條代表のように人の心を理解しようとしない人種だったら、シュリだけが救われない。そう思ったから。

「……罪は許さないという意味では、多分とても冷たく見えるかもしれない。でも、どちらか片方の言い分だけを聴くような真似をするような人じゃない。こちらの事情にもしっかり耳を傾けてくださるはずだよ」

 シュリが重ねてきた罪には、ことごとく証拠がない。まず事の始まりが突飛すぎるからだ。彼女が持っている奇妙な力を使って、村田を破滅させるように人を操った、なんて。

 爆破事件の発案者といえばそうなのかもしれないが、そもそも実行犯たちがシュリのことを覚えているのかどうかも怪しい。頭のいいシュリのことだ。きっと確固たる証拠となるような導き方はしていないだろう。

 そして、証拠がないといえば、代表による沙里さん殺害の罪もそうだった。

 あの人は自分の手は汚していないし、実行犯だった使用人はもうとっくにシュリの手で殺されてしまっている。

 シュリを長年に渡って閉じ込めて、虐待といっていいことを続けていた罪については、いくらでも証拠が出てくるだろうけど。あの監獄のような家があるし、後藤さんや前上さん、オレも証言できる。

 総帥は、代表の身柄をどうするのだろう。身内の中で調べ終えたら、警察に引き渡すのだろうか。

 それも気に食わない話だと思ってしまう。

 普段のニュースを見ていれば、被害者からすれば司法が無力に感じられてしまうだろう事件をたまに見かける。

 上條代表にしても、優秀な弁護士をつけて、何だかんだ大した罪にも問われずに出てきてしまいそうである。社会的な制裁を考えたら充分であるのかもしれないが、オレを含めて世間は忘れっぽい。簡単に風化していってしまう。

 そうしたら、シュリのあらゆる感情が――憎悪が、悲しみが、苦しさが、全部なかったことにされてしまうのと同じだ。

「……待ちましょう。きっと、大丈夫だから」

 浮かない顔をしていたからだろうか、ゆかりさんが安心させるようにオレの背中をとんとんと繰り返し叩いてくれる。

「はい……」

 答えながらも、オレは唇の内側を噛んだ。

 深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせようとしてみるが、そわそわとした感情は拭えず、あまり効果はなかった。

 誰もが口を閉じて、病室に静寂が訪れる。

 と、その時、ノックの音が響いた。

 後藤さんが返事をすると、ゆっくりとドアが開いていく。

「失礼いたします」

 言葉と共に一礼したのは、あの黒尽くめの人物たちのリーダー格と思われた人だった。

「失礼」

 そして、開け放たれたドアから、一人の男性が続けて入ってくる。

 途端、空気がぴんと張り詰めた気がした。

 凛とした立ち姿。真っ直ぐにオレを見るこの人は、もしかして。

「お久しぶりでございます、総帥」

 ゆかりさんが頭を下げると、合わせて上條家の使用人である二人も低頭していた。

 やっぱり、と思いながらもなかなか体が動かない。強張っていた体をぎくしゃくと動かして、慌てて一礼した。

 最近先代の総帥が高齢を理由に退いて、孫息子へと引き継がれたことは知っていたし、テレビでも幾度か新総帥の姿は見ていた。でも、想像していたよりもずっと若い。

 だけど醸し出す雰囲気は明らかに人の上に立つ人のそれで、オレの心臓は緊張から痛いぐらいに激しく動いていた。

「挨拶はそれぐらいでいい。今日の用件はひとつだ」

 村田コンツェルン総帥。数百もの傘下、数千にも及ぶだろう従業員たちを抱える、あの巨大な企業のトップ。

 上條代表もその組織の下で確かに強大な権力を握るが、それは総帥の目が届くところ、総帥に許される範囲内と注釈がつく。

 きっと、シュリへの裁きを伝えに来たのだろう。だがシュリは寝ているし、コンツェルンの人間でないオレはここにいていいのかどうかも分からず、どうしたらいいのか判断できずに硬直してしまう。

 高身長のその姿を見上げると、目が合った瞬間、総帥がほんの微かに笑った。それに目を見張る間もなく、ベッドの方へと近づいてくる。

「それと、相川龍之介、だったか。お前もそこにいていい。珠里の代理人として聞いておけ」

 寝ている怪我人を起こす気はない、と肩を竦めつつ、総帥はオレの前まで進み出てきて止まる。

「……オレが代わりに聞いて、いいのですか」

 使い慣れていない敬語を無理に使おうとするから、どこか言葉がぎこちなくなってしまう。

 しかし総帥はそんなたどたどしい話し方を気に留める様子もなく、もう一度肩を竦めた。

「お前が聞いてやらなきゃ、誰が聞くんだ。恋人なんだろう?」

 真正面から尋ねられて、言葉に詰まった。

 オレはシュリに対して気持ちをちゃんと伝えられているわけじゃない。そんなオレが恋人だとか名乗っていいのだろうか。思い悩みかけて、そこで最も重要なことを思い出す。

 ――わたしは君に一目惚れしたんだよ。愛してるから閉じ込めたんだよ。それなのに、わたしが君を簡単に嫌いになれるはずないでしょ?

 シュリはこんなオレでも好きでいてくれた、ということを。

「――はい」

 総帥を真っ直ぐ見て、しっかり頷く。

 オレはもう、自分の気持ちを否定しないと決めた。だったら、彼女の気持ちも偽りたくない。

 シュリの手をそっと握ると、眠っているはずなのに、彼女が握り返してくれた気がした。

「上條代表の裁きは決まってる。まずはそちらから聞きたいか?」

 背の高い総帥には見下ろされている形になるのだけれど、なぜか不快には感じない。圧倒的なまでの『支配者』たる風格のせいなのだろうか。

「……はい」

 頭の端でそんなどうでもいいことを考えながらもオレがそう答えると、総帥は満足げに笑った。

 だがすぐにその笑みを消し、真剣な様相になる。

「珠里の母親殺害の件は、こちらで裏が取れた。だから、珠里への虐待と監禁の罪に、殺害のものも含めて処罰は考えた。警察に引き渡してなんぞやらない。何だかんだ簡単な罪状で出てくるだろうからな」

 警察へは引き渡さないというところにも驚いたが、それよりも裏が取れたという報告に目を瞬く。

「どうやって……」

 二重の意味を込めて尋ねると、総帥は意地悪く笑ってみせた。

「珠里のような能力者が一人だけだと思ったか?」

 あ、とまずひとつの疑問に対しての合点がいった。

 ――宮苑家の人間は、義伯母や姉、珠里さまに限らず、とある秘密を抱えます。

 そうだ。シュリの読心の秘密は、宮苑家全体の秘密だったのだ。そんな方法で捜査をするのなら、なおさら警察に引き渡すわけにはいかないだろう。世間一般に理解されない能力であることは間違いないのだから。村田コンツェルンの深部に詳しくないオレでも分かる。

「上條現代表に与えた罰だが」

 オレは相槌を打つこともできず、ただじっと耳を傾ける。

 言葉を挟めない代わりに、澄んだ静かな瞳を睨むように見上げる。シュリの手を握る力が自然と強まっていた。

 総帥はオレのそんな態度に対して特に苛立つ様子はなく、ひとつ呼吸をしてから、それを告げた。


「まず、代表職からは解任。次に、全財産没収の上で総帥預かりとする。上條英斗は珠里のいたあの家に投獄。手紙、電話を含めた外界との連絡は、今後一切許さない」


 その場にいた人たちが息を呑むのが分かる。

 当然のこと、オレの息も止まりそうになっていた。

 そういう様子を知ってか知らずか、総帥は相変わらずの口調で続きを紡いでいく。

「面会は事情に鑑みた上で、最低限は許す。外出許可は一年に二度、厳重な護送の元で、夫人と宮苑沙里の命日の墓参りのみ。刑務担当の監視の元、死ぬまであそこにいてもらう」

 ――罪は許さないという意味では、多分とても冷たく見えるかもしれない。

 ゆかりさんの言葉が耳に反響する。

「珠里が味わったのと同じ思いを、あの男にも」

 迷いなく言い切る彼を見て、背中にぞくりと悪寒が走る。

 総帥という人は多分、味方にしたら百人力だけど、敵に回したら厄介という言葉では足りないほどの相手だ。それだけの知力と、権力と、きっとたくさんの人からの信頼を手にしている。

「続いて、珠里についてだな」

 しばらくの間黙っていた総帥はどうやら、オレが代表の処遇について自分の中で飲み下すのを待っていてくれたようだった。

 最も聞きたいと思っていた内容に、ぱっと顔を上げて再び彼の目を見る。

「確かに、上條代表は人間として許されざるべき仕打ちを珠里に強いてきた。復讐を考えるのも無理はないと理解はできる。そうだとしても、他の人間の生死を巻き込んでまで実行に移していいということにはならない」

 上條代表に対しての冷酷と言ってもいいほどの処置を述べたその口が告げるからこそ、とても重みが増す。シュリ自身が誰より分かっていることだろうと知ってはいても、ずしりと胸に重量が伸し掛かる。

「珠里には、与えられるべきだった戸籍を与える。これから学校に通えるように手配するし、必要なら家庭教師もつける。村田家と上條家から、生活補助費を出そう。普通の十三、四の少女たちと何も変わらない生活を保障する」

 今までシュリが代表に奪われ続けていた権利を取り戻してくれつつも、その先に罰があることは分かっている。耳元で鳴っているのではないかというぐらい心臓の跳ねる音がうるさいし、胃がきりきりと痛み始めた。

「……その代わり。珠里にはふたつを命ずる」

 居住まいを正した総帥の靴の踵が当たり、床がかつんと鳴く。

「ひとつ、これからの生活においては『上條』を正式に名乗り、『上條の令嬢』として過ごすこと。ふたつ、今回失われた命たちが死ぬ瞬間の映像を最期の時まで忘れず、懺悔し続けること」

 その名前を憎み続けてきたシュリにとって、『上條』として生きることを強要されるのは、どれだけの罰?

 未だ眠り続ける彼女を振り返る。寝顔はまだ少女であることを示すようにあどけなくて、オレはぎゅっと唇を噛んだ。

「人の記憶は薄らいでいくもの。特に嫌な記憶については、余計に。それは摂理だ。だからこそそれを許さない。シュリと同じ能力者の力によって、記憶を植え付ける」

 しかも、自分が死ぬその瞬間まで被害者たちの死の映像を鮮明に記憶していなければならないなんて、オレなら気が狂ってしまいそうだ。

 シュリから目を逸らせないオレに、総帥は更に言葉を重ねていく。

「珠里は実行犯たちの背中を押しただけだ。そして本社爆破という手段も、彼らが勝手に考えたもの。彼らの中において、コンツェルンを破壊したい思いがあったことも事実」

 村田ほどの巨大企業だ。関わっている人間はそれこそ星の数ほどで、この組織を恨んでいる人だっていないわけがない。

 光があれば、陰はある。裏があるから表がある。光差す側、表側ばかりが注目されがちだけれど、陰になる側、裏側の方が、実際には多いのだ。

 シュリはそんな陰の側、裏の側にいる人たちに甘い言葉を囁いただけ。「憎いのならば壊してしまえばいい」と。

 各地で大小様々な事件が起こったが、その総ての主犯として捕まったのは総帥の従弟。数年前、彼は総帥候補の一人だった。しかし結果的には選ばれず、現総帥が職を務めることになったのが納得できず、ずっと逆恨みしてのだという。彼は総帥を――ひいては、村田コンツェルンという存在自体を憎んでいた。

 その上で、『壊す』手段として、彼は取り巻きたちと共に実力行使を選んだ。シュリの崩壊の望み通りに。

「だが、そうであったとしても、シュリが彼らに洗脳まがいのことさえしなければ防げていた事件かもしれない。計画したところで、実行しないまま終わっていたかもしれない」

 シュリの思うがままに進まなかったら、本社は爆破されることはなく、死者も怪我人も発生しなかった。今でも何事もなかったように笑っていられただろう。

「そうしたら失われずに済んだ命があっただろう。総てが『もしも』の上に成り立っていたとしても、可能性がある限りは見過ごせない」

 オレたちが互いをうしない難いと感じるように、亡くなった人たちにも愛おしい人が、愛おしんでくれる人がいたはずだ。

 きっとシュリが敢えて目を逸らそうとしてきたこと。

 放っておいたところで事件は起きたのかもしれない。だが、そうでなかったかもしれない。

 総帥は、正しい。破壊行為のきっかけを作ったのは、間違いなくシュリなのだ。


 でも、じゃあオレは?


 あんなにシュリの近くにいたのに、シュリの憎悪を知っていたのに、止められなかった。

 彼女がしようとしていたことについては何も知らなかったといえばそれまでだけど、彼女の世界への憎しみに気づいていて、その上同調していて、何をしてでも止めようなんて思いもしなかった。

 世界が本当に崩壊するかもしれない、シュリをうしなうかもしれないという瀬戸際になって初めて恐ろしくなって、彼女の姿を追いかけたのである。

 シュリが裁かれるのならば、オレも裁かれるべきだろう?

 思考がぐるぐると頭の中を回って離れなくなる。

「上條グループ代表についてはすでに、ゆかりの元婚約者であり私の血縁者でもある者が継ぐことに決まっているから、問題はない。既に現代表との養子縁組も済ませている」

 まるでそういうオレの心の動きを見通しているかのような総帥の目を向けられると、居心地が悪くて仕方なかった。

「珠里への罰を執行するのは、シュリと同じアクティブテレパスである宮苑現代表だ。これも罰の一環。恨む宮苑の手によって、忘れたい記憶を植え付ける」

 だけど、そういう視線を向けてきながらも、総帥の話は終わりに差し掛かっていた。

 待ってほしい。今終わらせるわけにはいかない。

 間違いなく思っているのに、声が出なかった。

「何か質問は?」

 決断しきれないでいるオレの様子があまりにも哀れだったのだろうか。そう静かに問われる。

 言葉を発するのには、たっぷり数十秒は必要だった。暴れる心臓を宥め、汗を掻く手のひらを拭って、乾いて張り付いた唇をどうにか開く。

「……みっつだけ」

 ようやく顔を上げて真っ直ぐに視線を返すと、総帥はまた満足げにしてみせた。

「現代表がシュリのいた家に投獄という形で囚われるなら、シュリはどこに住むことになるんですか」

「ゆかりが暫定的に引き取ると言っている。唯一の姉だ、文句はないだろう。それからこちらで里親となってくれる人間を探すつもりでいる。『上條令嬢』として振舞うのは、公的な場だけでいい」

 つまり、普段は一般人と何ら変わらない生活を送って構わないということだろう。『普通の十三、四の少女たちと何も変わらない生活』という言葉も実現できるということだ。

「……分かりました。じゃあ、次の質問は……」

 頷きつつも、次の質問をするのが少し躊躇われて、一度大きく深呼吸した。

「刑務担当の人とは、誰ですか」

 改めて真っ直ぐに総帥を見、はっきり尋ねる。

 最初の問いにはあっさりと答えてくれた総帥が、一瞬だけ間を作る。

 その姿を見た瞬間、嫌な予感が突き抜けた。

 やはり想像通りなのではないか。そんなことは考えたくない、まさか、と思いながらも、同時に最も納得がいくと思ってしまう。

 オレでさえ、罪の意識を抱えているのだ。

 だったらあの人は。一番シュリの近くにいて、ずっと見守ってきた彼は。

「……私です」

 予想通りの方向から凛とした声が響く。


「後藤、さん……」


 どうして。そんな問いは喉につかえて言葉にならなかったし、尋ねる必要さえないと思った。

「罪には罰があるべき。事の始まりは総て私だと、貴方さまにも申し上げました。あの男の傍で、あの男が死ぬまで監視を続けます」

 晴れやかに笑う彼が憎たらしい。涙が込み上げてきそうになって、ぐっとこらえた。

「じゃああなたの幸せはどうなるんですか!」

 悲しくて悲しくて、悔しくて、苦しくて。

 彼は確かに今回の総ての事件の発端となったのかもしれない。だけど、愛する人を喪って、復讐に身を投じて、自分を殺して。最後は自ら罰を受けようとするなんて。

 彼はいったい、いつになったら幸せになれるのだろう。

 だけど後藤さんは、握りしめた拳をぶるぶると震わせるオレを見て、優しく笑った。

「私の幸せは、珠里お嬢さまが幸せになり、精一杯生を全うしてくださることです。もう二度とは戻らない、沙里姉さんの分まで。姉以上に愛せる人など、私には見つかりません」

 彼は馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。

 でもこんなふうに覚悟を決めてしまった表情をしている人を、いったい誰が止められるだろう。

 会話の流れを静かに見ていた総帥の声が飛んできた。

「後藤の願いだ。総ての始まりである自分こそ、代表に近い罪に問われなくてはいけない、と」

 どうしてそんな馬鹿な真似を、と罵ることは簡単だけど、その決意が簡単ではなかったことは想像がつく。

 だから、耐えた。もう何も言わないように。後藤さんの思いをけがさないように。

 分かっている。泣き叫んで駄々をこねたところで、オレに彼の決意を揺るがすことなんてできないことくらい。よしんば意思を変えさせることができたとしても、本来そんな資格がないことくらい。

「……っ、手紙、書きます」

「はい」

「シュリにも書かせます。絶対に」

「……はい。ありがとうございます」

 穏やかな返答に、泣くのを懸命にこらえたまま勢いよく首を振る。涙の代わりに、どうにか今できる精一杯の笑みを向けた。

 それから、もう一度総帥を見上げる。

「それで、最後の質問は?」

 そう微笑みを浮かべる総帥は多分、オレが何を訊きたいのか分かっている。


「シュリの願望を知りながら止めなかった、オレへの罰は?」


 オレの発言に、すぐ傍で会話を見守っていたゆかりさんが、初めて声を上げた。

「龍之介くんっ……」

 総帥はそんなゆかりさんを手で制して、静かに応じた。

「自分なりに考えてみろ。相応しいかどうか、私が判断する」

 オレの罪に相応しい罰。もう二度と同じ罪を犯さないために。シュリにも犯させないために。

「オレは――」

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